第3節 天才の幼少期

閑話1 幼少期(1) ~武術修練と2刀流の所以(ゆえん)~

 俺が武術修練を始めたのは3歳の頃。


 2歳上のヘルマン兄さんは「槍術や弓術など従卒がやることだ」と言って剣術と馬術しか興味がなさそうだったが、俺は前世以来のコンプリート癖があって、習えるものは完璧にしたいという強い欲求があったので、一通り習うことにした。


 前世の俺は格闘技も極めていた。「男の子がいざというときに女の子を守れないでどうするの!」という母の一言によるものである。


 幸い、父の系列会社に警備会社があり、その伝手で格闘術を学ぶことができた。

 早乙女流無差別格闘術という流派で、空手・柔道・合気道を基本としつつ、世界のあらゆる格闘術の技をいとこ取りした何でもありの流派だった。

 実力は世界大会でもあれば入賞できるだろうくらいの域に達していた。


 それだけに、武術のセンスには少しばかり自信があった。


 剣術の師匠はバルド・ローベさんという領軍副騎士団長だった。というのも、団長のラルフ・ケスラーさんは既に40歳台で平均寿命が50歳代というこの世界ではもう老境といっていい歳だったからだ。


 一方、バルド師匠はというと30歳くらいの油の乗り切った年齢だった。


 バルド師匠の指導でまずは素振りで型の稽古をする。使用するのは子供用の木刀である。

 「ブゥン」という風切音がしたが、俺としては不満が残った。まだ、前世の感覚と現世の小さな体に結構なずれがある。成長が良かったとはいえ、俺の身長はまだ100センチを少し超えた程度だったからだ。


 少しずつ感覚を調整せねば…。

 師匠は「坊ちゃんはなかなかいい筋をしてますな。だが、まだまだですぞ」とお世辞なのか褒めたのかよくわからないことを言った。


 俺は素振りをしては、感覚を調整することを繰り返した。

 俺は兄よりも数月遅く修練を始めたが、半年もすると、兄との打ち合いはほぼ互角となっていた。


 ツェーリンゲン家は代々文官の素質の高い家計で祖父も例外ではなかったが、父は毛色が違っていて、武術の才があった。

 兄も父の才能を受け継いでいると思われたし、本人もそこそこの自信を持っていたようだが、2歳下のしかも数月遅く始めた俺に追いつかれて、かなり悔しい様子だった。まだ、5歳児なのだし、弟のことを素直に認めるような大人な対応を期待するのも無理があるのだが…。


 俺は槍や弓の修練も並行してやることにし、兄との打ち合い時間を減らすようにした。


 槍の師匠は領軍のルドルフ・テレマンさん。

 槍については、ショートスピアによる格闘術を中心としたが、ジャベリンという投擲槍の修練も俺が望んだのでやることになった。ジャベリンについては、普通、貴族の子弟が学ぶようなものではないので驚かれた。


 決闘などで使われるランス(突撃槍)の修練も貴族のお作法の一つと思い、いちおう学ぶことにした。


 槍については、剣よりも更に長いということで、当初、感覚がなかなかつかめなかったし、長いだけに取り回しが難しい。

 それでもルドルフ師匠は「なかなかいい筋をしておられます。」とお世辞なのか褒めたのかよくわからないことを言ってくれた。


 ジャベリンの投擲のほうは、ルドルフさんもあまり得意ではないらしく、基礎を習った後は自習のような形になった。

 こちらは、なぜか前世の体育の授業で少しだけ経験していた(といっても、本格的な競技用の槍ではなく、簡易な竹槍だったが)ことがあったので、1発で50メートルくらい飛ばせたし、ちゃんと穂先が地面に刺さった。子供がこれだけ飛ばせれば大したものだし、ルドルフ師匠もこれには驚いていた。


 弓術の師匠は領軍のヴォルフラム・カウフマンさん。

 弓については、全くの初経験だったが、相性がよかったらしく、上達も早かった。


 調子に乗って騎射がやりたいとお願いしたら驚かれた。そこは騎馬民族とは違うらしい。

 騎射の名人である中国の漢の武将「霍去病かくきょへい」にちょっと憧れていたんだよね。でもこれは意味が通じないか…。

 結局、これも自習ということになったが、これにはかなり苦戦した。というのも、弓を構えながら足だけで馬を操るというのは、相当馬との息があっていないと難しいからだ。


 実は一番苦労したのが馬術である。

 馬術の師匠は、エリク・バルツァーさん。


 エリク師匠には「まずは馬と仲良くなることですね。かといって、媚を売って侮られるのも良くありません。尊敬されることが大事ですね」と言われて困ってしまった。

 前世から俺は寡黙な性格で、コミュ障の気があり、感情を素直に表に出すことが苦手だった。馬に尊敬されるとはどうすれば良いのか…。

 餌をやったり、首を撫でてやったりするが、皆そっぽを向いてしまう。

 子供だから侮られているのか。それは馬に比べれば小さいけどさ…。


 そんな中、一頭の白馬が俺にすりよってきて、人懐こく頭を擦り付けてくる。

 「乗せてくれるのか?」

 白馬は「ブルルッ」と返事をしたように思えた。

 いいよっていうことかな…。


「この子に乗ってみたいです」

 エリク師匠にお願いして、白馬に乗せてもらう。子供の体格では、1人で馬に乗るのは難しいからだ。


 乗ってみると素直にいうことを聞いてくれた。いい馬だ。

「こいつに気に入られるとはさすがですね。坊ちゃん。こいつは気位が高くて、選好みが激しいやつなもので、相当の腕のあるやつじゃないと乗りこなせないはずなんですがね」

「………」

 ──素直でいい子なのに…。


 どうも後で聞いたところによると、俺が嫌われていたのは皆雄で、例の白馬は若い雌らしい。名前はビアンカという。

 ──俺の周りには何で女しか寄ってこないんだ。何か女を寄せる匂いでも出ているのか。俺は実は臭いのか!?


 なんやかんやで、ビアンカのおかげで馬に対する苦手意識は薄れていき、いつしか雄馬にも気兼ねなく乗れるようになっていた。

 しかし、俺のお気に入りは相変わらずビアンカである。そこは否定しない。


    ◆


 そんなこんなで修行に打ち込み8歳となった頃。

 剣術のバルド師匠から「フリードリヒ様には技術的にはもう教えることはありませんね。後は反復して型を体に覚え込ませることと、実践を積んで相手との駆け引きを学ぶことですね」と微妙なことを言われた。


 ほかの師匠たちからも、似たようなことを言われた。

 子供相手に免許皆伝とはいえないか…。


 俺はと言えば、特に剣術については、何か物足りなさを感じていた。


 そんな時、町に冒険者向けの剣術道場があるという話を聞いた。

 俺は早速バルド師匠に「町に剣術道場があるそうですね。興味があるので、行ってみたいのですが…」と頼んでみた。


「町の道場は荒くれ者が多いですし、剣術も癖の強いのが多いので、あまりお勧めはしないのですが…」と渋っていたが、俺が不満そうに黙り込んでしまうと「戦の時は冒険者たちを傭兵にすることも多いし、癖の多い剣と立ち会ってみるのもまた、経験ですかな」といって許してくれた。

「兵卒の中に道場出身の者がおりますので、案内させましょう」


 道場に着くと案内してくれた者が「こちらが道場でございます。ですが、柄の悪い者も多いのでどうぞお気を付けて」と送り出してくれた。


 仲に踏み入れると早速柄の悪そうな男が声を掛けてきた。

「おい、てめぇ。ここはてめぇみたいないいとこのボンボンがくるような場所じゃねぇ。とっとと帰んな」

 男は俺を外に突き飛ばそうとする。


 俺は「子供だからって舐めてやがるな」とちょっとカチッと来たので、合気道の技で投げ飛ばしてやった。

 技は見事に決まり、男の体は魔法のように宙を舞うと見事に地面に叩きつけられた。

 男は受け身を取ることもできず(知らず?)地面にもろに背中を叩きつけられ「ガハッ」と呻き声を発した後、呼吸困難に陥っているようだ。


 ただならぬ気配を察して道場生たちが集まってくる。

「おい!まさかヘラクルスの兄貴がやられたのか?あいつが?」

「プッ!」

 ヘラクルスって英雄ヘラクレスのドイツ名じゃないか。完全に名前負けしてるだろう。

 俺は思わず吹き出してしまった。


「こいつ兄貴に何しやがる」と詰め寄る道場生たち。が、今一迫力に欠ける。

「この者の態度があまりに無礼だったのでな。投げ飛ばしてやった。だが、こんなに弱いとは思わなかった。この者には悪いことをした。すまぬ」慇懃無礼に返しておく。

「何をっ!コケにしやがって」


 これはこのまま乱戦かと空気が緊張したとき「待ちなさい!」と大きくはないが、反論を許さぬ気迫のこもった声が響く。

 見るとバルド師匠よりも若干若い20代後半くらいの威厳のある男がたっていた。いかにも剣士といった体つき。隙がない。

 この男。他とは違う。


「さきほどの技は見たことのないものだ。あれは何だね?」

「合気道という、遥か東の国の武術です」


「ほほう。しかしここは剣術の道場だ。剣術の方は?」

「師匠から一通りは。更なる経験を積みたいと思い。こちらへ参りました」

「なるほど。では、誰か相手をしてやりなさい。実力を見てやろう」


「この生意気なガキ。偉そうな口をきけないようにしてやるぜ。ヘッヘッヘッ…」

 俺と同じ年頃の子供もチラホラいるのにいきなり大人かよ。容赦ないな…。

 俺は練習用の木刀を受け取る。

 大人用か。少し重いし、長めだな…。


 慣れるため少し素振りをしてみる。

「ゴッ」という迫力ある風切り音に少しビビッた者もいるようだ。

「けっ。生意気な。待たせやがって」

「お待たせしました。この剣にも慣れたので、いつでも大丈夫です」


「両者ともよいな。では、始め!」

 男はいきなり大上段に振りかぶり、切りつけてきた。


 相手の実力も図らずにいきなり大技とはなめられたものだなっっっっと!

 俺は男の剣を造作もなく避け、胴に一撃決めると、周りで見ていた道場生たちのところまで吹き飛ばされて喘いでいる。呼吸困難に陥って動けないようだ。


「では次っ!」

 そのまま3人ほど相手をするが、大同小異だった。

 5人目の男は5合ほど打ち合ったが、俺が小手を決めると剣を取り落とし、手を押さえてながら蹲ってしまった。


「このまま負けっぱなしでは道場の面子がたたないからな。私が相手をしよう」

「それはっ!エグモント師範代!」

 そうか。あの偉そうな男は師範代か。なんか道場破りみたいになってきた…。ヨーロッパにそんな文化があったかな…。また、相手をしてくれるというならありがたい。


「では。始めるぞ」

 まずは、互いに様子の見合いから始める。日本の剣道でいうしのぎを削るというやつだ。

 それにしても隙がない。フェイントも巧みだ。思わず騙されそうになる。

 こういう経験を積めということだよね。師匠。俺は楽しくなってきた。


 ちょっとでも隙をみせるとすかさず相手は鋭く打ち込んでくる。子供の力では打ち負けてしまうので、真正面からは打ち合わず、極力流すように努める。

 最後は相手の剣撃を流しきれずに俺の手が痺れてしまい、剣を取り落としてしまった。


「ここまでにしよう」

 さすがは師範代。楽しかったな。

「見事な腕前。おそれ入りました」


「お主こそ。子供ながら天晴であった。明日から道場に通うかね」

「そうさせてください」


    ◆


 翌日、道場にいくと俺は感動した。


 エグモント師範代が2刀流で2人の道場生を相手に戦っている。

 だって、2刀流ですよ。2刀流。宮本武蔵ですよ。剣豪ですよ。これが感動せずにいられますか。

 しかも、師範代の剣は武蔵の上を行っていた。武蔵の2刀流は右手に大刀、左手に小刀を持つ。左は牽制用で、メインの攻撃は右といういわば変則1刀流なわけだが、師範代は左右同じ刀を持ち、2人を同時に相手している。


 試合が終わったところで師範代に声を掛ける。

「私もその2刀流を学んでみたいのですが…」

「うむ。これまでまともにこなせた者はいないのだが………。お主ならば、あるいはできるやもしれぬな。やるだけやってみるか」

「はい。ぜひお願いいたします」


 周りの道場生たちは「新参者に贔屓しやがって」的な目で見ているが、こちらにしてみれば「勝てるのならば、いつでもかかってこい」ってなものである。昨日の5人抜きを見ていない訳ではあるまい。


 早速、師範代に基礎の構えを習う。

「まずは足の構えだが、両足に均等に体重をかけ、前後左右上下に即座に動けるよう重心はニュートラルにしておく。ここまでは1刀流と同じだな」

 うん。バルド師匠にも習ったから知ってる。


「手の構えだが、両手とも中段に構えた自然体が基本となる。利き手を上段に、もう片方の手を下段に構えることもある。こちらは守備範囲が広くなるメリットがあるので守りの剣だな。その分攻撃に転じるのが難しい。状況によって両者を使い分けることが肝だ」

「なるほど」


「2刀流で複数を相手にする場合には、視線はどちらか一方を注視してはならない。もう一方に隙が生じるからだ。視線はあくまでもニュートラルに。その分聴覚や相手の気配にも気を配り、5感を総動員して相手の動きを探るのだが、これがなかなか難しい」

「ええ。なんとなくわかります」と口では謙遜するが「ええわかりますとも。わかりますとも」


 というのも、俺は前世では早朝のヨガと瞑想、それに太極拳と格闘術の型の稽古を日課としており。格闘術の試合のときに瞑想状態に入り、集中力を高めて5感を総動員して相手の動きを探ることは誰に習うでもなくごく自然と身に着けていた。

 瞑想状態に入った俺は目が座禅を組むときのように半眼になっており、傍から見ると座頭市のようで気味が悪かったかもしれない。


 ヨガや瞑想の習慣は体に染みついていたので、転生してからも継続していた。

 ともかく、2刀流の境地がこれに近いことは直感的に理解できた。


「まずはやってみなさい」

 戦闘時に瞑想状態に入るのは転生してから初めてだったので、瞑想状態に入るべく、呼吸を深めていく。多少時間はかかったが、なんとか入ることができた。


「うん。初めてにしては、なかなか様になっているではないか。筋が良いな。いきなりだが、2人を相手にしてみるか」

「はい。お願いいたします」


 やってみると、意外にすんなり立ち回ることができた。

 左右別々にコントロールすることは、前世で兄の影響でピアノを習っていたことが役に立っているように思えた。2声のインベンションくらい楽勝だったからね。3声も苦ではなかったから慣れれば3人でもいけるかもしれない。


「いきなりここまでできるとは思わなかった。では、私が相手をしてやろう」

 さすがに、師範代のように左右自由自在というところまではいかず、結局は負けてしまったが自分としては善戦した方だと思う。


    ◆


 そんな調子で道場での修練を続けるうちに、俺は瞑想状態に入りプラーナをコントロールすることで前世のときよりも効率的に身体能力を強化できることに気づいた。これもこの世界の特性なのかもしれない。


 前世の俺は、太極拳で気を練ることには慣れていたから、これも自然とできるようになった。


 俺は子供だったから、パワー不足がウィークポイントであった訳がが、これにより大人にも対抗できることが可能となった。


 結果、10歳となる頃には、師範代とほぼ互角に打ち合えるほどには上達した。

 もっとも、真剣での勝負ではないだけに、師範代がどこまで本気を出しているのかは最後まで分からなかったが…。


 そんなことで、俺の2刀流というスタイルが確立されたのだった。

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