第71話 会遇

翌朝、指定の場所へ行くと学者の男ともう一組の探索者らしき集団がいた。


『来てくれてありがとう。改めてアウレアンの歴史学者であるこのドクトリアの依頼を受けてくれていただき感謝する。そして紹介しよう、一緒に調査に行ってもらう探索者「雷吼狼牙」の面々だ。』


ドクトリアが紹介してきた探索者達のことをアリシアとバルトロは数年前に見たことがあった。


『え、貴方達は!?』


『私はヴォルナー、帝国を中心に活動している探索者『雷吼狼牙』のリーダーだ。

 君達はメルドゥースにいたアルクスの友人だね?見覚えがある。

 あの時メルティウム商会、特にアルクスには本当に世話になった。』


 ヴォルナーが深々とお辞儀をすると仲間達も同様に感謝の意を表した。


『そんな、頭を上げてください。うちの商会というよりはあれは全部アルクスのお陰ですし。』


 珍しくアリシアが狼狽えている様子を見て、バルトロはアルクスにも見せてやりたいものだと考えていた。


 ドクトリアはアリシア達に声をかけた直前に依頼の途中でアウレアンに立ち寄っていた「雷吼狼牙」に声をかけていたらしかった。

 アリシアとバルトロは以前アルクスが依頼を受けていた時、陰で「雷吼狼牙」とのやり取りを遠巻きに見ていた。

 だが帝国側の言語がわからなかったため、何を話しているかはわからなかったがそんな中で大人達ですら萎縮する獣人達と対等に会話や交渉をするアルクスを見て尊敬の念を抱いていた。


『ところでアルクスはいないのか?君達も探索者と聞いたが彼も探索者になれたのだろうか?

 できることなら久しぶりに会ってみたいのだが。』  


 アリシアはアルクスとアウレアンまでの航海中に逸れてしまったことを伝えた。


『でも生きていることはわかっているので大丈夫です!アルクスが来るまでこの島のことを調べておこうと思って。』


『そうか、なら我々もそれまでアウレアンにいるとしよう。今は依頼を受けて連邦にあるアルフグラーティへ向かう途中なのだが、そこまで急ぐ依頼でもないしな。』


『アルクスか、懐かしいな。』

『彼のおかげで通訳や食事には困らなかったものね。』

『あぁ、彼には結構助けられたな。』

『探索者になった様だが、強くなったのだろうか。』


「雷吼狼牙」の他の面々もアリシア達にあわせて連邦側の言葉で話してくれた。


『仲間にクリオっていうアルフグラーティから一緒に来ているエルフがいます。

 今はアルクスと一緒にいるはずですよ』


『それはますます会わないとな。』


『ところで皆さん王国の言語は喋れませんでしたが、連邦の言語は喋れるのですか?』


『あぁ、連邦に来ることも多いし、普段活動している地域は連邦との交流も盛んだから自然と身につけたな。だが王国にはあの一度しか行っていないからなかなか言葉を覚えられなくてな。』


それを考えると自分達も必要に駆られつつアルクスに必死に教わったからなんとか連邦で会話ができるようになったなと2人は思った。

そして、自らの勉強によって連邦と帝国の言語を扱えるようになっていたアルクスの異常さを改めて2人は実感した。


『そうそう、アルクスはすごいんですよ!あの頃から帝国の言語も使えましたし、連邦に来た時は最初から連邦の言語も扱えましたし、何でもできるんです!』


アリシアがここぞとばかりにアルクスすごいんです話を機関銃の様に話し始めようとしていたが、話が進まないからとバルトロに止められていた。


『あの、そろそろよろしいでしょうか?二組ともお知り合いだったのですね。』


『知り合いというよりは共通の友人がいるという方が正しいかな。彼らの待ち人が我々の恩人というわけだ。メルティウム商会の人間であれば信頼もおける。ではこの2組で行くとしよう。

とりあえず昼頃には現地につきたいものだ。』


『メルティウム商会ですか?この辺りでは聞かない商会ですね。』


『王国と連邦の一部にしか支店がないから残念ですがこの辺りだと無名ですよね。』


バルトロは残念そうにしつつもいつか帝国に販路を広げるためにもアリシアと協力してこの旅で有用な下調べができると良いなと考えていた。



挨拶も一段落し、島の東側にある港町から街道を通って西の山間部へと向かった。

アウレアンのあるこの島は東側に港町や王都など国の主要な施設が整っていて発展しているが、西側は魔獣が出ないとはいえ厳しい山間部のため、立ち入る人はあまりいなかった。

街道を進んでいくと急にのどかな田園風景が広がっていた。


『交易が多いので産業は漁業が中心かと思っていたのですが、結構農業も盛んなんですね。』


『はい、調べたところこの島では以前から農作物の生産は盛んだったみたいです。

 特に珈琲豆や果物が多いみたいですね。あとは農作物とは違いますが海産物も豊富に採れるので、それを軸として交易を始めたみたいですね。』


流通の要となり、自分達に無いものは買うことができる状況を作りつつも、それだけで良しとせずに自分達にあるものの価値を高めて収益を増やすという貪欲な姿勢にアリシアとバルトロは商会でも見習うべきだと感じた。然し乍ら現状のメルドゥースで何か産業を興すとなると森の資源の活用以外に道はなさそうだがそのためには実力のある人手が不足していた。


アウレアンは各教会からすると不授の人間の国と言えるかもしれないが、龍脈の恩恵を多いに受けているため、不授と言えるかは難しいところであった。特に国民は龍神から加護を授かっていると信じているため、自然崇拝に近い宗教が生まれていた。

アリシアとバルトロからすると境遇としては自分達に近いため、話を聞くたびに親しみを覚えつつも地元に同じ考えを根付かせるのは難しいだろうと感じていた。アルクスに相談すれば何か良い案を出してくれるだろうと思い、難しいことを考えることを苦手な2人は考えることをやめた。


さらに西へと歩みを進めていくと少しずつ民家や田畑の数も減っていった。


『そういえばドクトリアさんはこれだけ歩いても割と余裕そうな顔してるね。』


『あぁ、学者とは言っても調査で色々なところを歩き回るから体力が資本なんだよ。部屋の中に引きこもっていても新しい発見はないからね。』


『学者をしながら誰かと協力して行商とかするのも良さそうだね。』


『確かに…良い商人がいたら相談してみるよ。』



しばらく足を進めると山間部の入り口である山の麓までたどり着いた。

そこにはうっすらと霧が漂っていて、急に気温が下がったかのような感覚であった。


『この山道を進んで行くと気付いたらどこか島の別の場所に出るらしいのです。おそらく山中のどこかに遺跡があるのではないかと思うのですが…』


『霧で視界が悪い。この霧で迷って気付いたら別の場所に辿り着いてしまうというのが真実かもしれないな。この島には魔獣がいないとは言え、単独行動をして逸れないためにも必ず複数人で動くようにしよう。紐か何かでお互いを結んでおくといいだろう。』


ヴォルナーの指示で「雷吼狼牙」の面々、アリシアとバルトロ、ヴォルナーとドクトリアがお互いを紐で繋ぎ、逸れないようにした。


山道をしばらく進むとアリシアが何か違和感を感じ怪訝な顔をした。


『止まって!』


『む、何かあったか?』


『こっちに来て!』


お互いの顔を確認するのも難しいくらい霧が立ち込めていたが、皆がアリシアの周囲に集まった。


『多分その辺りに境界があると思う。』


『境界とは?』


『転移術が仕掛けられている罠みたいなものかな。アルクスだとはっきりわかるんだけど、私はなんとなく前に見た感覚を覚えているだけ。』


『転移術、古代の遺跡にはそういった仕掛けがあると聞いたことがあるが、こんな山中にあるものなのだろうか?』


『アルフグラーティのある大森林は迷いの森って呼ばれていて、こういう転移の罠がそこら中に張り巡らされていたよ。多分似た様なものだと思う。』


『ふむ。いきなり転移せずに転移する場所がわかっただけでも大助かりだ。そこの境界を越えるとどうなる?』


『多分どこか別の場所に繋がってるはず。行き先は皆同じところだと思うけど一方通行の可能性もあるから越えると戻ってこれないかもしれないかも。』


『そこの境界を越えずに山を登ることはできないのでしょうか?』


ドクトリアはなんとしてでも調査を進めたそうにしていた。


『アルクスがいれば隙間とかがわかったかもしれないけど、私達だとそこまでわからなくて…』


『よし、一度境界を越えて転移をしてみてどこに出るのかを調べてみよう。万が一に備えて全員を繋いで別の場所に転移することは避けよう。』


そしてヴォルナーを先頭に全員で境界を超えた。

最初に境界を越えたヴォルナーを見ると呆然とした表情を浮かべていた。


『な、なんだこれは…』

 シュヴァルトはいつもの軽い感じがなくなり、真剣な表情を浮かべた。


『これは竜種ですか?それにしてもこの数は一体… 亜竜だけではなく、飛竜までいますね…』

ファルートが現状を整理しようとするも冷静ではいられない様子だった。


境界を越えるとそこは皆が初めてみる、数多くの竜が生息している見たこともない場所であった。

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