第42話 出立
周辺の調査も完了してすぐに旅立とうと思ったが、お礼にもう少しいて欲しいということでもう数日間滞在した。
農業のことを教わったり、狩猟で魔獣を狩って肉を提供したりすることで村のみんなと一体感を得ることができた。
支え合うということを学ぶことは連邦での基本的な思想である「調和」を理解することに繋がるらしい。
その間、今後のことも3人で相談した。
「あの組織って、この前聞いた伝説の<メテンプス>なのかな?」
「伝説の組織を真似した自称メテンプスかもしれないけどね。」
「変な野望も持っているみたいだし、大きくなる前に何とかした方が良いんじゃないか?」
「龍王様の所へすぐ行けるとは限らないだろうし、道中の目的の1つとしてあの組織を何とかするとかどうかな?」
「そうだね。でも僕達だけで何とかできるほど小さい組織ではないだろうし、できたら連邦内で協力してくれる人がいると良いんだけど…」
「そうね。とりあえず、あの組織は潰すってことね!」
あの組織があると困る人達を探すのが良いんじゃないかな。
「メルドゥースで商売敵を潰したのが懐かしいな。」
「2人ともそんなことしてたの?」
急にやる気を出してきた2人が怖かった。
「昔の話だよ。」
「俺達というよりは大人達の手伝いをしたくらいだけどな。」
「そんなことがあったんだ…」
商会にも僕の知らない過去が色々とある様だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局半月くらいもの間、長居してしまった。
そろそろ旅立つ予定だということを伝えると、また聞きだと前振りがあったものの面白い話を聞かせてくれた。
『そういえば少し北の方の国にラピスを持たない不授の楽園があるということを聞いたことがある。
このあたりだと魔術が使えないと役立たずの烙印が押されて他の街へ奉公へ出されることが多いが、その集落では不授でも気にせずに皆幸せに暮らしていると聞いたよ。もし興味があれば寄ってみるといい。』
『そうなんですか。僕達3人とも不授なのでとても興味深いですね。』
『え、あれだけ強いのに不授なのかい?ラピスの有無は強さには関係ないのかね。』
『まぁ、強くなるのは結構大変でしたよ。それにラピスがなくても色々とやりようはあるものです。』
『いや、村の恩人が不授なのであれば皆で認識を改めよう。』
『そうですね。ラピスなんて関係なくその人自身の才能というものを見抜き、育てられると良いですよね。』
『すぐには難しいが、心がける様にしてみるよ。』
この村での最後の晩、3人で直近の旅の目的を決めることにした。
「今日の昼間に聞いたんだけど、北の方の国に不授の楽園があるらしい。
ラピスを持っている人と不授の人間が分け隔てなく幸せに暮らしているらしい。」
「それは興味深いな…」
「メルドゥースは不授の人しかいなかったし、皆が皆幸せだった訳ではなかったからね。」
「どうやって皆が幸せになれているのかが分かれば王国に帰った後に、活かせるかもしれないね。」
「アルクスは自分で街を興すの?」
「街興しかぁ。考えたこともなかったよ。」
「お前は知識も豊富だし、人に指示出すのも得意だし、村長とか似合うかもな。」
「いつか落ち着ける場所が見つかったらそれも良いかもね。」
自分が不授が幸せに暮らせる街を作るか。
1つの目標として頭の隅に置いておこうかな。
「そうそう、その話を聞いて連邦にいる間の目的を決めてみたんだ。
1つ目が不授の集落に行くこと。
2つ目が怪しい組織<メテンプス>を潰すこと。
3つ目が連邦にいる龍王様、蒼翠龍様に会うこと。
とりあえずこの3つを目指して旅をしようと思うんだ。」
「賛成!」
「あぁ、異論はないな。優先順位とかはあるのか?」
「良かった。特に優先順位はないけど、すぐにできることとしては大体の場所がわかってる不授の集落を目指すことかな。
そういえば2人はこの辺りの言葉は少しはわかるようになった?」
日常だと僕が間に入らなくても簡単なやりとりはしているような気がした。
「最低限は聞ける様になったかな。話す方は挨拶と単語を少しと返事をするくらいなら。」
「だがまだまだ本当に最低限だな。聞くことも喋ることも練習しないと厳しい。」
「でもすごい進歩のペースだね。僕が他国の言語がわかる様になるのに5年近くかかったよ…」
「本で勉強するのと実践しながら学ぶのの違いじゃない?それにアルクスはどうせ他にも色々勉強してたんでしょ。」
「そうだね、頭でっかちにならないように僕も気をつけないと。」
「さて、明日からまた移動の日々だし早く寝よう。」
自分で街を作るならどんな街を作ろうかと考えている間に意識は闇へと落ちていった。
翌日
出発をしようとしたら滞在中に世話になった近隣の方々が皆総出で見送りに来てくれた。
『長いことお世話になりました。』
『いや、こちらこそ不安を解消してもらったり、数多くの肉をもらったり、狩りのコツを教わったりととても助かったよ。これからどこへ行くんだい?』
『とりあえずこの国の北の街で多種族がいる環境に少し慣れてから、先日伺った不授の楽園を目指してみたいと思います。』
『なるほど。確かに自分達と同じ境遇の人間がどうやって幸せに暮らしているのかを知るのは人生の手がかりになるからね。だが、君達は既に幸せに生きている様に見える。我々の様に決まった生き方だからとそれを続けるのではなく、自分達で自分の道を切り拓いているというのかな。』
『確かになんだかんだありつつも楽しくやってますね。ここに来てから新しい驚きがいっぱいあったので、これから世界中を回るのが楽しみです!』
『あぁ、頑張ってくれ。君達の旅路に幸多からんことを!』
皆、見えなくなるまで手を振って送ってくれた。
「良い人達だったね。」
「あぁ、俺達が不授だと知っても変わらず接してくれた。」
「ちゃんと自分達の力に自信を持って、ちゃんと成果を出せば周りも認めてくれるんだね。」
「でも、王国だと厳しいかもね…」
「そうだな、ゲネシスの教えが割と厳しいから不授 = 罪みたいな扱いだもんな。」
「そう言えば連邦の宗教のハルモニアの教会はこの辺りにはなかったね。」
「ハルモニアってはどんな宗教なの?」
「ゲネシスは創造神様を崇めているけど、ハルモニアは調和神様を崇めているんだ。」
そう言えば自分はゲネシスの教会にいたから各国の宗教のことは知っているけど、メルドゥースには小さな教会はあるものの、住民は皆不授だから利用しているのは探索者くらいだった。
「そう言えばちゃんと話したことはなかったけど、2人は神様のことはどう考えてるの?」
「そうね、あまり私達とは関係の無い存在なのかなって思ってる。」
「あぁ、特に辺境の地では信仰はあまり根付いていなかったな。」
「王都では皆定期的に教会に参拝に来ていたけど、やはりラピスを持っているかどうかで神様に感謝しているかどうかは違うんだね。」
「そうね、私達は神様からは何ももらっていないから。アルクスはどうなの?叔父さんは司教ってことは結構教会で偉いのよね。」
「うーん、昔はちゃんと教典を読んで勉強したけど、不授になってからは縁が無くなったって思ったかな。」
「縁がなくなった?」
「うん、それまではラピスを授かってご縁があったけど、ラピスが壊れたことでそれがなくなってしまった感覚かな。でも今度は龍王様とのご縁ができたし、全ては移り変わっていくものだからね。」
「へー。前に会ったことがある教会の人はラピスを持っているかどうかが全てで、創造神の教えが絶対みたいな感じで二度と会いたくないって思ったけど、そういう考えの人が教会に多かったらまた感じ方が違ったかも。」
「アルクスと同じように俺達も創造神とは縁がなかったが、龍王様と縁ができたことだしそれで良しとしようじゃないか。」
「龍王教みたいな感じかな?でも龍王様って八柱もいるんだよね?」
「そうだね、八大龍王って言ってたから。でも龍王様の話って図書館で色々読んだ本の中にもほとんど記述がなくて伝説上の存在なんだよね。」
「じゃあこれから色んな龍王様に会って、見たことや話したこと、龍王様達の考えをまとめて広めてみたらどうかな?」
アリシアはいつも面白いことを考える。
それはゲネシスの教会が創造神様の教えを伝えているのと同じことだろう。
「街だけじゃなくて宗教も興すことになりそうだね。」
「宗教が絡むなら小さくても良いから国を興しちゃった方が楽かもね。」
「確かに王国内でゲネシス以外の宗教を興そうなんてしたら面倒なことになりそうだな。」
そんなことを話しながら僕達は未来へと夢を馳せながら北へと向かっていった。
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