第321話
これだけ頻繁に魔術による瞬間移動を経験すると慣れ……はしないのだが技術の質のようなモノが分かるようになった気がする。もしかしたらプラシーボ効果かもしれないが魔法都市アーロンへのテレポートは今までで一番、酔いがなく快適だった。さすが専門家の街だ。
一方で次の対戦相手ゴブリンだが、彼女らの魔法は極めて稚拙で粗雑、体調を崩す可能性もあるのでとてもじゃないがお勧めできない……と聞いて今回の様な手段――インセクターの街チャプターからわざわざアーロンまで転移、そこからは馬車で移動――を取るようになった次第である。
理由は違うが日本人選手も所属する某チームがあるドイツの某都市、空港と言うか税関が異常に厳しいのでドイツに入国する際は避けて別の都市を使うみたいなもの、と言えば分かる筋には分かるだろうか?
「それでは宜しくにゃん!」
その移動用魔法陣を出るなりマイラさんが列を外れ、別れの挨拶を口にする。
「ああっ、マイラちゃん。襟が折れちゃってます。直そっ?」
そう言って長身のデイエルフがマイラさんに近づき布に手を伸ばす。ちなみにアローズは移動時もチームオフィシャルスーツを着用しているが、マイラさんはここで別行動になるので私服――ゆったりしたピンク色のローブ――姿だ。
「きゃっ、エオンにゃん!」
「ごめんっ、くすぐったいけど我慢して?」
小柄でサイドテールのドーンエルフと身長の高いデイエルフ、大きさは違うが両者ともアイドルぶったというか古い言い方だとぶりっこ口調のアニメ声で聞いてると耳がキンキンしてくる。
「はい、これでよしっ!」
「ありがとうエオンにゃん!」
エオンさんは襟を直すに飽きたらず、髪型やアクセサリーまで手を加えてようやくマイラさんを解放した。何せこの長身MFは本業がアイドルなのだ。普段から髪や顔や服装のお手入れが完璧なだけでなく、他の選手の身だしなみにもうるさい。
「アレくらいサッカードウにも真剣に取り組めば良いのに……」
「(リーシャさん、しっ!)」
貶みをほぼ隠さずリーシャさんが呟き、俺は小声で叱責した。だが彼女の言う事にも一理ある。エオンさんは本業のアイドル――アイドル兼業なのは別に問題ではない。多くのサッカードウ選手は職が別にあるし、ハーピィに至ってはほぼ全員がアイドルだ――を優先し過ぎる嫌いがあるだけでなく、普段から見栄えを気にするあまりプレイを止めて髪型を直すとか、ハーフタイムにシャワーを浴びて遅刻してくるとかの実害もあるのだ。
余談だがそういうチャラい選手を嫌ったアルゼンチンの某代表監督は『長髪禁止令』を出した事がある。
「試合中に髪をイジる度に集中力が削がれるから」
という理由で。
その監督と仲が悪かったマラドーナは、
「じゃあ何か? 試合中に股間を触る癖がある選手がいたら、そいつはナニをちょん斬ってこないといけないのか?」
と馬鹿にしたそうだが、代表に入りたい選手たち――ケンペスというかつてのスター選手に憧れて長髪にしていた選手も多い――は律儀に切っていたそうな。
ま、それは行き過ぎだし俺は選手のモチベーションの方が大事なので髪型や普段の服装には規制をかけない、むしろ本人ならぬ本エルフの気持ちが上がるならなんでもやってくれ、的な方針だ。だがエオンさんの姿勢に苦々しい気持ちを抱く部分も分からなくはない。
特に昨シーズンまで彼女と同じWGプレイヤーで、才能を分かっているリーシャさんはずっと思っていた事なのだろう。エオンさんの長いストライドと美しい姿勢でスラロームの様にDFを抜き去るドリブルには、火の玉小娘にはない魅力があった。なのに主にやる気の面でスタメンには至らないでいたのだ。
(今は違うが)同じポジションのライバルが燻っているのはむしろチャンスじゃないかって? そこはまあ、とことんスポ根体質のリーシャさんらしさという事で。
「じゃあね、エオンにゃん! みんな!」
そう言ってマイラさんはチームから離れて別の廊下へ消えた。アローズの中で彼女は数少ないエオンさんの知己だ。『KAWAII』を追求する生き様だけでなくプレイスタイルも理解し、彼女が受け易いパスを出しフォローできるポジショニングをとってきた。
だが次のゴブリン戦にマイラさんはいない。ただでもWGプレイヤー、ドリブラー過多のアローズにおいて現状エオンさんはサブとベンチ外の当落線上の選手だ。ここはかなりの試練なタイミングだが、彼女は分かっているのだろうか?
「甘いんじゃない? か・ん・と・く」
「まあまあ。この後、時間もたっぷりあるからさ。ひとつ、話してみるよ」
普段はアイツとか言ってる癖にこういう時だけ監督と読んでくるリーシャさんにガツンと言い――言ったよな? 言ったと思う。言った事にしよう――俺はチームの先頭に立って歩き出した。
そう、今回は時間がたくさんあるのだ。
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