第320話
劇的な引き分けの後とは言えここはアウェイの地、しかも明日は移動を控えている……とあって宿舎に戻った選手たちはかなり静かだった。
「んーあの子はいないかー」
そんな中、俺はナマハゲめいた声を出して宿舎の廊下を練り歩いていた。眼光の方はさながら修学旅行の夜の見回り先生の様でもある。(チームの)ジャージも着ているし。
「あれ? どうしたの監督にゃん?」
「どっかの地方の化け物みたいな声なのだ!」
そんな俺を同じくジャージ姿で風呂桶を持ったマイラ、アイラの姉妹――としよう。心の中でも――が見つけて声をかけてきた。なんだアイラさんナマハゲ知っているのか!?
「監督、良い心がけだにゃん!」
「召喚術の一環として異世界の魔物も学んだのだ!」
姉妹はいつものサイドテールを解いた髪を揺らして言う。てかちょっとお二方、ナチュラルに人の心を読むの辞めてくださいます!?
「魔法の読心術っすよね? さすがの魔法一家……。ところで風呂上がりっすか?」
マイラさんアイラさんはアーロンでは高名な魔術の使い手らしい。無防備な人間の心の一つや二つ――と言うのはあくまでも言い回しであって、別に俺の心が複数ある訳ではない。たぶん。まあ棚ならいくつかあるかな?――見抜くくらい造作も無い事なんだろう。
「良いお湯だったにゃん」
「広くて大人数いても狭く感じなかったのだ」
それは良かった。そう言えばインセクターって風呂に入るのかな? 山奥の露天風呂だったらしばしば虫が勝手に入ってたりするけど。
「じゃあ……お風呂にシャマーさんっていました?」
しかし俺が口にした疑問は別のものだった。
「ううん、シャマーはいなかったにゃん」
「何か用事なのだ?」
シャマーさんとマイラアイラ姉妹はみなアーロン関係のドーンエルフだし元から知り合いらしいし、と期待して聞いてみたが外れだった。
「ええ。魔法の水鏡でエルヴィレッジのスタッフと連絡を取りたいんですけど、操作が分からなくって」
明日以降の移動や物資の補給の確認、また単純にクラブハウスの様子を知る為など連絡したい事は山ほどあった。その手段としてマジックアイテムを持っては来ていたのだが、こちとら物質文明育ちの人間である。魔法の才能は全くないし道具の使用にも慣れない。
「だったらマイラに聞けば良いのだ」
「え? マイラさん分かるんですか?」
アイラさんの助言に、思わず大きな声で返す。
「マイラはシャマーの師匠だから余裕なのだ!」
「ふふふ、だにゃん!」
あ、そうだっけ。いやあ、らく○くホンを使ってそうな方にスマホの使い方を聞くような気分になってしまうが、冷静に考えれば師匠だし詳しいよな。
「そのら○らくホンて何だにゃん?」
すっ、とマイラさんの声と顔が怖くなった。
「ななななんでもないです! じゃあお願いしようっかな。こっちへ!」
あぶねーっ! 俺はこれ以上、心を読まれまいと、急いで自分の部屋の方へ彼女らを引っ張っていった。
「ではそんな感じでお願いします」
俺は相手にそう言って連絡を打ち切った。
「それで、ええと……」
「これで機能停止だにゃん」
振り返り助けを求めた俺の意図を素早く見抜きマイラさんが装置に手を触れる。途端、遙か遠くのクラブハウスを移していた画面が静かな水面に戻り魔法の水鏡はただの水を入れた壷に変わる。
「ありがとうございます。しかしまあ見事なものですね。眼鏡屋さんでシャマーさんが操るのをチラッと見てたけど、それ以上だ」
俺は礼を言いながら素直な感想を言う。確かシャマーさんも遠方を覗き見るのに似た道具を使っていたが、映像音声のクリアさやスムーズさはあの時を大いに上回るものだった。
「ふふふ。召喚術ではあの娘に負けるけど、それ以外ならマイラもまだまだ良い勝負できるにゃん!」
マイラさんは胸を張ってそう言い放った。こうして見るとジャージ姿のちょっと痛いキャラ作りしてる女の子にしか見えないが、実はすんごい年齢の大魔術師なんだよな……。
「あっ!」
「はい、すみません!」
「い、今のは聞かなかった事にして欲しいにゃん……」
突然、大声を出したマイラさんにビビって謝ってしまったが、どうやらまた心を読まれた訳ではなく単にキャラの維持でミスがあったのに気づいただけの様だった。
「ええ、まあそれはお互い様で」
「ふう、だにゃん」
「それより例の事を言わなくてよいのだ?」
俺たちがそれぞれの思惑をもって吐息を漏らしていると、ベッドの上に横たわり勝手に本を読んでいたアイラさん――友人の部屋に遊びに来た男友達かよ!――が何やら問いかけてきた。
「え? 何すか?」
「そう、そうだったにゃん!」
それで慌ててマイラさんが口を開く。
「マイラ、経由地のアーロンで一時離脱したいにゃん!」
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