第311話

 俺は思わずそう叫んだが、別に魔法使いの少女を見つけた訳ではなかった。いやもともとフィールドにもスタジアムにも何人かいるけど。この時の俺は『サリーダ・ラボルピアーナ』という戦術の一つを省略して言ったのだ。てか

「サリーだ!」

「サリーダ」

って狙ってボケたみたいで恥ずかしいね!

『なんじゃなんじゃ!?』

「ジノリさんすみません!」

 そんな事を言っている場合ではない。俺はジノリコーチに詫びを入れてジノリ台を奪うと、上に乗って少しでも高い位置からインセクターのフォーメーションを確認する事にした。

「マズいぞ! 変形もしてる! ナリンさんジノリさん、こちらも守備を5枚に……」

 そう言う最中にリストさんがケンドール選手へプレスをかけ、左のCBを使ったワンツーパスで回避され、見事にフリーになられていた。

『来るとは聞いていたのだ! ……あれ?』

 勝負を賭ける時は、ケンドール選手が前に出る。その際は、アイラ選手が下がってついて行く。昨シーズンまでの試合でインセクターの行動パターンは解析されており、俺たちは対応策も練っていた。その決まり事に従ってアイラ選手がインセクターの司令塔のドリブルコースを塞ごうと動いたが、蠍さんはその場で大きく足を振った。

「違うロングパスだ!」

 通じないと分かっていてもそう叫ばざるを得ない。そのロングパスの行き先は、ガニアさんの更に外側にいるインセクターの右SBだった。

『今度はわたし、いくー!』

 シャマーさんがラインから飛び出して対応へ走る。それ以外のDFは全員、足止めされていた。しかし誰も責められない。これは『4バック殺し』で有名な状況なのだ。

『痛ぁ!』

 インセクターの右SBがまったくヘッドアップ――ボールから目を離し、頭を上げてパスを送る先を見る動作の事だ。人間やエルフには必須の動きだが、例の複眼持ちな蜻蛉さんには不要なのだろう――せずに放ったクロスは、カットしようと飛び出したシャマーさんの顔を掠めてふわりと中へ飛んだ。

『ムルトさん!』

 先制点と同じ轍を踏む事を恐れたユイノさんは処理をDFに託し、次の動きに備える。任されたムルトさんは完璧なタイミングで跳躍し……


パーーン!


 ヘディングでボールをクリアしようとして、スポーツグラスをカブトムシのCFに弾き飛ばされてしまった!

『クリアー!』

 一方、ボールの方はムルトさんとCFの競り合いでもう一度、跳ねてティアさんの守るエリアへ行く。ユイノさんの指示通りティアさんは飛び上がりなんとか頭で更に外へボールを飛ばそうとするが、彼女を上回るジャンプ力で飛蝗のWGが覆い被さり彼女ごと中へ戻した。

「ああっ! イケないであります!」

 ナリンさんが思わず目を覆う。中央へ返されたボールは倒れるムルトさんとCFの方へ落ちる。急ぎ戻ったがムルトさんが邪魔なクエンさんと、飛び出すか迷ったユイノさんの間でカブトムシさんは冷静にボールをトラップし、シュートを放った。

『ゴーール!』

 三度、場内アナウンスが冷静に告げる。後半18分、2-1。再びインセクターのリードだ。


「すみません、眼鏡の方のトラブルで再開は少し……」

 肩を落とすアローズイレブン、淡々とポジションへ戻るインセクターチームの横で俺は、得点の確認をする為に副審さんの所へ舞い降りた審判さんにしばしの時間を乞うた。

「なるほど、少し待ちましょう。ですが負けているのはあなた方ですよ? 急ぎなさい」

 顔面を押さえ医療班に様子を見られているムルトさん――普段は革のバンドでスポーツ用の眼鏡を止めているが、CFに吹き飛ばされた際に何かが目に入った模様だ。割れた破片などでなければ良いが――の様子を見たドラゴンさんはあっさりと許可をくれた。それを受けて俺は急いでコーチ陣を集める。

「ショーキチ殿……」

 ナリンさんを始めとするベンチメンバーも全て不安そうだ。そりゃそうだ、あの得点力が低く守備が堅いインセクター相手に2失点、アウェイ、ムルトさんも負傷したかもしれない、上向く要素は見当たらない。

「えっと、ナリンさんすみません」

 しかもその原因は俺の采配ミスだ。後手に回った対応で相手の目論見に気づかず、この後も恐ろしく不利な2択をつきつけられている。

「はい?」

「これで聞こえませんよね?」

「え? ええ?」

 俺は真正面からナリンさんの顔側面を掴み、髪を巻き込みながら掌で彼女の耳を塞いだ。どうやらちゃんと聞こえないようだ。

「あの、その、皆が見ているでありますが、ショーキチ殿が落ち着くならど……」

「くそぼけしねあほー! なにやっとんねんお前! やったるんちゃうんかー!」

 目を瞑るナリンさんに唾がかからないように顔を背け、俺は力一杯に罵声を浴びせかけた。主に、自分に。

『!?』

 その大声に、意味は分からないまでも全員が絶句する。

「ふー、すっとしたぜ。すみません、仕事しますか」

「あの、ショーキチ殿、いま何をしたでありますか?」

「絶対勝つぞ! と自分に気合いを入れたんです」

 嘘である。怒りや悔しさを押さえ込まず叫んで解消する、クレーム対応時に学んだストレス発散法だ。ジョジョでエシディシが

「あァァァんまりだァァアァ!」

と泣き叫んだヤツ、と言えばその筋には通じるが、この世界の住人にはまず無理だろう。

 実はコールセンターなら叫ぶためのスペースが密かにあったりするのだが、ここには場所も時間も無いのでナリンさん以外は日本語が分からないのを良い事にこの場でささっと済ませて貰った。あと涙を流すまでは俺には無理だ。まあそこまででもないし。

「向こうは可変式の1325です。今の4バックにはあまりにも相性が悪い。後ろが重たくなり過ぎますが、一時的に5バックにしましょう。メンバーは任せます」

「は、はい。前はどうするでありますか?」

「1名だけ残して、後は中盤に下げましょう。セカンドボールを拾って貰いたい」

 そこで一度、言葉を聞ってナリンさんの通訳を待つ。急に耳を塞がれたショックからか彼女は顔が赤い。或いは少し聞こえてしまったのかもしれないな? 後で謝っておこう。

「さてと。首謀者の顔でも見ておこうかな……」

 俺は少し前に出て振り返り、メインスタンド上部にいるボクシー女王の姿を探しながら呟いた。

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