第302話
「ボナザさんとエルエルのアップを頼みます!」
審判さんが得点を、続いて医療班が押しつぶされたシャマーさんを診る為ピッチへ入るのを認めたのを見た俺はニャイアーコーチとザックコーチに指示を飛ばした。もちろん日本語のままであるが、名前を聞けば両コーチとも分かる筈だ。
「シャマーが駄目でしたらアイラを左SBに落とすでありますか?」
「そうですね。ガニア、ムルトの中央になりますが左右はこのままでどうですか?」
俺は手持ちの黒板にそれぞれの背番号を書き込み、ジノリコーチに見せつつナリンさんの通訳を待つ。普段であれば腰を落としてドワーフの目線に合わせる所であるが、今日からお立ち台がデビューしたのでそのままの姿勢で話し合える。ありがたい。
『そうじゃのう……。ムルトの方が左足が使えるが』
『ガニアの方が左に慣れていますよね? 練習的に』
エルフとドワーフの才媛が相談している間に俺はまず、医療班が駆けつけたユイノさんシャマーさんの方向を見る。人数が多いのでいつものバタバタ――痛がっている演技をしているが本当は大丈夫だという合図――は見えない。ただユイノさんの方は立ち上がり、心配そうに地面の方を見ていた。
「ほいで得点は、と。ふむふむ残念なサンドイッチ」
次いで得点シーンのリプレイが流れる上空の巨大水晶球に注視する。とは言えシュートは誰もいないゴールへ流し込んだだけなので、大事なのはその直前の場面だ。
入ってきたボールにインセクターのCFとシャマーさんが飛び込み、その後ろから腕を伸ばしてユイノさんが飛びつき、ボールはユイノさんの拳とカブトムシの短い角を掠めて後方へ、そしてシャマーさんはカブトムシと大柄なデイエルフに挟まれ潰され……という感じだった。
因みに残念なサンドイッチ、と言ったからには良い方もある。FWが守備に戻ってMFと連携し、背後からボール所持者を挟むのが良いサンドイッチで、でも例によって試合中に長い言葉は喋れないので、
「サンドサンド!」
とか叫ぶ奴である。
もちろん、この世界にはサンドイッチが無いのでそういう言い方はしてないが。
「あ、シャマーは大丈夫だそうであります!」
「その様ですね。交代は無しで行きましょう」
医療班が続行可能の合図を送り、ナリンさんがそれを伝えてくれた。どうもシャマーさんは特に打撲もなく、ただ大柄な選手二名に挟まれて胸部が圧迫され呼吸が詰まっただけらしかった。その状態の選手を回復する為によくやる、背中合わせになって該当者を担いで背中を伸ばす動作をムルトさんとやっているのが見える。良かった……。
「ただユイノさんのメンタルのケアだけ、ニャイアーコーチにお願いして下さい。ジノリコーチはキックオフからオバロの準備を」
俺はシャマーさんが軽傷であった事に安堵しつつ――いや殺しても死なないようなエルフだけど、チームの大黒柱だし何より大事な仲間でもある――次の指示を送る。
「ユイノさんには前向きなミスなのでこれからも同じ事を続けるように、て方向で。オバロのトリガーはお任せします」
ユイノさんが完全に指示を無視したのなら、例えば処理すべき高いボールに出てくれなかったとかなら多少、強く注意する必要があるかもしれない。だが先程のはそれとは反対の低いボールであり判断は彼女に任せてある。結果、ミスをし失点に繋がった訳だが初めてのボールタッチだ。そういう事もある。
と言うかサッカーとはミスの方が多い競技なので、何が起こったかをベースに考えると色々と見失う。むしろ何をしようとしたかを考えるべきだ。ユイノさんは後手に回った守備陣を助けようと勇気を出して前に出る守備をした。技術や経験の不足で結果としてミスをしたが、それはそういう彼女をGKに転向させスタメンに抜擢した俺の責任だ。だからもし責められるべき人物がいるとしたら、それは俺だ。
……と言うことはユイノさんニャイアーコーチにも前もって言い含めてある。だから今回もその辺りを汲んであのイケメン猫も上手く言ってくれるだろう。
『むふ。決まったのじゃ!』
そして俺の意を汲んでくれるコーチは一名だけではない。その幼女的外見から想像もできないような英知を誇るドワーフだってそうだ。
「ほほう」
俺はジノリコーチが作戦ボードに書き込んだ数字を見てニヤリと笑った。
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