第288話

「あ、ユイノさんとクエンさん! こんな夜更けにどうしたんっすか?」 

 俺は大きな体を折りたたみ隠すような姿勢で中を覗き込んできた二名に声をかけた。

「ちょっと二人で特訓していて……ね」

「おお、偉いね!」

 なんと! こんな時間までとは流石にオーバーワークやり過ぎだが、そんなタイプに見えないタイプのユイノさんクエンさんが頑張っている事の方を評価したい!

「まあこんな時間になったのは、自主練習の後、小腹が空いたので食堂でつまみ食いをしてたからっすけど」

「ちょっとクーちゃんそこばらさないで!」

 ですよね~。残念と言うか安心というか……。

「夜間用の非常食、役立っているみたいで良かったよ」

 ナギサさんホノカさんが加入した事で食堂の供給力とレパートリーはかなり増えている。俺は育ち盛りの選手の為に、夜中でも軽くつまめる食事を常備しておくよう依頼してあった。

「それはそうと。何か意外なコンビが仲良くなっているんだね」

 クエンさんの事をクーちゃんとか呼んでたな。ボランチとGK、まあポジション的に近いとは言えるが。

「ミドルシュートの個人練習をやってる間に、ねー」

「自分もユイノもミドルは苦手なので、チーム練習とは別に特訓する必要があると思ったんす!」

 大柄コンビはやや照れくさそうに俺の問いに応えた。ふむふむ、誰にでも『パイセン』をつけるクエンさんが呼び捨てにするとは相当、仲良しになってるな。

「あーユイノさんはFWだった時もミドル撃たなかったし、クエンさんも元はCBだもんね」

 ユイノさんはFWからGKに転向して間もない選手にしてはよくやっており、近距離のシュートストップは既にかなりの力量らしい。ニャイアーコーチの指導が良いのもあるが、FWの心理が良く分かっている……というのが理由だそうだ。しかし中長距離のシュートに関してはFWとしての経験値もそれほど無く、苦戦していた。

 それと似たような事が、DFから守備的なMFに転向したクエンさんにも言える。CB時の経験で相手を止める、奪ったボールを短いパスで味方に渡す、といったプレーには問題ないが、中長距離のパスやシュートはほぼ担当しておらず――ずっと相棒のリストさん任せだった――そこの精度はまだまだだった。

「下手くそ同士の練習というのもどうか? とは思ったんすけど……」

「変な事をやっちゃっても恥ずかしくないし、気軽に『今のどうだった?』って聞けるのも楽なんだよね」

「ほうほう」

 そう言って微笑み合う二名を見て俺も納得するものがあった。何かを学ぶ際、経験者が付いて指導を行うというのも確かに有効ではあるが、同じレベルの者同士で互いに励まし合いながら成長していく、というのも悪くはないものだろう。

「そういう事なら今後もガンガンやっちゃって下さい。コーチ陣には俺が言っておくので。ただオーバーワークだけは気をつけてね」

「はーい!」

「了解っす!」

 ユイノさんとクエンさんは全く疲労を感じさせない声で応えた。アローズの中でも若くて体力自慢の方だもんな。でもそういう所に落とし穴があったりもするし注意しなきゃ。

「そういえばお風呂もう閉まってたでしょ? 汗と疲労をちゃんと落とさないと駄目だよ」

 最悪、シャマーさんのようにまた俺の家の風呂を貸して泊めるか? 幸いユイノさんはチーム始動前からあの家には良く来ていて慣れているし、この色気のないコンビなら変な事にもならないだろうし。ただ問題はバスタブの大きさなんだよな……。

「自分ら雑っすから普段だってシャワーで充分っすよ!」

「深夜でも暖かいの出してくれるしねー」

 クエンさんが自嘲的に笑いユイノさんは実際にシャワーを浴びるかのジェスチャーで続いた。

「え、そうなの!? シャワーは24時間営業!? でもでもシャマーさんは……」

 お風呂は閉まっていた、としか言ってなかったな。それに元はと言えば24時間お湯が出るシャワー室の設置を計画したのも俺だった。

「どうしたんすかショーパイセン?」

「シャマーさんじゃなくてシャワーの話だよ?」

「またやられた……」

 俺の様子を不思議がる両名を余所に、俺は手にしたボールに額を打ち付けて呻いていた。

「俺もう絶対にあの女、信じねえ……」

「どうしたんだろ……」

「ところでそのボール、何なんすか?」

 額の軽い痛みを戒めとして刻み込もうとしている俺にクエンさんが訊ねる。

「あ、これ? 普及部の活動で子供たちに寄付するヤツなんだ」

 実際の所、ちゃんと首を据えて額をしっかりと当てていると大して痛くない。俺は行為の無意味さに気づき、ボールをぽいとクエンさんに投げ渡した。

「へーそうなんすか!」

「あ、これメッセージが書いてある!」

 意外な事にユイノさんが目敏く見つけて叫んだ。

「うん。中古を寄付するんだからせめて磨いてメッセージも入れて、ってやりたくて」

「え、でもこれ全部、監督が一人で?」

 ユイノさんは用具室の床全体に転がったボールの群を見て驚く。

「あー、まあ」

「なんで一人でやってるんすか?」

 クエンさんの意表を突いた問いに、俺は少し悩んだ。

「なんで? なんでだろ……。でもまあ、遠征組は練習に試合にあるし、居残り組は実際にあちこち行って貰うし、かな?」

「自分らにもやらして欲しいっす!」

 即座にクエンさんが言った。

「え? 何も選手がやらなくても」

「これだけじゃないっす。普及部の活動も、っす」

「えええ!?」

 クエンさんからは聞いた事もないような声に俺は驚きの声を漏らした。

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