第246話

 コンコース半ばまで来たところで笛が鳴り、後半が開始された模様だった。俺は待ってくれていたナリンさんに合流しベンチへ向かう。

「他にも策があったでありますか?」

「ええ。ただ向き不向きがあって人を……エルフを選ぶ策なのでみんなには言わずにやりますが」

 実の所、ナリンさんにも向いてない話ではある。しかし個人アシスタントである彼女に内緒にはしたくないので、道中でささっと話す。

「なるほど、それは……」

 説明が終わる頃にはベンチにも到着し、ナリンさんはかなり複雑な表情で笑いながら椅子に座った。

『どうしたのじゃ?』

『ナリン、大丈夫かい?』

 ジノリコーチやニャイアーコーチが心配してなにやら彼女に声をかける中、俺はピッチ上の戦況を確認していた。

 オーク代表キックオフで始まっていた後半だが、ボール保持はエルフ代表に移っていた。システムは元に戻って1442。並び方も試合開始時と同じだ。練習からして最も慣れた陣形フォーメーションになって、アローズは冷静にパスを回していた。

「焦らなくて良いぞー!」

 言葉は通じないが仕草は分かるだろう。俺は少し前に出て、声をかけながら両手を広げて下に下にと動かした。

 だが俺がそう言うまでもなく、選手達はセーフティーにワンタッチ、ツータッチでパスを回し続けていた。基本的にはDFラインとボランチ2名でパス交換をしつつ、ワイドに開いたアイラさんレイさんに入れてまたワンタッチで戻して貰う。たまにダリオさんも中盤に降りて触るが、すぐ前線へ戻っていく。そうやってリズム良くボールを動かしながら、執拗にマンマーク相手を追うオークDFとカバーの位置へ動く中盤の空いた選手やペイトーン選手の様子を伺う。

 そのプレーを実現可能にしたのはエルフ特有の繊細なボール扱いと、丁寧に育成され水を充分に含んだ芝生の状態だった。

「後半にむけて水をたっぷり撒いて下さい」

とグランドキーパーさんにお願いしたのがちゃんと通じていたようだ。

「空いた!」

 俺が呟いた刹那。ずっと同じようなリズムで選手とボールが動いていた中、ほんの僅かだがレイさんがダッシュをした。いわゆる2ラインの間、自分をマークするDFと中盤の守備的なMFのちょうど真ん中へ、だ。

『シャマー姉さん!』

 そうレイさんが呼ぶに及ばず、シャマーさんはムルトさんから受け取ったパスをダイレクトで背番号14につける。若き天才はそのパスを自分から少し離れた所へトラップし、勢いをつけてドリブルを開始しようとし……

『痛ーっ!』

 凄い勢いで魚雷のように滑ってきたペイトーン選手のスライディングに、足ごと刈られて吹っ飛んだ。

「なぜファウルないでありますか!?」

 ナリンさんが複雑な抗議の声を上げる間にもボールはオーク代表FWに渡りかけ、ルーナさんとのスピード勝負になる。

 その勝負、ルーナさんやや優勢か? となった所でそのFWは肩をハーフ・エルフにぶつけた。

「ちぇっ……」

 それでルーナさんは体勢を崩さないまでも大きくバランスを崩す。しかし静かなファイターはわざとボール方向へ倒れながらも足を伸ばし、ボールをライン外へ押し出した。

『ピー! オーク代表、スローイン』

『ちょっと審判! アレはどうなのよ!』

 シャマーさんが再び最初にボールを拾い上げ、審判さんへ抗議の声を上げる。ボールを持っていない方の手が指さす方向は、まだ倒れたままのレイさんだ。

「担架、入れましょう。ザックコーチもお願いします」

「了解であります!」

 審判さんはシャマーさんの訴えには首を横に振ったが、ピッチ脇で担架を振り振りアピールするザックコーチには頷き、医療班が中へ入ってレイさんを連れ出し治療するのには許可を与えた。

「シャマーさん! ほどほどに!」

 言葉は通じないだろうが、俺はシャマーさんへ声をかけてクレームを取り下げるよう指示を送った。遅延行為や過度の抗議でカードを貰っても困る。

『笛まで待つように』

 シャマーさんが俺の方を見た後、ぷんすかとDFへ戻るのを見届けた審判さんは、自分の笛をペイトーン選手へ見せてまだ試合再開しない旨を伝える。どの道、ボールと選手を追って防戦一方だった上に再び巨漢DFを上げてロングスローをするつもりだったであろうオーク代表キャプテンは、二もなくそれを受け入れた。

「レイさんはどんな感じ?」

 それを横目に見ながら俺はピッチ脇まで行って運び出されてくるレイさん達を待ち受けた。場所はオーク代表ベンチより少し向こうだ。自分の身体でなるべくサンダー監督の視線を遮り、様子が分からない様にする。

『ダメージ逃がす為に飛んだだけやから何もない! もう少しやらせて!ウチ……まだ何もやってへん!』

「ショーキチ殿、レイさんは……」

「もう少しやらせろって事でしょ? 分かってますよ」

 通訳をしてくれるナリンさんを遮って俺は言った。こんな時に選手が、しかもレイさんみたいな娘がどんな事を口にするかなんて分かり切っている。

「俺だってまだ下げる気はないですよ。だってレイさん、後半にガッツリ倒す為に前半からずっと種を蒔いてたんでしょ? 美味しい所だけ取り上げて他の選手にやらせるなんてしませんよ」

 そこまで言うと、今度はちゃんと間をおいてナリンさんに通訳をお願いする。

『まだ戦って貰います。後半でトドメを刺す為に、レイさんは種を蒔いてきましたよね? 収穫の時はこれからです! と』

『やっば……バレてたん!?』

 レイさんはナリンさんの言葉を聞いて、すくっと立ち上がった。

『めっちゃ見てくれてるやん! なんか今すぐショーキチ兄さんの種をウチに蒔いて欲しくなってもうたわ』

「レイさん、なんて?」

「あ、いや、その……」

 レイさんの言葉に俺の名前が含まれていた気がしてナリンさんに訊ねるが、答えはなかなか返って来ない。

「ま、行けるって事かな。そうだ、マイラさーん!」

 気になるが他にやる事もある。俺はエルフ代表のベンチ脇にいるマイラさんの方へ声をかけた。

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