第219話
その日からFKとCKの特訓が始まった。この世界の競技レベルは初めて観た時に思った通りさほど高くないが、それはセットプレーでも同じだった。いや、それ以下と言っても過言ではないかもしれない。
味方に合わせる時は闇雲に放り込むだけだし、直接狙う場合もキッカーの技術だけで勝負するものだ。まあこの世界の住人は身体能力や身体の構造が地球の人間と違う。それだけでも十分に驚異だし、面白くもある。
だがエルフ――の能力――についてはそこまで顕著に優れている訳ではない。空間把握能力と視力に優れてキックの質が非常に高いが、他のチームに比べれば肉体的には
そこを改善しなければアローズは「上」にはいけない。そう、オーク戦だから早急に……というのもあるが、いずれにせよそこは手を着けなければならない部分だったのだ。
謎の有志数名によって行われた『ショーキチの子種流出防止作戦会議』の最後で俺が叫んだ「教えた事」とは、つまりそれらの事であった。
実際、彼女らがどれだけ真剣に練習してくれていたかは、今となっては大いに疑問だが……。
そういう訳で俺たちは練習漬けの日々にいた。ドワーフ戦に向けて上げたコンディションを一度落ち着かせ、またジワジワと開幕戦に向けて上げていく。プレシーズンマッチでの反省点を洗い出す。ゾーンプレスに更に磨きをかける。オークDFの穴を共有する……。
そしてその中にしばしばセットプレーの強化を混ぜた。俺が特に重視し導入したのはトリックプレーの類だ。この世界ではそこまで流行していないのでかなり有効だろうし、まともにやっても勝ち目が薄いのは分かっていたしね。
とは言え、というか、だからこそと言うか。アローズの皆さんは再び頭の使った事ない部分を酷使し、大半が知恵熱状態で苦しんでいた。
まあ、そういう中だったので、何名かが流出防止作戦会議なんかを強行した事については多少、同情或いは理解の余地がある。
だがここで「同情の余地がある」と言って本当に同情して終わっては二流の指揮官だ。一流の指揮官を目指そうと言うのであれば再発防止策を模索し手を打たねばならない。
恐らく必要なのは頭脳、精神的な方面でのリフレッシュだ。しかしご家族を呼んでホームパーティー、とか豪華リゾートで豪遊、なんかはもうやっちゃったし効果は薄いだろう。
そこで俺は一計を案じ、ある練習の日――オフではない。オフの日に会社の用事で呼び出されるなんて最悪だしね――にアローズのみんなを集め、シソッ湖の上に浮かべた。
「おお! みなさんお似合いですね!」
俺は大きな帆船の縁に整列するアローズの選手たちに賞賛の声をかけた。空は青く晴れ渡り、涼しい風が湖面の上を滑るように吹いている。隣には同じ型の帆船がもう一杯――レース用のヨットの呼び方だよ!――が停泊しており双子の様に揺れている。絶好の船日和の中、エルフのお嬢さんたちはやや、怪訝な表情を浮かべながらその風景を見渡していた。
「これは好勝負が期待できそうだなあ」
「あのー、ショーちゃん?」
まだ状況が把握できていない選手を代表して、シャマーさんが手を上げる。
「どうしました? キャプテン?」
「この服と言うか防具……なに?」
シャマーさんは水着の上に着せられた、空気で膨らんだ革鎧のようなものを指で摘んだ。
「ああ、それはライフジャケットですよ」
「ライフジャケット?」
「救命胴着とも言いますが。中に空気が入っていてですね、それを着ていると泳げない人が水に落ちても溺れないんですよー」
「へー凄い!」
俺は得意げに説明を行った。余談ではあるがサッカー選手には意外とカナヅチ、つまり泳げない人が多いと言われる。いや正確な統計をとった訳ではないんだけどね。ただ部活あるあるなどでたまに話題になるのだ。
やれ体脂肪率が低く浮き難いから、やれ子供の頃からサッカー漬けで水泳をあまりしないから等、言われそれなりに根拠があるように思える。
なので俺は今回のオリエンテーションを前に、用具部にお願いしてライフジャケットを作って貰った。
「じゃなくて! なんでこんなのを上に着なくちゃいけないのよ!せっかくこの魅惑の競泳水着ででショーちゃんを悩殺しようと思ったのに!」
いやシャマーさん例の着てきちゃったの? と思ったが俺が口にしたのは別の言葉だった。
「それはですね。今日はみなさんに、ヨットレースをやって貰うからです!」
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