第207話
俺とレイさんが瞬間移動の装置で王城へ帰ると、魔法陣の脇にはダリオさん、ナリンさん、ムルトさんが揃っていた。
「帰国を急がせて申し訳ありません。ボナザの様子はどうでしたか?」
「大丈夫みたいです。ご家族もいますし。それよりこちらはどんな感じですか?」
労いの言葉をくれるダリオさんにそう尋ねると三名は『誰から話そうか?』という風に視線を巡らせたが、やはり
「ドワーフ戦の勝利で、アローズへの注目は想像以上に加熱しています。取材の申し込み、リクルーター、そしてボランティアの応募が殺到しまして、どう考えても協会としての処理能力を越えているので今は全て断っている状況ですが」
言いつつ先導して歩きながら、まずエルフサッカードウ協会の会長としての報告をダリオさんが行う。
そう。俺が急遽呼び出された理由の一つがそれだ。たかだがプレシーズンマッチ、されどドワーフ戦。あの勝利で人気と注目度が一気に上昇し、俺抜きでは処理したり判断したりできない有象無象がアローズに押し寄せてきたのだ。
「あと
「なっ! またスゴい連戦になっちゃいましたね……」
エルフの宿敵オークか……。ファンタジー世界の種族としては決して強い方ではない。むしろ弱い方だ。ただ序盤の雑魚、と言う意味ではゴブリンと大差ないが、外面のインパクトと様々な所業の兼ね合いで存在感はまた全然違う。
「ドワーフ戦から時間的には空きますが……心は安まりませんね」
ナリンさんがしみじみと言って俺はその言葉に一人、少しだけ赤面してしまった。
オーク。豚のような外面と大きな体躯を持つ悪の尖兵でエルフの宿敵。それが一般的なイメージだ。
だが同じ宿敵と言ってもドワーフとは少しニュアンスが違う。あちらは『善の種族同士だが性格が合わなくて仲が悪い』だが、オークとは『善と悪の対立。あと色々な怨恨』というのがある。
この様々な所業とか色々な怨恨というのは……アレだ。『オークとエルフの姫騎士』的なアレ。そう、ちょっとエッチ方面の。
ゴブリンが旺盛な繁殖能力を自分たちに向けて莫大な人口を誇るのに対して、オークは何というかそれを……他の種族に向けられる所が違う。簡単に言うと他の種族とたくさん生殖してたくさん混血児を産める。
ま、もちろんそういうのは主にエッチな創作での誇張であって、種族間戦争がほぼ無くなったこの世界では違う。違う、のではあるが遠からずと言うか、大昔はそういうのがまあまああって、今でも混血が容易である部分は変わらない。
なので『エルフの宿敵オーク』とか『オークと闘うと疲れる』とかエルフの皆さんが口にすると、俺はなんとなく恥ずかしくなるのだった……。
「因縁の相手とアウェイでプレシーズンマッチをやったかと思えば、次はホームで別の因縁の相手とですもんね……」
「ええ。あとそれを踏まえて、DSDKから来週のキックオフセレモニーへの参加者の提出も求められています」
来週のキックオフセレモニーとは、開幕戦の2週間前に各チームの監督と注目の選手が一同に会し、メディアを集めて宣伝するイベントの事である。
「それを踏まえて、て事はオーク戦に向けて盛り上げられる選手を連れてこい、て意味ですよね?」
「ええ。ただ今はドワーフ戦のインパクトも強いですから、あの試合で目立った選手を選んでも良いかもしれません」
なるほど言われてみればそうか。因縁がある、例えば過去のオーク戦で得点を上げた選手でも良いが、メディア的に言えばいま話題の旬の選手を呼んで欲しい、というのもあるかもしれない。
具体的に言えば鮮烈なデビューを果たして2得点した若き天才……レイさんとか。
「どしたんショーキチ兄さん? はなし終わったん? さっきの続きしに行く?」
俺の視線を誤解した――いや曲解が正しいだろう――レイさんが後ろから追いついて、艶のある表情になって微笑みかけてきた。
これは不味い。ムルトさんが
「破廉恥ですわー!」
と叫ぶ前に急いで否定せねば。
「行きませんし続きもありません!」
「あら? お急ぎのようでしたらこちらの話も手短に致しますわ。新規スポンサーの申し込み、ユニフォームとア・クリスタルスタンドの注文が殺到しております。あとスーツについての問い合わせも」
タイミング良くムルトさんが話題を変えた。俺は魔法の眼鏡をかけながら、彼女の渡す資料に目を通す。
「ほうほう。商品の人気が出たのは素直に嬉しいですが、スポンサーの方はなかなか……機を見るに敏な話ですね」
アローズのユニフォームにエルフ王家以外の名前が載るのはなんとかかんとかと言ってなかったか? まあその慎み深さを越える価値が出たものだと前向きに考えよう。
「ショーキチ殿、こちらもご覧下さい。選手達のリストです」
続いてナリンさんも資料を渡す。こちらは現在の選手達の所在地を記したものだ。
「幸いな事に、大半がショーキチ殿の助言通りエルヴィレッチで身体のケアを受けています。ですが所在不明の者、連絡がつかない者も何名かいます」
基本的にはオフを三日与えているので、彼女らがどこにいようが自由である。但しそれは先日までの話だ。今のように人気が爆発してファンやマスコミが殺到している現状では違う。
危惧しているのは、あまり考えたくないがストーカーみたいなファンにつきまとわれるとか。或いはマスコミのインタビューを勝手に受けて、余計な事を話してしまうとかね。
「これはまた悲しいくらいに意外な事が無いリストですね……」
俺はざっと一覧を見てため息をついた。シャマー、ティア、マイラ、アイラ……。所在不明者側にいる連中の名前は、あまりにも予想通り過ぎた。
「とりあえず、中で。何か飲み物をお願い」
そう言ってる間に協会の事務室前についた。ドアの所には最近、雇われたらしいガンス族の護衛さんと秘書さんがおり、ダリオさんはその二名に声をかけて中に入る。
「ウチもええん?」
「うん。もちろんだよ」
前に少し行き違いがあったが、レイさんはそれ以来ずっと話し合いに自分も加わって良いのかを、毎回聞いてくれるようになった。
健気な子だな、と思う。これで誰か俺以外に意中の相手ができれば言うことはないんだが……。
そんな偽善めいた事を考えながら、俺も部屋の中へ入った。
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