第166話
なんとかリストさん用のサングラスを作成し、他のちょっとした買い物も終えて俺たちは『グラス・ゴー!』を出た。次はいよいよ水着だ。
「あの、ショー殿……」
慣れる為にもうサングラスを付けたままのリストさんが小声で俺を呼び止める。
「何ですか?」
「お願いがあるのでござるが……」
そう切り出したリストさん、口調はいつも通りのキョドり気味だが見た目は何か迫力があって怖いことを頼みそうだった。
「なんでしょうか? むっ、無理のない範囲でお願いします」
その迫力にビビりながら応える。男性だとちょっと見た目で侮られがちな選手に髭を生やさせる監督もいるというが、サッカードウだとサングラスもアリかもしれないなあ。
「このサングラスなのですが、ドワーフ代表に同じ様なものをプレゼントするのは駄目でござるか?」
「はぁ!? 何を言い出すんじゃお主!?」
俺ではなく側にいたジノリさんが反応する。
「だって、その、ジノリ殿、ショーウィンドウの前でトランペットを見つめる少年のようにこれを見ていたではござりませんか? もしかして、これが同胞のチームにもあれば良いなあ……と思ったのでは?」
リストさんその例え、俺には分かるけどジノリコーチには分かり難い!
「いや、確かに我らドワーフも日差しの強い地での試合には苦戦しておったが……あの子らはもう敵で……」
ジノリコーチは困ったような案外、図星なような顔で店先の壁を撫でる。ここは助け船を出すべきだな。
「いえ、リストさんの言う事はもっともです。ナイトエルフやドワーフ族に限らずですが、サッカードウをする上で不便を被っているプレイヤーがいるならなるべく助けてあげたい。そうする事がサッカードウ全体の利益にもなりますから」
「そうだよ~、ジノリちゃん。遠慮はなし!」
店前でモジモジしている俺たちを心配して近寄ってきたシャマーさんが言った。そう、これからは自チームだけでなくサッカードウ全体の事を考えるべきだ、というのは監督カンファレンスでシャマーさんに言って貰った事ではあるが、提案を呑ませる為の方便ではない。本心だ。
「そうそう! ショーキチ兄さんは困ってるプレイヤーがいたら敵でも世話してしまうお節介やし」
こちらはシャマーさんについてきたレイさんだ。言外に自分にあった事を言ってる様だが……これは匂わせか?
「あージノリさんもレイさんもそこなんですけど」
店先で話が長くなるのもどうかと思ったが一言つけ加える事にする。
「さっき『敵』て言いましたけど、対戦相手は『敵』ではないです。対戦型のスポーツは、ルールとこちらを尊重してくれる相手がいて初めて成り立つモノなので。言葉の細かい部分かもしれませんがなるべく『敵』とは口にしないで下さい」
そして説教臭くなり過ぎないよう一言付け加える。
「と言いつつ俺もじゃんじゃん口を滑らせてしまいそうですが。『敵陣10m付近』とか『敵に塩を贈る』とか」
俺がそう言うと両者は小さく笑いながらも頷いてくれた。
「その『敵に塩を贈る』とはどういう意味なんですか?」
俺たちの話している所にダリオさんが来て訊ねた。そこへナリンさんムルトさんも続く。結局、全員だな。
「自分、クラマ殿から聞いた事があります。確か……」
ナリンさんが俺に代わってダリオさんに説明を始めた。助かる。その間に渋い顔のムルトさんに話しかける。
「……という訳でドワーフ代表にもサングラスを買いたいんですが」
「はぁ……無限にお金が出る魔法の壷でも持ってらっしゃるの?」
ムルトさんがため息混じりに愚痴ると、俺だけでなくリストさんまでも縮こまった。まあ壷ではなくお金を産み出す鱗なら持ってるんだけどな。
「すみません」
「いえ、良いアイデアだとは思いますわ。リスト、素晴らしい着眼点です。見直しましたわ」
「そうじゃな! リスト、心から礼を言う。ありがとう!」
「うぁ……え……はい。こちらこそありがとうございます!」
珍しく2名に誉められ狼狽えるリストさんの背中をそっと押し、頭を下げさせる。
「(な? そんなに怖いエルフやドワーフじゃないんだよ?)」
「はい! ショー殿もみなさんも……ありがとうございます!」
俺が小声でそう伝えると、リストさんは大声で叫んだ。サングラスの下はきっと涙目だろう。
「リストさんおかしいって! アイデア出したんはリストさんやし、お礼を言うのはみんなの方やから」
「そうですよ。もっと自信を持って、普段からどんどんアイデアを出して下さい」
レイさんナリンさんが励ましながらリストさんの肩を叩く。美しい風景だ。
「いや~良い買い物になったね。じゃあ折角だからみんなで食事でもとって帰ろうか? ティアさんの働いてた酒場でショーでも観ながら、さ?」
俺は半ば独り言のように語りつつ記憶にある方向へ歩き出す。が、二歩目でシャマーさんに服の肩と腰の辺りを掴んで止められた。
「あれ? 何ですかシャマーさん、審判に見つからずに服を引っ張ってFWを止める練習ですか?」
引っ張り方、角度とも
「ノンノン、ショーちゃん。そうはいかないわ」
「どうして? ここで帰れば深イイ話風で終われるじゃないですか!?」
俺は涙を流し電話に問いかける猫の様な表情で訴えたが、掴む受話器は存在せず逆に空いた方の腕をレイさんに掴まれ挟み込まれた。何に? かは考えない事にする。
「食事はめっちゃ魅力的やけど水着の買い物の後にしよな! でお店はどっちやっけ?」
「こちらです。参りましょう」
レイさんに言われてダリオさん――先ほどの赤い眼鏡を購入しつけている。本当に気に入ったんだな――が先に立って歩き出した。
「じゃあ行こうか、ショーちゃん」
「そっちのみんなまた明日な!」
シャマーさんレイさんはコンビで呼吸を合わせ、俺の身体の向きを操って歩き出す。
「ショー殿、御武運を!」
「ショーキチ殿のセンスを見せつけて下さい!」
リストさんとナリンさんが無邪気に声援を送る。欲しかったのはそっちの声じゃないのに! と嘆く俺を余所に、手を振るナリンさん達の姿は小さくなっていくのであった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます