第139話

「どうぞどうぞ! ウチらはレイとこの家族、フィーとフェル言います。今はこの、往生際の悪い人間を追いつめようとしてたところですわ!」

 フィーさんは明るい笑顔を浮かべなから無体な自己紹介をした。

「そうなんですか! ワシ……僕はレーブって言います。選手Dの父親で、普段は城の方で働いてます。そうか君ィ、王城では往生際が悪いのは許されないゾ! てな! はっはっは!」

 そう自己紹介を返す男性は黒で統一された衣装でスマートな身を包み、正にドイツ代表の前監督、レーブさんみたいだった。

「なんか独特なエルフ来たで」

「選手Dってなんなん? いきなりイニシャルトークなん?」

 レイさんの父母は混乱しているが、俺はこの男の正体を知っていた。

「こんばんは! 俺はガニアの夫、ロンドです。みなさん、飲んでらっしゃいますか?」

 その場に更に一名、加わってきた男性がいた。自己紹介通りガニアさんの夫ロンドさんだ。手には白い液体がなみなみと満たされた大きな杯がある。

「もちろんだとも!」

「それは良かった! このミノタウロスの乳酒は試されましたか? なかなか濃厚で……あれ? あなた、どこかで……」

 ロンドさんは酔ってやや焦点の合わない目で、レーブと名乗った男性の顔を見つめた。

「あわわ! あの、俺はレーブさんと内緒の話があるので失礼! フェルさんフィーさんロンドさんと楽しく飲んでて下さい!」

「え? いや、ウチら酒よりブルマン派なんやが……」

 気づかれる前に対処する必要がある。申し訳ないが俺はレイさんご家族にロンドさんを押しつけ、ある女性に目配せを送りつつ自称レーブさんを強引に引っ張って厨房内緒話ができる場所の方へ入った。

「おいおいどうしたんだショウキチ監督?」

「貴方にはキチンと話をしておく必要がありますね」

「ええ!? キッチンでキチンと話を?」

 嬉しそうに笑う男性に、流石に俺も我慢の限界だった。

「いい加減にして下さいレブロン王!」


 話は一週間前、コーチ会議の直後まで遡る。あの後、俺たちは場所を変え監督室へ移動していた。

 机に置かれた紙――ダリオさんをクールダウンさせたモノ――は二枚に、俺の目の前で悩むドーンエルフも二名に増えていた。

「これは難しいブツね、ショーちゃん」

 その屈指の頭脳をフル回転させていたのはシャマーさん。そしてその悩みの種になっているのは懇親会の招待状だった。

「はい。その相談でお呼びしました。忙しい所、申し訳ない」

 俺はシャマーさんダリオさん、二名のドーンエルフを見渡しながら頭を下げる。いつものようにシャマーさんはその可愛らしいピンクの唇を摘みながら考え、ダリオさんは腕を組んで胸を圧迫しながら深くため息をついた。

「まさかもう一名、考慮が必要な対象がいるとは」

 ダリオさんが言う「考慮が必要な対象」の一エルフ目はもちろんレブロン王で、もう一エルフはマイラさんだった。

「もちろん、基本路線で言えばレブロン王はダリオさんのお父さん、マイラさんはアイラさんのお祖母さんなので招待してしかるべき存在です。ですが……」

「父は酔うと何をしでかすか分かりませんし、王が来ている! と参加者の皆さんが気づけばとてもリラックスはできないでしょう」

「マイラ師匠はお婆さん扱いされるのめっちゃ怒るし、でも保護者として招待しなければそれはそれで不機嫌になりそう」

 ダリオさんシャマーさんがそれぞれ俺の言葉を継いで見解を述べる。

「ですよねー。どちらも取り扱い注意で頭が痛いです。それだけ重要な存在でもありますが」

 俺は苦悩に頭を掻いたが、実際にそうなのだ。レブロン王は国賓であると同時にアローズの重要なスポンサー、エルフ王家そのものでもあるし、マイラさんは最年長の重鎮として、そして試しに起用してみたボランチとしても選手達と中盤を巧みにまとめ上げていた。

 いやマジで。


「いつもにゃんにゃん言ってるけど相談してみると人生経験豊富で助言が的確」


と若い選手達に評判だし、守ってはダリオさんやクエンさんを走らせてコースを限定してインターセプトの山を築く、攻めては微妙にポジションを前後しながらクサい所に渋いパスを通す……とジノリさんもナリンさんも絶賛していた。

「父は重要な存在なんかじゃないです! いやいっそマジでハブいて拗ねさせて、部屋でイジケさせていた方が仕事も捗るかも……」

 ダリオさんは恐ろしい事を口にしながら、また魔法の指輪を操作して王家のスケジュールを調べている。てか結構、本気!?

「ははは。洒落にならないかも……」

「ショーちゃん、後悔してる?」

 乾いた笑いを浮かべる俺の脇をつんつんと突きながら、シャマーさんが訊ねてきた。

「何をですか?」

「……ん。異世界まできて監督になったのに、こんな面倒な事で頭を悩ませて苦労するなんて」

 いやこんな悩みは望むところ、むしろ避けたいのはシャマーさんが仕掛けてくるあれやこれやなんだけどな。

「いえ、後悔なんてしてませんよ。やりがいのある仕事ですし」

 ちょっと茶化した返答をしたかった所だが、シャマーさんの真面目な、というか少し落ち込んだような顔を見て普通に応えてしまった。それにあの日のあの出来事――ムルトさんを強引にチームに参加させた後、なんとなく流れで彼女を抱き上げてしまいそうになった――以来、少し照れ臭いというか気恥ずかしいという感情がある。

「だったら良いんだけど。じゃあ一緒に頑張ろうね。ちゅ」

 そう言うとシャマーさんはもの凄く自然に俺の頬に唇を当て、身体を椅子に戻して招待状を持ち上げた。

「公務の日程をずらせば……んんんん!? ショウキチ殿、今の?」

「はい!? なんでしょう?」

 あまりにも自然な動作だったからか、ダリオさんが普通に話を続けかけ途中でようやくツッコミの声を上げた。

「ショウキチ殿、シャマーと……」

「はい、相談が必要ですね!」

「もはや日常的に、そういうこと……」

「してませんけど! 定期的にキャプテンとの相談時間が必要ですね!」

「こうするしかないよね」

 問いつめようとするダリオさんと誤魔化そうとする俺に、シャマーさんがふと呟く。

 見ると、彼女の両手で招待状の一枚が凍り付き、粉々に砕けた。

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