第132話

 アカリさんサオリさんが終わった後は予告通り事務員さんや会計さんの面接だったので、俺とダリオさんを除く他の皆さんには帰って頂いた。というかアカサオ――面倒なのでリストさんがそう命名した――の採用も決定したので、ただちにクラブハウス、エルヴィレッジへ連行するような形だった。

 さてこの「事務員さん会計さんの面接」というのがかなり退屈な内容で、と言うのももちろん仕事柄ゴブリンやオークのような忠誠心が怪しい連中悪そうな奴らを雇う訳もなく、ノームやガンス族という良く言えば真面目、悪く言えば面白味のない連中の面談をひたすら行ったからだ。

 自己アピールの時間で突然モノマネを始めたり、ジャグリングを披露したり……という志望者は一人もおらず、のべ十数人夜までかかって採用活動をやりぬいた俺とダリオさんはすっかり疲れ切っていた。


「あー! 終わりました! お疲れさまです」

 最後の一人が扉を閉めたのを確認したダリオさんが、猫のように伸びをしつつ叫ぶ。腰が反りグググっと胸が突き出される。

「まっ、窓でも開けましょうか?」

 俺は意志の力を総動員してその風景から目を逸らし窓を開放して空気の通り道を作った。振り返ると解かれ広がったダリオさんの髪が、風に煽られ舞うように揺れていた。

「ありがとうございます。あー早くぜんぶ外してお風呂に入りたい!」

 全部は外さないまでもボタンの上二つを開きながらダリオさんが叫ぶ。まだまだ窮屈だわ! というようにアレが存在を主張する。

「どうしました?」

「いえ、なんにも!」

 疲れと開放感で自制心が緩みそうだ。俺は慌てて机に戻って書類を集め、事務的な精神状態へ戻ろうとする。

「ショウキチさんも入ります?」

「はいりません!」

 俺の努力を粉砕しようとするかのようにダリオさんが言った。

「そうなんですか? 私は牛一頭でもお腹に入りそうです。一応二名分の軽食を持ってこさせますね」

「へ?」

 間抜けな顔で固まる俺の前でダリオさんはドアを開け、通りかかった誰かに食事を注文した。

「入ります? てアレか。食事が腹に、て意味か……」

 俺はその風景でようやく言葉の意味を理解した。

「あら? 他にあります?」

「いえぜんぜん!」

 さとられたら駄目だ。俺は言葉少な目で否定してダリオさんに背を向け作業を続ける。

「もしかして……一緒にお風呂に、ですか? えっちですね」

「違います!」

 俺が振り向いて猛烈な勢いで手を左右に振ると、ダリオさんは自分の胸を隠すような仕草をしつつ笑った。

「残念ですけど、お見せできる程のものは無くて」

 いやあるやろ!

「最初は水着を着てならいけますが、それで良いでしょうか?」

 最初以降はどうなるんだ!? とか水着でもエッチ過ぎでしょ!? とかツッコミの言葉は思いつくが口にはできない。代わりに口をついたのはとりあえずその水着についてだった。

「水着と言えば! 監督カンファレンスでセンシャ行事の廃止を訴える予定なんですが、開催は何時でしたっけ?」

「そうだ監督カンファレンス! エルフサッカードウ協会も出席するんでした。ええと……」

 人をからかうのが大好きなドーンエルフとは言え、彼女はやっぱり王族で協会会長で責任者だった。ダリオさんはいつも着けている魔法の指輪を操作し、虚空にカレンダーめいた表を浮かばせる。

「いつもシーズン開幕の一ヶ月前なので……今から二週間後ですね」

 監督カンファレンスはシーズン前に各種族チームの監督とサッカードウ協会会長らが一同に介し、リーグ戦のレギュレーション、日程や選手登録の期限や交代数、改正が有った場合はルールの変更点等を確認し合う会議の事だ。監督同士の顔合わせ的な側面が強いが、俺は前々から言っている通りセンシャという罰ゲーム――負けたチームの選手が水着姿で相手チームの馬車を洗う儀式――の廃止を提言する予定だった。

「二週間ですか。まあそれだけあれば準備はできるかな。あ、ついでなので他の予定も見せて下さい」

「ええ、どうぞ」

 監督カンファレンスまでは思ったより日があったので、俺は別の行事を確認しておく事にした。

 監督カンファレンスから二週間後にはメディア向けのキックオフセレモニーがある。こちらには監督とキャプテン、そしてチームの一押し選手が出席して開幕戦への意気込みや宣伝をメディアの前で行う。

 その一週間後はスーパーカップ。リーグの覇者とカップ戦の王者が対戦するのだが、悔しい事にフェリダエチームが二冠してしまっているので対戦相手はノートリアスチーム――チャリティ的側面が強いのでノートリアスの収益が増えるように――となっている。

 更にその一週間後がリーグ開幕だ。開幕戦の相手とホーム・アウェイは監督カンファレンスの時に発表されるので開幕戦だけは約一ヶ月、対戦相手の分析や対策が行える訳だ。

「この隙間隙間にこっちも何か入れたいですね。さし当たり、カンファレンスより前に保護者会ができれば」

 保護者会とは要するにナリンさんに言ってた「選手の家族やパートナーだけを呼んで行う懇親会的パーティ」の事である。

「そうですね。確かに対戦相手が決まったら戦術練習も的を絞ったものになりますし、家族とはいえ部外者の出入りは避けたい所です」

 ダリオさんの言うことは尤もだ。別に選手の家族が情報を漏らすとは思っていないが、単純に出入りする人数が多くて警備に隙ができる事は避けたい。

「あ、でも家族と言えば……」

 と思いつつも俺はダリオさんへからかい返しを行いたくなって言葉を続ける。

「保護者会、ダリオさんの場合はやっぱりレブロン王をお呼びすべきですか?」

 そう、ダリオ姫の父親はレブロン王。『残雪溶かす朝の光』王国の国王でありドーンエルフ屈指の魔術の達人であり、なんというかオモロイふざけたおっさんでもある。ダリオさんとは血を分けた親子なので保護者と言えば彼がそれに当たるのは当然であった。

「父ですか!? 父ですか……うーん」

 腕を組み悩むダリオさんの胸で別のちちおっぱいが苦しんでいた。良い眺めだ。いやあれだけ俺をからかったダリオさんが悩んでいる風景が、ね?

「保護者会の目的の半分は『こういう施設でご息女をお預かりしてますよ』て見せる為なので、レブロン王には不要と言えば不要ですが」

 クラブハウス、エルヴィレッジのお披露目会は、こと上層部に対してはもう終わっている。実は完成して真っ先に行ったのだ。何せブツはエルフ王家の物だし。本当の所は、エルフ王家が俺から借りているものだが。

「いや、その、父が……一般の方と一緒に見学したり食事を取ってお酒を飲んだりという事をすると……」

 確かにそうだ。

「まあこことクラブハウスは近いですし無理には……」

「ダリオ様、失礼します」

 悩む俺たちの部屋のドアでノックの音が鳴った。見ると、侍従さんがダリオさんに頼まれた軽食を運んできた様だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る