第113話
「なにやら毎日、勝負をしているそうですよ? 半分以上決めたらリーシャの勝ち、止めたらユイノの勝ちで負けた方がデザートを譲るとか」
ナリンさんが俺の隣に立ち笑顔を浮かべながら告げる。確かに微笑ましい行為だ。リーシャさんが1本、2本とシュートを決める度に大げさに喜び、ユイノさんが悔しそうに地面を叩く。
3本、4本……。鋭角に曲がって落ちたクロスがリーシャさんの足下に吸い込まれ、彼女は軽くコースを変えてゴールネットを揺らす。
「特訓の成果、出ていますね」
「ええ。うん……んん!?」
次のクロスに対して殆ど動く事なく、リーシャさんは頭で決めた。
「いや、これは違う気がする。ナリンさん、ちょっと来て下さい!」
俺は監督室を飛び出し、リーシャさんたちの元へ走った。
俺達が着くまでに勝敗の行方は決してしまっていたらしい。そこには勝ち誇るリーシャさんと肩を落とすユイノさんの姿があった。
「また負けたー! 今日こそはデザート頂くつもりだったのに~」
「ふふ、まだまだねユイノ! ニャイアーコーチにお願いして練習量増やして貰えば?」
リーシャさんはドヤ顔でそう言い放ったが、俺はそこに割り込むように宣言した。
「ちょっと待った! この勝負、
「ええ!?」
「何!?」
意表をつかれ驚きの声を上げる両者だが、リーシャさんは明らかに心当たりがある顔だった。それでも反論してくる。
「ちょっと監督!? 私が何をしたって言うのよ!?」
「厳密に言うと君じゃなくて、こっちだよね」
俺は迫るリーシャさんに背を向け、サイドライン付近に陣取る子エルフたちの方を見やった。ナリンさんもそちらに視線を動かしつつ訊ねる。
「ショーキチ殿、どういう意味なんですか?」
「俺がリーシャさんに出した宿題をざっくり言えば『子供たちが蹴るような、イレギュラーなパスでもシュートに持ち込む』練習だった。ところがだね……」
ナリンさんに応えつつ、少年少女の方へ歩み寄り『彼女』の肩を掴む。
「今の勝負のクロスは全部、この娘が出し手だった。この年齢にしては、いや、そういうのを抜きにしても屈指の
もちろん最終的には実際に試合で共に戦うチームメイト練習し、そのチームメイトの出すボールに合わせた動きをして貰う事になる。だが現在の所はさっきも言ったように、どんなパスにも対応できるように慣れて貰う段階だ。
簡単に言えば、贅沢を覚えるのは早い! って所かな。
「結構、一緒に練習したんでしょ?」
俺は俺が肩を掴んだ少女――確か湖畔で俺がサッカーを教えていた子供たちの中でも年長者で、ポリンという名前の筈だ――にそっと聞いた。彼女は静かに頷いた。
「ちょっとリーシャ! どういうこと~!?」
「え、まあ……そう言うことだけど、気づかないユイノも悪いのよ!」
「なんですって~! デザートの恨み~!」
リーシャさんはそう言って逃げ出したが、ユイノさんもなかなか脚が早い。追いつき見事なフライングボディプレスをリーシャさんの背中に命中させ引き倒すと、キーパーグローブを彼女の鼻に押し当てる。
「やめて! 臭い! めっちゃ臭い!」
「これが私の血と悔し涙の匂いだ~!」
いやユイノさんそれ乙女の攻撃としてどうなんだ? と思ったが不安げな顔で俺を見上げるポリンちゃんの視線に気がついた。
「ショーキチお兄ちゃん、ごめんなさい」
「いや、君は悪くないよ。でもちょっと聞きたい事があるから、一緒に監督室まで来てくれるかな? ナリンさんもお願いします」
「はい。ポリン、行きましょう?」
ナリンさんも来ると聞いてポリンちゃんの表情が少し和らいだ。俺達は咽せてせき込むリーシャさんの声を背中に聞きながら、クラブハウスへ戻った。
「ごめんね、ショーキチお兄ちゃん」
「いや、さっきも言ったけど君は悪くないよ。ただいつからやってたのかを教えてくれるかな?」
俺はそう言いながら監督室の窓を操作し、柔らかい緑色にして外部の視線や風景を遮断してから椅子に座った。
「ポリン、他の子と順番に蹴る方は最初は参加できてなくって。ショーキチお兄ちゃんとナリンちゃんが旅行へ行った後から混ぜて貰えるようになったの」
「じゃあ一ヶ月くらいか。でもその後は?」
俺はざっと暗算しつつ先を促した。
「ポリンだけ遅くて下手だったから、みんなが帰った後も残って独りでボールを蹴ったり、リーシャお姉ちゃんがやってる駕籠に沿ってボールを曲げるやつとかをやってたの。そしたらリーシャお姉ちゃんが一緒にしよう、って」
「それが?」
「それが五日後くらい?」
じゃあ三週間くらいじゃないか! 遅くて下手どころかめっちゃ上手いやんけ!
「本当なの、ポリン? それって凄いことなのよ?」
「嘘じゃないよ、ナリンちゃん。でも、その……」
ナリンさんに優しく聞かれたポリンちゃんはすぐにナリンさんの問いを否定したが、続きの言葉は言い難そうだった。
「怒らないから全部、言ってごらん?」
「最近はリーシャお姉ちゃんに借りて、大人のボールも蹴ってるの。ごめんなさい! 嫌いにならないで! うぅ……」
いやマジか! 泣き出すポリンちゃんにタオルを貸して肩を優しく叩き、俺は少し離れた所へナリンさんを連れ出す。
「ポリンは嘘を言うような子ではありませんが、信じられません!」
「いや、ある事だと思うよ。地球でも天才的なキックを持つベッカムって選手がいたけど、彼が上手くなったきっかけはカントナって名選手の練習に付き合っていたからだって言うし」
ベッカムはともかくカントナはちょっと規格外過ぎてナリンさんにも説明し難いが。
「そうなんですか!? でもこれからどうします?」
「そんなの、答えは一つですよ」
俺はナリンさんに耳打ちして、ポリンちゃんの前に戻った。
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