第76話

「なんでたった5分で帰らなあかんの?」

「ほんまや。残念やったな、レイ」

「折角、代表がつかってはるスタジアムでボール蹴れたのに。ウチが何かしたん?」

「実際、ねーちゃんなにかしたんちゃうか?」

「でもほら、係員さんのいわはることやろ」

「ほな。おかーちゃん行くわな。カイ、ヌノー抱っこしたって。行くで。レイ、ジョア、元気でな」

「あ、お前……」


 そんな会話が控え室から聞こえ中から疲れた顔のナイトエルフの女性出てきた。背後には幼い子を抱えた青年を従え、俺とすれ違う際には顔を隠すようにそっぽを向く。

 何か気分が害するような事をしてしまっただろうか? と後ろを振り向きつつ歩いていたので、俺はもう少しで入り口に立つナイトエルフの男性にぶつかるところだった。

「あ、すみません!」

「いえ、こちらこそ。ほう、貴方は人間? どうしてこ……」

 恐らく、どうしてここに? と訊ねようとしてその長髪の男性は口を閉じた。別の人物が彼の服の袖を引っ張ったからだ。

「どちらさんですか? もしかしてここの関係者さん? だったら誰か説明できるかたを連れてきて欲しいんですけど?」

 刺々しい声と視線が俺に投げかけられる。その発信源こそ俺がここへ来た理由だった。

 白い髪に藍色の肌はナイトエルフとしては標準的。しかしウルフカットの下からは、儚げな顔立ちでただ一つ強烈な印象を残す「目」が俺を射抜いている。まだ思春期と思わしき身体にとんでもない瞬発力とテクニックと視野を持つ少女。ほんの一瞬で俺に全てを忘れさせたあの選手ファンタジスタがそこにいた。

「すみません。俺はショーキチと申します。地上でサッカードウエルフ代表の監督をしています。今回のイベントでは責任者に近い役割もしています」

 その少女は最初、俺の話を興味なさそうに聞いていたが「責任者」という単語を聞いて目を見張った。

「じゃあウチがここにこさせられた理由も分からはります!?」

「ちょっと、レイちゃん……」

 もの凄い剣幕で俺に迫ろうとした少女――レイというのだろう――を押しとどめ、男性がこちらに頭を下げた。

「すみません。ウチの娘、今日ここで球蹴りできるの楽しみにしてたんです。でもちょっと時間短かったみたいで」

 と言うことはこの腰の低い男性はレイさんの父親だろう。確かにやや幸薄そうだが美形とも言える器量は両者とも、いや奥にもう一名幼い女の子がいるのだが彼女を入れたら三者とも、良く似ている。ただレイさんのような目の強さは他の二名には無い。

「それだけちゃうもん! 久しぶりにお父さんとお母さんと喋るチャンスやったのに、あんなけで帰るなんて……」

「レイ! もう、そんなことお前が気にせんでええがな」

 親子はわちゃわちゃと言い合いを始めた。お母さんとは先ほどすれ違った疲れた顔の女性だろうか? 確か男の子たちを連れてたが、その子の雰囲気も彼女に似ていた気がする。

 となると俺は少し複雑な関係に余計な横やりを入れてしまったような気がするぞ……。

「お取り込み中すみません。今回、お嬢さんとご家族の方をお呼びしたのは、一刻も早くお話をしたかったからでして」

 頭を下げつつ言葉をかける。ナリンさんもクランさんも、周辺を警戒する役割のステフさえもまだ来ていなかったが、俺は話を進めるしかなかった。

「お話とは?」

「地上でサッカードウをやりませんか? お嬢さんをエルフ代表チームへ迎えたいのです」

 俺の言葉が単刀直入過ぎたのか、二名はピタリと動きを止めた。或いは逆にもうちょっと具体的に言うべきか?

「報酬は十分に払います。ご家族も含めて、地上での生活も完璧にサポートするつもりです。家とか学校もチームもちで」

 そこまで言うと二人は徐々に凍っていた表情を解き放ち、それぞれ別の方向へ解放させた。

「ええ話やないかレイ! 詳しい条件を聞こうやないか、な?」

「……嫌や」

 父親は嬉しそうに手を叩いたが、娘が見せたのは冷たい拒絶だった。

「どうしてんレイ。憧れのサッカー選手になれるんやで?」

「何か条件があるんですか? 出来る限りで相談させて貰いますが……」 

 父親と俺が揃って懐柔の声を挙げるが、レイさんは冷たく背を向けたまま荷物をまとめ、しばらく退屈にしていた幼い子の手を引いた。

「そんな事でウチをあそこからここへ連れてきたん? 最低やわ。行くで、ジョア」

 レイさんはそのまま一顧だにせずに控え室を出て行く。全く心当たりがないが、彼女を怒らせる何かがあったのだろうか?

「すみません! おい待たんかいレイ!」

 頭を下げ慌てて後を追う父親の手に俺は魔法の翻訳眼鏡を握らせ

「持ってて下さい」

と囁くのがやっとだった。

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