第63話

 そこにはまぶしい笑顔で握手を続ける一人のハーピィと、彼女に繋がる長蛇の列があった。

「ドミニクさん、ですね?」

「はい」

 ドミニク・ウィル。サッカードウでもアイドル活動でも、彼女はハーピィたちの中心だった。

 特徴を言えば……とりあえず『華がある』というところか。歌っても踊っても、ドリブルしてもシュートをしても華がある。いや、極端に言えば歌詞を間違えたりパスをミスして天を仰いだりしても、その仕草そのものが『絵になる』存在だ。

「最高ですよね、ドミニクさん。彼女は跳躍一つでもう芸術です。飛び散る汗と反射する光までも操ってるような錯覚を覚えます」

「えっ分かります!? そうなんですよ! あのライブの……」

「「『JAM』の時の!」」

 異口同音に、俺とカペラさんはあるライブのある曲名を口にした。ドミニクさんはその曲のクライマックスで美しい跳躍を魅せたが、カメラアングルと照明の神懸かった演出により光の中で舞う天使のように見えたのだ。

「表現者としてもサッカードウのプレイヤーとしてもタイプは違い過ぎるんですけど、ドミニク先輩は一番の憧れです」

 カペラさんはもうアイドルではなく一人のファンの目でドミニクさんを見上げていた。

「そうですか? 確かに芸能方面では違いますけど、サッカードウで言えば二人ともウイング・ストライカーに分類されません?」

 寂しそうなカペラさんを見て俺は思わずフォローする言葉を口にした。

「ウイング・ストライカー?」

 不思議そうな顔で聞き返す彼女を見て「しまった!」と思ったが口にしてしまったものは仕方ない。俺は当たり障りのない範囲で説明することにした。

「いや、俺もどこで聞きかじったか覚えてないんですけど。スタートポジションはウイングの位置で、そこからカットインして得点を狙うタイプの選手と言うか……」

 どこで聞きかじったか、なぞハッキリしている。俺はゲームウイイレで見た。もちろんそんな説明はできない。

「ドミニクさんはエースストライカーですけど、割と最初はサイドに流れてそこからドリブルで中に入ったりラインの裏に飛び出したりするじゃないですか? カペラさんもCFとして途中交代で入ったりしてましたけど、適正ポジションはウイングぽいのでスタート位置はサイド、それも利き足と逆の左なのかな……と」

 これはだいたい、ナリンさんの分析の受け売りである。カペラさんはハーピィにしては長身で身体も強い為センターに置かれがちだが、そのスピードやドリブルのセンス的にスタートポジションはサイドの方が良いのではないか? というのがアローズ凄腕コーチの見立てだった。

 意外な解析だが、名だたるウイングを排出してきたエルフさんが言うのだからきっと間違いないだろう。カットインしてシュートの際に有利だから利き足と反対のサイドが良い、という部分は俺の付け足しだ。

 ってここまで喋ったら「俺もサッカードウもちょっと好き」どころではないな! 素性がバレるんちゃうか!?

「ウイング・ストライカー……なるほど、そうですね!」

 俺の言葉をじっくりと飲み込んでいたカペラさんが、弾けるように言った。

「確かに私、ドミニク先輩に憧れている割にプレーをしっかり見ていなかったような気がします! 自分は監督に言われるままセンターに入ってパスを待ってただけのような……。でも先輩みたいに、サイドから中へ入って得点を狙っても良いんですね!」

 これは彼女に「気づき」を与えてしまったか?

「ありがとうございます! お揃いさん、お名前を教えて貰えますか? お礼がしたくて……」

「いえ、名乗るほどのものじゃありません! じゃあさようなら。頑張って下さい!」

「あ、待って!」

 怪しいセミナー自己啓発系の主催みたいな言い回しをしている場合ではなかった。明らかに喋り過ぎた。俺はカペラさんの手……もとい羽根を振り払い、小走りになって握手会場を後にした。



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