第61話

「うあー緊張してきた」

 後日。俺とナリンさんは「アホウマリンスタジアム」にいた。グランドの端に少し高いステージのようなものが設置されており、机と椅子と仕切のロープが渡してある。その壇上にはまだ誰もいないが、ピッチレベルの方には俺とナリンさんを含む多様な種族が溢れていた。

 それぞれ名前や色の入ったTシャツや法被で身を飾り、握手会が開始されるのを待っている。そう、ここにいるのは紛れもなく『WillU』のファン達だ。

「凄い人数……しかもかなり女性がいるんですね! 驚きです」

 帽子と眼鏡で変装したナリンさんが呟く。俺も念のため髪型と衣装を変えてこの会場にいる。いないのはスワッグとステフだ。彼女たちは同じショウビズ業界関係者で共演経験もあるので、変装してもバレるかもしれないので今回の作戦には参加しない。

「ええ。今時のアイドルは、女性ファンを掴むのも必須です。アローズはどうなんでしたっけ?」

「ダリオ姫は国民のアイドルなので男女ともにファンがいますが、それ以外で言えばやはり男性に偏っていますね。我々も女性サポーターへのアピールをもっと考えるべきかもしれません」

 ナリンさんが眼鏡を光らせながら答える。地味な変装をしつつも美貌を隠し切れていない感じがズルい。

「その辺りのヒントも、この握手会で掴めれば良いんですが……」

 彼女に比べ、地味な格好をしたらトコトン地味な姿になる我が身を顧みながら言う。

 今日のターゲットは二名、潜入しているのも二名だ。ナリンさんが小柄で元気一杯のムードメーカー「トレパー」さんに接触し、俺がスケールの大きさが魅力、未完の大器「カペラ」さんの羽根と心に触れる。

 何か言い方が気持ち悪いな?

「まず先日のライブの感想を言って、サッカードウでも頑張って欲しいと伝えて、サッカードウ素人なので何を見れば良いですか? と聞く……」 

 ナリンさんが手元のメモで段取りを確認する。個々の人気や混み具合、運営さんの方針によって異なるが、握手会でファンとアイドルが接触できる時間はそれほど長くない。短い時間で良い印象を与え心を開かせ、必要な情報を聞き出すのはなかなか困難なミッションだ。入念な作戦が要る。

「本当に俺がカペラさんで良いんですか?」

 緊張の面持ちでメモを繰り返し読むナリンさんに問う。彼女はどちらかというと物静かな方だし、元気一杯なトレパーさんと話が弾むかはやや不安なのだ。

「はい、大丈夫です。ショーキチ殿はカペラさんとしっかり話してきて下さい」

 なのにナリンさんがトレパーさんを担当する事になったのは、頑張り屋さんだけど不器用で、先輩へのリスペクトを一杯に持ちつつも上を目指す一生懸命なカペラさんと俺がお話してみたかったからだ。はっはっは。

「はっはーあ、本当にすみません。楽しませて頂きます」

「え? ええ、その意気ですよね。試合も作戦も、緊張するより楽しむ気持ちで挑まないと!」

 うっ! そんなつもりで言ったんじゃないがその純真さが今は俺を苦しめる! やめてくれ!

「『永らくお待たせしました。まもなくWillU握手会~シャイニーウイング輝くすべての翼へ~を開始します。それぞれ手元の案内状に記載の場所へ集合下さい』」

 良心回路が悲鳴を上げる俺を救うようなアナウンスがスタジアム内に流れた。周りのファンも様々な歓声を上げながら行動を始める。

「では! 終わったら宿で!」

 トレパーさんとカペラさんの机の位置は遠い。また待機列や触れ合える時間の長さも未知数だ。俺たちは最終的には宿で落ち合うこと決めていた。

「はい。良い知らせを期待していて下さい!」

 ナリンさんが軽く手を振り、素早く自分の位置へ移動を開始する。俺は彼女が振り返らないの確認してから、口臭予防マウスウォッシュの香料つき小枝を噛み髪の毛をとかし、自分の列へ向かった。


 俺の整理券番号は一番後ろだった。それもそうだ、直前に慌てて円盤を買い漁って手に入れたものだから。故に待たされる時間は長く、緊張と期待が甘い痛みを俺の心にもたらしていた。(アホウに入ってからちょっと言動が痛いかもしれないがしばらく勘弁して頂きたい)

 背の高いカペラさんの姿はまだ列が短くなっていない時からでも見えた。父親の血か肌はやや浅黒く髪も黒い。一見するとアイドルとしての派手さはないが、シャープな動きと力強さは新人の中でも随一でファンの評価も高い。だが……ステフの声か脳裏に蘇った。

「カペラって子は自分で自分の素材や能力を持て余している感じなんだよな。気持ちが弱いとかじゃないんだ。ステージでも良い度胸みせるし動くと迫力もある。だけど何か足りない突き抜けない……て感じだ。足りないのはファンへのアピールかもしれない、との意見もあって本鳥ほんにんも気にしているらしい。。そこが狙い目かもな」

 それがステフのカペラ評だった。まあまあの酷評やんけ、くそ! とファンの末席としては思いつつも彼女の目は確かだ。いくつか見た円盤の中でも先輩を喰うほどの存在感を魅せた時もあれば、「いたっけ?」というライブもある。

 そしてサッカードウの方では……と考えている間に俺の番が遂に来た。

「こんにちは! いつも応援しています!」

 おおおお! 本物のカペラさんだ! て偽物も見たことないけど! 考え事をしていた為に言うことが吹っ飛んだ俺はとりあえず挨拶をしながら手を出す。

「こんにちは! ありがとうございます」

 笑顔で答えて羽根を差し出すカペラさんの首には、俺のと似た翻訳魔法のアミュレット首飾りがぶら下がっていた。ファンは多種族に渡るのでアイドルにとってもこの装置は必須だ。

「あ、同じのつけてます? お揃いだ~」

 カペラさんは俺の方のアミュレットを指さしながら、決して、けっして作り笑いではない表情で微笑む。なんという僥倖!

「お揃いです! あの、前回のライブ最高でした!」

「あー私が序盤の『レイザー』でキーを間違えてみんな巻き込んでボロボロになったライブですね」

 そうだった! カペラさんは『レイザー』というやや難解な曲でやらかしたのでそのライブには触れない予定だったのに!

「いや、その、違った!」

「冗談ですよ~。個鳥的こじんてきにはそこから立て直せたので良いパフォーマンスだったと思います。先輩には苦言を頂きましたが」

 カペラさんにフォローされてしまった。おかしい、そんな筈では……。

「はい、移動してくださいブヒ~」

「え? あ、はい。応援してます、頑張ってくださーい!」

 剥がし役の屈強なオークさんに肩を掴まれ、俺はカペラさんの前から強制的に排除される。顔だけ向けて意味のあるような無いような声をかけるのが精一杯だった。

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