第53話

「だいねえちゃん?」

 そこには鮮やかな銀色のエプロンをまとい、手にお盆を持ったゴブリンの少年の姿があった。

「そうダ! だいねえちゃんが火薬チームなんか軽くタオしてすっぽんぽんダナ!」

 すっぽんぽん……ああ、負けたチームがする洗車の事か。ゴブリンの裸なんかみたくないけどな。

「君はあのカーリー選手の弟なのかい?」

「おう! だいねえちゃんの17こシタのおとうと、セスなんダナ!」

 セスと名乗ったゴブリンの少年はお盆をナリンさんに預け、両手の指を駆使して数を数えてから宣言した。

「この子、カーリー選手の身内らしいです。17下だとか」

「なるほど。『17』だけリスニングできましたが、そうなんですか」

 ナリンさんが預かったお盆をセス君に返しながら俺に言う。ナリンさん、ゴブリン語も数字だけ分かるようだ。

「ずいぶん、年齢が離れてるんだね?」

「ねんれ? ちがうぞ! あいダに16にんねえちゃんとにいちゃんがいるんダゾ」

 そっちかよ! しかしまだまだ大家族なんだな、ゴブリン族は。

「ほえ~。おとうちゃんとおかあちゃん、頑張ったんだな~」

 食い物を飲み込んだステフが会話に割り込んできた。彼女はゴブリン語もいけるようだ。ってこの娘ったらまた下世話な話題して!

「おう! だいねえちゃん、『でぃふぇんダーではじめてとくてんおうとるせんしゅになる!』てひっしにれんしゅうしてるんダ!」

 おっとそれは重要な情報かもダゾ? FW転向じゃなくて、やっぱりリベロとしての方向か?

「へえ~。しかし両親やだいねえちゃんは頑張ってるけど、点を入れられたみたいだぞ?」

 意味も分からず得意げになったセス君にステフがツッコミを入れる。ふと画面を観ると、彼女の言葉通り銀色のチームは赤色のチームに得点を入れられていた。

「オーノー!」

「やっぱりクレイ選手のFKか! 上手いなー良いボール!」

 リプレイを観て頭を抱えるセス君の横で俺は思わず声を漏らした。

「そうですね。やはり壁を越して落として……という球種が得意なようです」

「セットプレイになった切っ掛けの方はどうです?」

 俺が尋ねるとセス君やステフの会話に幻惑されず試合をちゃんと観ていたナリンさんが応える。

「外に開いたWGが追い越したSBにこう出して、ここから遅れたCBが腕を引っ張って倒して……という流れでした」

「攻撃の人数が多いから一人のDFで何人も見る状況になった、て感じですか?」

「ええ。前の選手が攻撃参加したDFにこんな風にちゃんとついて戻れば防げたかもしれません」

 ナリンさんが咄嗟に卓上の食器や食べ物で局面を再現してくれた。画面の方はそこからではなく、クレイ選手のFKの方を何度もリプレイで流してくれている。地球にもあった事だが、その前からも観たいんだよなあ。

「攻撃の人数についてはチームで対策するとして。FKの方はどうです? ユイノさんで防げますかね?」

 FKの守備、特に壁の作り方というのはかなり経験がモノを言う分野だ。それ以外の部分はシーズン開幕までにニャイアーさんが猛特訓でなんとか仕上げてくれると(いう希望的観測ご都合主義)しても、この分野は難しいかもしれない。

「ユイノには悪いですが、無理だと思います。あれだけのFKとなると、よほど上手く壁を構築しないと防げません」

 ナリンさんは渋い顔で首を振った。やはりそうか。対戦時期とか状況にもよるが、ゴブリン戦ではユイノさん以外のGKの起用を視野にいれないとな。俺は追い越すSB役を担ったコップを掴み、中の酒を飲みながら沈思黙考に入った。


 気付けば俺たちの卓の周囲は沈黙に包まれていた。考え込む俺とナリンさん、空気を読んで静かに食事に没頭するステフ、すっかりしょげかえってしまったセス……。

 それだけではない、偶然にも俺たちの座った付近はトロッコチームを応援するファン、サポーターの固まるゾーンだったらしく、銀色の布を体のどこかへ巻き付けたゴブリンたちは一様に落ち込んでいた。

 一方、意気上がるのは火薬チームを応援するゴブリンたちである。彼らは肩を組み瓶を振り、早くも勝利を確信して大声で歌っていた。

「相変わらず分かり易い奴らだな~」

 そんな彼らを見て、ステフが嬉しそうに笑う。そうだな、ゴブリンチームは波が激しいらしいがそれはゴブリンの気性そのもの、調子に乗りやすいが落ち込みも激しいものに影響を受けているのかもしれない。

「歌も下手だが、ソウルはある」

 ステフが専門家として一言も添える。うん、サポーターの歌声なんてだいたいそんなものだぞ(偏見個人の意見です)。

「ソウル……そうだよな、気持ちで負けてどうするんだ、セス?」

 俺は可哀想になって、トボトボと厨房に帰りそうになっているセスを呼び止めた。

「なんダ?」

「選手は、だいねえちゃんはまだ戦っているのに応援するお前等が先に諦めるのか?」

 別に意図しての事ではないが、カーリー選手の情報を漏らしてくれたセス君に俺は加担したい気分になっていた。

「いや、そんなことないゾ!」

「だったら声をだそうぜ。セス君も……ほら、お前も!」

 俺は隣卓のゴブリンたちにも声をかけ、一人の腕から銀色のスカーフを借り受けた。

「試合はまだ終わってないぞ! トロッコチームの奴らは立ち上がって銀色のものを振れ! ステフ、扇動してくれるか?」

「おうよ!」

 ステフは喰っていた肉の骨を投げ捨て、例によって楽器を腰から抜き放つと、机の上に飛び乗って勇ましい曲を奏で始めた。

「トロッコチームのゴブリンども立ち上がって踊れ! 叫べ! 飛ばないヤツは火薬チームだ!」

 ステフはゴブリン語で、言葉の途中から節をつけて歌うように叫ぶ。

「踊れ! 叫べ! 飛ばないヤツは火薬チームダゾ!」

 シンプルな節回しと言葉が徐々に伝染していく。俺はその中で、なるべくトロッコチームのファンらしきゴブリンを一カ所に集め、密集させる。

「みんな肩を寄せて、頭上で銀色の布を横向きに回すんだ! こうやって!」

 そしてゴール裏でサポーターがよくやるアレを、彼らの前で実演してみる。

スリング投石器だ! スリングで石を投げる時のアレだと思え!」

 戸惑うゴブリンたちにステフの助言が飛ぶ。意味は分からないがその言葉で何かを掴んだらしい、ゴブリン達は次々と頭上で布を回し始める。

「ひゃっほー! 派手にやってるじゃないかぴよ」

 祭りと聞いて我慢できずかけつけたアンドリュー、ならぬスワッグがゴブリン達の頭上を飛びながら言った。

 いつしかトロッコチームの応援は音の圧となって屋台街を焚きつけていた。別の店でも訳の分からぬ客や店員たちが同じ動きを真似し始める。

 頭に巻いていたバンダナ、テーブルの敷布、テントのタープ……あらゆる「振り回し易い布」がゴブリン達の頭上で回され、まるで銀色の生き物のように身体をくねらせていた。

「なんダ……こいつら!」

 さっきまで意気揚々としていた火薬チームのサポーターたちが呆然とした面もちで呟いた。屋台街の空気は完全にトロッコチームの銀色に染め上げられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る