第51話
こうして俺たちは再び旅の空の下へ戻った。いや、エルフの王国からアーロンまでは距離も環境も旅と言うにはおこがましい程度のものであったので、今度こそ初めて
「旅に出た」
と言うべきかもしれなかった。
一日ほど移動すると道は舗装されたものが殆どなくなって剥き出しの地面が容赦なく馬車を揺らすようになり、すれ違う旅人も覆いのない荷馬車に大勢がハコ乗りしていたり、裸足で徒歩だったりが目立つようになってきた。
風景もアーロンの人工的な建物から平原へ、そして山岳へと移り変わって行く。夕刻になると心なしか風までも荒々しいものへ変わってきた。
轍が深く刻まれた道の傾斜がきつくなり、
「この辺りからもうウォルスだぴよ」
その声を聞いて俺とナリンさんは部屋の中から馬車の御者台へ移動する。外に出て見渡すと、辺りはもう殆ど岩山だった。
「これがウォルス……ゴブリンの生息地ですか」
この世界において国家とはほぼ種族の王都、一つの街を表す。そういう意味ではウォルス本体、この岩山の中心部にある鉱山街はまだ見えていない。しかし空気や雰囲気が明らかに違っているのは分かった。
「ゴブリンについて復習するかぴよ?」
険しい山道をものともせずに馬車を引っ張るスワッグの問いに俺は頷いた。
ゴブリン。地下に住む小鬼、歪んだ妖精。小柄で醜く邪悪な性格をしている為、物語やゲームではしばしば「悪の先兵」「序盤の雑魚」として扱われる。それは戦争がほぼ無くなったこの世界でも、さほど遠いイメージでも無いらしかった。
地下資源を全て我がモノと思い、圧倒的繁殖力から広い領土を欲するゴブリンはかつてほぼ全ての種族と対立関係――ただ相手の強さとの相対関係においてライバルだったり従属者だったりしたが――にあった。
「人前に出てこないゴブリンだけが良いゴブリンだ、とも言われたぴよ」
「そこまで嫌われていたのか」
かなりの言われようだな。もっともそれは過去の話で、とスワッグは続ける。
それが変わったのはやはりクラマさんとサッカードウの影響だった。ゴブリンはもともと群れて行動する事を好み、サッカードウという集団スポーツに向いていた。この世界にサッカーボールが現れるやいなや、彼女らはそれを追う事に熱狂した。
そのスタイルは狂気なまでの攻撃サッカー。守備をかなぐり捨てて攻撃に全てをかける、ゼーマン監督大喜びだ。もともと無謀な戦闘行為で無為に命を散らしてきたゴブリンは、サッカードウに邁進する事で戦死者数が激減。異常な繁殖力もナリを潜め、多種族と対立する事も減った。(但しサッカードウの試合は異様に数をこなし、失点も大量に重ねた)
「じゃあちょっと波の激しそうなチームですね?」
「はい。エルフ代表としては苦手なチームでもあります」
話がサッカードウ中心に移った為、スワッグから説明を引き継いだナリンさんが話を続けた。
エルフ代表はスピードと美しさをモットーとするチームである。だがなりふり構わないゴブリンサッカードウにしてみれば、か弱くたやすくパニックに陥り易い
ただおかしなもので、ウォルスの後に訪問する予定であるハーピィ、そのチームをゴブリンは苦手としていた。ハーピィの得意とする空中戦に、ゴブリンは手も足も出ないのである。
そしてそのハーピィをエルフはお得意さまとしていた。ゆったりと攻めるハーピィの攻撃を冷静に捌き、鋭いカウンターを決める。
このエルフ・ゴブリン・ハーピィのジャンケンのような3竦みは近年の強豪、フェリダエ・トロール・ミノタウロスが台頭する以前の優勝争いの名物だったと言う。
「へえ~。じゃあ低迷する古豪であり、かつてのライバルたちが久しぶりに1部に返り咲いて戦う訳ですね。熱いですね~」
「ええ。ただ復活したゴブリンはかなりの強敵です。今のチームには彼女がいますので」
ナリンさんは手元の装置である映像を見せてくれた。そこにはゴブリンには珍しい長身で、最終ラインを統率する一名の選手の姿があった。
「この選手は?」
「ゴブリン代表キャプテンにしてDFの要。CBのカーリー選手です」
映像の中で彼女はチャレンジしたDFのカバーに的確に走り、素早く中央へ戻ってハイボールを跳ね返し、機を見た攻め上がりから鋭いパスを繰り出していた。
「ほほう。良い所を集めたダイジェストとは言え、かなり優秀なDFみたいですね」
「はい。ゴブリンサッカードウの歴史に初めて産まれたDFの名選手です。相手の攻撃を簡単に摘み取る様はまるで掃除をしているよで、故についた渾名がゴブリンス『ぴーぴ』ーです」
ナリンさんの言葉に重なるように、急にスワッグが変な声を出した。
「どうしたの、スワッグ?」
「すまんぴい。ちょっとせき込んだぴよ」
そうか。岩山で空気が悪いからなあ。
「あと攻撃面の方ですが、今のゴブリンは人数をかけた攻めだけではありません。ゴブリンサッカー屈指のFKの名手、クレイ選手がいます」
ナリンさんはまた装置を操って別の選手を写す。その映像ではゴブリンらしからぬ整った顔立ちの選手が、対戦相手のノームチーム(惜しくも2部リーグ3位で一部昇格ならず)が作る壁の上を越えてから落とすFKをゴール右上隅に決めていた。
「これは……カイヤさん並のキッカーですね」
「ええ。球速では劣りますが、コントロールでは自分より上かもしれない、とカイヤも言っていました。その針の糸を通すような正確性からついた異名がゴブリンス『ぴーぴ』ーです」
再びスワッグの咳(?)が重なった。
「大丈夫、スワッグ?」
「またまたすまんぴい。埃っぽくて喉にくるぴよ」
スワッグにしては珍しく本当に辛そうだ。炭坑のカナリヤならぬ鉱山のグリフォンか。
「しかしスイーパーにスナイパーですか。SSコンビは要注意ですね」
「大丈夫だったぴい」
何が? あ、喉か。
「ええ。幸い、ゴブリンはDSDKのリーグ戦とは別に独自で大会を開いてますので、その二名のプレーも観れるかもしれませんね。あ、ほら!」
ナリンさんが少し身を起こして遠くを指差した。そこには擂り鉢状に広がるウォルスの街並みと、郊外の土埃舞うグランドで何かをしているゴブリン――エルフの視力を持つナリンさんにはボールを追う姿がはっきりと見えているのであろう――の群が見えた。
「土のグランドか。体育の授業を思い出すなあ」
選手でもない俺が一番、プレイしたのは学校の校庭でのサッカーだ。俺はちょっとした
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます