第33話

「新時代のエンターテイメント『スワッグステップ』!」

 そうデカデカと書かれた派手な馬車が目の前に止まった。御者台の前に繋がれたドヤ顔のグリフォンを見るまでもなく、この乗り物がスワッグとステフのものである事が分かる。

「もしかして……これに乗って何ヶ国も廻るのではありませんよね?」

 ナリンさんが不安そうに尋ねた。今日の衣装はいつものジャージではなく皮鎧レザーアーマーにフード付きマント。腰には矢筒に短剣。完全に旅するエルフ、ファンタジー世界の住人さんだ。

「お嬢さん、『カチカチマウンテン号』と俺の勇姿に惚れたかぴい?」

 脳内がファンタジーなグリフォン、スワッグが明後日の返答を行った。いや大きさ変わったり踊ったり喋ったりする部分もかなりファンタジーだが。

「カチカチマウンテン号て何?」

「この馬車の名前ぴよ。お前の世界の冒険譚から名付けられたと聞いてるぴよ」

 カチカチマウンテン……かちかち山やんけ! 冒険譚ちゃうわ! しかも泥船の方やったら沈むぞ!

「荷物はそれだけか? さっさと載せて出発するぞー」

 馬車の中からステフが現れた。俺たちの手から鞄などを受け取り、ぽいぽいと車内へ投げ込む。

「残念ながらこれで行くようですね……」

 ナリンさんが観念した様子で呟いた。

「ステフ、凄い馬車だね……」

「ああ、スワッグステップの宣伝カーでもあるんだ。お望みとあらば『ヴ○ニラ、ヴ○ニラ~♪』て曲も流せるぞ?」

 要らんわ! てかそれお前等の宣伝にならんだろ?

「中はもっと凄いぞ~? 乗れのれ~!」

 手を引っ張られて馬車に乗り込む。入った瞬間に不思議な感覚に襲われ、軽く頭を振って見渡すと中にはホテルのエクゼクティブスイートのような空間が広がっていた。

「はあ!?」

 柔らかそうなソファ、広いベッド、ミニバー、書き物机に鏡台。明らかに外からみたのとサイズが合っていない。

「ダスクエルフの魔法ですか?」

 窓辺に置かれたエ○ニエル夫人が座ってそうな椅子に腰掛けつつ、ナリンさんが確認した。いや彼女は知らないだろうから黙っていよう。

「まあな。魔法で作った異空間に繋がってるから揺れも天気も心配無用で快適だぞう~。お、ナリンちゃん、ちょっとこういう風に座ってみ?」

 やばいステフは知ってやがる!

「しなくていいから! 恥ずかしいけど設備面は申し分ない馬車だね。スワッグが引っ張るの?」

「ああ。魔力によるアシストがあるから、割と軽いんだ。よし、スワッグ! 出発してくれ!」

 ステフは前方にある小窓を開けて、スワッグに合図した。殆ど振動を感じさせず馬車が動き出す。

「凄い! 馬車じゃないみたいだ。まさか……飛んでないよね?」

「ああ。まあ緊急時には飛べない事もないが……空を進んだら宣伝にならんだろ?」

 おお、そうか。そこはやっぱ大事なのか。

「アーロンまでは2、3日かかるから気楽に行こうぜ~」

 そう言ったステフはその言葉を体現するかのように、ベッドの上に寝そべりどう見ても携帯ゲーム的なものをやりだした。放課後、友人の家に集まって別に同じゲームをするでもなく一緒にいる感があるな。

「じゃあ今の機会に……」

 俺は窓辺に別の椅子を運び、ナリンさんの目の目に座った。

「ナリンさんにだけ、幾つか打ち明けておきたい事があります。場合によっては契約者への背任行為に取られるかもしれない内容なので、絶対に他言無用でお願いします」

「はい。嬉しいです!」

 ちょっとおかしくないかその返事?

「えっ!? と……まあいいや。始めます」

 旅は長いが時間は有限だ。俺はずっと考えていた事を語り始めた。


「地球のサッカーには長い歴史があって、様々な戦術の発明、流行廃りがありました。それには俺がこちらに来る直前に使われていた最新の戦術などもあったりするのですが……。結論から言うと、その最新戦術を今すぐエルフ代表に導入するつもりはありません」

「それは私達にはまだ使いこなせないからですか?」

「それもあります。ですが最大の理由はそれではありません。一番の理由は数年単位でリーグの戦術トレンドそのものをも誘導しようと思っているからです」

 俺は用意してきた魔法のタブレットに経路図的なものを書きながら説明を続ける。

「ある画期的な戦術を誰かが発明あるいは再発見し、それを利用したチームが勝利を収めるとします。すると他のチームの何割かはそれを模倣コピーし、何割かは対抗する策を産み出します。それらが混ざり合う中でやがて新たな戦術がまた発明あるいは再発見され、前の戦術を駆逐します。するとその戦術を使うチームが勝利を収め……」

 俺は書いていたタブレットをぐるぐると回した。

「この繰り返しです。この繰り返しを行うことで、戦術は進化を続けてきました。たぶんこれからもずっと」

 俺は窓の外へ目をやった。きっと俺が目にすることはないだろうサッカーの歴史が、あちらでも続いていく筈だ。

「ショーキチ殿?」

 急に言葉が止まった俺を心配してか、ナリンさんが身を乗り出して声をかけてきた。それを手で制して話を再開する。

「すみませんでした。えと、それでですね。ある地点での勝者も、その対抗策を打ち出されたら敗者になるんですよ。自分がまたその対抗策の対抗策を産み出すまでは。ところが……」

 俺はタブレットに指を当てまた回転させる。そして上端に当てた指が回転に伴って下へ来た瞬間に、さっと上へ移動させる。

「もし『次にどんな対抗策が産まれるか』を知っていたら、このように先回りして常に上に居続けられる」

「ショーキチ殿が就任発表の場でおっしゃられた『ダイナスティチーム』という存在ですね」

 おお、よく覚えているな。

「ええ、そうです。ありがとうございます。まあ普通なら『次にどんな対抗策が産まれるか』を知っている、て前提はあり得ないのですが……」

「ショーキチ殿はそれを知っておられる……!」

「そう。少なくとも俺が色んな動画で観れた数十年に関して言えばね。でも最新の戦術を導入しちゃうと、次にどんなのが産まれるか分からないんですよ」

 俺はベッドの上でゲームをしているステフをちら見した。アレは最新の機種だ。ひょっとしたら、彼女に頼めば「今」の地球の様子を知る事ができるのかもしれない。

 だがそれは最後の手に取っておきたい。今でも十分、俺はこの世界にとって「狡いチートな」存在だ。これ以上は……なんかバチがあたりそうでイヤだ。

「だから俺の知る古い戦術から小出しにして、で他のチームが新しい、でも俺の知っている古い戦術を発明するのよう誘導して、また先回りして次のを準備しておく……という風にしたいんです。それがどこまで上手く機能するかは分かりませんが」

 俺はすれ違う乗り合い馬車を見た。ゴブリン、ドワーフ、オーク……精神も肉体も人間とは大きく違う。必ずしも人間と同じ戦術を採用するとは限らない。

「で、具体的に最初に導入するヤツですが……」

 未確定な、しかも自分でコントロールできない事象をアレコレ悩んでも仕方ない。俺は別の画面を開いてナリンさんに説明を開始した。

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