第27話
「お願いしていた護衛とガイドさんは決まりましたでしょうか?」
俺は視察旅行の準備について、ちょっと負い目を感じながら聞いた。と言うのもこの世界、彼女ら的に言わせると
「サッカードウが普及してから、信じられないくらいに治安が良くなった」
らしいのだ。
種族国家間の戦争紛争が激減し、平和的交流が増え、街道も宿場も整備された。そんな風になった世界を旅するのに俺が
「めちゃくちゃ強くて安心できる護衛をつけて下さい」
と熱望したのだから。
だが俺に言わせるとスタジアムで拝見した種族や魔獣にはミノタウロス、ゴブリン、ドラゴンなど恐ろしい奴らがいっぱいいたし、この視察にはナリンさんも同行させる。
残念ながら俺には彼女を護衛するどころか自分の身を守る腕っ節だってない。
「ええ、エルフ最強の剣士と、あらゆる種族に顔が聞くかたを手配しましたので」
え、なにそれ凄い。
「ありがとうございます! そんな存在が……でもお高いんじゃないですか?」
俺はさっきの話題をまだ少し引きずっていた。
「いえ、それが先方のご厚意でかなりの格安で引き受けて下さったので」
「ほう! いやそれは助かりますが」
エルフ最強の剣士と顔役。想像だけどたぶんクリロナみたいなイケメンとシメオネみたいな強面だろうか? あーそんなんに守って貰ったらナリンさん惚れてしまうやろなあ。でもどっちを選ぶのかな?
クリロナとナリンさんという美男美女カップルも良いが、シメオネとナリンさんという「美女と野獣」カップルも捨て難い。
「明後日の夕刻、こちらの酒場へ足を運んで下さい。先方と面談して、問題なければ本契約ということで」
ダリオさんは街の地図の写しを手渡してきた。見ると酒場の位置は繁華街のただ中で、他の大きな店に漏れず運河沿いにある。
「そちらではティアも働いています。是非声をかけてあげて下さいね?」
「へー、ティアさんが接客業ですか」
彼女がウエイトレスさんの服を着て「いらっしゃいませー」と言っている姿はどうにも想像し辛かった。いや頭にタオル巻いて注文受けて「はい、よろこんでー」と棒読みする姿ならいけるな!?
「ところで行程はもう決まりましたか?」
「はい。視察旅行はまずアーロン。それからウォルス、アホウという順番で行きたいと思います」
俺は用意してきた仮の行程表をダリオさんに手渡した。
「最初がアーロンなんですね? なるほど」
アーロンというのは「魔法の独占、危険利用を防ぐ為」と魔法使いたちが建設した独立国だ。種族を問わず高位の魔術師たちが集まり学院などを運営しているらしい。
特定のチームは持たないが交通の利便性や設備が整っており、試合の中立開催地としてもってこい。それ故、カップ戦――残念ながらエルフ代表は敗退してしまっているが――の残り4試合、準決勝2つと決勝と3位決定戦が行われる。
つまりそこへ行くと一気に4チームも観れる。しかも勝ち残っているのはリーグ戦の上位3チーム、フェリダエ(猫族)、トロール、ミノタウロス、及び6位から勝ち上がったドワーフ。既に俺も対峙したミノタウロスが被るのは残念だが、上位チームと宿敵ドワーフを一度に目にする事ができるのは相当、お得だ。
しかもアーロンにはドーンエルフも多いと聞く。国としての文明レベルも高いそうだし、最初に行く場所としてはもっとも適格だろう。
「しかし次がウォルスとアホウですか?」
ダリオさんは首を傾げながら聞く。ウォルスはゴブリンの国。アホウは海辺に住むハーピィ(鳥人間)たちの国だ。どちらも昇格組……昨シーズン2部リーグを勝ち抜き、1位と2位で昇格を果たしたチームの国だ。視察する必要があるのか、あるとしても重要度が高いのか、疑問に思ったのだろう。
「ええ。2部リーグは映像も少なくてデータに乏しいので。あとこっちの理由は士気に関わるのでオフレコにして欲しいのですが……」
俺は内緒話をする姿勢になって続けた。
「1部リーグ残留争いをするにあたっては、ライバルである下位チームこそ叩くべき相手です。6ポイントマッチとも言うのですが、直接対決で叩くのは勝ち点6に近い価値がある。下手したら優勝争いするチームと戦う時は手を抜いて、ゴブリン・ハーピィ戦に総力を注ぎ込む展開だってあるかもしれません」
「まあ……」
ダリオさんは少々ショックを受けた顔だ。たしか「清く正しく美しく」がエルフサッカードウのスタイルだったよな? そりゃ飲み込み辛いだろう。
「いえ、おっしゃる事は分かります。そうですね、私たちは綺麗事を言えるようなチームではありません」
なんか
「申し訳ない。データがまだ揃っていませんが、現状認識はそんな感じです。でもいつか、エルフの皆さんが納得する形で勝利できるチームになるよう、精一杯努力するつもりです」
「いえそこは監督が責任を感じられる部分ではありません。ここまでのチーム状態は、過去の私たちの行いが要因ですから。でも……」
真面目な顔で話すダリオさんだが、最後に少し楽しそうな表情に変わった。
「そんなお話……私が聞いてしまって良かったのでしょうか? 重大な秘密を聞いてドキドキします」
「ダリオさんは協会会長ですし、先に伝えるべきだと思いました。また一人の選手としても、そういった事を聞いてモチベーションを下げるタイプではないと見ました」
前も伝えたが心配すべきは頑張り過ぎの方なんだよな。
「まあ! ずいぶん買って下さって。照れます」
楽しそうな顔から恥ずかしそうな顔へ。まあドーンエルフなので多分に演技が含まれるだろうが、こういう表情は年相応の女性だ。可愛いと思うと同時に頼もしくも感じて思わず頬が緩む。
「あ、もう話の流れで最後の議題に入ります。来季、ダリオさんという選手についてですが」
ペースに呑まれてにやけそうな顔を引き締めて話題を変える事にした。
「一度、キャプテンの座を降りて貰おうと思います。その器ではないとかじゃないんですよ。さっきも言った通り、ダリオさんは何かでやる気を失ったりしない、監督にはとてもありがたいタイプの選手です」
何も言わなくても闘ってくれる選手、てやつだ。
「ですが、貴女と違って放っていると緩んでしまうというか……気持ちが離れてしまいそうな選手が数名いる。彼女らにキャプテンマークを渡して、集中力や責任感を育てたいんです」
「その言葉ですと既にある程度、候補は絞られているのですね?」
すっと真剣な表情に戻ってダリオさんが問う。そう、この集中力なんだよな。キャプテンが持ってるモノは。
「ええ。あとダリオさんは他にも忙しそうなので、タスクを減らしたいのもあります」
「まあ! ありがとうございます。それを父にも言って頂けるともっと助かるでしょう」
再び表情が軽いものになった。良かった。キャプテンを降ろす、て結構デリケートな行いなんで内心では心配してたんだよな。
「すみませんが王になってとても言えませんよ。あと謝罪ついでに言うと選手としてのタスクはめっちゃ頼るつもりです。ポジションもたぶん、かなり色々やって貰うかと……」
作戦ボードはこの部屋にもあったかな? と視線を泳がせた俺の目に、奇妙な風景が飛び込んできた。
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