旅は道連れ -野暮用-

 折角の祝宴を台無しにした割には軽い処分だと受け取っていたクレイスは国外追放を言い渡されてからすぐに身支度を整える。

思えばあの皇子とは夜襲の時から因縁があった。そのせいだけではないだろうが今回クレイスは生まれて初めて自分の意思を強く表したのだ。

友人達も彼を責めることはなくむしろ各々が励まして褒めて、そして慰めてくれる。

唯一心配だったイルフォシアの事もカズキに頼んだし、『トリスト』にはヴァッツとショウもいるのだ。決してナルサスの思い通りにはいかないだろう。


「今は見送ることしか出来んが、いずれ必ず帰ってこれるように仕組むつもりだ。ただ無事に生き延びてくれ・・・」


久しぶりに再会出来た父との時間もあっという間に過ぎてしまい、別れ際にはクレイスよりも寂しそうな表情を浮かべているのでこちらが屈託ない笑顔を返すと彼も泣きそうな笑顔を見せてくれた。

父のこんな表情を見るのは母が亡くなった時以来だ。あの時はまだ自分も幼く母の死について理解する事から時間がかかったが今ならわかる。


「大丈夫です。皆とも約束しましたので、必ず生きて戻ってきます。」


母が旅立った日、父はとてもつらく苦しかったのだ。それでも息子の前では気丈に振舞っていた。

だからクレイスは彼を元気付けようとただ夢中に料理を作り上げていたのだが今回はその腕を振るう機会はなさそうだ。

見れば父の側近達も各々が寂しそうながらも目の奥には希望の光が見える。これは勘違いではなく、クレイスにそれを見出してくれているのだろう。


名残惜しむと別れがより辛くなるという。


クレイスは言葉も最小限に抑えながら友人と父達に見送られながら馬にまたがると一路西へと足を進めていった。




これが今日の早朝に行われたやり取りだ。




そして現在、気落ちだけはしないようにと心に決めて祖国を後にしたクレイスだったが思わぬ旅のお供が出来て感情が混乱していた。

「私、馬を跨って乗ったのは生まれて初めてです。ちょっと手綱も扱わせてもらっていいですか?」

こちらの気持ちなど露知らず父との大喧嘩の後、国を飛び出してきた家出少女はひょいっとクレイスの前に飛び移ってきた。

自身の目と鼻の先に愛おしい少女の背中がある。風になびく髪の毛の香りが鼻腔をくすぐるのだ。大好きな人の体温すら感じられる現実を前に出立前の覚悟は綿毛より軽く吹き飛んでいく。

「あ、あの。西の大陸に行く前に1つだけ立ち寄りたいところがあるのですが・・・」

はしゃぐ姿に心が奪われながらもどうにか最初の予定だけは言葉に表す事が出来たクレイスは自分自身を誇りたかった。

「是非行きましょう。あと、私はクレイス様の付き人みたいなものですからそんなに畏まらなくても結構ですよ?」

王女らしからぬ発言に返す言葉もないが彼女もそれだけ本気で国を飛び出してきたということらしい。

ただでさえスラヴォフィルには恩が山積しているのに娘をこんな形で預かるような真似は到底許されるものではないはずだ。


名残惜しいが彼女には何としてでも『トリスト』に戻ってもらわねばならない。


しかし片思いの少女と旅をしているという非現実な幸福感が彼の思考を存分に遮る中、大した妙案が浮かぶはずもなく彼らは一週間ほどで『ボラムス』の地に入っていた。






 『ネ=ウィン』に雇われて夜襲の隙をつき、クレイスの身柄を拉致しようとしたのがガゼルだった。

だがその策もヴァッツとスラヴォフィルの手によって阻まれ、なし崩し的に旅をしていたのが2年ほど前になる。

現在傀儡の王として『ボラムス』の玉座に就く彼との約束、元服したクレイスは国外追放のこの機にそれを果たしておこうと考えていたのだ。

砂漠を縦断する時、熱でうなされながらも確かにガゼルは言っていた。クレイスが強くなるまで待ってくれると。

1年の間『トリスト』で修業を積んだ結果、自分がどれほど強くなったのかはいまいちぴんと来ていないがそれでもオスローに勝ち、水の魔術を会得するまでにはなっている。


もしかすると案外圧勝してしまうのかもしれない。


早く戦いたくてわくわくしている自身に気が付き、師匠であり友人であるカズキの悪い影響かな?と何度か考えながらも落ち着こうと静かに深呼吸を繰り返す。

2人が乗った馬はそのまま城内へと通され、祝宴の場では言葉を交わすことのなかった城主が以前とは違う笑顔を浮かべながら姿を見せた。

「ようお二人さん!国外追放と家出少女の組み合わせとは恐れ入ったぜ。お前も貫禄が出てきたじゃないか?ん?」

相変わらず賊っぽさが抜け切らない王だがそれがいかにも彼らしい。そして思っていた以上にイルフォシアの話も広まっていたようだ。

自身の目的も大事だがここままず先に第二王女について話を進めたほうが良いのかもしれない。


「これはこれは。クレイス王子にイルフォシア王女と再会出来るなんて私はツイていますな。」


だがそれよりも早く以前とてもお世話になったロークスの実業家ナジュナメジナが奥から現れて挨拶をかわしてきた。

イルフォシアが深手を負った時あっという間に人間と道具を集めて医者の下まで運んでくれた恩は本人よりもクレイスの方が深く感じているのかもしれない。

ガゼルには気をつけろと言われていたがそんな彼も自城に招き入れているのだ。今は警戒よりも感謝を述べるべきだろう。

「ナジュナメジナ様、お久しぶりです。先日はイルフォシア様の為に尽力して下さり誠に有難うございました。」

静かに頭を下げたクレイスが謝意を述べるとガゼルとイルフォシアは非常に不満げな表情を浮かべている。

「いえいえ。当然の事をしたまでです。それよりお二人は違う意味で追われる身でしょう。何故わざわざこの国に?」

本来なら国王が尋ねるべき内容だが彼はこちらを冷やかす事しか頭に無かったらしく、その役はこの大実業家に取られてしまっていた。

これを説明するのは色々とややこしいのでクレイスも即答出来ずに少し考え込んでいると、


「失礼します。ただいま国王様の旧友と名乗る者が城外に現れました。トロクと名乗っておりますがいかがいたしましょう?」


自分達の後ろからやってきた衛兵がこちらの話を遮る形で報告しに来た。仮にも元王子と家出王女を前に無礼とも言える対応に見えたがどうにも様子がおかしい。

「トロクだと?!あいつ・・・わかった。ここに通せ。」

その名を聞いたガゼルが始めて会った時のような粗暴な気配を見せたのが何よりの証拠だ。旧友ということらしいが果たして。

「ねぇクレイス様。私何だか嫌な予感が致します。」

ウンディーネから散々鈍感だと言われ続けていたイルフォシアもその雰囲気を機敏に捉えている。

(今回訪れたのは失敗したかな・・・)

年始の目出度い祝典からやらかしてしまっていたクレイス。当然彼自身にも責任はあるのだが今年は様々な問題に多く当たりそうだ。

「僕もです。今回はもう引き上げましょうか。」

2人してこそこそと相談していると後方から何やら悪寒を感じる。振り向けば明らかに尋常でない目つきのひょろりとした大男が黒く刃の広い剣を腰に佩いたままガゼルの前に立ちはだかっていた。

「ようガゼル!しばらく見ないうちに随分な身分になってるじゃねぇか!」

髪の毛はぼさぼさで表情すらよく見えない状態だが大きな声と乱暴な言葉使い。なにより身に着けている衣服から堅気の人物でないという事がひしひしと伝わってくる。

「トロク。前から言ってたよな?『ボラムス』には近づくなと。それは俺が王になった今も一緒だ。わかったらさっさと消えな。」

ガゼルも負けじと似た口調で追い返そうとしている。どうやら山賊時代の知り合いといった感じだろうか。

お互いが鬼気迫るといった状態を周囲はただ見守るしか出来ないのだがナジュナメジナだけは目を輝かせてそんな2人を楽しそうに眺めていた。






 「すんませーん!北の国境でいざこざがあって遅れましたっす!・・・って何すかこの男は?!」

山賊同士が相対している中、今度はガゼルの後方からお調子者のシーヴァルが現れる。そして思ったままを口に出した事でトロクと名乗る男が少しだけ雰囲気を和らげた。

「俺はトロクってんだ。昔そこの頭領と色々あってな。今日は様子を見に来たんだよ。」

へらへらと指をさしながら挑発に近い行為でそう言い終えると周囲をゆっくりと見回す。それから何を判断したのか。

「今日は帰ってやるが今度来た時には土産が欲しいな。たっぷり蓄えてるんだろ?100万金貨くらいは用意しておけよ?」

この山賊は事もあろうに『トリスト』の衛兵に単騎で囲まれているにも関わらず堂々と金品を要求してきた。よほど腕に自信があるのかガゼルとの関係からか。

「相変わらずクソ野郎だな!!敵陣に1人でのこのことやってくる頭の悪さも変わらねぇ!!よし、ここで処刑してやる!!」

関係性は最悪だったらしい。完全に怒りで我を失っているガゼルが手を伸ばして手招きすると衛兵の1人が即座に彼の双剣を手渡した。

(これはある意味運が良いのかもしれない・・・)

クレイスは今日彼と立ち会う為にやってきたのだが、その前にガゼル本人の力量を見ることができる。

彼が戦っているのを見たのは2年近く前でその頃のクレイスには大した見識がなかった。彼の強さはクレイスにとってぼやけていたのだ。

今日勝てそうならその野暮用を済ませてしまえばいいし、まだ届かないと思えば修業を続ける。彼はいつまでも待つと約束してくれているからこの言い訳も通用するだろう。


「お待ちくださいガゼル様。この男にいくつか尋ねたい事があります。」


しかしまたもイルフォシアが予想外の行動を起こし始めた。いや、クレイスも彼の腰にある黒い剣が目に留まってからはその可能性を考慮してはいたが。

「お?なんだ嬢ちゃん?随分器量がいいなぁ?売れば高くなりそうだ・・・」

彼女の恐ろしさを何もわかっていないトロクはその美しい声と容姿に欲望の声を吐露するも周囲が介入する前にイルフォシアがどこからともなくいつもの長刀を顕現して右手に握りしめていた。

「その腰にある黒い剣、どこで手に入れましたか?」

山賊の反応などお構いなしに質問を投げつけると明らかにトロクの様子が変わっていく。やはりあれも特別な力を持つ武器なのか。

「それを知ってどうする?いっておくが俺が暴れると後には死人しか残らんぜ?」

「わかりました。では力尽くでお答えしていただきましょう。」

突如現れた乱入者にガゼルはむしろ喜んで声援を飛ばしだす始末。周囲の『トリスト』兵達もこの山賊の横柄な態度には我慢ならなかったのか誰一人止めようとする者はいない。

雰囲気的に戦いは避けられない状況だがクレイスには大怪我を負った記憶が鮮明に蘇ってくる。出来れば自分が代わりたいがあの黒い武器を持つ者は相当強いと聞いている。

クレイスが戦って何とかなる保証はないし、本来ならヴァッツに報せてから対応するべき案件だ。


そんな彼の気持ちを察したのか一瞬だけこちらに目線を送るとイルフォシアは抜剣していない相手にいきなり襲い掛かった。


慌てて黒い剣を抜いてその一撃を受け切るトロク。そこから何故か反撃を許すイルフォシアに目をぱちくりさせてしまうクレイス。見た目は確かに激しい応酬だが彼女には余裕が感じられる。

(そうか。情報を引き出す為に敢えて加減しているのか。)

相手の動きと力量、そして疲労など、長期戦に持ち込めばあらゆる情報が手に入る。

ガゼルとの間に割って入った時はどうなる事かとひやひやしたが彼女は元々かなりの猛者であり『トリスト』の王女なのだ。

クレイスのように一時の感情で国や人間関係を悪化させるような愚行をとるはずもない。


(・・・無事に帰れたら皆にしっかりと謝ろう。)


イルフォシアの姿を見て初めて自分の行為に落ち込みながらも静かにそう新たに決意すると山賊は武器を投げ捨てて頭を地面にこすりつけていた。






 「わ、悪かった!俺が悪かった!!降参するからもうやめてくれ!!」

戦っていたトロクにもイルフォシアの強さが十二分に伝わったのか、自慢の黒い剣は彼から遠く離れた方向に転がっている事から抵抗する気は完全に失せたようだ。

彼女もいくら山賊とはいえ無抵抗な人間を手にかけるつもりはなく、ゆっくりと構えを解き、静かにその男を見下ろしていた。

「ではいくつかお聞かせください。まずあの黒い剣はどうやって手に入れたのですか?」

闘気を収めたものの、その切っ先は男に向けたまま質問を始めるイルフォシア。それをとても楽しそうに見ているガゼルは非常にいやらしい笑みを浮かべている事に気が付いているのだろうか。

「こ、これは半年ほど前に商人を襲ったら持ってやがったんだ。さ、最初は豪華な剣だから売り飛ばそうと考えてたんだけど気が変わって俺が使うようになったんだ。」

聞かれてもいないのにその経緯を事細かに説明してくれる。よほどイルフォシアとの闘いで力量差を感じたらしい。

「そいつぁどこの国の商人だ?」

ガゼルも先程とは違い真剣な面持ちで質問を重ねてきた。元々は彼との因縁があるようなのでここから先のやりとりは処分も含めてガゼルに任せてしまったほうがいいのかもしれない。

「『ハル』だ。あそこに帰る途中を襲った。」


『ハル』

『シャリーゼ』の南西に位置する国で小さいながらも平和で住みやすい地だと聞く。ただ相当な距離もあってあまり気軽に立ち寄れるような場所ではないとも。


「・・・ふむ。」

ガゼルは少し考えながらも短く返事をすると、

「ではこの黒い剣は私達が預からせて頂きます。異存はありませんね?」

「は、はいっ!!」

イルフォシアはその武器の回収を確認し、先程まで不気味な雰囲気だったトロクはとても元気な声で回答をする。

それを見ていてあまりにもあっけないというか、人物的にもう少しクセのある人間だと感じていた部分との差異に妙な違和感を覚える。

「ったく、元々俺より弱いくせに妙に強気だったからおかしいとは思ってたんだ。」

トロクから鞘を受け取るとガゼルは落ちていた剣を拾い上げて納める。それをいつの間にか後ろで待機していた宰相のファイケルヴィに預けると顎に手をやり何やら考え出している。

「さて、お前の処分だが・・・うむ。ファイケルヴィ。後は任せたぞ!」

「畏まりました。では法に倣って裁きを課しましょう。」

だが所詮は傀儡の王、自国の法にすら疎い彼はそのすべてを有能な人物に丸投げする事でこの場を切り抜けた。


手枷を嵌められて大人しく連行されるトロクを見届けながらやっと長刀を仕舞ったイルフォシアが軽い足取りでこちらにやってくると、

「どうでした?私の戦い。」

???

その全ての意味がわからなかったのでどう答えれば良いのか皆目見当がつかない。

情報を引き出す為に絶妙な加減を加えていた所を褒めるべきか、手心を加えながらも圧勝する強さを褒めるべきか。個人的には戦う姿も美しいと褒めたたえたかったが。

「えっと。流石イルフォシア様でした。相手を寄せ付けない強者の戦いでしたね。」

溢れ出る愛情を抑えつつ客観的な言葉を並べ立てる事に成功したクレイスは心の中で自身を褒めたたえていたのだがどうやら相手が求めている答えではなかったらしい。


「そういう事ではなくてですね。クレイス様の参考になるよう微妙に飛空しながら立ち回っていたのですが・・・気がづかれていなかったのですね。」


それを聞いて戦闘前に何故彼女がこちらを一瞥したのかと繋がった。

彼女は最初から相手にならないのを見抜いてたからこそトロクを利用してクレイスの役に立つよう考慮しながら戦っていたのだ。

「あ、ああ!!え、ええっと!!す、すみません!」

こうなったらもはや言い訳は見苦しい。伝わりにくかったとはいえ彼女の真心をふいにしてしまった事に対して全力で謝る。

だが祝典の事件以来、自身の中で確実に変わった心はそこで終わらない。


「あ、あまりにも戦う姿が美しすぎて我を見失っていました。次回からはもっと真剣に見届けたいと思います。」


言う筈のなかった本心をつい口にしてしまって思わず手を当ててしまうが、当の本人も少し気恥ずかしい素振りを見せた事でこの話はやさしい終わりを迎えた。






 自分たちは国外追放と家出というあまり堂々と行動できない身分だ。当然友好国である『ボラムス』に滞在するのも周辺国が良くは思わないだろうし『トリスト』からも控えるよう厳命は届いているはずだ。

「なぁに気にするな!どうせどっかで心身の回復はしなきゃなんねぇだろ。」

だがガゼルは何故かクレイス達を喜んで迎え入れてくれる。いくら傀儡の王とはいえこれが『ネ=ウィン』『リングストン』などに知れ渡ればそれなりに危ういと思うのだが。


「ところでクレイス君は何でうちの王様のとこに来たんっすか?」


晩餐の最中、シーヴァルが不思議そうに尋ねてくる。彼はガゼルの側近という立場だが今回同席を許されていた。それに宰相ファイケルヴィと将軍ワミール、実業家ナジュナメジナと身分がばらばらな人物達も大卓を囲んでいる。

「えっと、実はガゼルとの約束があったのでそれを果たしに来ました。」

「約束?なんかしてたか?」

驚きの発言にクレイスが唖然としてしまうがこれは彼ら2人にしかわからない事だ。だからこそこちらしか覚えていないという事実に憤慨する。

「ちょっと!!砂漠で言ってたでしょ!!僕が強くなったら立ち会ってやるって!!」

何とか思い出させようと椅子から勢いよく立ち上がってあの日の出来事を口にすると、少しだけ考え込んでからすっきりした表情に変化しながら笑い出す始末だ。

「ああ!あれか!!なんだ、もう俺より強くなった気でいるのか?笑わせるぜ?!」

どうやら自分と彼とではあの約束の重さがかなり違うらしい。クレイスは心の底で燻っているこの気持ちを整理して憂いをなくしてから旅を続けようと決意していたのに何という男だろう。

こうなったら絶対に負かしてやる。食事の味も忘れて心が憤怒に染まっていく中、


「いや、もうクレイス君はうちの王様より強いっすよ。やらなくてもいいんじゃないっすか?」


側近の身でありながらガゼルに一切気兼ねする事なくシーヴァルがさらりと答えた事で当事者の2人が目を丸くしていた。

それを認めたくないガゼルはわなわなと震えながら無理矢理笑顔で自身の側近に優しく問いかける。

「シーヴァル君。嘘はよくないなぁ。そんな事いって俺とクレイスが立ち会って怪我するのを恐れたんだね?大丈夫、王である俺がしっかり手加減してあげるから!」

「いや。あんたは手加減される方っす。どうしてもやるってんなら止めませんけどホント怪我にだけは気を付けてくださいね。」

食事をする手を止めずにさらさらとシーヴァルが自分の意見を述べるのでお互いがきょとんとした様子で見つめ合う状態になってしまった。

(まさかそんなに・・・?)

もしかして圧勝できちゃうのかもとか冗談交じりに考えてはいたが、いざ他人からお墨付きをもらうとどうにも信じがたい。

「彼はあのカーチフ率いる部隊で戦っていましたからね。腕前も含めて相手の強さを見誤るとも思えませんな。」

ファイケルヴィもシーヴァルの意見を後押しすると共に傀儡の王を白い目で見つめている。居たたまれなくなったガゼルは何とか作り笑顔で余裕を見せようとしているのが丸わかりで痛々しい。

しかし・・・


「うん。でも明日立ち会ってよ。僕が本当にガゼルより強くなったのかこの手で確かめたい。」


シーヴァルの意見を信じないわけではないが折角足を運んだのだし、何より自身の心に整理をつけたいという意味合いもある。

今では憎悪もほとんど薄れてしまって彼を恨む気持ちを探す方が難しいくらいだ。そしてクレイスはそれが納得いかなかったのだ。

だからこそきちんとした形でけじめをつけたい。そうすればまた何かが変わるかもしれないから。

クレイスが正式にそう伝えるとガゼルは目に見えてみるみる元気を取り戻してくると、

「そうだよな!やってみないとな!よし!明日は本気でいくぜ?!」

単純な彼がこちらの真意に気が付いているとも思えないがやる気を出してくれたのは良いことだ。これで自分も思い切り剣を振るえるだろう。

こうして晩餐の前菜的な会話が一区切りついた後、今度は同じく来客扱いだったこの男が口を開いて皆に尋ね始める。






 「明日の立ち合い。是非私も観戦させてもらいますよ。ところでシーヴァル様、もうシャルア様以外の良い方を見つけられましたか?」

ナジュナメジナが聞いたことのない女性の名前を出したのでイルフォシアと共に彼らを見やると青年はむせてせき込んでいた。

「ナ、ナジュ様!いきなり何っすか?!」

「実は我が国の王子ハミエル様が『トリスト』なる国のリリーという女性を甚く気に入られたらしく、彼女を妻として迎えたいと仰っておりまして。そこで参考として若き青年の恋愛観をお聞きしたいなと。」

その話を聞いて今度は隣のイルフォシアと顔を見合わせていた。彼女も相当驚いた表情をしているがこれは自分も恐らくそうなっているはずだ。

確かにリリーの美貌は類を見ない。彼女が視界に入れば誰もが釘付けになるだろうし実際祝宴の場で一番人に囲まれていたのはリリーだった。

だが彼女を知る者として婚約や恋愛感情を持つ姿を全く想像出来ない。だからこそイルフォシアも同じ事を考えてお互いが同じような表情を浮かべあっていたのだろう。

「な、なるほど・・・いや、でもシャルアの名前は出さないでほしいっす!まだ引きずってるんっす!!」

「そうでしたか。これは失礼。」

ナジュナメジナは真摯に頭を下げて静かに謝罪する。

「リリーを嫁にか・・・いろんな意味で怖いもの知らずな王子だな。」

ガゼルも彼女を知っている為呆れたような表情で短く感想を述べるが、実業家は自国の王子の願いを叶えるためにその情報を欲しているらしい。

「それ程のお方なのですか?リリー様というのは?」

「リリーはその、男勝りというかさばさばしているのでよほど魅力的な男性でない限り心は動かないんじゃないでしょうか?もし無理矢理話を進めたりしたらそれこそお相手の方の命が危なくなるかも・・・」

イルフォシアがわかりやすく説明するとガゼルも激しく頷いている。以前は暗殺者として動いていた彼女は腕も立つし激高すれば恐ろしく汚い言葉を羅列しているのもクレイスは目の当たりにしていた。

そして妹を誰よりも愛し、今はハルカと共に仲睦まじく平和に過ごしている。例え王子といえどここに他人が入り込む余地があるのだろうか?


「ほほう、それはまた面白そうな方ですな。ではリリー様をその気にさせる為の具体的な方法について皆様のご意見も伺ってみましょう。」


好奇心旺盛なナジュナメジナは彼らの話を聞いても尻込む事無く貪欲に提案を引き出そうとする。こういった姿勢が巨万の富を築き上げたのだろう。

しかしまさかリリーを振り向かせる方法か・・・考えてもみなかった難題を前に皆が無言になる中、その難しさを読み取ったナジュナメジナは質問の内容を変更する。


「では皆様方にお聞きします。意中の女性を口説くには何が効果的でしょう?」


意中の女性・・・思わず隣の少女に目をやりそうだがぐっと堪えたクレイスはイルフォシアに対してそういった行動を何もしてこなかった事に気づかされた。

王子という身分を失い国外追放になった今、彼女にそういった行動を示せば迷惑にしかならないはずだが考えて意見するくらいなら問題ないだろう。

皆が食事をする手を止めてまで考えていると、


「無難なところだと花束がいいんじゃねぇか?」


ガゼルの発言かと耳を疑う内容を提案してきたので周囲からその顔に様々な感情の篭った視線が突き刺さった。

「国王らしからぬ発想にこのファイケルヴィ度肝を抜かれましたが、確かに王道ではありますな。」

宰相が包み隠さず素直に感想を述べるとガゼルは不機嫌そうな表情で視線を逸らす。発案者はさておきこれを自分に置き換えて想像してみると・・・うん、なかなか悪くないとは思う。

「好意的な言葉とかどうっすか?褒められて嫌な気はしないと思うっす。」

シーヴァルも王道に沿って提案してきた。確かに可愛いとか綺麗だとかは本の中でもよく目にした言葉だ。これを実際相手に伝える事が出来れば好印象を得られる可能性は高いだろう。

そしてクレイスが一番期待していたイルフォシアが静かに前置きを述べると自身の意見を語り始める。


「リリーに通用するかは置いておいて。少しでも気がある方なら贈り物などされると心を動かされるかもしれませんね。」


・・・大前提としてまず意識してもらわねばならないらしい。更に贈り物となると未熟なクレイスには何も思い浮かばない。

決して将来イルフォシアに何かを贈りたいという訳ではないが、ここはもう少し具体的な意見が欲しかったクレイスは恥ずかしいと感じる前にそれを口に出していた。

「あの、その贈り物というのは例えば?」

「そうですね・・・あくまでリリーが相手だと考えるなら櫛とかでしょうか?彼女はとても綺麗な翡翠の髪を持っていますので暗にそれを褒めるといった意味も込められます。」

「おお!さすがは『トリスト』の王女様!このナジュナメジナ、感服いたしました!」

なるほど。ただ物を贈るだけではなく相手への思いを込めねばならないらしい。


(イルフォシア様へ贈るとすれば・・・彼女も綺麗な金の髪をしているし、櫛か・・・。)


既にリリー対策というよりは今後どう活かせるかを全力で考えていたクレイスはその後にも出てきた様々な意見を自身に当てはめながら想像しつつ1人でもやもやとしていた。






 賊と言うのは基本的に夜動く。これは彼ら自身もお天道様へ顔向け出来ない仕事をしている自覚があるからだろう。

闇にまぎれて様々な悪さを行ってきた山賊のトロクは現在自慢の逸品を取り上げられて牢屋に囚われていた。だが彼には焦りが全く無い。

「・・・そろそろ帰るか。あの女がいる以上派手に暴れるのは難しそうだし・・・今日の稼ぎは1箇所だけだな。」

牢の外には見張りが関わらずぽつりと呟いたトロクに衛兵達が武器を構えだす。彼らは『トリスト』の兵でありその対応力もそこらの雑兵とはわけが違うのだ。

いくら件の黒い剣を持っていないとはいえ相手はガゼルが警戒する男、油断ならない男なのだとしっかり認識していた衛兵達が速やかに報告と警戒を展開し始めるのを眺めながら、


「無駄だ。あの剣を手に入れた俺は止められんよ!」


強く言い放った彼の腕にはファイケルヴィが預かっていたはずの黒い剣が納まっていた。それを手にした時の強さは十分周知されていた為彼らも無理に命を削るより防衛に専念する。

トロクがそれを石壁に軽く振るうとまるで布を裂くかのように崩れ落ちて彼は悠々と外に出ていくので衛兵の1人が試しに矢を放ってみた。

だがこちらを一瞥もしていないのに彼の腕にあった黒い剣がそれを難なく払い落とすので彼らもこれを止めるのは難しく、早急に上へと報告する必要を改めて感じる。

山賊は慌てる様子もなく、しかしかなりの速度でそのまま城壁まで移動した後更にその黒い剣で大きな風穴を作り出すと頼みの第二王女が到着する前に暗闇へと姿を消していった。








「誠に申し訳ありません!」

翌朝珍しく大きな声で頭を下げていたファイケルヴィ。黒い剣の管理を任されていた重責を全うできなかった事への謝罪を皆の前で行っていた。

「気にするなよ。しっかり取り上げたのに本人の手元に戻ったんだからな。そうなると防ぎようがないだろ。」

ガゼルも衛兵達の証言と報告から宰相を深く咎める事をせず、イルフォシアも思っていた以上に脅威となる黒い剣について何かを考え込んでいる。

それからすぐに南の国境近辺にあった小さな集落が山賊に襲われたという情報が入ってきた事でトロクとその一味の仕業だろうと断定された時、


「イルフォシア様。これはただちに本国へ戻ってヴァッツに報せるべきでは?」


クレイスは彼女との旅には目を瞑って真剣に提言した。今は家出こそしているものの本来彼女はとても真面目に王女として国務をこなして来た人物だ。

いくら小国『ボラムス』で起きた小さな事件といえどあの男を放置すればまたどこかに犠牲が出てしまう。それはクレイスとしても避けたい所だった。


「・・・いえ。私はもう帰らないと心に決めたのです。後は『ボラムス』と『トリスト』の人間に任せましょう。」


しかしイルフォシアの決意は思っていた以上に固いものらしい。言い方は悪いがこの件は彼女を国に帰すといった意味では非常に利用価値の高いものだった。

なのにこうも頑なに拒絶されるといよいよ帰国を促すのは更に難しいものだとクレイスは考える。

「おう、任せろ。お前達は何の心配もせず無事に旅を続けるんだ。」

ガゼルもイルフォシアの気持ちを優先したのか深く追求する事は無く、2人にたっぷりの路銀と調味料を分けてくれるとそのまま旅立つように促した。


「すまねぇクレイス、立会いの約束はまた今度だな。」

彼らしからぬ少し寂しそうな表情を浮かべて再度約束を口にしたので調子の狂ったクレイスはすぐに言葉を返せなかったが、

「・・・今度は首を洗って待っててよね?絶対打ち負かしてやるんだから。」

「ははっ!言うようになったじゃねぇか!」

何とか軽口を叩くとガゼルは少しだけ元気を取り戻していつもの調子で答えてくれた。

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