天族と魔族 -闇と試練-

 ウンディーネが、恐らく傷を負ったのだろう。そこまでは理解出来ていた。

それから彼女の体が光ったかと思ったらクレイスの中に溶け込んでいく。それも辛うじてそうだろうという予感はあった。

しかし・・・


「・・・・・・・っぅぅっ・・・・・・・・」


「だ、大丈夫か?!しっかりしろクレイス!!」

「お姉さま!ちょっと鎧を剥がしてみて!!もしかすると・・・」

少女2人が真っ白な顔色になったかと思えば白目を剥いて意識を失った彼の介抱を始める。

激しく痙攣を起こしてがくがくと体を小刻みに揺らしているクレイスを見て、ハルカは配下に周囲の警戒を命じてクレイスの治療に専念する事を選ぶ。

「やっぱり・・・!」

「ど、どうなってんだこれ?!」

服をめくるとそこには先程ウンディーネの体に浮かんでいた痣がそのまま彼の腹部にも刻まれている。

呆然とするリリーに比べてこういった状況でも素早い判断を下せるのが高名な暗殺者集団の頭領たる所以だろう。


ぴっ!


その痣に薄く小さな切り傷を作ると先程の軟膏を同じように彼の腹に塗り始めるハルカ。

「・・・あ痛っ・・・これは相当な毒・・・みたい・・・」

彼女の細い指先も痣の色に染まり始めたので、

「お、おい!無茶するな・・・」

「姫様!!ご無理はいけません!!」

どこから現れたのか彼女の補佐であるミカヅキが手首を掴んで止めに入った。

「放して!!私はこいつに大きな借りがあるの!!絶対・・・絶対助けなきゃいけないの!!」

悲壮な表情から固い決意の声を漏らすハルカをみてリリーはあの独房での出来事を思い出す。

一国の王子の命を狙い、それを王子自ら許すという器の大きな裁量。

周囲もそれには感嘆の声を漏らしていたが、当人は更に大きな感謝と覚悟を胸に秘めていたらしい。

(相変わらず表に出さない奴だな!)

これで二度も義妹に出し抜かれたリリーはミカズキの加勢に入るべく彼女の体に腕を回して引き離す。

ただこのままクレイスを放置する訳にはいかない。ならばハルカが手にする軟膏を奪い取って自分が塗りこんでみるか?


【やれやれ、ウンディーネめ。保身の為にクレイスの魔力を頼りおったか。】


随分久しぶりに聞いた地の底から聞こえてくるような震え上がる低音に思わず皆がその元を探す。

まさかヴァッツがここに到着したのか?!と誰もが思ったのだが、

【ここだ。リリーとハルカ、だったか。】

少しだけ声量を落としたのか、クレイスが横たわる傍から聞こえてきたので眼を凝らしてみると、

そこから黒い靄、いや炎だろうか?手の平に収まりそうな小さな生き物か植物かが地面から生えてきているような?

「えっ・・・と、『闇を統べる者』様ですよね?」

【うむ。】

間違いない。その黒い蛇のような姿、いや、長細く黒い炎は生き物というには少し違和感がある。

しかし白く光る眼らしきものも確認出来るので何かしらの動物?なのだろうか?

【大体は理解しているがはてさて。まずはサーマの遺体を闇に沈めておこう。】

誰かの説明などは必要ないらしい。

クレイスが大事に抱えていた頭髪が栗毛に変化していたサーマの遺体は静かに地面へ沈んでいった。

彼女の亡骸がどうなるのか、どこに消えたのか。何故ここに『闇を統べる者』が現れたのか。

山ほど質問をしたいのにクレイスの容態が緊迫していた為まずは優先順位が高い問題から取り掛かる。

「『ヤミヲ』様!!クレイスは?!クレイスを何とか助けてもらえませんか?!」

彼女もそれを察したのか。ヴァッツと『闇を統べる者』をあれほど苦手としていたハルカが誰よりも早く必死で懇願し始めた。

その姿を見て自身の妹を思い出し、ルーならいけるかもしれない、とも考えたが。


『緑紅の民』の中で稀有な力を持つルルーですら傷しか治せないのだ。


毒というのは概念からして違う。恐らく不可能だろう。

「落ち着けハルカ。あたしからもお願いします。何かいい手立てを教えてはいただけませんか?」

姉らしく義妹をなだめてから静かに頭を下げるリリー。

いくら彼が並外れた力を持っていたとしてもこれを治せというのは無茶振りが過ぎる。

なのでせめて知識を授けてもらおうと言い直した訳だが、

【ふむ。心配せんでもこやつが死ぬような事はない。】

相変わらず心の底に響く低い声だが内容はこちらを安心させるものが返ってくる。

「ほ、本当ですか?!」

【嘘など人間くらいしか言わんぞ?私はそうではないからな。だが・・・】

「だが」という言葉の次は大抵ろくでもない内容がほとんどだ。

それを知る2人は姿は黒く小さい形をしている『闇を統べる者』に迫るよう両膝をつき、顔を地面に這わせるような姿勢でその言葉の続きを待つ。


・・・すぅーーっ・・・


隣で体を震わせていたクレイスが一瞬で静かになる。『闇を統べる者』が何かをやったのだろうか?

少女達が同時に体を起こし彼の様子を覗いてみると未だ苦しそうな面持ちながら確かに峠は越えた感じはした。

【この少年は弱すぎる。全てを消し去りはしたがすぐに快復する事は無いだろう。】

・・・・・

弱すぎるというのは理解出来るが全てを消し去っても尚快復しない・・・?

「それって・・・完全には治してくれないって事?!」

またもハルカが激高しそうになったので慌てて取り押さえるリリー。

先程嘘は言わないといっていたので彼のその言葉に全ての意味が込められているのはわかるが、

「『闇を統べる者』様、クレイスは死んだりしない、ということですか?」

【うむ。2人とも命を落とす事はあるまい。ただ快復に時間がかかる、ということだ。】

質問をする形で一番大事な部分は確認出来た。これは安心して良いのだろう。

それだけ言い残すと黒い炎で形取られた蛇のようなものはクレイスの影に沈んで姿を消した。






 彼の容態は落ち着いたはずだ。まずはそれを喜ぶべきだろうか。しかし、

「何なのあいつ?!ヴァッツといい何であいつらはわけが分からないの?!?!」

暗闇夜天族の頭領は全く納得がいっていない様子を隠す事もせず地団駄を踏みまくる。

こういうところはまだまだ子供なのだと思わず微笑を浮かべてしまったリリーは表情を切り替えて、

「まぁまぁ。確かに不思議な部分も多いがクレイスは何とかなりそうだし・・・な?」

と、彼女に言い聞かせてはみたものの、本当にわけがわからない事が山積している。

サーマが突然死んだ事もそうだし、髪が栗毛に変わったのもおかしな話だ。

ウンディーネの容姿は・・・まぁ魔族というのはそういう者なのかもしれないと一応の理解は出来る。

そもそも自分も異能の力を持つ『緑紅の民』なのだ。目を引く容姿は何も魔族に限った事ではないだろう。

しかし傷を負ってからクレイスの体に溶け込んだのはどういった理由からだ?

「・・・クレイスの魔力を頼ったと言っていたか。それなのか?」

つい考えが漏れてしまうも周囲から気に留められる事は無く、

(そもそも『闇を統べる者』は何故ここに?ヴァッツ様はどこにおられるのだ?)

彼らは一心同体のはずだ。だとすれば・・・気になって辺りをきょろきょろと見回すがそれらしい人物は見当たらない。

元々謎が多いヴァッツと『闇を統べる者』だがますますその全容が不透明になったなぁと感じる中、

「今更ヴァッツが来てももう戦は終わったし・・・お姉さま、パーレットに言って退却してもらいましょう。」

これにはリリーも賛同だ。戦の後処理は文官達に任せてまずはクレイスを診療所に連れて行かねばならない。

彼の言い方だと未だ全快には程遠いはずだ。


【おおそうだ。ヴァッツは少し帰りが遅くなると伝えておこう。】


いなくなったはずの『闇を統べる者』が今度はリリーの足元からにょきりと生えてきて2人に声をかけたので、

「うひゃっ?!?!」

「おぉうっ?!?!」

お互いが素っ頓狂な声を上げて飛び退いた。

「あ、あ、あなた?!消えたと思ったらいきなり出てくるのやめてもらえる?!?!しかも足元に!!!」

精一杯に強がりながらいつもの勝気な口調で厳しく問い詰めるが体はリリーに飛びついたまま動こうとしない。

「遅くなるというのはどういった理由からですか?」

自身も大いに驚きはしたものの彼に対する忌諱感は持ち合わせていないので冷静に尋ねることが出来た。

【うむ。何やら神器持ちの所にいって祖父を取り戻すという話でな。

まぁ狂言に近かったので今はその祖父と娘を交えて家族大喧嘩中といったところだ。】

ということはスラヴォフィルとアルヴィーヌにイルフォシアを交えて喧々囂々とやっているのか。

確かにクレイスの時も嘘をついていたし、何度もそういう行動を取れば咎められても仕方は無いだろう。

「じゃあ何であなただけここに来れてるのよ?!ヴァッツと一緒じゃないの?!」

とても気になっていた点を指摘することでリリーも同意しながら強く頷く。

姿は見えないにしてもてっきり近くまでは来ているものだと思っていたのだが、


【・・・私は闇を統べる者だぞ?全ての闇は私の一部だ。】


そう言い終えると今度こそリリーの足元にあった影に沈んで姿を消した。




結局アンラーニ族のほとんどが倒れてしまいガハバが敗れたせいか、あれだけ無謀に突っ込んできていた残りの戦士達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

退却する必要のなくなった『トリスト』と『バイラント族』はその後死体の処理に追われ、

未だ意識の戻らないクレイスはリリーとハルカに見守られながら一足先に『トリスト城』へ帰っていった。








長い夢を見ている。しかも悪夢に近い、いや、悪いというよりは寂しさと悲しさを感じる内容だ。

何故か自分がサーマになったかの錯覚に囚われていたクレイスは手に取るように彼女の立場から彼女の記憶を夢見ている。

(夢・・・にしては随分はっきりしているな。)

体に力が入らないのでぼんやりとそんな事を考えているとウンディーネが自身の体から飛び出した所で夢から覚めた。


・・・・・はずだった。


未だに自分がどこにいるのか、どうなったのかを理解し得ないクレイスは瞼を開ける事すら出来ない状態だった。

口はもちろん手足も鉛のように重くそれが自分のものとは到底思えない。

ただ、腹の下あたりから燃えるような、それでいて鈍い痛みが全身を襲っているのだけは嫌でも感じ取れる。

目を閉じてるせいか意識が混濁しているのか。何一つわからないまま真っ暗闇を漂うクレイスに、

《・・・ス。クレイス・・・起き・》

何度かだけ聞いたことのある女性の声が彼を呼んでいる。

(・・・だ、誰?)

あの世からかこの世からか。喋る事すらままならないクレイスは心の中で尋ねてみるも、


・・・・・


やはり言葉を発しなければ意思疎通は難しいらしい。かといって今の彼は体を何一つ満足に動かす事が出来ない。


《・レイス。クレイス・・・目を覚ま・て》


彼女は諦める事無く何度も彼に呼びかける。そしてそれに答えられたのは一ヶ月という月日が経った後だった。






 『フォンディーナ』の防衛戦が終わった後、

「このままお父さんも助けにいこう。」

非常に珍しく長女のアルヴィーヌが他人を慮る提案をした事で最側近ダイシは涙を流して喜んだ。

これに反対意見を述べるものはおらず何故かカズキも非常に強く賛同している。

「じゃあウォランサ。マルシェ。オレ達もう行くね。」

名残惜しさがひしひしと伝わってくるがこちらも急ぐ必要がある為、最後の宴は次回に持ち越される事となった。

「またいつでもお越しになって下さい。国を挙げて歓待いたします。」

「あ!こら!それは私の台詞だろっ?!」

将軍に決め台詞を取られてしまい不貞腐れる国王。この2人は実に良い関係だというのが見て取れる掛け合いだ。

「うん!また遊びに来るよ!!」

ヴァッツが最後にそう言うとアルヴィーヌが長い銀髪と真っ白な翼を顕現させ、


どぅぅんっっっ!!!!


激しい砂埃を立てると一瞬で南の空へ飛んでいく。続けてイルフォシアもカズキを抱きかかえてそれに続き、

「では失礼したします。」

最後に残ったダイシも深く頭を下げて挨拶を終えると急いで彼らの軌道に乗って飛び去った。




元々アルヴィーヌが群を抜いて高速で飛空する為どうやっても後続は何時間か、距離によっては半日以上の遅れが生じる。

(さて、陛下には先に伝達する事が出来なかったが上手くやられておられるだろうか。)

この行動は彼としても嬉しい誤算だった為、思い立ったが吉日ということで何一つ彼らの行動を止めるような素振りをしなかった。

下手に口出しして、じゃあやめる。となってしまったら折角の提案も水の泡となる。それを恐れたからだ。

ただ、現在囚人という名目ながらスラヴォフィルはワーディライを繋ぎ止める為にレナクへ残っていた。

囚われているどころかかなり自由に行動している様を思い描きつつ、

(いきなり彼らが現れても何とか誤魔化していただければ・・・うむ。我らが国王陛下なら何とかなるだろう!)

淡い期待を胸に王女の成長に口元をゆがめながら喜びをかみ締めていたダイシ。


「・・・・・ちょっと?囚われていたんじゃないの?」


そして彼が到着した時は丁度、これから修羅場が開くという寸でのところだった。

見ればスラヴォフィルに貸し与えられていた立派な客間、そこに隻腕の大男と対面して座りながら何か駒を使う遊戯を楽しんでいたらしい。

更に脇に設置してある小さな丸机にはかなりのご馳走と酒の瓶がいくつか並んでいた。

(・・・・・何と間の悪い・・・・・)

自身が早々に伝令を出さなかったのを棚の上に上げつつ機嫌を損ねると中々に大変なアルヴィーヌを遠巻きに眺めるダイシ。

「い、いや?囚われておったよ?この部屋から出られなくてな?退屈しのぎにちょっとだけ話し相手を頼んでおったんじゃ?」

こうなると国王もたじたじである。力の差はよくわからないが愛娘達にとことん甘い彼は言い訳と謝罪しか手立ては存在しないだろう。

「何を言う?お前が散々立会いを拒むから仕方なく別の方法とやらに付き合ってやってるというのに。退屈なら表に出て一線交えんか?」

隻腕の男ワーディライは相変わらずスラヴォフィルと戦いたくて仕方が無い様子だ。

しかしそれらを全ていなしてあの手この手で時間を引き延ばしていたのだろう。

「お父さん。あんまり嘘ばっかりついてると誰からも相手にされなくなるよ?」

「うっっっ?!?!」

非常に的を得た内容を突きつけられて今まで見たこともない苦しい表情を浮かべる国王に、

「姉さんの言う通りです。いい加減に私も愛想がつきそうです。」

イルフォシアも姉以上に冷たい視線を送りながら追撃を放った。スラヴォフィルは『悪鬼』の存在など忘れるくらいに落ち込むと、

「す、すまんかった・・・もう帰るか。」

当初の目的は達成出来ていたのでその発言も間違いではないのだが、

「おい?!散々わしを煙に巻きよって帰るだと?!寝言も大概にせえよ?!?!」

鷲のような顔から放たれる鋭い眼光と萎縮してしまうような雄叫びに皆が注目するもダイシ以外は平然としており、

「ねぇおっちゃん。さっきから気になってたんだけどその黒い大きなのって何?」

ヴァッツは祖父と叔母達のやり取りなど気にも留めずに『悪鬼』が愛用している大槌に興味を示し始める。

だがこの行動が良かったのか、彼の怒りはかなり収まったかと思うと、

「うむ!これは黒い服を着た男がわしにくれての。これを手にして以降若返ったかのように力が漲るようになったんじゃ!」

丸太のような腕でそれを軽く持ち上げると自慢げに話を聞かせてくれた。

現在『トリスト』とその関係国には徹底されている『黒い外套の男』がすぐに思い浮かぶも国王は苦々しげな表情を浮かべるだけで詳しく話しを聞こうとはしなかった。

(聞くに聞けない理由があるのか。)

7年以上彼の最側近を務めるダイシはすぐに裏があると察する。

理由はわからないが国王にしか知り得ない情報というのを何度も目撃してきた。今回もそういったものが絡んでいるはずだ。


「ふーん。それ、ちょっと危ないね?貸してみて?」


自身の背丈ほどもある大槌を軽く貸してといって右手を差し出したヴァッツ。

流石にその行動は全員から注目を浴びるだけでなく、全員があっけに取られて口を半分あけていた。

「だっはっは!いいだろう!だがお前に持てるかな?」

1人だけ気分が良かった『悪鬼』はまだ成人すら迎えていない少年の要望に応えるべくすんなりとそれを突き出す。

当然持てない、手渡した瞬間床に落として大変な事になると踏んでの行動だろう。

もしかするとその様子を見て大笑いしたいとも考えているかもしれない。

(大将軍様を愚弄すれば・・・)

そうなるとここにいる全員が彼に襲い掛かるだろう。いくら『孤高』の1人とはいえこちらにも『孤高』がいる。

更に全員が相当な強さを保持しているのだ。むしろこの機会に始末してしまったほうが後顧の憂いを絶てるかもしれない。

念のためにすぐ抜刀出来るよう心を構えて見届けようとしたダイシだったが、


「うん。やっぱりこれ危ないよ。ちょっと壊しとくね。」


ひょいっと簡単に受け取っただけではなく、持ち主の了承を得る事無く『壊す』と言い出すヴァッツ。

見るからに頑強で重量もある黒い大槌をどうやって壊すというのだろう?炉にでも落とすつもりか?


みゅ・・・みゅみゅみみしし・・・・・


突如耳を塞いでしまいたくなるような金きり音が発生すると少年の背丈ほどあったそれは

まるでおにぎりを握るかのように、掌についた泡で遊ぶかのような様子でどんどんと形を変えて小さくなっていく。


時間にすれば数秒だった。


気が付けば彼の拳骨より少し大きな黒い球体がその手に収まっていた。






 「・・・・・ああああああああああああああああああ?!?!?!」

やっと事の重大さに気が付いた持ち主がとんでもない悲痛な叫びを上げ始める。

「やかましい!!!ったく、大の大人が獲物1つ壊されたくらいで喚くなっ!!!」

それを似たような大声で叱りつけるスラヴォフィル。だがこちらは彼と違ってとても楽しそうな表情を浮かべていた。

「あれ?こんな危ないの無くなったほうがいいでしょ?あれ??」

ヴァッツの中ではとても良い事をしたと感じているのだろう。なのに本人は嘆き悲しんでいる。

2人の感情に大きなずれがあると気が付いた大将軍も少し悪い事をしたのかもしれないといった風な空気を出し始めるが、

「うんうん。ヴァッツは正しい。何も間違っていないから。」

叔母であるアルヴィーヌが隣に立ってそう言いながら背伸びしつつ頭を撫で始める。

「そ、そうです!ヴァッツ様は何も悪くありません!悪いのはあの人です!!・・・多分。」

妹王女のほうも普段のイルフォシアから考えられないくらい感情をむき出しにして擁護しつつ何度も頷いている。

少し離れた場所にいたカズキは笑いを堪えるのに必死らしく、両手を口元と腹に押し付けつつ体を小刻みに震えさせていた。

「え、えっと・・・その、戦うにしてももうちょっとさ?人を傷つけにくいのをさ?ね?」

それでも罪悪感は消えていないらしく、ヴァッツはその黒い球体を返そうとするとワーディライは荒々しく取り上げて

まるで女性が大粒の宝石を吟味するかのように高く持ち上げながら変わり果てた姿をまじまじと観察し始める。

(これが本当に『孤高』なのか?)

その表情は虚ろで先程までの荒々しい強さは微塵も感じられない。今ならダイシ1人でも簡単に勝てそうだ。

流石に旧知の仲であるスラヴォフィルがそれを見かねたのか、

「なぁワーディライ。お前の強さはお前自身の強さだったじゃろう?いつから紛い物の武器に頼るような弱い男になったんじゃ?」

諭すように優しく声をかけた事で目に本来の強さが戻ってきた『悪鬼』は掲げていた黒い球体を静かに下ろして椅子に腰掛けると、

まるで憑き物が落ちたかのように静かに語りだした。




彼が右腕を失ったのは44年も前になる。


当時まだ25歳だった彼と1つ年下のスラヴォフィルは海賊として東西の中間にある海で大暴れしていた。

「えっ?!お父さんって札付きの悪だったの?!」

「こら!話を遮るんじゃない。」

「そうです。あとからじっくりと聞かせてもらいましょう。」

途中で娘2人が話の腰を折りつつ始めて聞かされていく彼らの話。


配下にも厳しく、敵には更に容赦の無かった男は『悪鬼』と呼ばれ様々な国から危険人物として指名手配された。

そして一緒に行動していたスラヴォフィルも同じ危険人物として『羅刹』と呼ばれるようになり・・・・・

「お父さん・・・」

「詳しくは後で・・・な?」

あまり触れられたくないのだろう。過去の自分が話に出てくる度にそういって誤魔化す国王。

しかしこの時の頭目はワーディライで補佐がスラヴォフィル。

彼らの強さに憧れて仲間が増えてはいったものの、やはり頭目の目に余る蛮行に配下達の不満は溜まっていく。


やがてそれが爆発する寸前の所で、

「ワーディライよ。お前の態度には皆が辟易としている。どうだ?ここでオレと頭目を賭けて勝負をしないか?」

元々皆から慕われていた彼の提案に全員が歓喜の声を上げて賛成したのだ。

「ふっ。いいだろう!強き者こそが海賊の王に相応しい!!」

そんなスラヴォフィルを疎ましく思っていたワーディライもまた喜んでその決闘を受ける。


・・・・・結果、彼は一瞬で地位と名誉と左腕を失う事となった。


激しい戦いになると誰もが予想していたのだが酒色に溺れて頭目の座に甘んじていたワーディライと

頭目補佐ながらも常に誰よりも前に出て矢面に立ち、数多の敵を屠ってきたスラヴォフィル。

後になって考えてみれば全てにおいて彼に劣っていたワーディライの負けは必然だったのだ。




それから彼は『悪鬼』の名が知れ渡っていない遠くの国『ダブラム』の更に西端まで逃げると戦いとは無縁の生活を始める。







「ちょっと待て。じゃったら何故あんな物を受け取ったんじゃ?」

随分昔の話から語り始めたのを黙って聞いていたスラヴォフィルがこれ以上自身の過去を話せないようにといった意図も含めて一番大事な要点を聞くために口を挟んだ。

「わしも受け取る気はなかった。しかしあの大きく立派な大槌にほんの少しだけ心が動いてな。

つい手に取ってみたら男は消えて、妙に手になじんだこれだけが残ったんじゃ。」

そういって手にあった黒い球体を持ち上げるワーディライ。

話していくにつれてどんどんと野蛮な雰囲気が無くなっていく代わりに威圧感が宿りつつある。これが本来の彼の姿なのだろう。

「それでまた戦いたくなったの?」

黙ってきいていたヴァッツが今度は口を挟むと、

「いや・・・最初はそんな事は無かった。これも物置の奥にしまっておいたし、普段通りの生活を続けていた。

ところが3年ほど前か。また黒い男がやってきてな。『大槌は無事か?』と。なので取り出してきて返すと言いたかったんだが・・・」

「また男は消えていた?」

「うむ。その時だ。妙な闘志が湧き上がってきたのは。」

アルヴィーヌに頷きながら答えるワーディライ。

だとすればヴァッツの言う危険というのはとても的を得た表現だったのだろう。何せ人の心を操るのだから。

「ちなみに初めてその男が現れたのはいつじゃ?」

「確か・・・11、12年前になるか。」

最後にスラヴォフィルが質問をした事でこの話は幕を閉じた。






 「元気だしてね?」

初対面の面影が一切無くなった隻腕巨漢の男にヴァッツは申し訳なさそうに声をかける。

鷲のような表情がいきなり雀になることはないが、

「元気さ!むしろすっきりした気分だよ!」

その笑顔には確かな喜びが浮かんでいる。だが心残りがあったのか、

「しかし鍛錬だけは怠らなかった。お前に敗れて以来ずっと力だけは蓄えていた。それを試せないのだけは残念だ。」

王女姉妹の胴回りよりも太い隻腕をみせてスラヴォフィルにむけて寂しそうな笑顔を向けると、

「何を言う。あの武器を処分すれば付き合ってやると約束したじゃろう?さぁさぁやるぞ!!」

元々武闘派な国王はついに彼の誘いを受ける決断を下す。

アルヴィーヌやイルフォシアはやれやれといった仕草を見せていたが彼のそういった行動に慣れていないのか。

「ええええ?!じいちゃん戦うの?!やだなぁオレ・・・」

『トリスト』という超戦闘国家の大将軍であるヴァッツがそんな事を口にする。

恐らく本気で戦えば誰も敵わないであろう彼は心の底から争いを嫌っているようだ。


皆が館の外に出てスラヴォフィルがいつもの大斧を、

そしてワーディライは武器を失っていた為適当に何かないかと『ダブラム』兵に声をかけていると、

「ねぇワーディライ。さっきの黒い球って何かに使う?もう必要ない?」

ヴァッツが近づいていってそんな事を尋ねだした。彼も回りもその質問の意味がよくわからなかったが、

「いや、これはもう必要ないな。欲しいのか?」

見た目通り子供だと思ったのだろう。そして子供らしい要望を出そうとしているのだろう。

片腕を奪われた経緯があれど友人の孫であり自身を訳の分からぬ呪縛から解き放った恩人でもある為、

少年の希望に応えようと思っての発言らしかったが、

「じゃあちょっと貸してみて。」

言われるがまま懐から黒い球体を取り出して手渡すとまたも彼の計り知れない力から妙な行動を始める。

しかし先程と違い異様な音を発することは無く、むしろ非常に滑らかな動きで球体がどんどん形を成していき、


「よし!これならいっぱい使っても大丈夫だよ!!」


粘土のようにこねくり回し始めたと思ったらそこには形状こそ変わったものの先程までと同じくらい大きな黒い槌が出来上がっていた。

「こ、これは・・・凄いな君は。」

誰もが感心していたが目の前でそれを見せられて更に自分の使い慣れた武器が手元に帰ってくる、その喜びも多分に含まれているのだろう。

ワーディライは驚きながらもそれを受け取ると何かを感じたらしい。一瞬真剣な表情を見せるが、

「ありがとう。スラヴォフィルよ。お前の孫が渡してくれた武器で戦うが構わんよな?」

「・・・ああ。それなら問題はないだろう。」

国王も既に真剣な表情で闘気を放っている。個人的には何がどう変わったのかさっぱり分からないのだが、

同じような黒い大槌を軽々と振り回して構えるワーディライからは初対面の時以上の獰猛さが感じ取れた。

一瞬でも1人で簡単に勝てそうだと思った事実に蓋をしつつ、カズキや王女姉妹の隣で成り行きを見守るダイシ。

そこに下がってきたヴァッツも加わると、

「お前あんな芸当も出来るんだな。今度俺の刀も作ってくれよ?」

「え・・・いいけど。オレが作ると絶対人は傷つけられないよ?」

???

よくわからないやりとりが耳に入ってきたが、開けた場所に立っていた2人は既に戦闘を開始していて、


がきぃぃぃん!!!!!!


大斧と大槌が激しく衝突すると音だけでなく強い風圧までもが発生する。

お互いの武器が大物な為どうしても動きは遅くなりがちだが彼らは『孤高』と呼ばれる人物だ。


がきぃぃん!!!がきぃぃぃんっ!!!がきぃぃぃぃんっ!!!!!


どちらも竜巻のようにぶんぶんと振り回すが勢いが衰える事も無く、ぶつかり合う度に鼓膜と脳に激しい剣戟音が突き刺さる。

それだけでも相当な光景なのだがお互いが計り知れない膂力でそれらをぶつけ合っているにも関わらず

どちらの武器もへたる事がないのもまた素晴らしい。

『ボラムス』兵だけでなく市民達までもがその音につられてどんどんと集まってくる中、戦場を十分に使う為2人は足を使って走り出す。

打撃な分その衝撃は広い面となって飛んでくる為周りの建物はまるで積み木のように崩れていく。

事の重大さに気が付き始めたダイシはいつ、どうやって止めるべきか悩み始めるが、


がんっっっっ!!!!・・・・・


中央でお互いが鍔競り合いの形で動きを止めると、

「ははははは!昔より全然強いじゃないか!!安心したぞワーディライ!!」

「だっはっは!お前の孫にこしらえてもらった大槌のお陰だわい!!」

大笑いしだした2人は武器を納めると肩を組んでこちらに戻ってきた。

その表情は屈託無く、旧知の友と呼べるに相応しいものだ。うっすらと涙を浮かべて2人を眺めていたダイシだったが、

「・・・んんん???もしかしてさっきの話って・・・」

カズキが感動とは全く別の視点から2人をみて訝しげな声を上げ始める。何事かと王女姉妹も目を凝らして観察し始めると、

「うん。あの武器には絶対人を傷つけないようにおまじないをしたから。」

よく見ればワーディライの体や顔には若干の擦り傷や打撲らしき跡が浮かんでいたが、

スラヴォフィルの体には傷はおろか衣服に若干埃がついて汚れているくらいしか目立った部分がなかった。

遠くで見ていたからこそわかる2人の実力。それは非常に拮抗していた。なのに外見でこれだけの差が出ているという事は本当に・・・


「あんたそんな事も出来るの?」

「うん。ヤミヲの力も頼ってるんだけどね。」


アルヴィーヌがさらっと聞いてさらっと答えるヴァッツ。一体彼はどれだけ未知の力を持っているというのか。

底が見えない大将軍に心から畏怖を感じつつ、彼がいれば間違いなく『トリスト』は大丈夫だろうという絶対の安心感がダイシを包み込んでいた。






 「ありがとうヴァッツ。これは大切に使わせてもらうよ。」

あれだけ激しく振り回しても相手にかすり傷1つ負わせる事が出来ない大槌を大層喜んでいるワーディライ。

それとは真逆にカズキは非常に悩ましい顔で彼の武器とヴァッツを見比べている。

彼は一刀斎の孫であり生粋の戦士だ。相手の命を奪わねば奪われてしまう立場にある。

(国王様に危害を加えてくる相手に遠慮などしてはおれぬからな。)

武器としての質は非常に良いだけに最側近のダイシも彼の気持ちは痛いほど理解出来た。

「そうじゃ。お前のとこの国王にも伝えておけよ。これ以上北上の意思を見せるのなら『トリスト』を本気で敵に回す事になる、とな。」

これで『ダブラム』が内包していた脅威は去ったと判断したスラヴォフィルは別れの挨拶もそこそこに国へ帰ろうと示唆するが

全てを見届けたヴァッツが首を傾げながら不思議そうに、


「ねぇワーディライ。さっき言ってた黒い男の人ってフェレーヴァじゃないよね?」


未だ国王に伝えられていなかった名前を口に出して尋ねる。しかし文脈的にそれが何を意味しているのかすぐに理解した人間は、

「お、おいヴァッツ?!お前あ奴らの正体を知っているのか?!」

「え?いや、『フォンディーナ』で会った人はそう言ってたから。他の人は知らないけど。」

「ああ。そういえばいたね。」

スラヴォフィルの質問にきょとんとした顔で答えるヴァッツとアルヴィーヌ。

ここにきて重要な報告が遅れてしまった事に初めて気が付いたダイシだったが

彼らの会話からワーディライに大槌を送った者と『フォンディーナ』に侵攻してきた黒い外套の男が同一人物だという懸念はすっかり抜け落ちていたのだ。

「・・・・・ヴァッツ。その男の名はフェレーヴァというんだな?」

怒りを纏ったワーディライが目を光らせながら威圧しないように尋ね返す。

しかしヴァッツが誰かに気圧されるような存在ではない事が短い間だったが一緒にいてよく理解出来ていた。

怯えとは無縁の彼が相変わらず自然体のままで、

「うん。なんか軍を操ってたっていってたけど。」

「そうそう。いっぱい砂を撒き散らして大人気ない奴だった。」

本当はもう少し細かい部分まで伝えた方がわかりやすいのだろうが

直接相対した2人がこんな様子で妹は力強く頷く程度、カズキに関しては無言のままそれを見守っている。

(後で詳しくお伝えせねばなるまい。)

『孤高』2人のやり取りや国王と王女姉妹のやり取りで慌しかったのもあるが決して失念していた訳ではないと自身に言い訳をしながら次の行動を固く脳裏に刻み込むダイシ。

「・・・そんな者が軍内にいれば気が付くはず。いや、あれを手にしていたわしには無理だったか・・・」

ワーディライも様々な見落としの可能性を考えてしまうが、

「そいつはお前が追っ払ったんじゃろ?」

「うん。もう『フォンディーナ』には来ないはずだよ?」

「・・・・・うむ。いや、本当にありがとうヴァッツ。君にはわしが思っている以上に助けられたようだ。」

祖父と孫が軽く確認を取り合うと様々な答えを得たのか、『悪鬼』から怒りが消えると更に感謝の言葉を重ねて述べる。

一先ずの決着と情報の共有化が終わると挨拶もそこそこに、


「ワーディライ様。今度お会いするときは俺とも立ち会ってくれないか?」


カズキが強い敬意の眼差しを向けてそれだけ告げると、一同は東の空にある『トリスト』へ飛び去った。






 世界で黒い外套の男が暗躍している。そういった話は当然耳に入っていた。しかし、

「ったく。王様ってのは退屈だな。」

『ボラムス』で飾りの王となっていたガゼルは日々あくびと戦っていた。

元々の領土が小さいのにそこで政務をこなす人物は有能揃い。

故に全ての仕事があっという間に片付く為ガゼルが暇つぶしに何かを手伝ったり首を突っ込むという隙間は全く生まれなかった。

彼の仕事といえば上がってくる報告に目を通して判を押すだけという子供でも出来るような内容だけ。

時々ファイケルヴィが重要そうな情報を教えてはくれるものの安全な場所で安定した暮らしを保証されているガゼルにとって微塵も興味が湧かない。

(こんな生活を送っていたからあの男も国民の事なんてどうでもよくなったのかもしれない・・・のか?)

仇だったバライスももしかすると最初は真っ当な人物だったのかもしれない、などと暇すぎて酔狂な考えにまで陥る国王。

いかなる理由があるにせよ国民を他国に売るなどという行為が断じて許される訳ではないのだが。

「何か面白い事はねぇのか?」

先日まではこの椅子に座っていた男を殺す為だけに生き抜いてきたガゼルが何とも気の抜けた話題を振ると、

「でしたら視察などをされてきてはいかがです?どうも最近の貴方は元市民という唯一の強みが欠落しつつあるようなので。」

ため息交じりで宰相がそう返す。

言われている意味がよくわからないがただ王城内でじっとしているよりはマシだろうと感じたので早速外回りの準備をしようと思った矢先。

「失礼します。ただいま『ロークス』からナジュナメジナ様が御登城されました。」

聞きなれない名前を出されてその行動を止めるガゼル。

「そうか。では私はこれで。」

詳しい訳も話さずに立ち去ろうとしたファイケルヴィに何やらきな臭さを感じ取ったガゼルは瞬時に脳内でそれらを天秤に掛ける。


「・・・待て。ここは国王自ら会おうじゃねぇか。」


お飾りといえど王である彼がそう言えば割と何でも意見を通す宰相だったが、

「駄目です。貴方は外回り。いいですね?」

まるで子供を諌めるかのように軽くあしらおうとするので更に嗅覚が面白さ、いや、怪しさを機敏に感じ取る。

「おいおい?そんな態度を取って大丈夫か?上に報告しちゃおうかな~?」

ここでの上とはヴァッツに当たるのだが彼はスラヴォフィルと受け取ったらしい。

「・・・わかりました。ただし余計な発言は控えてください。」

ファイケルヴィ自身は国王に多大な恩義があるので彼を裏切るような真似はしない。

しかしそれを知らないガゼルからすれば彼の行動に陰謀とまでは言わなくても裏を感じたのも事実だ。

「はっはっは。任せたまえ。で、そのナジュなんとかって何者だ?」


応接の間に向かう途中客人の素性や、何故来たのか。その真意などを軽く説明してもらう。


やがて観念したのか最後に、

「『ロークス』での暴動後、まるで人が変わったかのように慈悲深い人間になったと聞き及んでおります。」

「なるほど。だったら尚更俺が相手したほうがいいだろ?」

39歳と43歳。

立場は違えど十分な人生経験を持つ2人は詳しい会話を交わさずともその端々に注意を促す言葉を入れることで真意までも読み取る。


「待たせたな客人!」

堂々と部屋に入ったガゼルとファイケルヴィに、とても物静かな男が立位のまま軽く会釈を交わして

「これはこれは。まさか国王様自らお出向きになられるとは光栄ですな。」

言葉には優しさが篭っているが2人はすぐに気を引き締めなおす。特にガゼルは、

「おい。ワミールを呼んどけ。」

この城で一番腕の立つ将軍の名を告げた事でファイケルヴィにも更に一段階上の警戒を促した。

そんな彼らの心の内を知ってか知らずかナジュナメジナは相変わらず立位を保ったまま、2人が椅子に腰掛けるのを待っている。


どかっ!


わざと大きな音を立てるかのように乱暴な座り方をしたガゼルは次いで客人に手で座るように促すと、

「で、どういった用件だ?俺は飾りの国王なんで詳しい事情を聞かされてねぇんだよ。」

足を組んで小馬鹿にするような表情を更に誇張させながらまぬけを演じるガゼル。実際の所言っている内容に嘘偽りは何一つないのだが、

「はい。此度はこの『ボラムス』でも商売をさせていただきたくお願いに上がりました。」

実業家という話はつい先程聞いていたので真っ当な言い分に心の中では納得する。対してファイケルヴィは、

「我が国では現在共産制からの移行期間であり外部からの干渉はご遠慮していただいております。」

混乱期を商機と見出して見返りをちらつかせながら話を進めにきたのだろうと伝えられていた。ここまでは先程聞いた流れと合致する。

ガゼルとしては国が潤うのだったらそれでもいいじゃねぇかとも考えるのだが、

「まぁそういう事だ。さっさとお帰り願おうか。」

今目の前にいる男からは底知れぬ恐怖を感じたのだ。いや、違和感だろうか。

まるで『迷わせの森』で初めてヴァッツと出会った時のような激しい違和感だ。何故こんな男が商人などをやっているのか?

「これは手厳しい。けんもほろろとは正にこのことですな。はっはっは。」

冷たすぎる対応に少しは気分を害するかと思いきや、逆にからからと笑い出す実業家。

丁度呼ばれてきたワミールがすぐに相手を斬り伏せることが出来る位置についたので、

「お前からは嫌な気配を感じるんだ。わかるか?さっさと立ち去らねぇとこの場でぶっ殺すってんだよ?!」

山賊生活で培った野蛮極まりない口調と表情で凄むガゼル。しかしそれにも全く動じない様子からより只者ではないと周囲に悟らせる。

「では商いから少し離れた話をいたしましょう。私は人脈を欲しています。」

これも事前にファイケルヴィから伝えられていた情報だ。この国の宰相は優秀だなぁと心の中で感心しつつ相手の話を続けるように促す。

「俺の国は見ての通り弱小国だ。この中の誰と仲良くなりたいって?」

「貴方です。」


・・・・・


この答えにはさすがに誰もが驚いて言葉を失った。

優秀な配下の話だと『トリスト』に関わる人物だろうという話だったので皆が聞き間違いかと耳の辺りに手をやる始末だ。

確かにガゼルもヴァッツとは仲が良いが国家間の関係者かと問われると疑問は残る。

「・・・俺?俺と仲良くしてどうするってんだ?」

「はい。貴方は13年もの間、妻子の仇を討つ為にずっと反抗の牙を磨き続けられていた。私の人生でそのような男は少数ですが確かに存在した。

だが成し得た人物というのは極めて少ない。そう、このナジュナメジナの人生では貴方が始めてです。」

自身の詳しい身の上を知っている人間は限られている。それを事細かくここまで知っているとは。

「てめぇ・・・誰からその話を聞いた?」

ほとんど話した覚えがなかったガゼルはすくっと席を立つと帯剣していたそれに手をかける。慌てて衛兵やファイケルヴィが抑える中、

「私は商人です。情報は金になるんですよ。貴方には志を共にした配下がおられるでしょう?」

その話を聞いて怒りが諦めに変わった国王は元山賊の顔を引っ込ませると椅子に座りなおして、

「あいつら・・・口止めしとけばよかったな。」

あまり自慢げに語る事ではない。妻子を失っているのだから。

彼自身はそう思って未だ口には出していなかったのだが実際国を取り戻し、仇を討った事で仲間達も新しい人生が始まった。

前を向いて歩き出した彼らにとって過去の怨恨は既に懐かしい思い出へと変化してきているのだろう。


「この話を聞いて貴方に興味が湧いた。なので是非お近づきになれればと思い参上した次第です。」


そんな仲間達からの情報をかき集めてこの場に現れたナジュナメジナ。

とても商人とは思えないほど強い眼光を向けてきた彼に『ボラムス』の人間達はただただ気圧されるのみだった。






 この日は何故か彼らの会合に参加させられる事になったショウ。

断っても良いと告げられはしたもののずっと部屋で考え込んでいても埒があかないのは承知していた。


何度か足を運んだ事のある大きな部屋には七脚の椅子だけが置いてある。

ここに7人が集まるのなら自分用にどこからかもう一脚用意したほうがいいかなと思ったのだがフェレーヴァに促されて古ぼけた椅子に腰掛けた。

ほどなくしてどこから現れたのか黒い外套の男達が次々に集まってくると、

「ア=レイはどうした?」

1人が誰かの名を呼んだ。恐らくは七神の1人なのだろう。

「彼は今商人ごっこにド嵌まりしてるよ。多分今日は来ないんじゃないかな。」

「マーレッグじゃあるまいし。いい加減きちんと7人揃えんか?」

初めて耳にする名を刻みつつショウは周囲の人物を外套越しながら覚えようと目を走らせる。

ア=レイやマーレッグという名を口にしたのは自身をここに連れてきたと思われる老人だ。

「アジューズの意見には同意する。ガハバが死んだんだ。このままでは本当に7人が顔を合わせる事無くどんどん失うぞ。」

フェレーヴァが感情を露に少し厳しく皆に問いかけていたがなるほど、理由はわからないが1人亡くなったからこの会合が開かれるのか?

「ヴァッツとやらと相対してから随分弱腰だなぁフェレーヴァ?」

口調からもかなり乱暴な感じが見受けられる男が挑発するかのように彼に声をかけると、

「やめないかダクリバン。長が来られたぞ。」

終始温和な声で場を仕切っていた男がそういうと不意に、


「皆元気そうだな。聞いての通りガハバが死んだ。水の魔族にやられたそうだ。」


久しぶりに女性の声が耳へ届いたのでショウは内心とても驚いた。

気が付けば椅子を円状に並べた中央の何も無かった場所、そこに少しだけ浮遊した状態で黒い外套を身に纏った女が現れていたのだ。

背丈もそれほどない事と声の質からかなり若い人物のようだが・・・

「では尚更彼を拒む理由はないじゃろう。ショウよ。我らと共に世界を救わんか?」

やっと会合の意味を悟ったショウは嫌悪感のある男から名を呼ばれると少し考え込んでから、

「・・・まず世界を救うという意味がわかりません。どこに危機的状況を見出しているのでしょうか?」

確かに彼は国や大事な人を失った。だがこれが世界を救う理由と繋がるとは考えにくい。

世界ではありとあらゆる場所で大小様々な小競り合いが起きていて、常に一定数の人間が亡くなっている。

『リングストン』では奴隷制を導入しているし、『ユリアン教』のように他宗を強く敵視する危険な集団も存在する。

全ては昔からある出来事で今更これらをどうにかしたするというのは流石に無理があるだろう。

彼の考えはそういった物で、そこから導き出した答えを口にしたつもりなのだが、


「何を勘違いしている?敵はこの世界を滅ぼす程の力を持っているのだぞ?」


・・・・・

予想を上回る返答を受けてすぐにヴァッツの事が頭に浮かんでしまったショウ。

(いや、彼がそんな事をするはずがない。)

あの温和な少年が世界を滅ぼすなどと言われれば知り合いは皆腹を抱えて笑い出すだろう。それくらい滑稽な与太話だ。

ただ、彼らの口から誰が敵かを明確に教えられていない為まずはその考えを保留にしてショウは再び尋ねる。

「その敵というのは?個人ですか?国ですか?」


「個人だ。ヴァッツという。お前もよく知っているであろう?」


聞いてから絶対にありえないという思考とは別に、もし彼が本当に敵に回ったらという可能性も考察する。

ヴァッツの力は他に類を見ない程強大だ。それが暴虐の方向に振り切れば世界が滅びるというのも納得はいく。しかし、

「彼と私は友人です。まだ知り合ってからの期間は短いですが彼がそのような蛮行に走るとはとても思えません。

それよりも貴方方の言動のほうがよほど危険だと判断しますが?誰かに唆されたりされていませんか?」

彼だけではない。彼らと旅をした思い出はショウの中でとても大切なものへと昇華している。

そんな旅で出会った数少ない友人を言われもない誹謗中傷で貶されるのはいくらイフリータが眠っているとはいえ彼の感情を大いに逆撫でしたのだ。

強い眼差しと自身の怒りを込めて皮肉と卑下を交えながら反論するショウに七神の面々も驚きながら顔を見合わせるが、


「わかっておらぬな。あれは人が持ってはいけない力を持っておる。人には人の相応たる力というのが決まっておるのだ。」


七神の長である女が彼の嫌味など全く気にせず何故危険視しているのかを簡潔に答える。

その答えは感情に流されすぎていたショウの頭に突風を起こして冷静さを取り戻させてくれた。


(・・・・・『闇を統べる者』)


彼女達が敵だと断定する理由にこれ以上の答えはないだろう。

こればかりは人が持ってはいけない力という意見にも激しく同意出来てしまう。

以前アン女王の下で側近として動いていた冷酷さだけを持つ彼ならここで流されても仕方がない状況だった。だが、


「何度でも言いましょう。彼は私の友人です。例えどのような理由があろうとも彼を裏切るような真似は絶対に出来ません。」


全ては母国の為。今まで深く考えずにそういった行動を取ってきた彼が初めて感情を最優先に友人を選んだ発言をした事で

七神からは奇異な視線が多分に送られてきていた。






 わかってはいた。自分も立場が逆ならそうしていただろう。

「君は私達が思っていた以上に中々・・・強情・・・いや、頑固だね?」

あの後仲間に引き込む事を失敗した七神達はヴァッツとの取り引きにと完全な人質として扱う事を決定したのだ。

「頑固というのはクレイスが言われていた言葉ですので、私には強情という方を使ってください。」

(これで本当にしばらく帰れそうにないな・・・)

友人達は皆強いので心配はしていなかったが、サーマや老婆はこちらを心配してくれているかもしれない。

せめて彼女達だけにでも連絡が取れれば良いのに・・・と与えられた部屋から外を眺めて黄昏に浸るショウ。

イフリータが力を失ってから半年以上が経った今、一瞬で湯を沸かせるほどの怒りは失っていたものの、

彼は別の感情をどんどんと豊かに育んでいた事をこの時はまだ気が付けなかった。

「どちらも似たようなものだよ。それより気が変わればいつでも言ってくれよ。私が仲介に入るから。」

しかしこの男、恐らくはヴァッツにやられたであろう頬の腫れがいつまでも治る様子を見せないし何故かこちら寄りの言動をしてくる。

他の七神達は常に各地で何か行動を起こしているらしいのに。


「・・・ヴァッツとの敵対を望むのでしたら何故直接戦いに赴かないのですか?」


気になって何気なく尋ねるショウに外套を被りながら軽い笑い声をあげつつ、

「彼は強い。だからまずは弱体化を狙っているんだよ。私も相対したが今のままではとても勝てそうにないからね。」

弱体化??ヴァッツが??

全く想像がつかない言葉に腕を組んで小首を傾げるショウ。それをみたフェレーヴァはますます笑い声をあげながら、

「彼は人間の頂点に立つ者らしい。その力の源が人間の総数、だからそれを減らす事でその力も弱まるらしいんだ。」

かなり重要だと思われる情報を包み隠さず教えてくれる彼の様子に少し違和感を覚えるが、ショウはこれを遠慮なく脳裏に刻みこむ。


人間の頂点。


ヴァッツを知る者として非常にしっくりとくる例えだと感じるが、同時にその理論への疑問も浮かぶ。

「実は以前からそういう者は世に出てきていたんだよ。1000年に一度くらいかな。」

ショウの思考が手に取るようにわかるのか、フェレーヴァは饒舌に説明を始めてくれる。

彼自身もそれほど史記に詳しい訳ではなかったが確かに昔英雄と呼ばれる存在がいくらかいたのだけは知識として持ち合わせていた。

「それらは必ずと言っていいほど大国と手を組み世界に混沌を産み落としてきた。その都度我ら七神が暗躍しては拮抗を取り戻す為に動いてきたんだよ。」

強大な力に権力が群がるという構図は激しく理解出来る。だが1つ気になった事があったので話の腰を折る形で、

「つまり貴方方七神は何十代にも渡って組織を維持してきた訳ですか?いつ来るか分からない世界の危機とやらの為に?」

その資金力と権力は一体何処から生まれてくるのだろう?といった意味で尋ねてみたのだが。

「???・・・ああ。私達は基本的に魔人か天人なんだ。だから何代とかじゃないね。皆加入してからずっと同じ仲間だよ。

生きていくだけなら最低限の食料さえあれば問題ないしね。」

「???」

一瞬答えの意味が理解出来なかった為もう一度違う形で質問をしようとした時、

「私で約4800年ほど生きている。他の仲間もそうだ。天族や魔族の血を引くと妙に長寿となる。恐らく君もね?」

・・・・・

言われてから頭の中が真っ白になり、脳の機能が戻ってくるのにかなりの時間がかかったショウ。

口を動かす前にまず心を落ち着けつつ、

「・・・私も・・・そんなに長く生きることになると仰るのですか?」

「ああ。生まれた経緯は違えど君にも間違いなく魔族の血が流れているんだ。そういった意味でも七神に相応しいとは思うよ。」

人とは違うと何となく理解はしていたがそこまでの長寿が自分にあるとは夢にも思わなかった。実際話を聞いた今も受け入れ難い。

まだぼんやりとした想像しか出来ないがもしそれが本当なら友人達とは全く別の人生を歩まねばならなくなるだろう。

人質とか七神とかがどうでもよくなるくらいの事実を伝えられて感情が思考を上回ってしまうショウに、

「・・・今の言葉も考慮してもう一度考えてくれないか。七神の事を。」

フェレーヴァは優しくそういい残すと呆然とした彼をそのままに部屋を後にした。







【随分遠い所に軟禁されているんだな。】


経験としては持ち合わせているものの未だに聞きなれぬ低い声が耳に届いた事で彼は見せた事がない程体を大きく跳ねさせて驚きを表現する。

そのまま椅子から立ち上がり慌てて周囲を見渡すも友人の姿はなく気配も感じない。

【ここだ。お前の足元・・・ふむ。足元というのは存外分かりにくいのか?では拳を作るが良い。】

訳が分からないまま言われたとおり左手でそれを形にすると、


・・・・すぅっ・・・・


とても静かに黒い靄が指の隙間からあふれ出してくる。

【これで話しやすくなったか?さて、お前にいくつか話がある。】

形からすると蛇に近いか?しかし体らしきものは炎のように揺らめいていて、それでいて目と思しき部分は白く輝いていた。

今までだと周りが彼を質問攻めにしていた為彼から語りかけてきた事自体が珍しいのだが何よりも、

「・・・えっと。『ヤミヲ』様ですよね?ヴァッツはどこに?」

彼らを知っている人間からすると一番気になるであろう部分から質問に入る。

普段はヴァッツの右目に似たような黒い靄が現れて彼の口から『闇を統べる者』が言葉を発していた。

ところが今は全く違う。

まずは本当に彼が本物かどうかから確かめたい所なのだがそもそもはっきりとした正体がわからないのでそこから躓いてしまう状況だ。


【ヴァッツは今『トリスト』に戻る最中だ。時間があまり無いので手短に済まそう。まずサーマの遺体はどうする?】


・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


ついさっきフェレーヴァに自身の人生について大きな問題を投げかけられたばかりのショウに、

次いで絶対にあってはならない事態を質問する形で伝えられると彼の体はそれを受け入れる事を本能で拒否して動かなくなった。






 どれほどの時が経ったのか。

左手で握り拳を作って突っ立ったままのショウに後ろから声がかけられる。

「今日の夕飯だ。うん?・・・迷っているのか?」

フェレーヴァが盆にいくつかの料理を乗せて運んできたが彼の様子がおかしい事に気が付くとそれを机の上において自身も傍の椅子に腰掛けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

顔色から生気は消え、まるで死人が立っているかのようだ。

(・・・はて?そこまで衝撃を受けるような事か?)

確かに周りの魔人族、天人族は全てが4桁を越える時を生きている。

自身も最初の200年辺りまでは周囲との時間の流れが大きく違う事に葛藤していたのは間違いない。

せっかく親睦を深めた友人知人が自分とは違う速度で年老いて死んでいく。これは何よりも心に堪えた。

それから段々諦めが感情を塗り替えていくのだ。仕方のない事なのだと。

やがて長い年月を共に生きていける種族との出会いが心に少しの光明を射す。

七神という集団は目的もそうだが何よりこの悠久に近い寿命を共に過ごし合える仲間という意識が強いのだ。


その点死を許されたガハバや、最初に寿命の真実を伝えてもらえたショウなどは幸せ者の類だろう。


彼は聡明なのですぐその答えにたどり着くとフェレーヴァは感じていたのだが、

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

何だ?何を考えている?いや、驚愕か?血の気を失った彼の表情を覗きながらそのまま立ち去ろうと席を離れた時。


「・・・・・サーマを・・・殺しましたね?」


今までとは違う怨嗟と憤怒を確かに感じる声が届いた事でフェレーヴァはすぐに戦闘態勢に入れるように気構えた。

しかし話してくる内容に全く覚えが無く、そのような報告も上がっていなかったので、

「いいや。私達は約束を守る。仲間に迎えようとする者の大事な人間を手にかけたりはしない。」

正直七神のすべてがそういった者達ではない。結果を急かして短絡的な行動を起こしそうな者はいる。

もしかしてという可能性もあったが彼らの情報網にその事実が無かった以上ここはきっぱりと否定すべきだろう。

それよりも、

「何故そう思ったんだ?」

てっきりショウは先程の話題について深く考え込んでいたものだとばかり思っていた。

一体どこからそういった情報?妄想?に繋がったというのか。

「・・・・・貴方達よりも強く、貴方達よりも知識を持つであろう御方から聞かされました・・・・・」

・・・ヴァッツの事だろうか?ということはこの近くにヴァッツがいる?

一度相対し、その力を計る為にわざと頬を差し出したフェレーヴァは彼の恐ろしさを誰よりも理解している。

静かに周囲へ警戒を飛ばしてその気配を探ろうとするも何かを感じ取る事は出来なかった。


そして彼の目では追えなかった。


その一瞬、周囲に気を配っただけの一瞬でショウの姿が目の前から消えた瞬間を。






 怒りからか絶望からか。多少言葉を発したのだけは覚えている。だが次の瞬間。

「あ!!ショウだ!!」

耳に心地よい元気な声が彼を迎え入れてくれた事でショウはやっと我に返る事が出来た。

どういった訳かそこは大きく真っ白な部屋で辺りには見たことのない毅然とした姿勢を保った老人と

彼の叔母である王女もふかふかの長椅子に寝転んだ姿勢で体を沈めて寛いでいる。

「これはこれは。『シャリーゼ』の懐刀と呼ばれたショウ様ですね。ようこそヴァッツ様のお部屋へ。」

何が何だかわからないので思わずきょろきょろと辺りを見回す。

天井が妙に高いこの部屋の窓から外を覗いてみると未だ日は落ちていない様子だ。

「???どうしたの?」

人には滅多に見せない狼狽にも似た様子を晒していたらしく目の前にいたヴァッツが小首を傾げて尋ねてくるが、


「・・・どうしたもこうしたも・・・ここは・・・いや、少し待って下さい。」


理解が全く追いついていない事だけは理解したショウは囚われていた事や寿命の事、

そしてサーマの事よりもまず太陽のように明るい少年との再会で心を満たして余計な感情を排除する事から始める。

ヴァッツとアルヴィーヌ、そしてこの老紳士も敵ではないはずだ。

まずは人質からの開放、その喜びを胸に強く抱きしめつつ今は現状を理解していこうと方針を固めると、

「えっと。1つずつ確認させて下さい。ここはどこですか?」

「ここはヴァッツの部屋。」

足をぱたぱたと動かしうつ伏せになりながらお菓子を頬張ったアルヴィーヌがだるそうにこちらを見ながら答えてくれる。

「ではこの場所はどちらですか?」

「場所?『トリスト』城内とお答えすれば納得いただけますか?」

今度は老紳士が不思議そうに、しかしこちらの不安そうな表情を伺いながら答えてくれる。

「ふむ・・・ヴァッツ。貴方は本物ですよね?」

言いながら目の前にいる彼の頬を両手で挟んで揉んで軽く摘まみつつ横に伸ばしてみる。思った以上にそれが伸びるので少しおかしく感じていると、

「フョウ?なんかへんだお?」

反応からして間違いなく本物だろう。ということは場所はわからなかったが七神の館からここまで一瞬で送られたという事か?

【流石に理解が早いな。】

最後はヴァッツの右目から黒い靄を零しながら先程聞いた声が正解だと教えてくれる。だがわかってはいても理解出来るかどうかは別問題だ。

「一体どうやって?」


【光が当たらぬ場所というのは全て私の一部なのだ。そこにお前を引き入れた後ヴァッツの影から吐き出した。それだけだ。】


・・・・・

それを聞いて七神の館でのやりとりを思い出したショウはふと左手で拳を作ったのを思い出して再現してみる。

「・・・つまりこの左手の中にある暗闇も?」

【お前は賢明で助かる。ヴァッツも少しは見習うがよい。】

「『ヤミヲ』様。主を侮辱する発言は許しませんぞ?」

いつどこで見つけてきたのか、この老紳士はヴァッツの配下らしい。

そして以前の自分のように女王様が侮辱された時に激高した自分のように目を光らせて『闇を統べる者』に釘を刺している。


「ふふふ・・・ははは。そうでしたか。それが貴方の力でしたか。」


やっと全てを納得したショウは心から安堵すると久しぶりに笑い声を上げていた。




身の安全は保障された。かといって起こってしまった出来事が覆るわけではない。

お茶を用意された席に座るとショウはヴァッツとアルヴィーヌ、執事のレドラに『闇を統べる者』を交えて館での話を再開する。

「まず私にとって一番大事な事から確認させてください。『ヤミヲ』様、サーマは本当に亡くなったのですか?」

【うむ。とうに亡くなっていたというのが正確なのだが。】

「え?そうなの?」

実際に闘りあったのはウンディーネなのだが、それでもアルヴィーヌにとっては数少ない実践相手の1人だった。

思わず口を挟んでしまうもショウはそれを咎めたりはせず、『ヤミヲ』もその事実を説明し始めた。

【サーマというのはユリアンの手にかかって死んでいたのだ。それをウンディーネが拾って操っていた。

ただ、何故かはわからぬがサーマという意思もその時だけは蘇っていたらしい。】

またユリアンか・・・と憎憎しい感情が芽生えるも、その発言の中で彼が「わからぬ」と言った事の方に意識が向いてしまう。

「『ヤミヲ』にもわからない事があるんだね。」

軽い調子でお茶を啜りながらヴァッツが代弁してくれると、

【何を言う。この世はわからない事だらけだぞ。命というのは特にな。】

意外な返答のせいでもあるが、彼らに囲まれての会話は先程まで悲しみと怒りで自我が崩壊していたショウの心を温かく包んでくれる。

「つまりサーマは私と出会った時から死んでいたと?」

【うむ。詳しくはウンディーネが目を覚ましてから聞くといい。】

その答えに違和感を覚えたショウはすぐに問い返す。彼女は確かサーマの中にいたはずだ。

サーマが今は死体に戻っているという事は、

「ウンディーネはどこにいるのですか?」

【傷を負って療養中だ。といっても主に療養が必要なのはクレイスの方だが。】


この後様々な話を聞かされたショウは自身が囚われていた間に様々な出来事があったのだと痛感しながら彼の部屋で一夜を過ごした。






 彼と同じ部屋で寝具を並べて寝るというのは旅の途中彼らが『シャリーゼ』に入国した時以来だ。

あの時は他に2人の友人もいたがクレイスはまたも痛手を負って別室にて療養中、カズキはクレイスと相部屋で過ごしているらしい。

「・・・・・ヴァッツ。まだ起きていますか?」

部屋の灯りはとうに消され、老執事も隣の部屋で休みに入ってからしばらく経った後ショウはぽつりと呟いてみる。

「うん。どうしたの?」

イフリータの力が弱まって以来夜に強烈な睡魔に襲われる事もなくなっていた彼は返事が返ってくると仰向けに天井を眺めながら言葉を続ける。


「・・・私はまた、大切な人を守れなかったようです。」


「うん。」

こんな話は明るく純粋なヴァッツに聞いてもらうべきではないかもしれない。

しかし彼らとの晩餐が終わり寝具に身を包んだ後、先送りにしていた問題が感情と共に蘇ってきたのだ。


「私は自分の無力さが情けない。アン女王様もサーマも、命を賭けて守り通そうと誓ったはずなのに・・・私は・・・」


気が付けば涙がとめどなく溢れてきて枕に大きな染みを作っていく。

助けたかった命は先に逝き、自身の中に存在する魔族でさえ未だに目を覚ます気配を見せない。

憎悪は顔を潜め、やるせない気持ちが津波のように彼の心に押し寄せてくると果てしない悲しみに沈みゆく。

誰かに言ってどうにかなるものではないのも頭では理解しているつもりだった。

だが今は、今夜だけは世界でも類を見ない強者である友人にこの気持ちだけは聞いてほしかったのだ。

弱者の、弱者たる悩みを。

「うん。」

打ち明けられてもヴァッツは困るだけだろう。その証拠に返事は一言しか返ってこない。

ところが不思議な事に彼の短い返事だけでもショウの心は癒されていく。包まれていく。

無類の強さだけではない。大きな優しさを持つ彼だからこそ可能なのかもしれない。

「・・・ヴァッツ。もし私も貴方の傍に仕えたいと申し出れば、許していただけますか?」

これは彼の心が弱っているという理由もあるだろうが、何よりセヴァから教えてもらった強者の傍にいれば

イフリータの回復に影響するだろうという助言を感覚的に覚えていたからというのが大きい。


「いいよ。ショウが近くにいてくれるとオレも助かる。」


静かに優しくヴァッツが答えてくれるとショウは不思議なくらいに深い眠りについた。








昨夜の約束を覚えているのかどうかは定かではないが今はまず友人の容態が気になったので

「あれ?!ショウじゃねぇか?!いつここに来たんだ?!」

ヴァッツと見舞いに向かったショウが部屋に入るとカズキがこちらに向かって喜びの声を上げてくれる。

「いえ。私も未だによくわかっていないのですが昨日『ヤミヲ』様に助けられまして。」

積もる話は沢山あるが、まずはクレイスとウンディーネだ。

2人が使っているという相部屋は寝具が縦に二段重なるように設置されていて上をカズキが使用しているらしい。

現在下の段には静かに眠るクレイスと、彼の手を握った金の髪をもつ少女が静かに座っていた。

「王女様、いい加減自分の部屋に戻れって。ここは俺とクレイスの部屋だぜ?」

カズキは呆れ気味にそう伝える。様子から見てもう何度も同じ事を言っているのか。

「この方はすぐに無理をなされます。それを知っていながらも守れなかった私の責任は大きい。

せめて彼が目を覚ますまでは傍にいさせて下さい。」

ショウも詳しい事情をまだ聞いていなかったのでてっきり彼女の言う通り彼がまた無茶をしたものだと勘違いするも、

「リリーとハルカの話を聞いただろ?ウンディーネってのが自分の命惜しさにこいつの体に入っていったんだって。

『ヤミヲ』も手助けしてくれたみたいだし今回クレイスには何の非もないから!」

(・・・そういう流れから現在ウンディーネはクレイスの体内にいるという訳ですか。)

理由に納得したショウも彼女の隣に座り込むと彼の肩にそっと手を置いて、

「自身の弱さを自覚せずに無理をしたがる、という部分には共感します。」

出会った当初はあれほど毛嫌いしていたのに何故か今はとても近く感じる。

その感情を素直に口に出しただけなのだが、

「ですよね?!本当にこの方は!!もう少し自身の身分を考えて行動していただきたいです!!」

彼女の意見に同意してくれる人間がいなかったらしい。

ショウのつぶやきに激しく食いつくと今までの大人しかった姿からは想像もつかない程饒舌にまくし立ててきた。

「ま、まぁまぁ落ち着いて。折角ですしイルフォシア様。貴女からもお話を色々とお聞きしたい。

いかがですか?朝食はまだとられていないでしょう?」

カズキの話ぶりからするに彼女も相当長い期間この状態で看護を続けていたはずだ。

「・・・わかりました。参りましょう。」

恐らく他の人間が何を言っても動かなかったのだろう。

素直に立ち上がると部屋を出ていくイルフォシアとそれに続くヴァッツとショウ。

カズキだけはすぐに動く事なく、それをさらりとやってのけた赤毛の少年に尊敬と畏怖の視線を送り続けていた。






 本当にただ情報が欲しくて朝食にと声をかけただけだった。

部屋も適当に空いている場所ならどこでもよく、それこそ兵卒達が使う大食堂で十分事足りるだろうと考えていたのだが。

「さぁ。国王様がお待ちかねです。」

あの後ヴァッツの執事が全てを見越していたかのように彼らを来賓用の豪奢な部屋に案内する。

中にはスラヴォフィルと第一王女、狡猾そうな初老の文官が既に着席して4人を待っていた。

「あれ?姉さんまで?それにザラール様も・・・一体何事ですか?」

どうやらこの会食は第二王女にも知らされていなかったらしい。

姉の隣に座りながら尋ねるイルフォシアとそれに続いて3人も空いている椅子に腰を下ろす。

「うむ。ショウがヴァッツの傍にという希望を漏らした、とついさっき聞かされてな。」

名前が出たので皆がそちらに顔を向けると、

「うん。オレそこんところよくわからないからレドラに相談したんだよ。」

するとまた名前が出た老人に視線が集まり、

「はい。私もご友人を配下に、というのはいかがなものかと感じたのでまずは国王にご報告した次第です。」

つまり話が回り回って随分と大仰な事になったらしい。

「あの、私は配下という意味で傍にと言った訳では・・・」

昨夜の事をヴァッツがどう伝えたのか定かではないが少なくとも今のショウには何の力もないのだ。

以前『シャリーゼ』では側近として勤めてはいたものの女王の護衛という意味合いが強かった。

だがヴァッツが相手となると護られはしても彼を護るような場面はこの先絶対にないだろう。

「うむ。わかっておる。お前が今イフリータの力を失っている事も、セヴァという魔人族から助言を受けた事もな。」

スラヴォフィルが頷きながらこちらの事情を汲み取ってくれる。が、


「・・・・・セヴァ?」


聞きなれない言葉がいくつか出てきた事で彼の頭はやや混乱してしまう。

セヴァというのは恐らく誰かの名前だろうが魔人族というのは一体・・・?

「うん?ほれ、アンに似た土地神と崇められていた者じゃよ。お前が攫われる前に一緒にいた。」

自分の事より自分の事情に詳しい国王が不思議そうに攫われた経緯も含めて説明してくれるが彼の記憶にそんなものは存在しない。

一体これはどういう事だ?

「スラヴォフィル。人はあまりに激しい衝撃を受けると記憶が飛んでしまう事がままある。彼もそうではないだろうか?」

ヴァッツの後ろで待機していた老執事がいきなり国王の名を呼び捨てにして気軽に意見したのでむしろそっちに気を取られるショウ。

「そうなの?ショウそんなに酷い目にあったの?」

その話を聞いて隣にいたヴァッツが不安そうにこちらを見つめてくるのだが自身には全く身に覚えがないので、

「いいえ。酷い目にはあっていません。」

彼に心配をかけたくなかったのもあるが記憶に存在しないのなら無きに等しいと捉えても良いだろう。

ここはさっさと流しておくべきだと判断したショウは笑顔でそう答えたのだが、

「ふむ・・・まぁ今はそうしておくか。」

何故かスラヴォフィルが一番納得していない様子だったのが少し気になるところだ。

ひとまず朝食をという事で国王が軽く手を上げると『シャリーゼ』で食べていた物と遜色ない料理が並べられる。

「イルフォシア。看護を止めはせんがせめて食事くらいはきちんと取りなさい。」

父が心配そうに優しく諭す姿に流石に後ろめたさを感じたのか少し申し訳なさそうな表情になると、

「はい・・・」

静かに返事を返す第二王女。今回の会食にはこちらの意味も多分に含まれていたのだろう。

十分納得した国王も満面の笑みを浮かべると次はこちら側に向かって自身の今後について語りだした。

「ショウよ。この『トリスト』では働かざる者食うべからずを掲げておる。

ヴァッツの傍にというお主の意見は尊重するが最低限何かしらの仕事にはついてもらうぞ?」

「はい。」

何もせずに食客扱いというのも居心地が悪いし特別扱いなどを望んでいたわけでもない。

むしろ心の中に燻るサーマへの悲しみを紛らわす為に体と頭を動かせる環境は彼にとっても渡りに船だ。

(落ち着いたら『闇を統べる者』に頼んで彼女の亡骸を引き取り、祖国の地へ返そう。)


この後彼は食事の場にいた狡猾そうな初老の男の下で働く事を言い渡された。








東の大森林に逃げ込んだ重罪人センフィスと死刑囚カーディアン。

その2人を見つけ出して国に連れ戻すという命令はその日の内に下される。

もちろんセンフィスの強さを知っているナルサスは生死を問わないという文言はしっかりと付け加えていた。

欲しいのは彼らではない。あの黒い剣だけなのだ。

姉の話では剣が持ち主を選ぶと言っていたので自分がそうなるかはわからない。

しかし少なくとも現在の持ち主が命を落とせばまた新たに選択せざるを得ない状況には持っていけるだろう。




そんな若き獅子の心境など知る由もない逃亡者達は東の大森林から更に北へ向かって海の見える場所まで来ていた。

西はすぐに『リングストン』領、いや、現在は『ビ=ダータ』領で東はあまり情報がない未踏の山々が広がっている。

生活を考えると西へ向かう以外の選択肢は存在しないのだが命を狙われる2人は東へ向かうべきだろう。

「センフィス様。『リングストン』へ向かいましょう。」

だが心を奪われ未だに正常な判断が出来かねる男は怪しい魅力を漂わせた女性からの一言に何の疑いも持つ事なく従う。

移動は全て彼の飛行の術によって行われる為体力の消耗はほぼ無いといってもいい。

(『ネ=ウィン』と敵対している国ならば突き出される事もあるまい。)

そういった狙いからもユリアンは指示を出していたのだが、


「あれ?私に似た力を感じる?でも随分弱弱しいね・・・?天人ではない?天族?」


あの森の中で出会った男とのやり取りを思い出しては腸が煮えくり返りそうになる。


黒い外套を被った男は高速で夜の闇を飛んでいた彼らを見つけ出して接触してきたのだ。

丁度その時カーディアンの体を動かしていたのがユリアンだったので、

「貴方は誰ですか?私達は先を急いでいますので用が無ければ通していただけませんか?」

もはや心を失って使い物にならないセンフィスに代わり彼がカーディアンの口調を真似つつ誤魔化そうとしたのだが、

「うん?天族って私から見れば人間より憎むべき存在なんだけど?これだけ言えば分かるよね?」

得体の知れぬ男は敵、という事らしい。何の力も持たない脆弱な彼女の体に棲むユリアンからすれば降って湧いた災難といった存在だ。

センフィスに戦わせるか?いや、むしろそれ以外の選択肢は存在しない。

「センフィス。彼は私達を殺そうとしているの。戦ってくれる?お願い!」

女の、しかも自身の数多い妾だった女の1人を真似するというのは彼にとっては不可能だ。

何せどれも自身の欲望を満たすだけの道具に過ぎなかった。毎日消費する水や食料に愛着が湧くだろうか?

あって当然の存在などいくらでも替えがある。他の者を探せる。

そんなユリアンの全く似ていないカーディアンの口調にすら疑いを持たずに臨戦態勢に入ろうとするセンフィス。

相変わらず身の丈にあっていない黒い長剣を構えようとした時、

「あれ?その剣?・・・そうなんだ?これも縁ってやつなのかな?」

黒い外套の男はその存在を知っていたらしく、それに目が留まると何かに納得したように大きく横に体を移動させて制空権を譲る。

「いいよ?通って?でも彼について回るのは止めといた方がいいかもね?」

???


分が悪いと察したのか他に理由があるのか。言い終えるとその男は静かに森の中に消えていった。

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