天族と魔族 -戦いし者達-

 『リングストン』の戦いは数で相手を圧倒する。


本来ならアルガハバム領を取り戻す為に10万規模の軍を動かすべきなのだが

それをやらなかったのは大将軍ラカンの策略だった。

桁が1つ少ない軍とそれを『リングストン』最高武力が率いるという情報に相手はちぐはぐさを感じるはずだ。


そして別動隊を2つ作っていたラカン。


1つは10万の勢力を自身の右腕的存在である側近に任せてワイルデル領へ速やかに向かわせると、

残る1つは1万の勢力をこれも側近である将官に預けると『ボラムス』奪還を指示していた。

ここで一気に全てを奪い返す事こそが『リングストン』大国としての威信と威厳を取り戻す事にもなる。

敢えてラカン率いる大将軍の親衛隊がアルガハバム領への行軍を開始した事を広く触れ回り別動隊への隠れ蓑とする。

もちろん効果が永続する訳ではないが相手の裏をかくには十分だろう。




だが『アデルハイド』からの帰還時、

空から大軍が動くのを見ていたナルサスは大きな戦の匂いを敏感に察知し精鋭部隊の仕上げとしてこれに参戦する事を決定。

早速空兵300人を率いて北東のワイルデル領へ飛んでいった。








6頭で走る馬車は流石に早く、

そしていくら造りの良い馬車だからといってもその揺れも激しいものだった。

アルヴィーヌは最初こそ楽しんでいたが、

「お尻が痛い。」

と、自らの羽で馬車の上を飛ぶ事を選ぶ始末だ。

「これだったら皆馬に跨った方がよかったんじゃない?」

ハルカが今更ながら代替案を提示してくるも、

「いいえ。王族が移動される以上ある程度旅の準備は必要です。」

この馬車は要人を守れるよう頑強に作られているだけではなく食料や寝具も積んであり簡易的な宿のようになっている。

今までの旅とは大きく意味が異なるのでおいそれと置いて行ける代物ではないのだ。

「急いでるんだったらオレが持ち上げて走るよ?」

以前の砂漠を超えた時のように簡単に言ってのけるヴァッツ。確かにそれが一番早く移動できるのかもしれないが、

「いいえ。『シャリーゼ』でハルカが言ったようにヴァッツ様は『トリスト』の大将軍。

いくらそれが可能と知っていても従者としてそのような行動を看過する訳には参りません。」

あの時のハルカの言葉には感動を覚えつつも自身への戒めにもなった。

ヴァッツが優しく無類の力を持っていたとしても体面というものがある。

急ぎはするもののこれからはそれらを考慮して行動せねばなるまいと考えを改めた時雨は

主に優しく諭すとその気持ちが伝わったのか納得してくれた。

「これだけ飛ばしても壊れないなんて、いい馬車じゃねぇか!」

すっかり御者席に座り慣れたバラビアははしゃいで馬の臀部に鞭を当て続ける。

あまりに調子に乗っているので、

「馬をバテさせないようにして下さいね!」

馬を制する蛮族の娘を制しようとする時雨。

年は10ほど離れているはずだがこれではどちらが年上かわからない。


強行で東に馬車を走らせる事二日。


急いでいた一行の前にガゼルの部下が現れた事で話がこじれ始める。






 「む?あれは・・・」

「『ボラムス』の兵士みたいですね。止まって下さい。」

時雨の指示で街道のど真ん中に立って旗を振っていたガゼルの部下近くに馬車を止めると、

「よ、よかった!間に合ったか!!」

つるつる頭の兵士は慌ててこちらに駆け寄ってきた。

名前は忘れたが確か彼の部下では目が良いと聞いていた。

「どうされましたか?」

ヴァッツ達も急いでいるので話は手短にお願いしたい所だが、

「ボ、『ボラムス』に『リングストン』の軍勢が迫っている!

なのであんたらに助けを借りるよう頭に言われて来たんだ!!」

予想以上に短く簡潔にまとまった話を聞いて一同は顔を見合わせる。

「『リングストン』って今は『ビ=ダータ』ってとこに軍を進めてるんじゃないの?」

ハルカが不思議そうに尋ねると、

「ファイケルヴィの話だとこっちに向かっているのは恐らく別動隊だって話だ!

なので東に向かうはずのあんたらに話を通す為に俺がここで張ってたんだ!」

となるとその判断は最終的に彼が下したのか。

元ワイルデル領の副王でスラヴォフィルもその手腕を買っていたからこそとても酷使されているが、

働きは確かな物だと聞いている。

「・・・放っておくわけにはいかなそうですが。」

こちらも大将軍ラカンが軍を向けている『ビ=ダータ』へ急がなくてはならない。

『ボラムス』に迫る別動隊があるという事は彼らは同時侵略を狙っているのだろう。

となればこちらに時間を割いている暇はない。

「数はわかる?つるつる頭。」

ハルカも名前を憶えていなかったようなのでその容姿から適当に呼んで尋ねると、

「俺がこの目で確認したんだがあんな数は見たことが無い。多分万は超えているはずだ。」

直接それを確認した男にわざわざ説得の任を与えたのはこの為だったか。

臨場感の増す訴えにそれぞれが黙り込んで考えをめぐらすと、

「だったらここは私が残る。」

アルヴィーヌがあっけらかんと言い放ったので皆の視線が王女に向けられる。

時雨としては最大級の警戒が必要なラカンをヴァッツと2人で当たってもらいたかったし

そうするように命も届いていたのだが、

「・・・・・わかりました。では私も残ります。」

彼女の魔術はハイジヴラムが率いてきた10万の軍勢を一蹴出来る程強力だ。

恐らくアルヴィーヌ1人で何とでもなりそうだが、ファイケルヴィがいるとはいえ

流石に元山賊が王を務めるこの地に王女1人を残していくわけにもいかない。

「貴方が離れたら誰がヴァッツの従者を務めるのよ?」

腕を組みながらハルカが白い目でこちらを見てくるがそれに対する答えはもうあった。

「貴方も従者の1人でしょう?『ビ=ダータ』はアルガハバム領とワイルデル領が統合した国です。

国王ガビアム様は副王時代だった居城におられるのでハルカなら場所もわかりますよね?」

暗闇夜天族は様々な依頼をこなすため要人がいる場所は調べつくしてあるはずだ。

その頭領ともなれば確認するまでもない。問題は、


「・・・私がここに残ってもいいんだけど?」


こう言われるのが怖かった。

確かにハルカが残っても問題はなかったのだが、

アルヴィーヌと友人関係である為任務に私情を挟みかねない事や、終わった後に遊び呆けそうな不安。

そして少しだけ芽生え始めた従者らしい心をこのまま育んで欲しかった希望。

これらの理由から自分がここに残る事を提案したのだが・・・

「わかった。じゃあ私達は急ぎましょう。」

思いのほかあっさりと提案を飲み込むハルカにやや肩透かしを食らった時雨。


走り行く馬車を見送ってこの時はほっとしていた。


彼女は幼くても暗闇夜天族の頭領であり、その復讐を果たそうとクレイスに刃を立てた少女だ。

この時は深く考えていなかったがハルカがすんなり引き下がった理由は後ほどわかることになる。






 「これはこれは!ようこそ大将軍ヴァッツ様!!」

初めて出会った喜びを現すガビアムに応えるべく、

「よろしく!ガビアム!!」

ヴァッツもいつも通り右手を差し出してお互いが固く握手をしたことで周囲にも和やかな空気が流れる。

暗愚を演じながらも様々な人物を読み解いてきたガビアムだったが、

今の所突出した何かを感じる事は出来ず、ただただ明るく元気な少年という印象の彼に調子をあわせていた。

それよりもむしろ、

「ここに敵の大将軍も向かってるんでしょ?今どんな感じなの?」

従者となっている暗闇夜天族の頭領から放たれる妙な威圧感の方が気になった。

「私も戦っていいんだよな?!ここん所手綱しか握ってなかったから腕がなまってしょうがなかったんだ!」

もう1人の従者も獣じみた動きで肩を回して闘志をむき出しにしている。

どちらも相当な猛者らしい空気を纏っているのでガビアムからすれば計りやすくて助かるのだが、

「現在この地に到着した彼らと交渉の場を設けて時間を稼いでいた所です。

何か準備が必要でしたらあと3日程度なら引き延ばせますがどうされますか?」

ヴァッツなしで戦う事も可能とは聞いていたが血染めの王から被害を抑えたければ孫を待てと書簡が届いていた。

正直自身の持ち駒に被害が出るわけではないので戦いに踏み切ってもよかったのだが、

彼は大将軍であるスラヴォフィルの孫の力を見てみたい欲求を優先して今まで開戦を延ばしていたのだ。

「だってさ?どうするヴァッツ。いつでも戦えるわよ?」

「え?!オレ戦いを止めに来たんだけど・・・・・」

「なるほど!!あの時みたいに心臓が凍りつくほどの殺気を使われるのですね?!」

・・・どうも話が見えてこない。

てっきり『羅刹』のような好戦的な性分を持つ者だと思っていたが。

「戦いを止める、というのは私の交渉を延長で使われるという事ですか?」

とてもまっとうに戦を止める方法として尋ねてみただけなのに、3人からは別々の視線が彼の体を貫いてきた。

そんなにおかしな事を口走ってしまったのだろうか?

流石のガビアムも少し自信をなくして内心焦り始めるが、

「ヴァッツに交渉なんて絶対無理でしょ。止めるのは反対しないけどどうやって止めるかは先に教えといてよね?」

「え?!どうやって・・・?うーん・・・・・」

「あの時みたいにすごい殺気を見せて下さいよ!!何なら本気で暴れてる所を見せて下さい!!!」

全く話がまとまりそうに無い。

一番有能な従者時雨という者が王女と共に『ボラムス』の救援に残ったという話は聞いていたが、

こうもまとまりがない3人を寄越されてもどう反応すればいいのか。

城内に配置されている『トリスト』兵も大将軍とは初対面な上、はるか上官に当たる。

口を出せる者が誰一人存在しないのだ。


「・・・だったらこうしない?私が相手の大将軍を抑えるからヴァッツはその他全部を抑えるの。」


いきなり無茶苦茶な提案をしてきたハルカに全員が驚愕の顔を向けるも、

「それで戦いは止められる?」

「もちろん。どんな大軍でも一番上を抑えたら勝利確定だもの。」

「おいハルカ!そんな美味しい役を勝手に決めるな!私もそいつの首を取る!!」

言っている事は正しいのだが相手は『リングストン』一の勇将であり、

いくら高名な暗殺集団の頭とはいえまだ幼いハルカを見て不安な気持ちが溢れ出てくる。


しかし・・・・・


「ではその方向でお願いします。ここにいる兵士達はほぼ『トリスト』の人材です。

これらも大将軍であるヴァッツ様がご自由にお使いいただければ本人達も納得するでしょう。」


少し考えた後、あらゆる利を考慮して全てを彼らに任せる事にしたガビアム。

勝負の行方からその後までを計算したこの発言の意味は誰一人汲み取る事が出来なかったが、

そもそも戦果が誰も予想出来ない結果に終わるので国王の画策は無に帰すのだった。






 見慣れない土地に到着したクレイスとカズキは周囲に集められた兵士達を見て驚いていた。

「へー。結構な人数がいるんだな。」

少数精鋭を謳っている『トリスト』の軍事力。それでもこの場には千人以上がいるはずだ。

ただ、カズキはともかくクレイスなどは素人に毛の生えた程度の戦力にしかならない。

いわば部隊の穴としてしか存在していない彼の事を考慮すれば他の部隊も決して磐石ではないのだろう。

「これで揃ったな。」

素早く整列すると、中央の高台から滅その様子を確認した仮面の男が静かに話し始めた。

「まず、我々は今からここワイルデル領の防衛に当たる事を宣言する。敵は『リングストン』軍10万。以上だ。」

さらっと言い終わるとネイヴンは静かに高台を下りていった。一瞬思考が止まるも、

「・・・・・10万?」

それをここにいる千人強の兵士達で止めようというのか?

「面白いな。」

カズキはさらりと言ってのけるも、驚いたのは他の兵士達も臆する事無くそれぞれが闘志に満ち溢れている事だ。

単純に考えても1人100人は相手にする計算になる。そんな事が可能なのだろうか?

いや、少なくとも今のクレイスには不可能だ。




突如地面が揺れ出した。

それはすぐに収まったものの大きな戦の前に地震が起こるなんて・・・

『リングストン』の大軍が大地を揺らしているのだろうか?


「緊張しているな。」

部隊長が普段通りの優しい口調で声をかけてきたので体がびくっと反応するも、

「お前は我らの訓練に十分ついてきていた。今までこなしてきた内容をよく思い出して実践に移せばいい。」

背中をぱんぱんと優しく叩いて諭してくれるので余計な緊張と焦る心に落ち着きが生まれるクレイス。

彼らの部隊では守備を重点的に毎日特訓していた。

素人考えではただの壁扱いかと内心不満に思っていた時期もあったが、

「相手に攻撃を与えるより自身の身をしっかり守る方が重要だ。」

と教えられ妙に納得して、そしてヴァッツの姿が重なったのを思い出す。

自分には彼のような不思議な力はない。だから身を守るにはそれを手に入れるための努力が必要だった。

兵卒として訓練に参加して1ヶ月強、果たして今の自分にどれだけの力が身についたのか。

クレイスは自身の背丈の半分ほどもある盾を手に戦場となる開けた地でその時を待つ。


やがて彼らの前には大地を人で埋め尽くす程の大軍団が姿を現した。




やりとりは一瞬だった。

『リングストン』としては自身の土地を取り戻す戦いの為余計な大義名分はいらない。

現在『ビ=ダータ』に組しているワイルデル領を守るのが『トリスト』の仕事だ。

ここに折り合いをつける必要はなく、武力での決着を確認した後、

お互いの陣から銅鑼や太鼓の音が鳴り響いて全軍が突撃を開始する。


数の多い『リングストン』軍から雨のような矢が降り注ぐが数が少なく機動性の高い『トリスト』軍は

素早く方向転換して距離を取る。

同時に陣が2つに割れたのであわせて『リングストン』側も中央から両側に大きく軍を分けた。

やや交代気味に2つの部隊の距離を離すように動く『トリスト』とそれを追従する大軍『リングストン』

若干の衝突があるもお互いがまだ足を動かしている為本格的な戦端は開かれていない。

クレイスも最前線に近い中を命令通りに移動する為必死に足を運ぶ中、

「反撃に出るっ!!!」

部隊を束ねる将官が雄叫びを上げると同時に大盾持ちが全員足を止めて大地を掴むように腰をかがめた。

と同時に少し後方にいたはずの別働隊が空を飛ぶかのようにその盾を乗り越えて槍を突き出した。

しかし数で圧倒している『リングストン』兵は全員が闘志を十分に燃え滾らせている為

隣の人間が串刺しとなって倒れようとも攻撃の手を止めることはない。

目の前に広がる盾の壁向かって数と圧力で無理矢理それらをこじ開けようと容赦なく前進してきた。

ここで猛者が組む盾の場合は隙間を縫って反撃を加えるのだがクレイスにそんな余裕はなく、


ざしゅ!!ずん!!ずずん!!がっ!!!


両隣から聞こえてくる肉を貫き斬り裂く音と、盾ごしに響く相手の攻撃と圧に耐えながら必死で歯を食いしばっていた。

部隊に加わり大人しかったカズキも流石にここではその牙を剥くと

クレイスの周りを重点的に動き回っては視界に入る敵兵を悉く斬り伏せていった。


少数対多数の対決時に重要なのは速さだ。


兵は神速を尊ぶというのは決して移動の事だけではない。

速やかに多敵を排除する事こそが兵法の極意に繋がるのだ。


「5歩後退!!!」

時々下される将官の命令を聞き逃さないように、そして攻撃を通さないように食いしばりながらも耳を澄ますクレイス。

気が付けば『リングストン』の兵士がまるで絨毯のように地面に敷き詰められていく。

流石に戦力不足と犠牲の大きさに攻め手を入れ替える敵陣。

すぐ後列に待機していた騎兵団がその少数である『トリスト』の軍勢を囲い込むように左右に展開し始めた。

少数である弱点を確実に突いてこようとする動きに『リングストン』の練度を垣間見るも


「飛空隊っ!!!」


先程空を飛ぶかのように動いていた後方部隊が今度こそ空を軽く飛ぶ挙動を見せると

皆が斜め上空の角度から一斉に『リングストン』の騎兵団に矢を射掛けた。

更に長柄物を手にした精鋭達が普段は有り得ない上からの攻撃を加える事で

勢いよく走っていた騎兵の塊がごろごろと地面に転がっていく。

包囲の動きを完全に抑えた『トリスト』はすかさず追撃を加えて人馬の屍が壁のように出来上がる。

それを確認した将官は次に分かれた部隊の方へ若干の移動を命じると

今度はその肉の壁を回りこみながら圧を返すように前進の指令を出した。

相当な力を消耗していた最前線の大盾部隊が

後列と入れ替わりながらその勢いを崩さないよう行動すると、明らかに『リングストン』側の攻撃に陰りが見え始める。


大軍の弱点を見極めた将官は、


「突撃ーーー!!!」


速やかな伝達と機敏な行動を制限される大軍はほころびが生まれると一気に戦意が低下する。

数では圧倒していた『リングストン』軍。

数でしか勝負を仕掛けてこなかった『リングストン』軍はこの崩れた体勢を速やかに立て直す術を持ってはおらず、

勇猛果敢な『トリスト』軍による苛烈な反撃にもはや立ち向かう人間はいなかった。

最前列が背中を向けて後方に逃げ出すのでその後列と仲間同士でぶつかり合い、

恐怖が伝播して大崩の予兆が見える中、相手の将官もすぐに後退の銅鑼を鳴らす。

まだ指揮系統に乱れが生じていなかった後方待機の中央部隊はすぐさま防御体制に入る事が出来たものの、

背を向けて逃げようとした兵士達は軒並み殲滅されてしまい、

気が付けば戦場には扇形の肉壁と絨毯が出来上がっていた。






 いくら強いといっても『トリスト』側も生きた人間達だ。

100倍近い軍との衝突は精神も体力も激しく消耗する為追撃はほどほどに

またもお互いが距離を置いて中央での布陣を敷いて仕切りなおす形になっていた。


ただ、疲労と共に絶大な戦果と士気を手に入れた『トリスト』と

全体からすればそれほどの犠牲はないにしても多大な戦意を喪失した『リングストン』

数の絶対的有利と侵攻の立場である『リングストン』が動きを制限される中、

西の空から意外な部隊がこの戦場に向かって飛んできた。

それにいち早く気が付いた『トリスト』の将官が敵にも伝わるように大きく腕を向けてその方向を指すと

「援軍だ!!!」

味方への鼓舞と敵軍の士気を削る為に叫ぶような声で情報を発信する。

ただでさえ寡兵相手に攻めあぐねていた『リングストン』からすればその凶報は耳を塞ぎたくなるだろう。

しかし西から到着した援軍は上空に陣取ると、

「聞け~いっ!!!

たった今『ビ=ダータ』アルガハバム領に攻め込んだラカンは我らが大将軍ヴァッツ様が一蹴された!!!

此度の戦いは我が軍の勝利であ~るっ!!!!」

その報せに一瞬の沈黙が下りると


「「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」


『トリスト』からは勝鬨が、

『リングストン』からはその真偽を確かめるべく早速早馬が送り出され、

動揺の走った10万近い軍勢は各将がそれをなだめ込もうと自陣を縦横無尽に走り回っていた。


(ヴァッツが・・・やっぱり凄い!)


詳しい話は聞かされていなかったが彼らは同時侵攻を企てていたようだ。

そしてラカンといえばクレイスでさえ聞いた事のある『リングストン』を代表する将軍であり、

彼を相手に勝利を収めたという事は上空に浮いている将兵のいう通り、この戦いの雌雄は決したのだろう。

ただ、戦いを嫌う彼が一体どうやって軍相手に立ち振る舞ったのか?

後で詳しく聞こうと疲れを忘れて心を躍らせていると、




「『リングストン』の軍勢よ!!ここで何の成果も出せずにおめおめと引き下がるつもりか?!」




突如聞き覚えのある声が戦場一体に鳴り響く。

この地にいた全員が空を見上げてその正体を探すと

そこには『ネ=ウィン』の皇子ナルサスと4将ビアードを含む数百の兵が

『リングストン』軍の遥か上空からこちらを見下ろしていた。

いきなり姿を現した第三の勢力に双方があっけに取られるも

すぅっと静かに『リングストン』の布陣近くに降りてくると、

「我らは『奴ら』と敵対関係にあるからな。この戦、助太刀しよう!!」

皇子がそう断言した事で今度は別の沈黙が一瞬訪れた。だが、

「・・・『ネ=ウィン』のナルサス皇子自らが我らに加勢して下さる!!いくぞ皆の者!!!!」

敵将は即座に彼らの正体と力量を見抜くと同時に号令を上げる。

先程まで意気消沈していた『リングストン』軍に再び大きな大火が上がると

気圧されそうになる『トリスト』軍。

いきなり現れた精鋭の参戦に今度はこちらが浮足立ちそうに見えたが、

「丁度良い!!宿敵の皇子を討ち取る絶好の機会!!!皆覚悟は良いな!?」

こちらの将官はこれに正面からぶつかり合うつもりらしい。

更に彼の檄によって部隊も大いに盛り上がりを見せたのでクレイスもその熱に当てられる。

「あんまり気張り過ぎるなよ。結構疲れも出てるからな。」

だが声を掛けてきたカズキが彼の肩をぽんぽんと叩いて冷静に判断を促してくれたので、

「・・・うん。」

一呼吸置いて落ち着きを取り戻そうと試みたクレイスだったが、

あの皇子は自国に夜襲を命じた本人であり、愛しの人に婚約の話を持ち掛けた人物である。

どちらも私怨に塗れた感情だが戦う理由としては十二分だ。

ただ・・・・・


今の皇子は空を飛んでいた。


そして剣の腕は相当な物というのも聞いていた。


皇子という立場的には互角といえど国力等も考えると彼とまともに争える要素は何もない。




それでもここは狙うべきだろう。

自身が受けた屈辱の数々を晴らす為に。

怒りを腹の底に抑えながらクレイスの目はナルサスの姿を捉えたまま離れる事はなかった。






 今日二度目の衝突は突然だった。

ナルサス率いる『ネ=ウィン』の飛行部隊が相当な速度で中空から迫って来たのだ。

こちらも援軍が加わった上にそれらのほとんどが空を飛べる部隊であったにも関わらず、

あまりにも速い攻め手に一瞬隊列が乱れる。

それを皮切りに再度地上の『リングストン』軍が前進を開始した。

今度は相手にも空軍が存在する為『トリスト』軍は機動力を使った戦いを強いられる事になる。

しかし全員が騎兵ならまだしも歩兵と飛空の混成だった彼らにとってこの戦術は絶大な体力を消耗する。

『ネ=ウィン』の寡兵はこちらよりも更に少ない300程度だったにも関わらず

その強さは地上から垣間見えただけでも感じ取れる上に、

『リングストン』の数による圧倒的な戦力に対応するのも先程のような機敏さが感じられない。

限界の中軍と軍がぶつかりあって数分後、

突如ナルサスが地上部隊のある1人に向かって突撃してきた。

もちろん彼がわざわざ兵卒の1人を狙う理由など1つしかない。

それに気が付かないクレイスは目の前に迫る『リングストン』兵の猛攻を手にする盾で凌ぐのに精いっぱいだ。

傍にいてくれたカズキは辛うじてそれに対応しようとしたものの、

自身の身を護る為とナルサスという猛者の気迫に押し負けたのか、動きにいつもの切れがなかった。



がきんっっっ・・・・・!!!!!



だがその中でクレイスに襲い掛かった凶刃が彼の命を奪う事はなく、


「貴方達!!!ここで圧されては『トリスト』の名が地に落ちますよ!!!」


いつの間にか聞き慣れ親しんだ声が周囲に木霊すると、

『トリスト』軍が全くの別部隊のように激しく躍動し始める。

頭の上近くで剣戟音が大きく鳴り響いたので慌てて見上げてみると、

そこには美しい長柄物でナルサスの攻撃を弾き返した後のイルフォシアが大きな翼をはためかせて、

まるで女神のような神々しさを纏いながら自軍への檄を飛ばしていた。


「・・・これはこれは。まさかこんな場所で未来の妃に出会うとは。」


流石のナルサスも驚いて距離を取りながらイルフォシアに優しく微笑むも、

「私はまだ了承していませんよ?そしてここは戦場で今は敵同士。

どちらが命を落としてもおかしくはありませんよね?」

返す王女の顔には笑みこそ浮かんではいたがその内容は決して優しくはない。

そんな2人をおいて周囲では激しい激突が繰り広げられる中、

いつも訓練場に足を運んでくれた王女の前で醜態をさらすわけにはいかないと躍起になる。

ただ、そばにカズキがいてくれたお陰で無駄な力を使う事無く、

部隊一丸となって『リングストン』軍の猛攻を凌ぎつつも確実に反撃していく『トリスト』軍。


周囲の様子を感じ取ったナルサスは睨み付けてくるイルフォシアを前に動くことが出来ず、

「センフィス!!」

1人の名を呼ぶと多少豪奢な造りの鎧と誰よりも立派な剣を身に纏った青年が皇子の傍に急いで飛んできた。

「王女の相手を頼む。殺してはならぬぞ?」

そう言い残すとクレイスの姿を捉えたナルサスは直線距離を落下よりも速い速度で向かっていく。

狙う人物が誰かを知っているイルフォシアは彼を止めようと、

いや、その命を絶とうと本気の一撃を放つも、



がぎぎっ!!!



またも鈍い音が周囲に響くとセンフィスという青年がその立派な剣で鋭い斬撃を受け止めていた。

「!?」

王女の表情が普段見せないものに変わると一瞬で距離を放してその手にした長刀を構え直す。

そうこうしている間にも皇子はクレイスへ突撃しながら絶命必死の剣戟を放った。






 さすがにそれをカズキは見逃さない。

自身の命を文字通り命懸けで護ってくれた友の為に心の傷が癒えきれていないながらも

その凶剣を止めようとこちらも全力で剣戟を放った。


ばきんっ!!!


しかし簡単に弾き返されるカズキの一閃。

その音に再度上空に気を向けたクレイスがその姿を視界に捉えて一瞬驚くも彼の体からはより強い闘志があふれ出す。

「中々腕のいい配下を連れているなクレイス。しかし心が弱い。」

そう告げたナルサスが今度はカズキに向かって剣を振るい始めた。

先に障害を排除しようというのか。

本来の彼なら喜び勇んで剣を交えるのだろう。しかし、


がっ!!がきんっ!!!ががっ!!


激しい連撃に防戦一方のカズキ。

『リングストン』兵の攻撃を防御しながらもその様子を感じたクレイスが心配そうな眼差しを向けてくる。

(・・・そんな顔をするな・・・!!)

友の表情に不快感が募る戦闘狂。

わかっている。今の自分は腰の引けた剣しか振るえないとんだ弱虫だ。

ただ、ナルサスという男、カズキが万全の調子であっても相手にするのはかなり難しい。

それほどの猛者に今の戦闘狂がかなう筈もなく、


ばきんっ!!!


折角用意してもらった刀がまたも折れてしまい、万策尽きたと同時にクレイスが盾を構えながら間に割って入る。

「この馬鹿!?相手の狙いはお前だぞ!!」

叫びながら彼の腰から長剣を拝借してなんとか凌ごうと体を入れ替えるも

果たして後どれくらいの間耐えられるか・・・

周囲は『リングストン』軍との衝突でこちらに力を割ける余力はない。


あの時のように。


ビャクトルが体を乗っ取られた時のように2人で何とかするしかない。

心の傷にあった大きなかさぶたを無理矢理引きはがしたカズキは覚悟を決めるといつもの顔つきに戻り、

闘志を十全に発散して殺意をナルサスにぶつけ出す。



それでも足りるかどうか・・・・・いや。心強い友と一緒なら。



今までと違い、明確な信頼関係を心に宿したカズキは別の気を交えて相手に浴びせる。

その変化に気が付いたナルサスが一瞬動きを止めるが、それは決して2人に怯えた訳ではない。




びっしゃぁぁぁっっっ!!!!




まるで湖に大きな岩が落ちた時のような水の弾ける音が周囲に轟いた。

あまりの音に何度目かの沈黙と周囲の視線が音源に向く。


びちゃびちゃ・・・ぴぴっ・・・


見れば空から人だった塊と血飛沫が広範囲に向かって落ちていく。

そしてそれをこなした人影が皆の目に止まると、


「やれやれ。まさかワシまで動く事になるとは・・・先に言っておく。

逃げる者を追う事はせんが、向かってくる者にはもれなく死を届けるぞ?」


馬鹿げた大きさの大斧を片手に真っ赤な衣装を身に纏った老人が真っ白な顎鬚を撫でながら

さほど大きな声ではなかったのにその発言は戦場全体に行き届く。

『孤高』の1人『羅刹』と呼ばれた老人が最側近を引き連れてこの戦場に今姿を現した。






 『トリスト』と『リングストン』

お互いが強大な援軍を手にした後、東西の二大大陸でその名を知らぬ者がおらぬほどの強者が現れた事で

『リングストン』兵の顔色がみるみる変わっていく。


先程までの膠着状態が一気に返される雰囲気が流れる中、

ラカンが敗走している件がまだ未確認ではあったが『リングストン』の将軍は退却の命令を下す。


じゃ~ん!じゃ~ん!じゃ~ん!!!


けたたましい音が響くと『リングストン』軍は一目散に後退していき、

残った『ネ=ウィン』の皇子と精鋭部隊は

同じ上空に留まっていたイルフォシアやスラヴォフィルとにらみ合いを続けていた。

「・・・いずれまたお伺い致します。」

先程までの殺伐とした空気は霧散し、完全に戦が終わったと判断した皇子は静かにそう告げると

『羅刹』の攻撃から免れた残りの精鋭を引き連れて南の自国へ帰っていった。

その姿がほとんど見えなくなってから国王と王女が静かにみんなの前に降り立つと、

「皆の者よくやった。怪我人は飛空部隊が先導して城へ搬送。ここの処理は別動隊を派遣する。」

短くも簡潔な誉と戦後処理の指示を出したスラヴォフィルに全員が無言で跪く。

クレイスやカズキもそれに倣うも彼がこちらを気にする事はなく、

そのまま最側近を引き連れて空に浮かぶと彼らもまた南の方角へ飛んでいった。




あれだけの激しい戦であったにもかかわらず『トリスト』の軍勢に地上部隊での死者は出なかった。

途中から現れた『ネ=ウィン』の中空部隊。

彼らとの衝突時にこちらの飛空部隊が数名命を落としてしまったらしいが、

それでも戦全体を見て見れば結果は圧勝で終わった。

休息の為にワイルデル領の居城に入るとそれぞれが鎧を脱いで緊張感から解放される。

クレイスとカズキも同じようにいつも着用している兵卒用の軍服に着替えてから、

「ふぅ・・・」

同時に大きなため息を付いて顔を見合わせると自然と笑い合う。

言葉を交わすまでもない。

あの時確かにお互いがお互いを信じてナルサスの攻撃に立ち向かった。


今までも師弟関係から様々な出来事を共に乗り越えてきたが2人は今日という日を忘れる事は無いだろう。


「クレイス。お前はまだ力が足りてないんだから今日みたいな無茶はするなよ。」

いつも通りの厳しめな批評を下すカズキ。

だが以前のカズキが戻ってきた喜びの方が勝っていたクレイスはその言葉に

「わかってるよ。でも僕の盾もそれなりに役に立っていたでしょ?」

つい調子に乗って今までの彼からは想像もつかない強気の発言が生まれてきた。

思わず目を丸くするも、軽く小突いてじゃれ合う2人はそのまま食堂へ歩いて行った。






 『リングストン』が切り取られた領地全てを同時に取り返す。

当時その意図を読めていた者は千里眼を持つスラヴォフィルと悪知恵の働く宰相ザラールだけだった。

そして何も知らないアルヴィーヌは

「おー。多分・・・一万くらい?」

王女自らが空を飛んで『ボラムス』へ向かってくる軍勢を観察してその規模を確認していた。

「恐らくそれくらいかと。」

この国にもある程度の『トリスト』兵が防衛に当たっており、

一番位の高い将官が彼女と共に空の上から確認の後同意する。

普段からアルヴィーヌが国政に関わる事はなく、

有事に関してもほとんどがイルフォシアで事足りる為こうやって供を許される事だけでも大変な名誉なのだが

戻ってきたこの国の国王は、

「で、どうよ?何とかなりそうか?」

元はこの地の衛兵らしいがそれでも礼儀作法を何も知らぬ元山賊頭らしい口の利き方で王女に尋ねている。

宰相であり国王のお気に入りでもあるファイケルヴィが何故これを諫めないのかと何度口を出そうと思ったが

7年もの間王女の御世話役として傍についている時雨も口を挟んでこない。

自身より上の者達がそれを言わない以上将官が何か行動を起こすのはまた無礼に当たる。

内心怒りを腹に据えながらも王女達の会話に耳を傾けていると、

「あの程度なら余裕。どうする?全滅を狙うのならもう少しこっちに来るのを待つけど?」

山賊頭の無礼な物言いなど全く気にせず王女はさらりと恐ろしい事を口走った。

彼も未だ見た事は無いが、アルヴィーヌの魔術というのはあの『魔王』ザラールですら舌を巻くほどのものだという。

「でしたら是非殲滅を狙いましょう。

『リングストン』は大王恐怖の国。兵にはそれ以上の恐怖を植え付けておく必要があります。」

去年まで副王だったファイケルヴィがこれまたさらりと非情な判断を口にするので、

「よっしゃ。じゃあ俺の部下も軍勢の後方に回り込むよう伝えておくぜ。」

「・・・では私も挟撃出来るよう参戦いたします。」

言動の横柄さなどへの不満を微塵も感じさせない3人はあっというまに策略をまとめて行動を開始する。

どうやら将官が思っている以上にこの山賊頭は相当な力を持っているらしい。

でなければこれらの面々を前に傀儡身分の王がここまで横柄な態度を取れる訳がない。

自身の中で納得する答えで結論付けてこれ以上の苛立ちを腹に抱え込まない選択をした将官。


(それよりも今は王女の側近を務める喜びをしっかりと堪能せねば。)


この日彼は護衛も兼ねて王女の一番傍で彼女の魔術を間近で拝見する権利を与えられた。




先触れが用意した書簡の内容を読む気配すら見せなかった山賊頭の王は手短にそれを追い返す。

それから数分も経たずに開戦の銅鑼が鳴り響いたので戦火を立ち上げる才能だけはあるらしいと将官が頷く中、

アルヴィーヌは未だに魔術を使う気配を見せていない。


本来大きな威力を放つ為の魔術はその準備に相当な時間がかかるという。

これは人の魔力錬成量に大きく関わっていて、細い蛇口から少しずつ大量の水を溜めるといえば分かりやすい。

そう。人が大きな威力を魔術として生成するには人がもつ放出量の少なさからどうしても時間がかかるのだ。

なので普通はその時間を稼ぐために護衛が必要となり、

的を繋ぎ留めておくために周囲の部隊が奮闘する訳なのだが・・・


あと数秒で『リングストン』勢の破砕槌が堅牢な国境の壁に激突するだろうという時、


ぱぁあぁぁあっ・・・・


突如隣にいた王女から激しい光が放たれると長く美しい銀髪が姿を現し、

その右手には先程まで姿形もなかった紅玉のついた異様な形の杖が握られていた。

刹那その玉が妖しく光ると柄から数本の根が彼女の細い腕に容赦なく突き刺さって更に深く潜っていく。

周囲に浮かぶような形で収まっていた石板は円を描くように形を展開した瞬間、


っきぃーーーーん・・・・・どんっっっ!!!!!


耳に刺さるような高音が鳴り響いた後鈍い音と共にいつの間に出来たのか巨大な火球?いや、落石?燃える大岩か?

軽く万の軍勢を包み込む大きな魔術が発動するとそれはあっという間に地上に着弾した。


っずずずずずずずぅぅ・・・・・んんん・・・・・


一瞬の出来事で誰もが上を見上げるだけで精一杯だっただろう。

命の危険を感じる間もなく飲み込まれた『リングストン』兵達を唖然と見つめる王女護衛の将官と精鋭達。

「終わり。帰ろ。」

声を掛けられて慌てて王女を見ると既に先程の姿はなく、いつもの目の隠れる短髪に戻っていた。

羽こそそのままだったが細腕に根が張っていたはずの杖の姿もなく、あまりに自然にそう仰られたので、

「はっ!」

声こそ震えてはいたものの、辛うじて短く返事をする事は出来た将官は部下を率いて王女と共に城へ戻っていった。






 「流石アルヴィーヌだ!!って言っても俺も初めて見たけどな。魔術ってのはすげぇな。」

ガゼルが戻ってきたアルヴィーヌを手放しに褒め称える。

その馴れ馴れしさで彼女の背中を軽く叩いて肩に手を回した時は長剣を抜きかけたが、

「ふふん。私は凄い。」

誉め言葉が嬉しかったのか王女は腰に手を回して得意げに言う。

実際本当に凄かったのでこれに関しては将官もただただ頷くしかない。

「では早速祝勝会を上げましょうか。」

ファイケルヴィは2人のやり取りに表情を変えずそう提案してくるので調子の良い国王もすぐに承認した。

汗どころか埃すら被っていない王女と山賊頭は隣の席に座って一足先に祝杯を挙げる。

それから10分も経たないうちに時雨と国王の部下達、

そして敗残兵を狩り取っていた『トリスト』兵が帰ってくると、


「皆ご苦労だった!!!まぁお飾りの王から言うのもなんだが救われたぜ。感謝する!!

あ、でも開戦前の地震で荷が崩れたのは直すのが大変だったな。

そっちの方が労力がかかってそうだ。がっはっは!!」


山賊頭がいかにも山賊らしい挨拶をすると思いのほか一同は盛り上がって酒肉の宴を楽しみ始めた。

(なるほど・・・山賊出身とはいえ纏め上げていた立場からこういう事は得意なのか。)

未だに不信感が残る将官もその席に参加し馳走を楽しみながら自分なりの分析をしていると、

「ワミール!どうだった?アルヴィーヌの魔術ってのは?」

山賊頭が大きな盃を片手にどかどかと歩いてくると隣に座る。

この地に派遣されて既に3か月近く経ち、守衛の責任者ということで名前も憶えられてしまったのだが、

「はっ。我らの王女様がどれだけ偉大かを再認識出来ました。」

立場上彼の方が上な為ある程度敬語を使って答えると、

普段は皆の前に姿を現す事すら珍しいアルヴィーヌが将官の隣にちょこんと座ってきた。

「むっふっふ。ワミールもわかっている。」

ほとんど会話をしたことが無い王女がとても喜んでいる姿をみてこちらも嬉しくなりつつ大いに驚く。

普段こういった公の場には妹王女のイルフォシアしか出てこなかった為、

今日はその強さも含めて様々な発見をしたワミールはその機会を作ってくれたガゼルを少しだけ見直すのだった。








アルガハバム領から合流した『トリスト』兵も含めて今ワイルデル領には2000以上の軍人が集まっていた。

他の2か所とは違いかなりの激戦が繰り広げられていた為皆がそれぞれの雄姿と戦果を讃え合っている。

それでも祝勝会の準備が進む中既に酒だけは回り始めていたようで、

「俺は見た!『トリスト』の、いや。世界の希望をな!!」

援軍に駆け付けた1人が既に出来上がった様子でアルガハバム領の事を吹聴したくて仕方ない様子で話していた。

戦場で耳にした話だとヴァッツがまた何かをやってのけたらしいが、

今まで自身がそばに居た為彼の事をあまり知らない者からはどう映ったのだろうか?

隣に座っていたカズキの肩をつんつんとつついてそちらを指差すと彼も察したのか。

2人は揃って席を立ち、息巻いて大将軍の力を伝えようとしていた男の傍に座り直すと、

「悪い。その大将軍様の話詳しく聞いてみたいんだけど、も1回最初から教えてくれねぇか?」

カズキが話を遮ってそう注文を付ける。

しかし気持ちよく酔っていた男は嫌な顔一つせずに、

「いいだろう!!よく聞いてくれ!!恐らく世界で一番強い大将軍の話を!!」

酒をぐびっと飲み干すと彼は神妙な顔になって今日起こったアルガハバム領での出来事を話し始めた。

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