『トリスト』の正体 -邪術の果てに-

 アルヴィーヌが力のすべてを使い、本気で空を飛び続けたので

お昼過ぎには『アデルハイド』に到着した2人。

「アル姫様が来られました!!」

物見の報告が城内にけたたましく響く中、

「戻ったか!!」

スラヴォフィルが待ちわびていた様子を隠すことなく飛び出してくると、

「ただいまじいちゃん!なんか帰りがよくわからなかったんだけど・・・ここどこ?」

とても元気そうな様子を見せる孫が小首を傾げて挨拶をしてくる。

「ただいま。お父さん、私もう帰っていい?」

娘は相変わらず気だるそうだが、その姿を見ると、

「アル?お前わざわざ覚醒までして急いでくれたのか・・・」

全力で急いでくれたのだろうと込み上げてくる感情に涙を浮かべそうになる。

普段ただでさえ姿を見せない娘なのに今は綺麗な銀髪をたなびかせているので、

周囲の視線は彼女に釘付けだ。

「ううん。ヴァッツが重すぎて飛べなかったから全力を出しただけ。もう帰るよ?」

相変わらず世界の事情などに全く興味のないアルヴィーヌは再度問うてくるが、

「待ってくれ!すぐヴァッツに事情を説明してその後送り届けてほしいんじゃ!」

「えー・・・・・」

「頼む!!この通り!!」

手を合わせて必死に頭を下げるスラヴォフィル。

あまり他人と関わるのが好きではない為、

普段は身を隠すようにしている彼女も父にここまでお願いされるとため息をついて諦めたように、

「・・・しょうがないなぁ。」

短く了承する。娘の返事を聞いて安心した様子を見せる『羅刹』は、

「よし!!ヴァッツ。時間があまりにも無い。

まずはこちらで着替えをするんじゃ。話はその時しよう。」

あまりにも慌てている祖父をみて、

「わかった!!なんか大変なの?」

こちらはごねる事無く二つ返事で快諾し、更にこちらの心配までしてくれる。

(・・・旅のお陰かの。)

今まではただただ純粋の塊といった彼だったが、4カ月近くの旅で相当な成長を遂げたらしい。

積もる話は沢山あるがまずは目の前の大きな問題を解決すべく、

ヴァッツとアルヴィーヌを連れて自身の執務室に向かった。







 中に入るとスラヴォフィルは非常に仕立てのよい服を渡すと。

「まずはこれに着替えるんじゃ。」

白を基調とした上下に、紋章の入った外套だ。

今まで身に着けた事もない形の衣装に困惑するヴァッツだったが、

既に準備されていた召使い達が着替えの手伝いをする事であっという間に形が現れる。


「まず、お前に隠していた事がある。ワシは『トリスト』王国の国王じゃ。」

「ほぇ?!そうなの?!」

思っていた以上に驚いたのでこちらも少しびっくりするが、

今まで彼とは時間の許す限り『迷わせの森』で木こりとして暮らしていた。

時々長期で離れなければならない用事もあったが、

その都度していた言い訳に彼は全く疑問を感じなかったのだろう。


「うむ!まぁこれは後でゆっくり話そう。次にヴァッツ。

お前を今この場で『トリスト』王国の大将軍に任命する!」

「え?!うん??」

こちらは色々と急すぎてわからないというよりは意味が伝わっていないだけらしい。

しかしこれも説明する時間が惜しいので、

「深く考えずに今まで通りのお前でいてくれればよい。

問題は『トリスト』の大将軍としてお前に1つ任務を与える。これが大事なのじゃ。」

真剣なまなざしを孫に向けた事で、彼も何かしら感じてくれたのか。

「・・・うん!何をすればいいの?」

色々と思い浮かんでいるはずの疑問を口に出すことなく頷いてくれる。

その成長ぶりに涙腺が緩みそうになるがそれも後回しだ。

「今から『シャリーゼ』に行ってクンシェオルトを止めて来い。」

命令を短く伝えると、


「・・・・・???」


「お父さん。流石に説明不足過ぎ。私が聞いてても全然わからない。」

後ろで座ってこちらを伺っていたアルヴィーヌがジト目で駄目出しを入れてきた。

「お、おお!すまんすまん!ここを端折るのは流石に無理か。そうじゃな。

まずクンシェオルト、あの男は今お前の配下になっておるじゃろう?」

「うん!そんな話をしてたね!あれ?何でじいちゃんが知ってるの?」

その辺りの説明もしていないのでいちいちヴァッツが反応するのも無理はないのだが、

「時雨から全部聞いておるよ。じゃが今のクンシェオルトはクンシェオルトではない。

恐らくその体をユリアンに乗っ取られておる。」

「え?!ユリアンって・・・何かクンシェオルトが戦ってた人だよね?」

「うむ!なので彼の上官であるお前が、国の代表としてそれを止めて来い。

という訳じゃが、どうじゃ?わかったか?」

ここにはスラヴォフィルの彼に対する敬意も含めてという意味も含まれている。

「うーん・・・とりあえず『シャリーゼ』に行けばいいんだよね?」

「・・・後は直接その目で確かめればいいんじゃない?」

アルヴィーヌが退屈そうに口を挟んできたが、

「うむ。そうじゃな。その目で見て、お前が出来る事をやってきてくれ。」

「出来る事・・・うん。わかった!」

滞在時間も僅かながら突然大きな役職と任務を受けたヴァッツはアルヴィーヌと中庭に出ると

スラヴォフィルに見送られる中、来た時と同じように抱えられて西に向かって飛んでいった。






 ユリアンの力について知ったショウはクスィーヴとリコータに話を付けて一番早い船に乗せてもらうと

航路を使い『シアヌーク』に向かう。

3か月以上祖国から離れていたので帰国出来る喜びは大きかったが、

女王からの任務が完遂出来ていない事への申し訳なさも尾を引いていた。

ただ、『シャリーゼ』と愛する女王への急報を第一に考えた彼に迷いはない。


『レナク』へ向かった時よりも距離はあったのにリコータの持つ高速船は20日強で彼を送り届けてくれる。

「ありがとうございました。」

船員達に別れを告げて一直線に馬屋を目指している途中。


「あれ?ショウじゃない。」


急いでいるので無視したかったがその声の主は、

「おや?これはハルカ様。今から西へ向かわれるのですか?」

『ネ=ウィン』で雇われているはずが、

旅のせいかクンシェオルトの従者に近い印象を持つ暗闇夜天族の頭領がそこにはいた。

彼女との繋がりは『シャリーゼ』としても今後大いに役に立つだろう。

そう考えたショウは無下に断ろうとせず、あえて丁寧に接しようとしたのだ。

「うん。まぁそうしたいんだけど、クンシェオルト様がまだ来られてなくてね。

もう『ネ=ウィン』は出国したって聞いてるんだけど。あんた何か知らない?」

「すみません。私も今船でこの街に到着したばかりでして。

『シャリーゼ』へ戻る途中にお会いすればハルカ様の事をお伝えしておきましょう。

ああ、あとヴァッツ達は今『ジョーロン』という国に滞在しています。向かうならそちらにどうぞ。」

詳しい事はまた巻き込まれる恐れがあるので簡単にやり取りだけを済ますと、

街で一番早い馬を購入したショウは補給もそこそこに急いで南に向かっていった。




道中『シアヌーク』での話を考えながら急いで馬を走らせる。

クンシェオルトがすんなり国を離れる事が出来ないのは容易に想像できた。

何せ若き4将筆頭。彼がいるだけで兵士達の士気は湯水の如く溢れ出て、国民は大きく騒ぎ立て持てはやす。

彼の存在そのものが国に大きく貢献しているはずだ。

それだけの人材が正体不明の少年に仕えると言えば、

(・・・内乱くらいは起こっているのかもしれませんね。)

4将を止めるには4将の力が必要だろう。

もしかしたらそれによって強国『ネ=ウィン』の地位が揺らぐかもしれない。

その時は『シャリーゼ』としても立ち回りを考え直す必要がある。


あくまで推測だが、クンシェオルトが祖国を離れる事によって世界が動くのは間違いないはずだ。


彼の推測はこの後思っても見なかった一番悪い形で現れる事となる。






 あと一日あれば到着する。

そんな距離まで帰って来たショウの目に入ったのは大量の黒煙が立ち昇る光景だった。

(・・・・・)

航路に入る前、小さな村の手前でも似たような光景は見た。

しかし今目の前に広がるのはそんな狼煙程度のものではない。

まるで火山が噴火しているかのような、とんでもない量と規模の大噴煙。

しかし彼の心はいたって冷静だった。

『シャリーゼ』はあらゆる国と同盟を結び、戦闘国家から精鋭を借りて護られている。

敵対している国や種族は存在していない。

入念な根回しを終えている国が戦火に見舞われる事などあろうはずがないのだ。


(いや・・・まさかユリアンか?!)


そんな偏った思考を一瞬でかき消したのが奴らの存在だ。

敵対とは言い難いが、御神体を討伐した時にショウはあの場にいた。

あの時の人間全てに憎悪と復讐を考えたとすれば立派な敵国扱いになっていてもおかしくない。


林を抜ければ城全体が見える。


焦る気持ちを抑えつつ、馬を走らせるショウ。


視界を遮るものすべてが無くなり、目に飛び込んで来たのは

あれだけ立派だった城が跡形もなく崩れ落ち、城壁も街も黒煙だらけでまともに状況が確認できない。

一体どれだけの人間が生き残ることが出来ているのか。


完全に陥落し、倒壊し、荒廃した国の残骸が、彼の双眸からその感情へと入り込んできた。


そこからは荒ぶる心を抑えるのが精いっぱいだった。

一心不乱に馬を駆り、まずは近づいてその様子を探らなくてはならないと自分に言い聞かせ続ける。

敵がいたら『灼炎の力』を全開放して、その全てを灰すら残さず燃やし尽くす。

既に正気は失い、目は血走っていて化け物の様相を見せるショウ。

(どこだ・・・敵は・・・どこだ?)

目玉と首を激しく動かしながらその対象を探す中、

途中で走った方が早い事に今更ながら気が付いた彼は馬を飛び降りると全速力で走り出した。




不思議だった。

『シャリーゼ』や『ネ=ウィン』の兵士、住民の死体はあれど敵らしいものが全く見当たらない。

(・・・まさか『ネ=ウィン』と戦っていたのか?)

その光景が冷静さを取り戻させるも、

お互いの傷が相当深く、かなりの手練れにやられたものだと推し量れる。

(そこらの一兵卒でこの芸当は不可能だ。一体何が・・・)


『おお。まさか一番に駆け付けたのが君とは。流石愛国狂の鏡だね。』


突如かけられた声に、全ての毛穴が逆立つとその赤毛には炎が灯る。

まさかとは思っていたが本当にユリアンが・・・・・

ゆっくりと振り向いた時、その答えがあまりにも理不尽すぎて声が出なくなった。



左手には女王の首が、そしてそれを持つ体は紛れもなくクンシェオルトだった。






 「・・・・・何故・・・・・」

未だに理解が追い付かず、声もかすれるようにしか出てこない。

真っ白な頭の中で辛うじて言葉に出来た一言に思いの全てを乗せて吐き出すと、

『いや、私を侮辱した人間がもうすぐ死ぬのはわかっていたからね。

信者を使って後を付けさせていたのさ、で、都合よくその体を頂いたってわけ。』

クンシェオルトを知るものからすればまずその発言に驚き、嘆き悲しむだろう。

しかしショウにとってそんな『些細な事』はどうでもよかった。

「・・・そんな事はどうでもいい。お前が・・・我が『シャリーゼ』を・・・」

怒りで塗り替えられていく心と共に声量も戻りつつある。

『うむ。この体を試したくてね。一番近くにあった場所で動かしてみたんだけど。

流石に私の体をささがきに斬り刻むだけはあるね。凄くいい体だよ。』

「もういいわかった。お前はしゃべるな。」

国と女王を失った彼に自制する必要は無い。

クレイスと違い悲しむ事よりその恨みと怒りをぶつける選択肢のあるショウは、

ザクラミスと戦った時とは比べ物にならない程の炎を身に纏い、更に手足が自身の炎で形を変え始めていた。


どぅぅんっっ!!!!


激しい踏み込みと共に一気に襲い掛かるショウ。

しかし今までと違い両手は何も握っておらず、

ユリアンはクンシェオルトが絶対にしないであろう歪んだ笑みを浮かべると、


ばっ!


盾のようにアン女王の首を前に掲げる。

それをみて一瞬動揺するが、怨嗟の炎に薪をくべる様な行動に纏っていた炎がより強くなる。


しゅばばっ・・・・ぼほぅぅっ!!!


彼の右側に回り込み細剣を持つその手にかなり距離のある場所から無手を振るう。

すると炎と衝撃が重なった打撃がユリアンの身を襲った。

『はははっ!!そんな芸当が出来るんだ!!やはり君も欲しいねぇ!!』

右手にかなりの傷を負ったにも関わらずとても楽しそうなユリアン。

自分の体ではないのでそういった扱いをしても問題ないのだろうが、

その油断を逃さないショウは更に追撃を重ね続ける。

『やられっぱなしじゃないよ?!』

ユリアンも盾代わりの生首を構えつつ細剣で反撃に出るも、

箍が外れたショウの速さに全くついて行けず、一方的に攻撃を食らい続ける。

流石に不味いと思ったのか間合いを大きくとる為に後方に飛ぶと、

『この体は気に入ったんだから。もう少し手加減してくれよ。』

まるで子供に諭す様な口調で懇願してきた。

今のショウには彼の行動全てが癪に触って仕方がない。


どぅんっ!!


口を開かれるから腹が立つのだ。ならばその口を顎ごと粉砕してしまおう。

先程までの脱力していた手刀が硬い拳に変わると、


ぼぼっ!!ぼぼぼっ!!!


息もつかせぬ連撃でユリアンの顎を砕こうと拳を走らせる。だが、


がっ・・・!!


全く対処出来ていなかったユリアンの細剣がショウの拳に入り込んだ。

一瞬怯むが臆することなく炎を纏った拳で再度粉砕を狙うも、


がしゅっ・・・!!!がっ!!


やはりその細剣は彼の拳をことごとく捉えて刻み込んでいく。

見ればユリアンの眼光が反転し、黒い霧のようなものが溢れ出ている。

『闇の血族か。これは死体のまま動かせる私にこそ相応しい力だね。』

自身の力も相当高い上にクンシェオルトの力まで重ねてくるユリアンに、

形勢は一気にひっくり返り、ショウがどれだけ早く動いても右手の細剣がその体に刃を走らせてくる。

「・・・・・」

劣勢のまま攻防が続くと疲れの差が徐々に表れてきた。

炎の勢いが若干衰えたのをユリアンは見逃さない。

『ふむ。そろそろ限界かい?どうする?最後までやるかい?』

完全に自身の立場が上だと確信している発言だ。

事実細かいかすり傷のみで済んではいるがショウの体力は限界に近く、息も上がってきている。

しかしもう彼に考える力は残されていなかった。

刺し違えてでもユリアンを殺す。不可能だとわかっていても・・・


ごごごごごおぉぉぉぉ!!!!


纏っていた炎柱が天高く燃え上がり、同時に踏み込んで素早く鞭を取り出すと、


びしぃぃぃ・・・・・ぃぃ・・・・・


自身の持つ最大火力に最高の武器で四肢の切断を狙ったショウ。

だがそれ以上に素早い剣閃を披露したユリアンはその鞭の尖端を斬り落としていた。

それでもすぐに無手に構え直すと猪突猛進する赤毛の少年。

『覚悟・・・いや、自棄か。それじゃあ私には勝てないな。』


ざんっ・・・!!


ユリアンの細剣がショウの右目から深く突き刺さり、

一瞬体をびくりと震わせた少年の両腕はやがて力なくぶらりと垂れ下がった状態になる。

『あ~殺しちゃった・・・まぁあとで有効に使ってあげるよ。』

細剣を捻って引き抜くとまるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちるショウ。

その体からはいつのまにか炎も消え去り、呼吸も感じられなくなっていた。

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