『トリスト』の正体 -出航-

 『ジョーロン』国内の邪術騒ぎから1か月。

やっと落ち着く様子を見せ始めた王都では早速ビャクトルの葬儀が執り行われた。

東西南北の4領主にクレイス達やイルフォシアも参列し、生前の彼を表すかのような静かで荘厳な式が終わると、


「ですから私はやりません。」

王城の会議室ではここ連日行われていた次期王の選出が話し合われていた。

クスィーヴがもう何度目かわからない程同じ台詞で断りを入れているのだが、

「しかしクスィーヴ!今回の騒動、お前の活躍によって被害を最小限に抑える事が出来たのだ!

初動であれほど動けた功績も考えるとお前以外の王は国民が納得せんだろう?!」

ナルバリがかなり頑張って声量を下げながら必死に説得している。

「私もクスィーヴしかいないと思う。決して退屈な仕事は御免だ、とかそういうのじゃない。

慣れ親しんだ西の領地から離れるのが嫌だからというわけでもないぞ。」

西の領主キールガリも本音を隠すことなくクスィーヴを推してくる。

「私としては知勇共に秀でた若き英雄に王の座へついていただくことが望みですので。

おや?そういえばここにおられるクスィーヴ様はまさに全てを満たしておられる。

いやいや!これは正に奇蹟!神の思し召しですな!」

東の領主リコータは商人気質を前面に出して阿る様に彼を推薦している。

「王の椅子を断られる理由をお聞きしても?」

何故かその場に座っているイルフォシアが第三者的な見解で尋ねると、


「・・・・・以前ビャクトルを王に強く推薦したのは私です。

そんな彼が理由はどうあれユリアンの策にはまり国内を大混乱に陥れました。

ビャクトル自身の悩みを解決する事も出来なかった無能に王の座は相応しくないでしょう。」

彼には彼なりの責任を感じているらしい。

「それよりナルバリ様がまた玉座に戻られればいいではないですか。

まだまだご健在ですし、スラヴォフィル様も喜ばれると思いますよ。ねぇヴァッツ様?」

「え?う~ん・・・どうだろ?オレよくわかんないや。」

「こらこら!ヴァッツ様を良いように使おうとするでない!!」

その場にはヴァッツ達も全員呼ばれていた。

これはナルバリからの要請であり、

彼自身も彼らを使おうとしていたので人のことを言える立場ではないのだが、

「私は独身で子もおりません。私が王になったら一体誰が南の領土を治めるというのですか?」

「それでしたら南の地をヴァッツ様にお任せするというのはいかがでしょう?

まだ幼い方ですがその資質は十分におありですし、補佐というわけではないですが私の娘もつけましょう。」

すかさず目を光らせて提案してくるリコータ。

彼は呪術から解放する為に東の地にやってきたヴァッツを一目で気に入り、

自身の親族にすべく、何かあればこうやって娘との婚姻を匂わせてくるのだ。

「ヴァッツ様はスラヴォフィル様のご命令によりこの後国へ戻らねばなりません。」

従者である時雨はしっかりと彼の身を護るべく厳しく言い切ると、


こんこん


扉が叩かれると衛兵の1人がこちらに向かってきて

「ただいまウォランサ王が到着されました!」

その後ろにあった扉が開かれると傍にはマルシェも連れてきていた。

「あ!マルシェ!」

「あれ?ウォランサ?なんで?」

2人の少年がそれぞれ思いの強い人物に向かって喜びの声を上げる。

「いや~。本当は葬儀に間に合わせたかったんだけどね。」

「我が国の人間が『ジョーロン』に多大なご迷惑をおかけしたので、その謝罪に参りました。」

性格が表れた言い分に彼らを知っている人間もなるほどと頷いている。

しかしその中の1人、

「ウォランサ様。やっと来られましたね?」

ジェリアが今までにない雰囲気を纏ってゆっくりと立ち上がると彼に近づいていった。

「おお!ジェリア。無事で何よりだ!」

どうやら王は彼女を知っているらしい。一介のラクダ屋の娘を何故王が知っているのか、

ショウが疑問に感じていた部分は彼のいないこの場で明かされた。


ばきゃっ!!!!


中々に力強い右の拳が王の頬にめり込むと、そのまま尻餅をつくウォランサ。

「こーの馬鹿王!!なんで国同士の情報を事前に教えなかったのよ?!

私が処刑されてたらどうするつもりだったの!!」

「い、いや~耳には入ってたんだけど、まさかそこまで警戒してるとは思わなくて。

それにクスィーヴと絶対国民に手をかけないって約束も交わしてたし、ね?」

頬をさすりながら同意を求める王。

「・・・それはどういう意味かの?!」

ナルバリが今までと違って厳しい表情になると、ため息を一つこぼしたクスィーヴは、

「『フォンディーナ』の事情を知りたくて内密に何度かやり取りをしていました。

その時もしフォンディーナ人が来ても処刑はしないようにお願いされていたのです。」

事実を知ったジェリアの顔がますます怒りに変わっていく。

「あんた・・・そんな重要な事すら隠してたのね?」

「いや~だってジェリアって諜報員の割に顔に出るから・・・あっ!?」

馬乗りになった彼女をマルシェも止める事はしない。

激しく拳が叩きつけられるのを周囲は唖然として見ていると、

「ところで『ジョーロン』の次期王ですが。やはりクスィーヴ様という事になりそうですか?」

マルシェが皆が忘れかけていた議題について尋ねてくる。

「う、うむ!『フォンディーナ』との動きがあったのを今初めて知ったが、

まぁそれを加味してもクスィーヴで問題ないじゃろう!」

ナルバリが断言すると諦めたようにまたため息をついたクスィーヴ。

「俺は無理強いするのはどうかと思うけどな。」

唯一周囲とは違う様子で接していたガゼルが決定を揺さぶる発言を挟んで来た。

「・・・ガゼル様。」

「お前、国に関わる人間は嫌いだって言ってたじゃねぇか。どういう風の吹き回しだ?」

クスィーヴからは喜びの視線が送られ、カズキからは疑問の視線が向けられる。

「いや、そこは変わってねぇんだけどな?なんつーか、裏表もきっちりあるし、

ジェリアに時々いやらしい視線を向けたりもしてたしな。人間らしいっつーか。」

・・・・・

彼なりにクスィーヴを褒めているのだろうが、

その発言で王に馬乗りしていたジェリアは静かに立ち上がると自分の席に座り直し、

次期王と呼ばれていた男への周囲の視線に別の感情が乗り始めた。

「ま、人を選ばず接してくれるってのが俺は気に入ってるんだ。

だからこいつが嫌がってるんなら無理に押し付けるのはやめてやってくれねぇか?」

「・・・じゃったら猶更、そんな男が王になれば分け隔てなく国民と向き合える!

そう思わんか?!」

声を抑えつつ、力のこもった最後の質問が会議室に響き渡った。


唯一クスィーヴを擁護しようとしたガゼルの発言が決定打となり、

様々な思惑が渦巻く中、ここに新たな王が誕生したのであった。






 「まさか信頼していた人間に後ろから刺される事になるとは・・・」

その夜は盛大な晩餐会が開かれた。

半ば自棄になったクスィーヴが王城で一番大きな部屋に国中の重臣と賓客を集めて

急遽その場を作ったのだが、ビャクトルの義兄という事もあってか、

その無理強いに嫌な顔をするものは城内に誰一人としていなかった。

「おいおい?!俺は事実を伝えたかっただけだ!!」

相変わらず山賊じみた服で祝宴の場に参加するガゼルが珍しく弁明に必死だ。

「いや・・・そうですね。嬉しかったです。

あの場で貴方だけでしたから。私の事を慮ってくれたのは。」

「しかし貴方がジェリアをねぇ・・・あんなんで良ければあげようか?」

並んで座るウォランサが軽く言ってくるが、

「いや。『フォンディーナ』の人間はビャクトルで知ってはいたんだが、

女性となるとまた全然印象が違うな、抱き心地はどうなんだろうな?と思っていただけだ。

貰うと面倒だから一晩借りれればすぐ返すさ。」

完全に諦めた新王は裏の部分を隠すことなく堂々と口にする。

それを聞いて目を丸くするウォランサとガゼル。だがこの2人も自分の欲望には忠実な方なので、

「まぁ確かに情熱的ではあったぞ。『フォンディーナ』は夜が冷えるから自然とそうなるのかもしれんな。」

「でしたら私にもこの国のいい人を紹介してよ!そろそろ嫁を貰えと周りがうるさいんだよ!」

とても王族らの会話とは思えない内容に耳に届いていた一部の人間が白い目で見てくるが、

「そうですね。ウォランサ王に私の手の者を嫁がせれば都合よく動いてくれそうですよね。」

もはや開き直ったクスィーヴに怖いものはなかった。




「クレイス様もかなり良くなられて、一生懸命看護した甲斐がありました。」

イルフォシアはクレイスの隣で嬉しそうに食事を楽しみながらこちらに目をやる。

「う、うん・・・本当にイルフォシア様には、感謝しています。」

彼女が国に帰るといって次の日に戻ってきたのにはさすがにびっくりしたが、

それだけ自分の事を心配してくれたのだと思うと嬉しくて痛みなどどこかへ飛んでいってしまった。

ただ、ショウにも言われた通り傷は大きく深かった為、

数日前にやっと肩を動かしても問題ないと医者から許可を貰ったばかりだ。

「うふふ。そう言っていただけるだけで私も幸せです。

この国の新しい王も決まったみたいですし、私達もそろそろ『迷わせの森』に帰らないといけませんね。」

彼女はクレイス達を連れ戻す為の使いとして姿を現したのだ。

最初聞いた時は何故王女様が?と不思議に思ったが、時雨とつながりがあると聞いたので納得はしていた。

「で、ですね。・・・ヴァッツはまたあの領主様に捕まってますね。」

見れば会場の中央付近で3人の娘を従えたリコータがヴァッツと話し込んでいる。

彼も人と接する事は大好きなので、領主の下心があろうとなかろうとお構いなしに楽しんでいるらしい。

「本当・・・あの性格は正に父親譲りですね・・・あ、ごほん!失礼。」

(父親?ヴァッツは孤児だったはず・・・イルフォシア様はヴァッツのお父さんを知っている?)

彼女が色々と隠し事をしているのによく口を滑らすので

クレイスの中ではすでに様々な曲解をうんでいるのだが、

「と、とにかく!ヴァッツ・・・様もあのままでは本当に婚姻を結ばれかねません。

なるべく早く出立出来るように私も新王にあとでお伝えしておきますね。」

彼女の笑顔に些細な事情は全て後回しにしてしまうのだった。




「時雨ちゃん・・・私、本当に貞操の危機だった・・・」

ジェリアが酒を飲み過ぎているのか、ふらふらになりながらも訴えてくる。

「いいではありませんか。王に見初められるなど光栄の極み。

ジェリアさんもさっさと嫁がれた方がご両親も安心なさいますよ?」

面倒くさそうに軽くあしらう時雨は異国のご馳走を堪能していた。

この旅はクレイスが調理をしてくれる為、食には本当に困らなかったが、

先々でその国特有の料理を頂けるのも時雨にとってはこの上ない喜びなのだ。

「それより本当に諜報員なのですか?私はそちらの方が驚きましたよ。」

美味しそうにはむはむとほおばるりながら話す時雨に、

「どうして?」

「だってそういう気配が全く見受けられなかったものですから。普通もう少し所作に出るものだと。」

新王が決まり完全にこの国での騒ぎが収まった為か、

普段はあまり感情を露わさない時雨が少し失礼な発言をしていたが、

「ふっふっふ。甘いわね!誰にも悟られないから優秀なのよ!!」

そこには気が付く事無く、むしろ好意的に受け取った彼女は酔っぱらいながらも胸を張って言い切る。

「なるほど・・・言われてみればもっともですね。」

しかし味わう事に集中している時雨は適当に相槌を打つ。

更におかわりをもらう為に彼女を置き去りにして小走りで大卓へ向かっていった。






 クレイス達が旅立つのは戴冠の儀式が終わってからと決まった。

2人が怪我を治すのに専念していた期間も含めてすでに二月近くが経っている。

王都で正式な王が誕生してから五日後。

一行を見送る為に西の領主以外とウォランサ、マルシェ、ジェリアも東の港町『ラムリー』に来ていた。

「オレはもっと旅を続けたいんだけどなぁ。」

ヴァッツが口をとがらせて不満を口にするも、

「『貴方のお祖父様が首を長くして帰りを待っています。まずは一度戻って話を聞いてあげて下さい。』

と、イルフォシア様が仰っています。」

時雨がそう言うと、

クレイスの後ろに隠れて顔だけ覗かせていたイルフォシアがこくこくと頷く。

理由はさっぱりわからないが、何故かヴァッツと距離を置いて接している。


「そうだぞ。俺はお前のおじいさんに会いたい。だからさっさと行こう。」

カズキは『羅刹』と立ち会いたくて仕方がないらしい。

1か月前までは息をしてるかどうかもわからなかったのによくここまで回復したものだ。

イルフォシアが約束通り名医を連れてきてくれたという話だけは聞いたが、

その姿や治療などは一切わからなかった為、未だに多くの謎が残ってはいるものの、

「お前は常にどこかしら怪我をしておくくらいが大人しくて丁度いいんじゃねぇか?

おい!やめろ!久しぶりにその殺気を俺に向けるのはやめろ!!」

ガゼルはヴァッツのお祖父さんと最悪の対面をしている。

このままついて行くつもりなのだろうが、大丈夫なのか?

「私も『羅刹』様と立ち会ってみたいなぁ・・・」

「政務の長が消えた事で国内の混乱が予想されます。

自身の欲望を満たす前にまずは王らしい行動を心がけて下さい。」

ウォランサが羨ましそうにつぶやくもマルシェが呆れた顔で諫めていると、


「さぁ皆様!お待たせしました。そろそろ出航致しますぞ!」


この地の領主リコータが大きな太鼓腹を揺らしながら準備が出来た事を告げに来た。

荷積みが終わった大きな船に案内される一行。

「ヴァッツ様。また旅をされるのでしたら今度はゆっくりと観光でいらしてください。」

「うむ!!!スラヴォフィル様もよろしくお伝え下され!!!」

ナルバリとクスィーヴが別れの挨拶を交わすと、


ぶわっ・・・!!


突如突風が舞い込んで来た。

それぞれが手で顔を覆ってその風に目を細める中、

「・・・イルフォシア。遅い。」

いつの間にかクレイス達と見送る人間達の間に赤い衣装を着た短い黒髪の女の子が立っている。

「姉さん?!」

それにいち早く反応したのが名前を呼ばれたイルフォシアだ。

彼女が第二王女というのは皆が聞いていたので、

察するに今目の前に現れた地味な印象を持つこの女の子が長女であり第一王女なのだろう。

「アル様。遅いというのは?」

2人のお世話係である時雨も慌てて事情を確かめようとするが、

「もう時間がない。ヴァッツ、貴方だけでも先に連れて行く。」

「え?オレ??」

今回ばかりは皆がヴァッツと同じように何一つ理解出来ない状況に困惑するも、

「イルはクレイスを連れてきてあげて。多分彼も急いだ方が良い。」

「わ、わかりました!」

抑揚の少ない、非常に淡々とした口調で話す長女。

声に威厳などは感じないが、それでもイルフォシアの体からは緊張が感じ取れる。

「アルヴィーヌ様。出立前に一応皆様へご挨拶を・・・」

時雨が唖然としている空気を読んでお世話役としての責務から助言を入れると、

「・・・アルヴィーヌ=リシーア=ヴラウセッツァー。スラヴォフィルの娘。よろしく。」

「・・・え?!?!」

いち早く反応したナルバリが空気を震わせる程大きな声で驚いている。

「うるさいナルバリ。お父さんに聞いてた通り声も体も大きい。ハイジを見習って。」

アルヴィーヌが手で耳を抑えながらしかめっ面になると、

「も、申し訳ない・・・!」

今まで聞いた中で一番小さな声を出して謝罪している大柄な老人。

それを満足そうに頷くと、アルヴィーヌはヴァッツにぎゅっと抱き着いて、


ばささっ!!!


イルフォシアと同じような大きな翼を顕現させて、そのまま飛び立とうとした・・・

「うん?!」

今度はこちらの少女がかなり大きな声を上げて驚いている。

彼の体に回していた手を放し、少し下がってヴァッツを嘗めるように見ると、

「貴方、とんでもない力持ちね。重くて飛べない。」

一瞬何のことかわからなかったが、

何をどう感じたのか、ヴァッツが怪力の持ち主という事だけは理解したらしく。


ぱぁぁぁ・・・・っ・・・・


「えええええ?!」

アルヴィーヌの体から激しい光が漏れだすと同時にイルフォシアが驚愕の声を上げている。

黒い短髪がみるみる伸びていき、色もみるみる白く、銀のような輝きを帯びてきた。

見ればいつの間にかイルフォシアに近い姿になっているアルヴィーヌ。

血縁であろう事は疑う余地もなく、

彼女の金髪に対し姉は見事な銀髪を潮風に揺らされて光を放っている。

「姉さん?!どうして覚醒してるの?!」

「全力じゃないとこれを運べそうにない。じゃあ先に行くよ。」

「どういう事??あ・・・」

ヴァッツが質問しようとしたの遮り、再び同じように体に腕を回してしっかり抱きかかえると、


どんんんっっ!!!!


激しい炸裂音によって港の石畳が大きく割れる。

先程見たような突風が辺りを包むと、

アルヴィーヌはヴァッツと共に遥か東の大空に飛んで行ってしまった。






 「・・・・・嵐のような方ですね。」

クスィーヴがやっと口を開くと、

「『羅刹』様の娘だって言ってたね?!どういう事?!」

ウォランサも珍しく戦い以外の事で興奮気味だ。

しかし情報を散々まき散らしてさっさと飛び去った後に残された王国関係者は非常に困惑していた。

「・・・どうする時雨?」

「まぁ誤魔化せそうにないところは全部お伝えしましょう。

しかしアル様が動かれるというのは相当な非常事態が起きているはず。

イル様もクレイス様を連れて急いで向かって上げて下さい。」

ちらりと視線を向けると誰もが期待を胸に説明を求めている表情だ。

「こほん。とりあえずクレイス様。姉さんも仰ってたので私達も先行して戻りましょう。」

「待った。俺も連れて行け。」

誰も口を挟まなかったのでそのまま逃げるように去ろうと思っていたが、

同じく戦いの事以外には興味をあまり示さないであろう少年が止めに入ってきた。

「カズキ様が?しかし貴方は・・・」

「クレイスの師匠で護衛も任されている。傍にいる必要がある。だろ?」

そう言いながら口元に笑みを浮かべてクレイスに同意を求めるも、

「・・・わかった。船に乗りたくないんでしょ?」

「・・・・・」

クレイスは決して頭の悪い少年ではない。

旅先での経験や死闘、彼らとの交流を続けていた事でかなり本質を見る目が養われたらしい。

カズキはカズキで本心を読まれた事ですっとぼけた表情を浮かべているが目は泳いでいた。

「・・・はぁ。わかりました。

私は姉さんほど力がないので少し速度は落ちますがご一緒しましょう。」

「ええええ?!」

何故かクレイスが驚いて、何やら不満そうにカズキとこちらを交互に見てくる。

あれだけ彼に手厚い看護を続けていた中だ。

一緒の方が喜ばれると思って無理をおして提案したのだが・・・

「・・・心配するな。俺はじじいみたいに助平じゃない。」

カズキが理解を示すように説得している。

(助平???何の事???)

イルフォシアからすればさっぱりわからなかったが、

「・・・ま、まぁ、イルフォシア様が嫌じゃないのなら・・・」

渋々了承するクレイスにますます訳が分からなくなる。

「私は大丈夫です。それより急ぎましょう。

カズキ様には後ほど私から対価を請求させてもらいますからね?」

「かまわねぇぜ。金以外ならな?」

太々しい発言とは裏腹によほど船に乗りたくなかったのかその表情はとても明るい。

「ではクレイス様、失礼して・・・」

姉と同じように彼の体に腕を回すと、

「・・・・・」

「クレイス様。2人を抱えないといけないのでもっと腕に力を込めて下さい。」

彼が自分の腰に回す手に全然力が入っていない。

これではイルフォシアだけの腕力で支えなければいけなくなる。

彼女より少し背の高い彼の胸に顔をうずめるように抱き着くと、

「ではカズキ様はクレイス様の背中に抱き着くように・・・」

「おう!」

獣のような少年はうきうきで遠慮なくしがみつく。

「では時雨。後は任せました。クレイス様、本当に遠慮なくしっかり掴まって下さい。」

「は、はい・・・」

飛び去る前に最終確認だけ促すと、


ばささささっ!!!!


何とか2人を抱えて空に飛んだイルフォシアは出来るだけ早く『羅刹』の下へ向かうのだった。




翼を持つ姉妹が嵐のように去っていくと、

「・・・出航を伸ばしていただいて詳しい話を聞いてみたい気もしますが時雨様。いかがでしょう?」

クスィーヴが口を開くも、周囲の表情も期待に満ちている。

「俺は急ぎじゃないからかまわねぇぜ?」

隣でガゼルが他人事のように口を開いたので、

「貴方も出来るだけ急いで連れて来るように言われているんですけどね・・・」

この元山賊もスラヴォフィルは手駒の一つとして数に入れていたようで、

「・・・なんで俺が?」

彼は初対面でスラヴォフィルとヴァッツに剣を向けている。

ヴァッツはともかく『羅刹』から良い印象は持たれていないと自覚しているのだろう。

何とも嫌そうな顔で疑問を浮かべているが、

「おっさんもこう言ってるんだし。

港町で美味しい料理でも頂きながら時雨ちゃんの国のお話、聞きたいなぁ?」

「そういう事でしたらこのリコータ。最高のもてなしをお約束しますぞ?」

・・・・・

伸ばすといってもせいぜい1日だけだ。

だったらこれからの長い船旅に出る前に、美味しいお料理を・・・いや、

『トリスト』についてある程度の情報を渡しておくのも悪くないのかもしれない。

これは決してジェリアとリコータの誘惑に乗るわけではないと心に言い聞かせると、

「・・・わかりました。話せる内容には限度がありますが、それでよろしければ。」

その夜はリコータが胸を張れるだけの素晴らしい料理を頂きながら、

スラヴォフィル、アルヴィーヌ、イルフォシアとヴァッツの関係についてと、

国の情勢を差し支えない程度まで説明し続けた。

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