別れと出会い -ショウの本心-

 カズキが目を覚ましてから3日目。

「う、うーーん・・・・・おはようございます・・・。」

死んだように寝ていたショウもついに目が覚めた。

「お前本当に凄いな。それだけ寝てて腹とか減らないのか?」

意識を取り戻したとはいえまだまだ重傷なカズキが隣の寝具から呆れたように声を掛ける。

上半身を起こして捻っては体からぼきぼきっと音を出しながら、

「今は猛烈にお腹が空いています。クレイスに美味しい料理をお願いしましょう。」

軽い気持ちでそう言ってしまったのが運の尽きだった。


「貴方!!なんて非常識な!!」


聞き覚えの無い声に避難を浴びせられ、寝覚めから驚くショウ。

見れば金髪の少女が眉を吊り上げてこちらを睨んでいる。が、全く面識はない。

「え・・・っと。すみません。初対面ですよね?どちら様ですか?」

身だしなみからそれなりの身分の者だとはわかる。

飾り気がなくてもつま先までしっかりと気を配る者というのは見る人間が見ればわかるものなのだ。

「・・・イルフォシアと言います。ショウ様?

今クレイス様は重傷を負われている為調理などもっての外!なので、

何か食したければどうぞご自身で厨房に出向かれるようお願いしますね?」

何とも刺々しい物言いだ。

ふと見れば部屋には3つの寝台があり、

自分とカズキ、そしてもう1人が横になっているのが確認できる。

「ショウも目が覚めたんだ。よかった・・・」

「クレイス?貴方が重傷?ヴァッツはどうしたのです?」

「丁度俺達が離れてた時に大きな戦いがあってな。つか俺も結構な傷を負ってるんだぜ?」

言われてみればカズキが寝具で横になっているというのはこれまで就寝時以外見たことがない。

そもそもヴァッツと旅を始めてから事ある毎に彼が『闇を統べる者』の力を発動させていたので

怪我を負うという場面がほぼなかった。なので彼らが重傷を負うなど考えもしなかったのだ。

「クレイスの傷も相当酷いのですか?」

「はい。左肩の骨ごと大きく斬り裂かれています。少なくとも一月は安静が必要です!」

・・・・・

どういう理由かさっぱりわからないが、このイルフォシアという少女。

相当クレイスに肩入れしているらしい。ここは下手を打たずに、

「わかりました。では私は何か食事を取るついでにこれまでの出来事も聞いてきますね。」

触らぬ神に祟りなしという。

まるで我が子を守るかのような彼女から一刻も早く離れる為にショウは部屋を後にした。






 ザクラミスを討ってからこの館にたどり着き、そこから丸五日寝ていたらしい。

怒りの感情に身を任せすぎたせいか今までの最長記録だ。

彼自身も太腿に多少の刀傷を受けていたのだが、あの2人に比べれば大したことはない。

空腹でふらふらになりながらも厨房を覗くと、

「おや?!性格の悪い赤毛君!!目が覚めたんだね?!」

その様子は以前の明るいジェリアそのものだ。

「おはようございます。ジェリアさんはどうやら処刑を免れたようで。」

「おうよ!今はここで骨休め兼お手伝いとして働いてるの!

何か食べに来たんだよね?ちょっと待っててね。」

晴れて放免された彼女は元気いっぱいに調理を始める。

ショウは頭の上から爪の先まで栄養不足な為、立って待つのも辛い状態なので、

近場の椅子に腰かけるとお腹をぐぅぐぅ鳴らして催促待ちしていた。


「お待たせ~!!」

出された料理は焼いた肉と野草の汁物だ。

寝起きなのでもう少し軽めの食事を、と言いたかったがこの際文句は言っていられない。

まずは腹ごしらえをして体が動くようにしなくては。

「いただきます。」

祈りも早々にまるで小剣を振るうかのように突き匙を走らせてあっという間に平らげると、

「おかわりをいただけますか?」

「・・・もう少しゆっくり食べないと体に悪いよ?」

あっけにとられながらも注意だけはしっかりとしておかわりの準備を始めるジェリア。

その間に体中の力が戻りつつあるのを確かめると、

「ところで私は何日ほど眠っていたのでしょう?」

「うん?えっと・・・五日かな?」

少しずつ情報を拾う為に質問のやり取りを始める。

「寝室にイルフォシアという方がおられたのですがあの少女はどういった方ですか?」

優先順位としては他に聞かなければならない事は沢山ある。

だがまずは彼女の事を聞いておくべきだと判断したのだ。

「イルちゃん?なんか『トリスト』っていう国の王女様らしいわよ?時雨ちゃんの国でもあるらしいんだって。」


(『トリスト』?)

全く聞き覚えの無い国だ。こちらの大陸にある小国の類だろうか?

しかし従者である時雨もその国の人間だというのはどういう事なのだろう?

まだ本調子ではない為、頭がよく回らないが1つだけ分かった事がある。

あの少女への態度は最も遜ったもので接するのが良いという事だ。

国の詳細は不明だがクレイスとは違いきちんと国務をこなしている類の王族なのだろう。

でなければあれだけ厳しい空気は作り出せないはずだ。

頭の中で要注意人物として整理し終わると新たな食事が出てきたのでそれをまたもやさっさと平らげると、

「ご馳走様でした。詳しい情報を全て聞きたいのですがクスィーヴ様はどちらに?」

館の雰囲気から察するに傀儡兵の邪術も全て解けている。

ならばあとは全ての情報を聞いて整理し、その後ショウは1人で国に帰る事を決意していた。

「クスィーヴは今国内を飛び回ってるみたいよ。ヴァッツ君と時雨ちゃんを連れて。」

「・・・え?」


その後詳しい話を聞く為に先程の王女とガゼル、ジェリアを交えて再び2階の寝室に集まった。






 「・・・・・」

第一印象というのはとても大切だ。それは国政に参加していたショウには痛い程わかっていた。

ついいつもの癖で唯一自分が認めている料理をお願いする為に気軽に名前を呼んだせいで、

現在この王女から殺気に近いものが乗った視線を送り続けられている。

「さて!眠り姫も目覚めた事だし、『ジョーロン』での出来事をまとめてみるか。」

姫扱いしてきた元山賊にはお灸をすえてやりたいが、

調子がまだ戻ってない上にこれ以上王女の前で粗相をする訳にはいかない。

「ではこの館と国で起こった出来事を教えていただけますか?」

ガゼルの戯言には触れず、自身も時間が惜しいのでまずは相手の話を一通り聞くことに専念する。


「・・・なるほど。国内全域で発生している邪術を全て取り払う為に・・・」

確かにヴァッツには破格の力が宿っているが、

それでも彼にしか解呪出来ないとなると相当な時間を要するだろう。

更にビャクトル王が崩御された事がショウにとっては一番衝撃的だったと同時に、

ザクラミスの発言が脳裏に浮かび、帰国への焦りが生まれ出す。

「王とは約束していたのです。ザクラミスの首を持っていきます、と・・・。

噛みつく事はないでしょうけど、葬儀の時まで厳重に保管しておいていただけると助かります。」

「それで生首が引っ掛けてあったのか。最初見たときはびっくりしたぜ。」

あの時既に眠りに落ちそうだった為、彼自身の出来事はほとんど伝えられていなかった。

なのでまずは一番重要な情報を伝える為に気を引き締めると、

「それより今から最も重要な事をお伝えします。必ず周知させるように心がけて下さい。」

雰囲気を読んでくれたのか、寝具で横になっている少年2人も真剣な表情になった。


「まずユリアンですが。恐らく生きています。

それとこれはザクラミスから聞き出したのですが、あの男、

自分の体の一部を相手に植え付ける事でその体を乗っ取る事が出来るそうです。」


「・・・それが今回のビャクトルに繋がる訳か。」

カズキはつぶやくとショウは力強く頷いて、

「ええ。いつその一部とやらを植え付けられたのかはわかりませんが。

今後もあらゆる場所であの邪教が突然内乱を起こす可能性があるという事です。」

・・・・・

絶望的な情報に一同が静まり返る。

邪術による傀儡兵はヴァッツの力で何とかなるが、

本人がユリアン化してしまった場合、今回のようにその命ごと討つしか方法はないのだろうか。

いや、そもそも今回のようにたまたまヴァッツが居合わせる事など早々ないはずだ。


「・・・大変貴重な情報ありがとうございます。

クレイス様、看護の途中で申し訳ありませんがやはり一度国に帰ってこの事を伝えてきます。

すぐにまたこちらに戻ってまいりますのでそれまで安静に!安静にですからね?!」

彼が横になる寝台の隣に腰かけていたイルフォシアが妙に念を押して言い聞かせている。

自分が寝ている間にあの少年はそれほどに無茶をしでかしたのだろうか?

クレイスも彼女に怯えているのか?萎縮しているのか?

妙に表情をこわばらせて声を出せずにこくこくと数回頷くだけだ。


「では話も終わりという事で。申し訳ありませんが私もすぐに出立いたします。」


ショウがそう言うと、思っていた以上に周囲が驚いて視線を向けてきた。

「どこに行くんだ?」

ヴァッツ達が戻ってくるのをここで一緒に待つものだとばかり思っていたらしい。

何もなければそうしたいのだが、不思議そうに尋ねてきたカズキに、

「一度『シャリーゼ』へ戻ります。

『ユリアン公国』は以前『シアヌーク』に入り、そこから我が国の村を襲っていました。

今回の情報で私が思っている以上の調略がなされている可能性があるので、

注意喚起も含めて国内を全て調査する予定です。」

愛国狂から言われると誰もが納得し、止めようとする者はいなかった。

「そ、そうだね・・・祖国が心配だもんね。」

何故かクレイスが少し寂しそうな表情をしているが、

こちらとしては疎んじていただけなので何とも認識にずれがあるな、と思いつつ、

「見た所クレイスとカズキの傷が治るのにもしばらく時間がかかるでしょう。

それまでには終わらせてまた合流したいと思っています。」

「げ・・・もうお前は国に帰ればいいじゃねぇか。」

ガゼルがあからさまに嫌そうな態度を取るので余計に合流を固く誓うショウ。

「いえいえ。まだ貴方の処刑が済んでいないので。」

笑顔を向けると更にうんざりした表情になるガゼル。とてもいい感じだ。

「では私はこれにて失礼致します。クレイス様、くれぐれも!無理をなさらずに!

恐らく三日ほどで戻ってきますので!!」

(三日?それほど近くにある国なのか・・・)

ショウはまだ彼女に関して何も知らないに等しい。

「は、はい・・・あの・・・貴女も、無理をしないで、ね?」

クレイスは緊張からか頬と耳を紅潮させながら小さな声で呟くと、

それがきちんと耳に届いていたイルフォシアは爽やかな笑顔と共に彼の頭をゆっくりと撫でていた。






 ショウはまだ寝覚めてから間もない為、きちんと晩御飯も頂いてから明朝出発する予定だったが。


ばさぁっ!!


イルフォシアを見送るということで館の前に使用人や兵士、ガゼルにジェリアも集まっていたので、

仕方なくショウもそれに立ち会った。そして大いに驚いた。


(羽???この女の子・・・一体何者だ???)


生まれて初めて目にする光景に唖然とする中、周囲と簡単な挨拶だけを交わすと、

「では三日後に。皆さま無理をなさらずに。あ、ジェリアさんはクレイス様を見張っておいて下さい!」

「はいよ!でもあの大怪我で動こうとするかな?」

不思議そうに疑問を口にすると、イルフォシアは鼻息を荒くして、

「あのお方、見かけ以上に相当な頑固者です!騙されてはいけませんよ!では!」

(彼女からあの元王子はそういう風に映っているのか・・・)

個人的にその身体の特徴について聞いてみたい気もしたが王女も急いでいる。

また会う機会はあるだろう。と、周囲と同じように短く挨拶を交わすと、


だんっ!!!ばささささっ!!!!


軽く跳躍しただけに見えたが、それだけでも館より高く飛んだ。

その後背中の翼をはためかせあっという間に東の空に消えていった。


ショウ以外は何度も目にしていたのだろう。

見送りが終わり、それぞれが自分の仕事に戻っていく。

彼も召使いに東の港までの馬と旅の支度をお願いすると、

寝室にいる2人に自身の任務について話をする為足を向ける。


女王からの任務。


それに対してショウはまだ一度も行動を起こしていなかった。

別れる前に招聘の意志を伝えるくらいはしておかないとここまでの旅が無意味なものになってしまう。


部屋に戻ると、

「ショウか?ちょっとクレイスを見てやってくれ。さっきから辛そうなんだ。」

???

さっきまであれほど元気そうだったのに?

言われるがまま彼の横に向かうと異常なほど脂汗を流して苦しそうだ。

「クレイス?大丈夫ですか?」

「・・・ショ、ウ・・・うん・・・ちょっと痛みが出てきた・・・だけ。」

表情と態度からちょっとどころの痛みではないのだろう。

イルフォシアは重傷だと言っていたがどれほどの傷なのだ?

布団をめくってその肩とやらを見てみると・・・

「・・・よくこの傷で・・・」

そこには3寸(約10㎝)を超える縦傷が包帯の上からでもわかる程深くその身に刻まれていた。

「イルフォシアがいなくなって気が抜けたんだろ。

そいつ痛みに対してはとんでもない才能持ってるからな。」

カズキが隣の寝具から上半身を起こして心配そうにそう言ってきた。

「痛みに・・・強いという事ですか?」

「うむ。戦う時に必要な才能だ。

ちょっとしたかすり傷で怯む奴と、死ぬ一歩手前まで体を十全に動かせる奴。クレイスはまさに後者だ。」

・・・・・

カズキが自信を持って、羨望の眼差しすら向けてそう断言する。

確かに対拷問用に痛みを克服する修練などは存在するが・・・


「うん?今痛がっているのはイルフォシア様がいなくなったから?どういう事です?」

「戦いの時と同じようにイルフォシアの前では気張ってたって事。恋ってやつよ。」

「・・・・・一応お聞きしますがカズキはその恋とやらを経験した事は?」

「ない。」


完全に憶測で物を話していたらしい。

真面目に聞き入って馬鹿みたいだと思いはしたが、今ここに彼の才能を1つ見つける事が出来た。

包帯からにじみ出ている血と恐らくは軟膏だろう。少し指に取って匂いを嗅いでみる。

「・・・いい処置をされていますね。これなら問題ないでしょう。」

苦しそうなクレイスに笑顔を向けてそう伝えると彼もうれしそうに笑って見せた。

恋する相手にこれだけ手厚い処置をしてもらったのだ。

その満足感はショウやカズキにはわからないものだろう。

「そうだ。私は明日出立します。その前に2人にお話しがあったのでここに来たのです。」

椅子に腰かけると、桶にあった手ぬぐいを絞ってクレイスの額に当ててやる。

「何だ?また何か危ない情報とかじゃないだろうな?」

「まぁ・・・受け取り方にもよりますね。

カズキとクレイス、この旅が終われば我が国に来ませんか?地位は私が保障します。」

クレイスの名前を出した事で痛みはあるのだろうがとても驚いた表情を見せる。

カズキに関しても、

「うーん。そう来たか。俺はまだまだ修行不足だからしばらく国に関与するつもりはないんだが。」

誘われた事自体は嬉しいらしい。ただ自身の力との兼ね合いで良い返事は貰えそうにない。

「納得するまで己を鍛え上げて下さい。いつまでも待ちますから。」

これはショウの本心だ。

彼はまだ未熟かもしれないが祖父である一刀斎の血を継いでいる。

そして戦いに対しては尽きる事のないであろう飽くなき向上心。

必ず祖父以上の戦士になる。そう信じてやまない赤毛の少年。

「・・・ぼ、僕は・・・何もない、よ?」

クレイスが遠慮気味につぶやくが、これにもきちんとした答えを出してある。

「いいえ。貴方にはヴァッツの友人だというこの上ない強みがあります。

本当は彼にも声を掛けたかったのですが、今は無理なので後で貴方からお伝え下さい。」

いつもの笑顔でそう言うと少しむくれるクレイス。今までならここで話を終わらせていたのだが、

「もし『シャリーゼ』に来られたら国政に携わってみて下さい。

貴方のまじめな性格でしっかりと学んでいけば必ず国に必要な人材にまで成長するでしょう。」

これもショウの偽りなき本心だった。

戦いの面でも先程カズキがその才能を褒めていた。

今はまだ何も持っていない少年だが、少なくともクレイスには相当な伸びしろがある。

この旅を通じて今、そう確信を持てるのだ。

「・・・国を・・・取り返したいから・・・」

イルフォシアも言っていたがこの少年は本人が思っている以上に頑固な部分がある。

それも分かった上でこの話をしたのは女王の命令と旅を中断せざるを得ないという理由からだ。

「そう言われると思っていました。

その時がくれば私にも声を掛けて下さい。出来る限りの援助はしましょう。」

心の底から相手を認めたショウが今までとは違う笑顔を見せると、

クレイスは痛みの中、とても満足そうな笑みを浮かべていた。


2人に自身の全てを話した次の朝、ショウは誰に見送られる事無く静かに東の港へ出立していった。

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