別れと出会い -別れと出会い-

 サファヴを乗せた馬車は一路南に走っていた。

「急がんとエリーシアの遺体が朽ち果てていくからの。」

長老と呼ばれている老人が優しい笑顔でそう言ってくれる。

未だ彼らの正体がわからないままだが、あの混乱した場所からエリーシアと自分を拾ってくれたのだ。

ここから彼を捨てたり殺したりする事はないだろう。

抵抗する気も生きる気力もなかったので大人しくしていると、

「ところでお前さん名前はなんちゅうんじゃ?」

長老に言われて初めて名乗っていなかった事に気が付き、

「あ、俺はサファヴって言います。助けてもらって本当にありがとうございます。」

久しぶりに声を出して、思い出したかのように礼を言う。

「そうかそうか。ま、ラカンに睨まれたんじゃ『リングストン』にも居づらいじゃろう。

このまま『ジグラト』へ向かうが構わんか?」

(『ジグラト』?てっきり『ネ=ウィン』兵かと思っていたが・・・。)

悲しみで埋め尽くされていたサファヴの中に数日ぶりの思考が蘇った。

直接戦ったことはなかったが、

ウェディットに教わった旗印の中に今彼らが掲げているものがあったのは覚えている。

「・・・あの、貴方達は『ネ=ウィン』の部隊なのでは?」

「ん?ああ。所属はそうじゃが、わしらのほとんどがジグラト人じゃよ。

お前を助けたフェイカーやシーヴァル、そしてわしもな。」

優しい老人は拾い上げた自分の質問にすら丁寧に答えてくれる。

未だ悲しみが心を閉ざしてしまってはいるが、

「あの・・・俺はこれからどうなるんですか?」

3人の仇を討てたサファヴに、3人のいない世界に未練は全くない。

どう利用されても文句を言うつもりはないが、それでも一応は尋ねておこうと思ったのだが。

「お前はどうしたい?フェイカーの事じゃから多分そう聞いてくるぞ?」

「え・・・・・?」


どうしたい?


生きる希望を失った今は何もしたくないというのが本音だ。

しかし老人の言い方だと、サファヴの扱いはあの胡散臭い一兵卒に委ねられているらしい。

「ま、時間はあるんじゃ。焦らずゆっくりと考えればええ。

もしあいつが急かして来たらわしがとっちめてやるからの。ふぉふぉふぉ。」

笑うと本当にただの好々爺といった印象だ。

何故こんな人が戦場にいたのだろう?なぁエリーシア?


布にくるまれて顔だけ出している彼女に心で語り掛けるサファヴ。


悲しみ以外だと彼の頭には彼女との在りし日々しか浮かんでこない。

こんな状態で今後の事など考えられる訳がない。


エリーシアの傍を離れようとしない沈んだサファヴに対しても周囲は嫌な顔1つすることなかった。

移動は続き、4日目には目的地『ジグラド』の代表的な都市である『ロークス』に入っていた。






 「あの金髪、ずっとエリーシアの傍から離れませんね。どうするんです?」

久しぶりに大きな街にたどり着いた一行は

人数の関係上宿に泊まるのは不可能だったが美味い物にはありつけた。

街のはずれで陣幕を張り、買い込んだ食料を広げて大いに夕食を楽しむ中、

彼を助けたシーヴァルがフェイカーに尋ねると、

「どうするんだろうな?」

「ええええ?!てっきり部隊に引き抜くんだと思ってたんすけど?!」

若輩者は大袈裟に驚くも、中年は静かに食事を味わいながら、

「見たところあの少女とは別に何人か大事な人間を殺されたらしいからな。

あの状態じゃ部隊どころかまともに戦えねぇよ。」

普段の口調でそう返す。

「いや、だったら何で助けたんすか?!」

シーヴァルは19歳、サファヴよりも1つ下とまだまだ若い。

経験や考えなどは性格からしても直情的で、不満があればすぐに口に出す。

「・・・もったいないだろ?強さはそこそこあるしまだ若いんだ。

立ち直ることが出来れば龍にも虎にもなれると思うぞ。」

にやりと笑みを浮かべて嬉しそうに杯の酒を飲み干すフェイカー。

その強さを知っている為、彼の口からそういった言葉が出た事に満足した若輩者は、

「・・・やっぱり引き入れるのを狙ってるんじゃないっすか。」

「いや、だからお前それは・・・本人次第だよ。」

無駄に危険を冒して助けたわけではない。

フェイカーが先を見据えてそうさせたのであれば不満や後悔はなかった。


ただ自分にも想う人はいる。


もしそれを失ってしまったら今のサファヴみたいに自分もああなってしまうのだろうか。

立ち直る、と言葉にすればとても短く、その重みは全く感じないが、

立ち直ったとして大事な物を失った彼はこの先何のために生きていくのだろう?


普段底抜けに明るいシーヴァルはこの夜初めてサファヴの身に立って考えを巡らせた。




『ロークス』で帰国祝いを済ませたフェイカー達はそこから更に南下していく。

が、途中でどんどん部隊から離れていく者が現れた。

「それなりに広い国じゃからの。皆が自分の故郷へ帰って行ってるんじゃ。」

元々100騎に満たない小隊だったがあっという間にその数は減っていき、

翌日には馬車の周りに10騎程度を率いるだけになってしまった。

草原が多く、人さえいれば酪農や田畑に仕事がいくらでも出てきそうな景色だ。

「・・・俺の故郷は山間に囲まれてました。」

ふと、誰に言う訳でもなく口に出すと、

「そうかそうか。」

長老は相変わらず優しく見守るように傍にいてくれた。


夕暮れ前まで走り続けると正面に集落が見えてくる。

「あれがわしらの村じゃよ。」

いつもはこちらからの話にだけ答える形を取っていた長老が指をさして教えてくれた。

「今夜は家に泊まるがいい。明日の朝、エリーシアの葬儀を行おう。」


・・・・・


(葬儀?)


ふとエリーシアを覗くと土色の皮膚はただれ始め、腐臭も相当なものになっていた。


・・・・・


未だにわからない。

本当にエリーシアは死んだのだろうか?

今だって自分の心の中では今でも笑いかけてくれている。

話しかけてきてくれるのだ。


葬儀という言葉すら理解出来ない状態にあるサファブはその日

長老の家への招待を断って馬車の上でエリーシアと一晩を共にした。






 翌朝、日が昇る前からエリーシアの為の墓穴が用意され始める。

昨夜長老が話を通して朝から葬儀を執り行えるように段取りを進めていたのだが、

未だに状況を飲み込めないサファヴは馬車の上から降りようとしなかった。

「・・・どうするんっすかこれ?」

シーヴァルが呆れた顔でフェイカーと長老に尋ねると2人は顔を見合わせて、

「長老がずっと傍にいたんだろ?ならあんたに任せるよ。」

「こらこら。お前が拾ったんだろう。最後くらい責任ある大人の行動をせんか。」

何とも醜い擦り付け合いが始まった。

これを放置していると日が暮れる。

部隊に入っては3年しか経っていないが、この2人とは同じ村出身なのだ。

年齢19年分の経験からシーヴァルはその場を去るとフェイカーの家に向かった。




「シャルア!いる?」

扉を開けていきなり大声で呼ぶ若輩者。

「何よシーヴァル?!てかいきなり扉開けるなっていつも言ってるでしょ!!」

奥から怒りの声と共に茶髪のおさげをした女の子が1人、慌ただしく出てくる。

「いつもの2人がまたやってるんだよ。ちょっと止めに来て?」

両手を合わせると謝罪も含めて申し訳なさそうに頭を下げるシーヴァル。

シャルアと呼ばれたフェイカーの娘は大きなため息と共に、

「まーたやってるのか・・・仕方ない、行くわよ!」

腕をまくって鼻息をふんすとたてた少女は走り出し、その後を追う若輩者。


遠目から見てもまだ責任を押し付け合っているようなので、

「こら!!!2人ともまた子供じみた事してるの?!?!」

その鬼気迫る姿を目にした中年と老人は瞬く間に委縮してしまい、

「い、いやだってこのじじいが・・・」

「こらこら!わしはまだ60じゃ!!じじい呼ばわりするでない!!」

サファヴを動かすという目的から論点がずれて始めている。

「いや、そんな事はどうでもいいっす。

馬車にいる金髪を外に出してください。あとエリーシアも。」

分かりやすいようにシーヴァルがそう言ったことでシャルアも察したのか、

「一応聞いてあげる。何をしようとしたの?」


・・・・・

そこからサファヴを『リングストン』で拾った事。

彼の愛するエリーシアの葬儀を執り行いたい事。

馬車から2人を外に出したいけどどう説得すればいいのかわからない事。

が周囲の耳にも届いた。


「呆れた・・・それこそ年を重ねた人間の仕事でしょ!!

お父さんももう40過ぎてるんだからそれくらいさくっとやってのけなさいよ!!」

2人に対して厳しくも真っ当な意見が突き刺さる。

呼びに行った本人すら後ろから見てて居た堪れなくなってくるが、

「し、しかしなぁ・・・最愛の人間を亡くすっていうのは俺も経験がなくて・・・」

「うむうむ。わしも友なら数え切れぬ程亡くしたが、恋人となるとなぁ・・・」

年を重ねた2人はその経験を余すことなく言い訳という部分に使ってくる。

「・・・はぁ・・・もういいわ。その人を下ろせばいいのよね?」

完全に見限られたにも関わらず微塵も傷つく様子を見せないフェイカーと長老は、

むしろ少しいやらしい笑みを浮かべて次の彼女の発言を待っていた。

「ちょっとどいて。私がやってみるから。」

シャルアという女の子は、さすが元4将筆頭の娘なだけあってその肝は誰よりも座っている。

フェイカーが彼女に剣を持たせなかった分いつのまにか度胸は父をも超えていたのだ。

ずかずかと入っていくシャルアは奥の方に横たえられている遺体の傍に座る金髪の青年を見ると、

「サファヴさん?貴方の愛する人が亡くなった悲しみはわかるけど、

このままここにいるとエリーシアさんは天国にすらいけないままなのよ?まずは弔ってあげましょう?ね?」

優しく諭すように言葉を掛けながら膝をついて近づいていく。

あまりにも反応がなく静かなので死んでるんじゃないかと思ってシーヴァルも目を凝らすが、

薄暗い中その眼光はぼんやりと光り出した。恐らく目を瞑っていたのだろう。

「・・・君は・・・誰だ?」

「私?私はシャルア。フェイカーって呼ばれてるおっさんの娘よ。よろしくね。」

警戒を解く為か、はきはきと受け答えしながら右手を差し伸べる。

自分の娘におっさん呼ばわりされ、後ろで複雑な顔をしているフェイカーを他所に、

サファヴは相変わらず反応が鈍い。

そうこうしているうちに朝日が差し込み出す。

その光は馬車の中まで差し込むと・・・


「・・・エリー・・・シア・・・」


「え?」

シャルアの背中から後光のように刺し込んだ光は、彼の目を通して愛する者の姿と重なった。

茶色の髪は薄い金髪のように、おさげを結わいていたので猶更そう映ったのだろう。

その姿を見て明らかに反応し出した彼はゆっくりと跪いたままの彼女に近づいていくと、

「・・・・・」

そのまま両腕を伸ばしてその体に優しく抱き着いた。


「「・・・・・」」


それに対して何かを言いたいシーヴァルとフェイカーだったが、

「・・・よしよし。辛かったんだね・・・」

当の本人はサファヴを優しく抱きしめて後ろ頭を撫でている。

長くも短い時間が流れて、周囲が静かに見守る中、

シャルアに手を引かれてゆっくりと金髪の青年が馬車から降りてきた。






 未だに何が何だかわかっていないのはサファヴだ。

(さっき確かにエリーシアがいた・・・いたはずだ・・・。)

3人の仇を討ったにも関わらず、ずっと心は沈んだままだった。

彼が覚醒したのは間違いなく愛する人を見つけて、熱い抱擁を交わしたからに他ならない。

しかし頭の中がすっきりしてくると彼女がいない事に気が付く。


朝の新鮮な空気が体中にしみわたり彼の中で止まっていた時間が流れ出した。

辺りを見回すとエリーシアと同じおさげ髪の女の子が隣に立っている。

(・・・もしかして・・・)

「あ、あの・・・俺、君に何かとんでもない勘違いをしちゃったんじゃないかな・・・」

その子は茶髪であり、エリーシアと背丈も顔立ちも違う彼女とを間違えるなんて事は・・・。

「んーん。気にしないで。そんな事より貴方は今エリーシアさんに向き合ってあげて?」

優しいが言葉には力強さを感じる。

一週間近く身だしなみを整えてなかった為、彼の顔は髭がカビのように生えていたが、

今のサファヴの状態なら式を執り行えると村人達は思ったのだろう。

棺桶にエリーシアの遺体が安置され、

長老が聖書を片手に慌てて身支度をしてきた状態で皆の前に現れた。

「この村ではセイラム教で式典を行っておる。かまわんかの?」

「は、はい。大丈夫です・・・。」

『リングストン』ではバーン教が国教だった為、他の宗派は知識すらなかった。

ちらりと左側を見ると背筋を伸ばし、

慈しみの目を向けたシャリアという少女が隣に付き添ってくれている。

会って間もないが、エリーシアと見間違えた事がきっかけで意識を取り戻せた。

沈み切った心を救い上げてくれたのだ。


やがて経典が読み終わると棺桶の扉が閉じられ、静かに墓穴の底へ降ろされる。

上から穴を埋める土を被せるのだが、

サファヴも無言で前に出て鋤を借りると皆と同じように穴を埋め始める。


段々と、本当の別れが近づいていく・・・


土をかける度に、また寂しさと悲しさに襲われる。

息苦しくなる中、地面の高さまで穴を埋め終わると村人達が数人掛かりで立派な墓石を運んできてくれた。

それが遺体の眠る上に据え置かれると村の女性達が用意した花々が供えられ始めると、

あっという間に色とりどりの花に囲まれたエリーシア。


(本当に・・・さようなら・・・なんだな。)


村人達はそれぞれが祈りをささげると静かにその場を去っていく。


彼1人だけになり、墓石を眺め続けるとやがて、


「さよう・・・なら・・・」


葬儀が終わったことでやっと最愛の人がこの世を去ったという真実に向き合えたサファヴは、

今まで流す事の出来なかった涙と悲痛な叫び声をあげてむせび泣き始めた。

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