砂漠の国 -ジョーロンに向かって-

 カズキは1人、

刀の代わりを見つける為に王が勧めてくれたこの国一番の武具屋に来ていた。

はずだが、何故かガゼルもそばにいる。

「なんでお前までついてきてるんだよ」

いつもと変わらない様子の中年はあくびをしながら

「城にいててもつまらないし、王に試合を申し込まれても困るしな。」

「お前程度の戦士じゃ相手は務まらないからその心配はないぞ?」

過剰な心配をしている中年に思ったままを告げる。

気分を害したと言わんばかりの顔でこちらを見てくるが事実は事実だ。

そんな金魚の糞みたいな男はさておき、

「お。ここか。」

店先にはわかりやすくいくつかの武具が並べてあり、

入り口前には店員だろうか?視線が合うと、

「お、お客さんだね?異国から来られたっていうじゃないか。見ていってよ。」

決して小さな街ではないのだが、やはり訪れる人間が圧倒的に少ないからだろう。

カズキ達の話は街中に広まっているようだ。

「ああ。ウォランサに紹介されて来たんだ。色々見せてもらうぜ?」

「おお!是非是非!!」

王の名前を聞いて店員のやる気にも火がついたようだ。

(さて、どんな武具があるのか・・・)


店内を一通り見て回って感じたのは、やたらと曲がっている武器が多いという事だ。


「これは相手の盾を引っ掛けたり、体勢を崩す為にこうなってるのさ。

あと短めの剣は投擲に使ったりもするんだ。」

店員の説明に納得する。今まで返しのついている物は扱ってきたが、

(そうか。そういう使い方をする武器か・・・)

一刀斎、自分の祖父が1か月以上滞在していただけあって面白い国だ。

「試し切りをしたいんだけど、何かあるか?」

カズキは自分の手に馴染みそうな1振りを取って尋ねると、

「それなら裏手に木偶があるからでそっちで試して・・・」

説明を受けると一緒に店内にいたガゼルにも手招きした。

「面白そうだ。俺も使わせてもらおうか。」

そう言って中年も1振り選んで裏手に出る。


「ではこれを相手に・・・あっ?!何故盾を取るのです?!」

「木偶相手に斬るのも悪くないが、せっかくだ。」

木偶から外した盾をガゼルに放り投げると、

「っと?何だ?盾をどう・・・」

受け取った中年はカズキの性格を思い出して青ざめる。

「木偶より動く的のほうがいい。ちょっと構えてくれ。」

言われてすぐに守りを固めるガゼル。

なし崩し的に旅を初めて2か月近く経つが、かなりカズキの行動を読むようになってきた。

「ちょ!?優しく?!優しくな?!」

言い終わったのを確認してから一気に距離を詰め、まずは盾を引っぺがす動きを試す。


がきんっ!!!!


「おわわ!?」

情けない声と共に盾は下にずれて半身があらわになる。

「ふむ・・・・・」

手ごたえを確認してまた距離を取り、

「もう1回構えてくれ。今度は打ちつける。」

次の行動を教えてると、ガゼルはそれに応える為必死で構える。

下手をすれば怪我か最悪死んでしまうので、文字通り必死だ。


この旅でカズキも少しずつ変わってきた。


強さへの探求心はそのままだが

弟子が出来たり、友人が出来たり、様々な人間と出会ったり。

それらと共に見て笑い、共に経験を分かち合う。

1人で武者修行をしていた頃では考えられない事ばかりが起こるこの旅で、

それらを糧に自身が強くなっていってるのをしっかりと感じている。


そんな今のカズキにガゼルを殺すという選択肢はすでに無かった。

『シャリーゼ』で戦士としての顔を垣間見てしまってから斬り捨ててもいい対象から外したのだ。

しかしそれを伝える必要はないし、

何より隠しておいたほうが中年の面白い反応が見れるだろう。


準備が出来たのを確認すると、ガゼルがぎりぎり耐えられるであろう程度の力で打ちつける。


ぼこっ!!!!


「ぐおお!?」

盾と体が大きく揺れるが怪我はない。だが痺れに襲われているようで表情が歪む。

「ふむ・・・・・あとは木偶で試すか。」

あっけにとられている店員を他所に、

最後は刃の部分を試す為、用意された木偶に思い切り曲刀を叩き込む。


かっ!!!


僅かな切断音と共に木偶の頭部が皿のようになって飛ぶ。


かっ!!!かかっ!!!かかっ!!!


更に追撃を加えて、様々な角度から斬り捨てる。

腰から上がなくなった木偶には目もくれず、自身の手にある曲刀を見つめると、

「悪くはないか。これもらうわ。」

その声で我に返った店員は慌てて鞘を用意し、

盾を渡されたガゼルは無残に変わり果てた木偶を見て、

「・・・これじゃ俺が試し切り出来る部分はねぇな・・・」

曲刀を店員に返すと2人は店を後にした。






 (全く!!何なのだあの男は!!)

どういう理屈かわからないが、城内の動きは全て筒抜けだと感じたショウは

仕方なく城下に出て市民からの声を拾う方向へ転換する。

あの男が何を隠しているのかは興味がない。

この国が持つ『ユリアン公国』へのつながり、もしくは情報がほしいだけなのだ。

もう少し穏便に事を運べばよかったか?とも思うが、

初動で誰とも接せずに書類を漁るという選択を選んだのは自分だ。

それも絶対にばれないという自信の裏付けがあったからだ。


(この地に居づらくなってしまいましたね・・・)


店が並ぶ大通りを歩きながら周囲の声を拾いつつゆっくり歩くショウ。

元々国から国への往来が少ないので井戸端会議的な情報しか聞こえてこない。

むしろショウが歩くことによって自身が会話のネタになる始末だ。


(これは速やかに退散するようヴァッツを誘導したほうがいいですね。)


ウォランサにより国賓として扱ってはもらえてはいるが、

ショウとザクラミスの衝突はもう重臣達の耳に届いているだろう。

見切りをつけたショウは踵を返すと大通りからわき道に入り、

来た道とは別の道を使って王城に戻り始める。すると、


「お?君は性格のよろしくない赤毛の少年!」


数日前に一緒だったラクダ屋の娘がこちらに手を振っていた。

面と向かって性格が悪いといいながらこの態度。

自分が出した訳ではないが、金を払った客にその物言いはどうなんだろう?

この辺りの人としての対応力に乏しいショウは、

仕方なくいつもの笑顔で応えようとする。

「これはジェリアさん。ここがラクダ屋の本店ですか?」

彼女の後ろには多数の厩舎が広大な敷地に所狭しと並んでいる。

かなりの数のラクダを所有しているのだろう。

「そうだよ~。国からも依頼があるからね。それなりの数が必要なんだ。」

そういって右手に世話の途中であろうラクダの手綱を握ったまま近づいてくる。


(そういえばこの人は私の笑顔を見抜いていたな。)


道中の出来事を思い出す。今まで言われた事のない指摘に内心困ったものだ。

もちろん今も困りはしているが幸い周囲に誰も居ない。

ザクラミスといいジェリアといい、

大した力も感じないのに裏を見抜いてくるのは国民性みたいなものだろうか?

そんな事を考えていると、

「んんん?また何か悪巧みしてるね?今度は何を考えてるの?」

じっとこちらを見つめてきたジェリアが、またも腹の中を探ってくる。

(全くこの国は・・・・・)


思わず大きなため息をつき、ラクダと並んでこちらの様子を伺う彼女に、

「悪巧みかどうかはわかりませんが、

『ユリアン公国』について何か情報がないか調べていたところです。」

駆け引きするのも隠すのも面倒になったショウは、

言ってもどうにもならないだろうと半ば自棄気味に愚痴っぽくこぼしてみた。

ところが、

「ふーん・・・・・それを調べてどうするつもり?」

ジェリアの表情が真剣なものになり、眼にも力が宿り出す。

纏っていた明るい空気はどこかに消え去り、その変化にショウは目をぱちくりさせている。

(まさかここにきて情報に近しい人物を見つけられるとは。)

これを棚から牡丹餅というのだろう。

すぐさま思考を諜報員に切り替えてると、

「・・・実は先日、私の国『シャリーゼ』に彼の国の聖騎士団が無断で入国し、

更に港から一番近い村で残虐行為が行われました。ですので・・・」

上手く間を挟み、効果的に演出も混ぜて説明をするショウ。

「今後二度とそういう事が起きないように交渉材料を集めておりました。

ジェリアさんも何か知っている事があれば何でも良いので教えていただけませんか?」

自身の笑顔から何を感じるのか知らないが今口にしたことは全て事実だ。

特に隠す必要もないと感じたショウは真正面からの突破を試みるも

「ふーん・・・私は特に知らないかなぁ?」

「『ユリアン公国』の国境近くに店を構えているのにですか?」

すかさず追撃を挟み込む。

感情を読むのは苦手だが反応からして何かを知っているのは間違いないだろう。

ここは何としても、糸口だけでも掴もうと躍起になる。

「そうだね~知らないね~。まぁ最近少し危ない国だなっていう印象は受けるけど。」

煮え切らない答えに脳内でいくつかの選択肢が浮かんでくる。

周囲には誰も居ない。このまま拘束して薬で口を割らせるか?

愛国心により武装された思考に、先日まで懇意にしてもらった人間の価値など無いに等しい。

決断し、それを実行に移そうとした時、

「どうしても知りたい?」

ジェリアが急に顔を近づけ質問してきたので反応しそうになった体がを必死で堪え、

「・・・ええ。今後に必要な事なので。」

なんとか真顔を維持し、最後のやり取りだと信じて全身全霊で答える。

ここで何も出なかったらその時は有無も言わさず・・・


「だったら王に聞けばいいわ。」


予想だにしなかった答えが返ってきて、流石のショウも一瞬耳を疑った。

「王?ウォランサ様ですか?」

「そうよ。今国賓扱いを受けてるんでしょ?ほら行った行った!」

そういってショウのお尻をぺしぺしと叩いて促すと、

ジェリアはラクダと一緒に厩舎に戻っていった。




 言われるがまま王城に戻ったショウは、

時々受ける猜疑の眼差しを軽く受け流しつつ謁見の間に向かう。

自分でも何が何やら分かっていない。だが情報を得る可能性がある。

ならば飛び込まねばなるまい。

衛兵に話を通し、僅か数分でウォランサと対面することが出来ると、

「やぁ。君は赤毛のショウだったね。どうしたんだい?立ち合いかい?」

初対面の時から思っていたが、この王はきちんと国務をこなしているのだろうか?

「いえ。少しお聞きしたいことがありまして。出来れば人払いをお願いしたいのですが。」

ここからはかなり危険な賭けだ。

もし万が一、

ウォランサが『ユリアン公国』と親密な関係ならショウは間違いなく消されるであろう。

先日行われたカズキとの立ち合いで彼の実力は知っている。

命からがらで国外に逃亡出来たとして、この砂漠を1人で走破出来るかは怪しい。

そんな王の反応はというと、

「ふむ。わかった。ではとっておきの場所に連れて行こう。」

そういってウォランサは城外に歩を進めた。

城から大通りを南下し少し行ったところに昨日宴のあった広場がある。

片付けも大方終わり市民が慌ただしく右往左往している中、その横を通ると・・・

見張り台だろうか?

少し大きな櫓の上に上っていくウォランサにショウも続いた。

「ここは一刀斎様お墨付きの場所でね。ここなら誰かに聞かれることはない。」

なるほど。見晴らしもよく、頂上はわりと広く作ってある。

端にある鐘は有事や火事の際に活躍するのだろう。

「それで?何の話だい?」

王の口調は変わらない。

少し軽く、仰々しさもなく、友人との会話みたいに自然に接してくる。

だが、間合いと足の位置。

何かあれば即抜刀して斬るという意志を示している。

(やはり一国の王ですね。)

感動を覚えつつも冷静さを取り戻し、こちらもそれに反応出来るよう気を引き締める。

質問の内容が内容なのだ。


「ウォランサ様。この国の持っている『ユリアン公国』の情報を教えていただけませんか?」


・・・・・・・・


曲刀は襲ってこない。だが返事もない。

顔色はともかく表情は読めない。何を考えているんだろう?

よく観察すると視線がこちらに向いていない。


(私の後ろ?)


襲われる気配はないので何だろう?と思い振り向くと、街門の外、

昨日一刀斎が蹴散らした牛サソリの死骸がとんでもない速度で空の彼方へ消えていくところだった。

砂煙の上がり方を見ると昨日の一刀斎と同じような動きで、

全ての死骸を空に放り投げているのが伺える。

「ああ。ヴァッツの手伝いですね。」

もはや見慣れた光景に説明するかのように短く答えると

「・・・・・ヴァッツ・・・・・あの蒼髪の?なるほど・・・」

つぶやくように声を漏らし納得したウォランサは少し考え込み、

「ふむ・・・神に選ばれし・・・か・・・」


(!?)


無意識なのか、王の口から以前聞いたことのある言葉が出てくる。

そう、その言葉は確か悪趣味を極めた男が口にしていたものだ。

(まさかこの王・・・)

ショウの中で最悪の事態が描かれる。

この国自体がすでにユリアンの支配下に置かれている可能性。

だがそこは『シャリーゼ』のショウ。

しっかりと本質を見極める為、

焦りを一切表に出さず、何かを考え込んでいるウォランサの反応を待つ。

どう出る?何を出してくる?


全ての死骸が空の彼方へ飛んで行き、静寂が戻っていくらか経った後、


「では、ヴァッツと立ち会わせてくれ。それが我が国の情報を提供する条件だ。」


おや?

もう少し裏を覗かせてくれると思っていたので肩透かしを食らった印象を受ける。

これでは先程までと同じ戦闘に飢えている王のままだ。

まだ何もばれていないと白を切るつもりか?

「申し訳ございません。ウォランサ様、彼は戦いを非常に忌諱しております。

人が戦う事すら嫌う彼と立ち会うのは不可能です。」

自身の経験も踏まえ、ヴァッツの力を隠す意味も含めて王に断りを入れる。

この後本命の話題になるはずだ・・・

「えーーーー?!そうなの?!・・・残念だなぁ・・・」

驚いた後、うなだれて覇気のなくなった王。


ここからだ。


まだ条件を提示してくるか、それともユリアンの影をちらつかせるか?

「じゃあこの話は無かったことにしてくれ。いや、後で直接頼んでみるとしよう。」


(・・・・・あれ?)


『神に選ばれし』から何も進展なく会話が終わり、

ウォランサは来た時と同じ雰囲気のまま、ショウを残して高台を後にした。






 「という訳で、王がヴァッツに立ち合いをしつこく迫ってくる前にここを発ちましょう。」

ヴァッツ達が戻ってきた後、すぐにその事を伝えるショウ。

もちろん『ユリアン公国』について尋ねた件は内緒のままである。

「お前、よりによってウォランサにヴァッツの事ばらしたのか。」

「失礼な。牛サソリの死骸を放り投げている所をたまたま一緒に目撃してしまっただけです。」

「まぁ長居してればいずればれてただろうし。いいんじゃねぇか?」

ガゼルに肯定されるのは癪だがここは仕方ないので黙っておく。

この地にユリアンの影がちらついている以上、速やかな行動が必要だ。

「ではここから何処へ行きましょう?

砂漠を渡る距離を短くするのなら一刀斎様と同じ東の港へ向かうのが正解なのでしょうが。」

本人の前でもかなり嫌悪感を出していたが、時雨は完全に顔を歪ませて渋っている。

「ヴァッツ。例の『羅刹』さんの足取り。あの話をしようよ?」

クレイスがあまり聞きなれない言葉を出したので周囲は一瞬静かになる。

「えっとね。オレのじいちゃん『羅刹』なんだって。

だからオレ、『羅刹』の事を知りたいから、次は『ジョーロン』ってとこに行きたい!」

一生懸命になって説明してくれてるが、そもそも『羅刹』って何だろう?


「ヴァッツ様。どこでそのお話を?」

何故か時雨が青ざめて質問している。

『羅刹』という言葉に何か意味があっての事だろうか?

「昼間にマルシェが教えてくれたんだ。この大陸で『羅刹』を知らない人間はいないって。

で、それがオレのじいちゃんなんだって。」

「なるほどなぁ。あのジジイ『孤高』の1人だったのか。」

うんうんと頷き、1人納得しているガゼル。

「『羅刹』か。おれもじじいの話でしか聞いた事ないな。どこにいけば会える?

立ち合いを申し込みたいんだが?」

カズキは闘気をまき散らし、ヴァッツに行方を聞き出そうと食い気味だ。

『孤高』?という言葉も出てきた。

(カズキはともかくガゼルまで知っている存在とは・・・)


ショウはある程度の武力を保持してはいるが、強者に別段興味があるわけではない。

その辺りの知識は吸収する意味がないと感じていた為、

女王や周囲が口にした事を覚える程度しかしてこなかった。


『孤高』と『羅刹』


この2つはじっくり調べる必要がありそうだ。ならば、

「では決定ですね。次は『ジョーロン』とやらへ向かいましょう。」

「いえ、それは出来ません。」

今までヴァッツの言う事を全て受け入れてきた時雨から声が上がり、

「えっ?!」

クレイスは驚いて声を上げる始末だ。だが気持ちはわかる。

ショウも内心非常に驚いたが、ここは表に出さず静かに話を続けるのが良い。

「時雨様?何故ですか?」

あくまで静かに、誰かを責める訳でもなく、疑問を純粋に口に出すのを演じる。

周りもショウの質問の答えを待つかのように静かだ。

正直一刻も早く離れるという事さえ出来れば彼女の反対理由などどうでもいいのだが、

ここは流れを作っておくべきだろう。


「・・・・・旅の隠された条件の1つに、

もしヴァッツ様が『羅刹』の正体を知ってしまった場合、速やかに森へ帰るように。

と仰せつかっております。」

「「「「「「・・・・・」」」」」」


沈黙がその理由に納得した事を表し、

ヴァッツを守るとのたまっていたクレイスもだんまりだ。

(ふむ。それほど『羅刹』の発言力は強いのか。)

ヴァッツの祖父、是非会ってみたい。だが、

「ヴァッツはどうしたいんですか?貴方の御爺様は戻ってくるように言われてるみたいですが。」

「オレは・・・嫌だ。まだ戻らない!」

今まで見たことのない、不貞腐れた表情ではっきり言うヴァッツに、

「そ、そんな・・・それでは主に、いえ、スラヴォフィル様に後で叱られてしまいますよ?」

(スラヴォフィルというのか・・・む?)

女王様が何度かそんな名前を口に出してた事があるような??

「いいよ!じいちゃんがオレに隠してた事、オレ知りたいんだ!

だから『ジョーロン』に行く!!1人でも行く!!!」

戦いを忌諱する態度もそうだったが、彼はかなり頑固な部分がある。

恐らく祖父譲りなのだろう。

周囲はそのやり取りを心配そうに見守っている中、ショウだけはそんな事を考えていた。

やがて埒が明かないと悟った時雨が、ある意味禁断の術を使ってくる。


「そ、それでは・・・私が、代わりにスラヴォフィル様に叱られて来ます・・・」


泣きそうな表情になりながら時雨がそう訴えてくる。

ヴァッツは非常に仲間想いな人間だ。

自分ではなく、一緒に旅をしてきた人間や従者が叱られるとなると放ってはおけないだろう。

情に訴えるやり方というのは聞いたことがある。

しかしこれを従者がやってもいいのだろうか?

ショウは気が付いていないがこの時、時雨は女の武器と呼ばれるものも併用してきている。


周囲もどきどきしながらそれを見守る中、

「だ、大丈夫!オレが守ってあげるから!!」

精いっぱいの強がりを見せるヴァッツ。やり取りから見てここだ!と確信したショウは、

「でしたら私も一緒に叱られます。ヴァッツ、『ジョーロン』へ向かいましょう。」

全てを賭けてヴァッツの意見を後押しする。

「ショウって時々熱くなるよな。

よくわかんねぇけど『羅刹』の逸話は俺も聞きたい。俺も一緒に行くぜ。」

カズキも話に乗ったことで、作っていた小川のような流れが大河に変わった。

「ぼ、僕も一緒に叱られます!!なので時雨さん!!

どうか旅を、続けさせてもらえませんか?!」

当然クレイスはヴァッツの擁護に回り、泣きそうだった時雨があきらめ顔に変化する。

零れ落ちそうだった大粒の涙は何処へ?などと思っていると、

「まぁ俺は最初からヴァッツと一緒に旅をするってのが目的だ。

ん?最初は少し意味合いが違ったか・・・がっはっは。」

元山賊が品の無い笑い声を発し、時雨がそれに棒手裏剣を投げつけた。

柄の部分が眉間に当たると笑い声から悶絶の声に変化する中

くるくると回転した棒手裏剣がからんっと床に落ちると、

「仕方ありません。今回だけですからね?」

吹っ切れた時雨がやさしい顔でヴァッツにそう伝えた。


夕飯時に明日旅立つ旨を伝えると皆の思っていた通り、

「せめて旅立つ前に一度立ち合いを!!」

王が先程見せた時雨よりも泣きそうな顔で懇願してくる。

もちろんヴァッツはそれを断るのだが、珍しく断りづらそうにしていた。

情が移ったのだろうか?ユリアンと関わりがあるかもしれない人間に?

不思議そうにそのやり取りを眺めていると、

「ではショウ!代わりに君と立ち会いたい!!」

「いえ、お断りします。」

ウォランサを危険視しているショウはきっぱりと断りを入れた。






 その晩、夜襲の可能性がある。


そう思っていたが何事もなく朝が来た。

大部屋に全員で泊っている為、もし襲われてもヴァッツか『ヤミヲ』が

何とかしてくれそうだがあまり依存しすぎるのも隙が出来てよろしくない。


次の日の朝。

王やマルシェ、ヴァッツの力を目の当たりにした衛兵達が見送る準備をしていた。

それぞれに挨拶を交わし、用意されたラクダの群れの先頭には、

「やぁ!また会ったね!」

「あ、ジェリア!」

ヴァッツが喜んで駆けていき握手をしている。

それに対してジェリアは抱擁で返し、時雨の表情は般若という面のようになっていた。


「よくよく考えれば、馬車を持ち上げて砂漠を縦断してきた、という話。

あれをもっと真剣に捉えるべきでした・・・・・」

ヴァッツと立ち会いたくて仕方のないウォランサは後悔と無念の波に思考を持っていかれている。

そんなしょげている王をしり目に、

「ヴァッツ様、良き仲間と良き旅をお祈りしております。」

すでに馬車を持ち上げ準備万端な少年に跪き、別れの挨拶を交わすマルシェ。

(彼が『羅刹』を教えた本人か・・・)

ザクラミスとの関係がなければ私も直接話を聞きたかった、

と少し後悔するが過ぎた事は仕方ない。


一通り挨拶が終わると、

「開門!!!!」

この国にきて何度も見た光景。

大きな街門が開くと、一行は北にある『ジョーロン』へ旅立った。

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