砂漠の国 -『羅刹』-


 宴の夜が明け、都市全体がいつもより遅い朝を迎えてる中、

一刀斎は旅支度を済ませると東門から出立する準備をしていた。

そこには王以下国の重臣達、そして孫とその仲間が見送りにきている。

「本当にもう行かれるのですか?まだまだ稽古をつけてもらいたかったのですが・・・」

ウォランサが引きとめようと説得を試みるが

「そろそろあやつのところに行かねば。もうここに1月以上滞在してたしの。

いい加減痺れを切らしておるわ。」

かっかっかと笑いながら王に応え、カズキに目をやると

「腕は上がっておるようじゃがまだまだ精進が足りん。あと女の修行もな。」

「それはやめとく。絶対後悔しそうだし。」

そのやり取りをみて、ほっと胸をなでおろす時雨に一刀斎は熱い視線を送る。

思わず顔を背けヴァッツの後ろに隠れると、

「一刀じいちゃんはもっと時雨に好かれるように頑張って!!」

両手で作った拳を胸の前でぐっと構えて心から応援するヴァッツ。

お互い意味は全然違うのだろうが、

「うむ!!そうじゃな!!わしもまだまだ修行して時雨ちゃんに好かれんとな!!」

そう言うと低い身長ながらもひらりと高さのあるラクダの背に乗り、

「開門!!」

後ろを振り向くことなく、偉大な『剣鬼』は東へ旅立った。


やがて姿が小さくなり街門が閉じられると、

「ところで、皆様はどれくらい滞在される予定ですか?」

王が一同に聞いてきたので、

「次の旅への準備さえ出来ればすぐに旅立つつもりです。」

時雨が代表してそれに答えた。

もともと逃げた先にこの国があっただけで何か目的があって来たわけではない。

あまり長居をすると彼らにも迷惑がかかる可能性もある。そう思って伝えた内容に、

「何でしたらここに定住していただいても構いませんからね?」

にこやかに答えるウォランサ。どうも一行が気に入ったのも含めてかなり本気の発言のようだ。

「ウォランサ様。あまり客人を困らせてはなりません。」

一緒に見送りをしていたマルシェ将軍が困った顔で王を諌めるも

「えー?だってこの国、本当に来客が少ないんだもの!一刀斎様やカズキのような猛者なら大歓迎だよ?!」

初めて会った時の様に興奮気味に話す砂漠の王。

「その分侵略も無くていい国じゃないですか。昨日のあれは・・・まぁ災害みたいなモノですし。」

駄々をこねる子供をあやす様なやりとりを見ていた一行だが

「じじいが一月もいた国だ。俺はすこし街や周囲を見て回りたい。」

カズキが希望を提案し、

「オレはウォランサとマルシェにお願いがあるんだけど・・・」

ヴァッツもそういって2人の傍にかけよってくる。

少し表情が硬くなっているのが気になるが、かなり無理難題を口に出そうとしているのか?


いつもらしくない蒼髪の少年はもじもじした後、

耳打ちして自分の内心をこっそり漏らすと王と将軍は顔を見合わせて、

「そういうことならお願いしようか。」

周囲にはよくわからなかったが王が優しく答え、ヴァッツが笑顔を取り戻したので皆深くは追求しなかった。






 マルシェ将軍は軍を率いて昨日の牛サソリの死骸を処理しに来ていた。 

そこにはヴァッツとクレイスの姿もある。


「オレのせいだから・・・後片付け手伝わせて?」


純粋無垢な彼でも善悪の区別くらいは十分に付く。

何も知らなかったとはいえ騒ぎの原因を作ってしまったヴァッツは謝罪の意味も含めて処理班に参加したのだ。

心意気に感動した王と将軍はそれを快諾し、今に至るのだが・・・


「ねぇクレイス、どう?どこか食べれそうな部分ある?」

そして彼はまだまだ子供だということに気づかされ、苦笑いを浮かべる将軍。

どうやらそれを確かめたくて片付けを希望したらしい。

しかしいくら名前に牛と入っているとはいえ、これを食べようとする発想・・・

うーむ、さすが子供と言ったところだろうか。

他国で言えば調理場にわいて出てくる黒い昆虫を食べようとしているのと同義に近い発想なのだが、

これを第三者的な見解で示すのは価値観を考慮しても不可能だろう。

お互い理解に苦しむというだけで話は進み、

「う、うーん・・・これ、死んでるよね?動かないよね?」

少女のような少年は恐る恐る近づきながら牛サソリの死骸を鑑定している。

「大丈夫だ。昨日叩き割られて一日が経っている。生きているなら自身の巣に帰ってるさ。」

マルシェが優しく助言すると、ほっとした表情で食材になりそうな部分を探すクレイス。

(食べられるのなら我が国でも使うんだが・・・・・)


この牛サソリは色々面倒な習性がある為、

固い殻も使われず、食材などという発想も出ないで今までやってきた。


そもそも南の街道も30年ほど前に『孤高』の1人が、

周辺に巣食っていた牛サソリを絶滅させたから安全を確保出来たのだ。

その時の死骸も全て処分し、今後しばらくこの近辺には現れないだろうと踏んでいた。

なので今回の事件は余計に衝撃が大きかったわけだ。


「このお腹の部分・・・いけるかな・・・?」


思いにふけっていると、クレイスが他に比べて柔らかそうな部分を指し、

「ちょっと待って。」

ヴァッツがそこに手をやり、ばりっと簡単にひっぺがす。

「???」

一瞬私の見間違いか?と瞬きを何度かしたが、かなり大きな牛サソリの腹部の甲殻が彼の手に収まっている。

恐らく一刀斎様が切断した部分と重なっていたのだろう。

「どれどれ・・・うーん・・・」

腹部のみでも相当な大きさだ。

そこにクレイスが顔を近づけて隅々まで細かく観察している為、

彼の上半身が腹部の甲殻にすっぽり収まる形にみえる。


(さっきは大丈夫だと言ったが、本当に大丈夫だろうか?)


本体が動かなくても寄生している生き物が襲い掛かる可能性もある。

真剣になりすぎてどんどん上半身が埋まっていくクレイスに

声をかけようとした時、すっと体を起こし頭が出てくる。

「うーーん。食べられなくはないだろうけど、これを調理するのはちょっと手間がかかるなぁ。」

腕を組み、その労力に見合うかどうかを考えているようだ。

というか本気か?本当に食べる気か?

「どんなふうに?」

ヴァッツは目をキラキラさせてクレイスに尋ねている。

「例えばこの腹部の甲殻を油で揚げる。後は細く切って茹でて柔らかくして・・・柔らかくなるかな?」

将軍は手の込んだ料理など出来ない為、彼が何を言っているのかいまいちわからないが、

「腹部といえど相当硬いはずだ。それを細く切るというのはかなり骨が折れると思うぞ?」

見かねたマルシェが助言を挟む。

「そ、そうですよね。だとすればやっぱり揚げるのが・・・」

クレイスは顎に手をやり調理の完成形を脳内で組み立てているのか。

隣ではわくわくしながらヴァッツがその答えを待っている。


(・・・私の子も、あっという間にこれくらい大きく育つのだろう。)


家に待たせてある息子や妻の事が頭に浮かぶ。

長男はまだ6歳だが自身と同じ将軍職に就くのはやめてほしいと今から願っている。

侵攻など皆無に等しいが、いざとなれば命と体を張らねばならぬ仕事だ。

自分がいつ死ぬかもわからぬ職に自分の子供を継がせたいとは思わない。


(この子らのように、のびのびと純粋に育ってくれれば・・・)


目の前にいる2人の様子を見て自分の息子と重ねていると、

「ねぇマルシェ。ここで料理して食べるだけなら他の牛サソリは街に来ないよね?」

ヴァッツが尋ねてくるのでその凶行を止めるか少し悩んだが、

少年達の冒険心とどんな料理になるのかを見てみたい好奇心から

「ああ。ここは街から離れているしな。同胞が散々やられたんだ。

しばらくは来ないと思うから調理してみるといい。」

「やったー!よし、急いでここら辺を片付けよう!!」

「じゃあ僕は油を持ってくるよ。味はあんまり期待しないでね?」

そう言ってクレイスは準備の為に城に戻っていった。




 (さて、手伝ってくれるとは言っていたが。)


これらの死骸を街から離れた場所に捨てるのが作業内容だ。正直小型でも牛以上の大きさがある。

それらを100匹弱、

荷車に乗せるかラクダで引きずるかして移動させていかなければならない。

一刀斎によって分断されているとはいえ、それをやるには大人でも数人がかりで行う必要がある為、

気持ちは有り難いがやはり少年の出る幕はないだろう。

「ねぇねぇマルシェ。これをどこに運べばいいの?」

先程のやり取りも含め少年らしい少年に微笑みながら、

「ここから南西の方角に持っていく予定だ。

街道近くに残っていると往来する人々が襲われる危険があるからね。」

とりあえず今後の計画を話しておく。

数が数だけに相当な時間がかかるだろう。1日10体ずつ運べたとして10日間。

運搬中に再度襲われないとも限らない為、自分が指揮を執っている訳だが。

「どれくらいの距離?」

詳しく聞いてくるヴァッツに、

「できれば遠くに破棄したいが、まぁ一里(約4km)も運べれば上々だと思っている。」

「本当はどれくらい運びたいの?」

やけに詳しく訪ねてくる。

今のところ作業している衛兵の動きに問題はないので続けて質問に答えるマルシェ。

「そうだなぁ。安全を考えるなら数十里。砂漠との境目近くまで百里(約400㎞)はあるから、

その中間の五十里(約200㎞)辺りに持っていけたら最高の成果と言えるだろうな。」

こういえば少年らしく大げさに驚いてくれるだろうと思っていた。

ヴァッツは何も知らずに一刀斎のお孫様が斬り落とした鋏を持ち帰っただけだ。

そして迷惑をかけたと反省し、こうやって慣れない砂漠に足を運んでいる。

それだけで将軍は十分だと感じる。よくやっている、と。

下手に手を出すと鋏はもちろん脚や尻尾の部分で怪我をしかねない。

何事もなく作業が進んでいるのなら、ここで自分と会話をしているだけでいいではないか。

そういう気持ちから受け答えに応じていたのだが、


「よっし!わかった!!南西に五十里(約200㎞)ね!!」


納得して息巻いているヴァッツを見てまたも笑みが表に出る。

本当に純粋な子だ。

(こんな子が何故このような遠方までやってきたのだろう・・・)

新天地を探しているのか何かに追われているのか?

などと考えていると、ヴァッツが先程腹部の甲殻を外した死骸に近づき、

今度は胸部の硬く大きな部分を片手で触ったかと思えば、


ぶぉぉぉおおおんっ!!!!


牛サソリは大きい。

どれも叩き割られているがそれでも牛かそれ以上に大きい。

そんな大きな死骸が次々に空に向かって飛んでいく。

合わせて砂ぼこりが視界を遮るほどに湧き上がる。


ぶおおぉぶぉおぶぉぉおぶおおぉ・・・・


絶えず風切り音と風圧が周囲を包み、

「な、何だ?!また牛サソリが襲って来たのか?!」

作業していた衛兵も武器を構え、陣形を組み警戒する。


ヴァッツの傍にいたマルシェだけが、その異様な光景を目の当たりにしていた。


あれだけ脅威だった牛サソリの大群。

一刀斎がいなければどれだけの被害が出ていたかわからない。

それらの殆どを叩き割って勝利を収めたのが昨日の話だ。

そして今、

数多の死骸が1人の少年の手によって小石よりも簡単に遠くの空に向かって投げ飛ばされていく。

昨日の一刀斎同様、向かって左に移動しながら散らばっている死骸を

どんどん放り投げ続け、端まで行くと今度は戻りながら残りの死骸を投げていく。


・・・・・


未だに目の前の状況が呑み込めないマルシェ。

質量のある物体を想像できない力で放り投げている為、周囲は絶えず暴風が巻き起こっている。


数分後、一番西にあった最後の死骸を放り投げた後、

汗一つかいていないヴァッツが自分の元に駆け寄ってきて、

「大体言われた通りのとこに捨てたよ。これでいい?」

「・・・・・」

純粋な少年の質問に答えるまで、

彼が全ての死骸を放り投げ終わるより時間がかかってしまった。






 「へぇ~さすがヴァッツだね。」

その出来事をさも当たり前のように受け取るクレイスに唖然とするマルシェ。

最短でも十日はかかるであろう作業が数分で終わった事に衛兵も喜び以前に驚愕を隠せない。

「き、君は一体何者なんだい?」

「一刀斎様のお孫様は君じゃないよね?」

「魔術とかの類なの?」

衛兵が本日の作業終了時に振舞われる予定だった酒を片手にヴァッツを囲んでいた。

今までそのような反応をされなかったため非常に困惑しているヴァッツ。

その横ではクレイスが粛々と腹部を調理し続けていた。

「こらこら。子供相手に騒ぎ過ぎだ。少し落ち着け。」

見かねたマルシェが堰を切ったように群がってきた衛兵達を諫める。

もちろん兵達の気持ちはわかる。自分もそうだ。色々聞きたい。なので、

「1人ずつだ。1人ずつ質問をするように列を作るんだ。そう、そうだ。」

酒も入ってどんどん盛り上がっていく連中を制していく。

自身は指揮官として、そしてその力に興味がある1人として、

ヴァッツの横で仕切る仕事をしつつも、

そのやり取りの一言一句を聞き逃さないようにと全神経を集中させていた。


数十人とのやり取りをまとめていくと、


彼はヴァッツ。

この地では無名だが、東の大陸にある『迷わせの森』からやってきたそうだ。

調理しているクレイスが呪いがかけられたいわく付きの森だと教えてくれた。

そこで祖父と暮らし、ある日クレイスと出会った事で旅が始まった。

クレイスはクレイスで王族だという。

力に関してはひん曲がった木を無理矢理力ずくで伸ばしたという話が印象的だった。


「ふむ・・・元々並外れた腕力の血筋とか、そういう事か?」

質問が途切れた時マルシェがまとめた考えを口に出すが、それにしても桁が違いすぎる。

恐らく一刀斎に投げてもらってもああはならないだろう。


「出来た・・・かな?」

隣で黙々と調理していたクレイスが、

調理前にヴァッツに頼んで食べやすい大きさに割った腹部の甲殻。

それを油でじっくり仕上げた濃いきつね色の料理を木皿に盛り付けて披露する。

「おおーーーー!!何だこれ!?」

食べたいと懇願していたヴァッツはそれを見て大はしゃぎだ。

「僕も魚や芋類でしか作った事ないから何とも言えないんだけど・・・

揚げせんべい、になるのかな?」

作った本人も小首をかしげ、出来上がりはしたものの得体は知れないといった風だ。

「それじゃ、いただきまーす!」

「あっ!」

流石に毒見もなしで大事な客分に得体のしれない食事はまずい!

止めようとしたがすでに彼の口の中でぱりぱりと音をたてている。


周りもそれを見守る中、ごくりと飲み込んだヴァッツは、

「美味しい!!さすがクレイスだね!!」

続いて2枚目、3枚目と食べていく姿に釘付けになる衛兵とマルシェ。

「よかったらどうぞ。」

クレイスが同じ牛サソリの揚げせんべいを盛り付けた木皿をマルシェに渡してきた。

作った本人も片手でぱりぱりと食べて、

「うん。これなら人に出しても大丈夫だよね。」

と、満面の笑みだ。


少年2人が美味しそうに食べている。


あの牛サソリを、だ。


木皿を手にしたマルシェの周りに衛兵が集まってきて、

「どうされますか?」

「だ、誰から食べられます?」

その下手物料理の扱いを小声で相談している。

ふとその少年らに目をやると、一枚目の木皿の揚げせんべいを談笑しながら平らげていた。


(・・・・・即効性の毒はなさそうだ。)


その姿は最初見た時とかわらない。

仲のいい少年2人だ。

それを思い出すと覚悟を決めたマルシェが、木皿にある少し小さめのそれを手に取り勢いよく口に放り込んだ。

一口で中に入ったそれを、力強く、

味わうというより何事もなく胃袋に届きますようにと祈りを込めてかみ砕いていく。

目線も1か所から動かず、無表情で、無言でそれを咀嚼するが、

ふと、飲み込める状態になる寸前、


「・・・うまいな・・・」


口の中に広がった旨味をしっかり認識したマルシェが一言。

その様子をみた衛兵が1人、また1人と手を伸ばし、

国の大敵であったそれを恐る恐る口に運んでいく。

「・・・うまい・・・うまいぞ?」

「・・・これは、酒と合うな?!」

たまたま手にしていた酒のせいもあって衛兵達の気分が青天井で盛り上がりを見せる。

歯止めが利かなくなった集団は数分後、クレイスにおかわり大合唱を歌うのであった。




 重労働であったはずの死骸の運搬も僅かな時間で終わり、

酒に美味いおつまみまで出てきた。衛兵達の高揚はうなぎのぼりで大いに騒いでいる。

(昨日祝勝会があったばかりなのに皆元気だな・・・)

腹部の甲殻を全て調理し終えたクレイスはヴァッツと並んで腰を下ろしその様子を見ていた。

「いや、意外だったよ。まさかこんなに美味しくいただけるとは。」

指揮官のマルシェが少しだけ酔っているのか、上機嫌で話しかけてくる。

「い、いえ。僕にもどんな形で完成するかわからなかったので。

おいしく出来て良かったです。」

硬さと弾力性を感じた腹部の甲殻はどちらの特性を使うかで迷ったが、

弾力性を捨てて出来た揚げせんべいは大好評だった。

「クレイスは旅の食事も全部作ってくれるんだ。美味しいんだよ~?」

友の料理の腕を自慢げに語るヴァッツ。

あまり褒められ慣れていないクレイスは顔を赤く染めて照れている。

「フフ。そうかそうか。楽しそうな旅だな。」

「うん!めっちゃ楽しい!!」

ヴァッツが力を込めて言うとマルシェは更に笑い出した。

そして不意に真顔に戻ると、


「そういえばヴァッツ。

君が持ってきた鋏は南の街道に現れた砂サソリを倒して手に入れたんだよね?」

何か気になったのか、昨日の原因を作ったあの鋏の事を尋ねてきた。

「うん!そうだよ。カズキが仕留めてさ。あれ食べられないかなぁって。」

全てが片付いて後ろめたさがなくなったヴァッツはいつも通り明るく答える。

だが、マルシェはそれを聞いて更に真剣な表情だ。

(あれ?まだ何かやらかしてるのかな??)

隣で2人のやりとりを見ているクレイスは不安に襲われる。

そして少し間が空いてから、


「・・・南の街道周辺にあった牛サソリの巣。

これは昔『羅刹』と呼ばれた方によって全て破壊されたんだ。

以来牛サソリの出現は確認されなかったんだが・・・」

それで難しい顔をしていたのか。

『羅刹』というのがよくわからないけど自分達が原因でない事にまず安堵する。

「『羅刹』って何?」

ヴァッツがあまり聞きなれない言葉に反応すると、

(それは僕も気になるので一緒に聞いておこう。)

質問されてからまた少し考え込む将軍。やがて、

「君達は『孤高』と呼ばれる存在を知っているかい?」

「「『孤高』??」」

またも聞き慣れない言葉に2人揃って首を傾げる。

その様子を見て真剣な表情だったマルシェはそれを崩し、

「ああ。世界にはどこの国にも属さない、1人で並外れた力を持った戦士達がいてね。

私が知る限りでは5人。彼らは『孤高』と呼ばれているんだ。」

「「へー」」

揃って感嘆を口にするとマルシェが話の内容とは裏腹ににこやかにこちらを見ている。

更に話は続き、

「一刀斎様もその1人だ。彼は『剣鬼』と呼ばれている。

後は『剣豪』『羅刹』『魔王』『悪辣』だったかな。

ちなみに一刀斎様は『剣豪』と間違われると非常に機嫌が悪くなる。注意するんだよ?」

それを聞いてふと昨日の出来事を思い出す。

(確かショウがそれを口走って・・・)

「他にもいるかもしれない。地域によって知名度も違うそうだし。

ただ、さっき言った『羅刹』。彼はこの大陸で知らない人間はいない。」

お酒のせいか仕事が思っていた以上に早く終わったせいか、

饒舌になっているマルシェの話は止まらない。


クレイスは面白そうなのでわくわくしながら耳を傾けている。

昔、城にいた頃はそういう話に全く興味が湧かなかったが、

旅をしてカズキやショウ、ヴァッツに出会ってから

そういう英雄的な強さを持つ人間に憧れを持つようになっていった。

世の中には自分の知らない、

自分の想像を遥かに超えた存在がいるということに感動と興奮を覚えるようになったのだ。

(普段から戦いには否定的なヴァッツはこういう話どう思うのだろう?)

様子を見てみると彼も同じくらいわくわくしている。

このまま最後まで聞けそうだ。

「その『羅刹』さん?が巣を無くして街道は平和だったのにまた出来始めてるって事ですか?」

「わからない。だがその可能性はある。調べてみる必要がありそうだ。」

酔ってはいるものの次の施策を考えている。

これが国に仕える者の模範なのだろう。

「巣があったとして、今度はそれをどうやって潰すかが問題か・・・」

彼の脳内ではすでにそこまで計画が進んでいるらしい。

「また『羅刹』に頼めばいいんじゃないの?」

もっともな意見だ。クレイスもこくこくと頷いて同調する。

「いや。実はここ10年以上彼の姿も話も聞かなくなってね。

噂では亡くなったとか、隠居されたとか言われているんだ。」

亡くなる・・・更に強い相手に殺されたか。

寿命とかも考えられる・・・毒とかも抵抗するのは難しいか??

謎に包まれた『孤高』と崇められる存在の1人『羅刹』

どんな人なんだろう??

「『羅刹』っていう人?名前は何ていうの?」

マルシェの話しぶりではかなりの猛者、そして尊敬される存在のようだ。

会ってみたいな・・・心の中でそう願うクレイス。

「・・・彼の名はスラヴォフィル。かつてこの大陸と海を支配した男だよ。」

「ん?それじいちゃんの名前と同じだ。」




 思わぬ返しにマルシェとクレイスは動きを止める。

「・・・・・そうなの?」

「うん。じいちゃんスラヴォフィル=ダム=ヴラウセッツァーって言うんだ。」

「な!?!?!?!?!」

将軍が激しく動揺する。これは・・・

「それは正しく『羅刹』のお名前!!!じゃあ君は・・・スラヴォフィル様のお孫様、という事なのか??」

「『羅刹』かどうかはわかんないけどじいちゃんの孫だよ?」

それを聞いて両手を胸に当て天を仰ぐマルシェ。

神へ感謝の祈りを奉げるほど感動しているらしい。

初めて会った時から只者ではないと思ってはいたが、

そんな凄い人がヴァッツのお祖父さんだったのかと改めて思い返す。

ならばシャリーゼの女王と友人だったり、

旅費が尽きなかったり、優秀な従者が沢山いたりするのは合点がいく。

「でもじいちゃんに『羅刹』っていう話は聞いたことが無いな。なんでだろ?」

そう言われて、もしかして同姓同名の別人?かと思ったが、

「・・・恐らくヴァッツ様には知られたくない事情があったのでしょう。」

敬称を付け言葉遣いが敬語に変わるマルシェ。

1人で牛サソリの死骸を五十里(約200km)放り投げ続けたのを目の当たりにしている為、

疑う余地がないと判断したのだろう。

それくらいこの大陸では有名で高名な人物らしい。

(そんな人物とわかっていればもっとお話を聞かせてもらっていたのに)

と今のクレイスは思う。しかし・・・


何も知らずに国と父を奪われ、抗う術なく亡命の旅が始まったあの日。


ただ怖くて悲しかった。

今のように心や頭の整理も出来ておらず、

剣を握ることはおろかそれ自体に興味がなかったあの頃。

もちろん強者の存在なども知らず、憧れを抱くなど有り得ない事だった。

もし彼が『羅刹』だとわかっていたとしても、あの時の自分は何も感じなかったのではないだろうか。


でも今ならどうだろう?


何も手にしていなかった。何もかも失った。

あのままだったら気が狂っていたかもしれない。

そんな恐怖と悲哀に塗れたこの身を旅と仲間が取り払っていってくれた。

苦い記憶をはるかに上回る経験と思い出を手に入れる事が出来たのは

間違いなく亡命の旅を提案してくれた彼のお陰だといっていい。

会いたい・・・会ってまたお礼を言いたい。

旅立ちの日とは別の意味で。




 「ねぇ。じいちゃんってここでどんなことしてたの?」

自分の知らない祖父の話を聞きたがるヴァッツにマルシェが少し困った様子で、

「そうですね・・・私ごときがどこまでお話してよいものやら・・・」

何を何処まで話していいものか悩み始める将軍。

一緒に暮らしていたのに自身の過去を全く話さなかったのだ。

ここで彼がヴァッツにいらぬ事を吹き込むのは確かによろしくないと思える。

しかし、

「あ、あの。僕も何か、聞きたいです。」

思わず声に出てしまう願望。

「君も?」

少し驚かれはしたがここまで来たら後には引けない。

「はい!僕もヴァッツのお祖父さん、スラヴォフィル様には大変お世話になったので!

あの方の事を少しでも知りたいです!」

感情が昂ぶり思わず声も強くなる。

孫とその友人から『羅刹』について知りたいと迫られる将軍。

遂には観念したように、

「では、この国での出来事だけ、お話しましょう。」

そういって『羅刹』の『フォンディーナ』での活躍をいくつか話してくれた。


まずは何度か出ている南の街道に巣食っていた牛サソリの話。

30年前はユリアン公国もそれほど宗教色が強くなく、

普通の市民が両国を行き来するのによく使われていたそうだ。

「あの、やっぱり今の『ユリアン公国』って、ちょっと問題があるんですか?」

話が逸れるのを覚悟でクレイスは質問する。

石像から人に変化したり少年少女を囲っていたりと、

あの男自身に相当な問題があったが信者達から危害を加えられることはなかった。

最初の騎士団を除いては。その辺りはどうなんだろう?

「私も当時はまだ子供だったからね。あまりよく覚えてはいないんだけど、そうだね・・・

それこそ『羅刹』様の姿を見なくなった頃からおかしくなっていった感じだと思う。」

10年ほど前から子供が攫われる事件が頻発、

更に入国審査が強化されるとお互いの交流が激減したそうだ。

「30年前、まだお若かった『羅刹』様が大斧で牛サソリを全て叩き潰し、

巣を破壊、死骸を西に運んで投棄することで街道の安全を確保したんだ。」

話を戻し、スラヴォフィルの活躍を物語のように言って聞かせるマルシェ。

「なので別に好き好んで戦いに身を投じていた訳ではない、と思います。

あの方は困っている人を助けるために己の武を振るわれていたので。」

ヴァッツとスラヴォフィルの関係にも配慮して『羅刹』という人物の補足も入れている。


「他にはないの?」

自分の知らない祖父の話をもっと聞きたいと催促してくる。

口を滑らせすぎないよう注意しながら将軍は

「全国を渡り歩いておられましたからね。後は前国王との立ち合い時に

片手のみで戦い圧勝されたとか・・・これはウォランサ様にはご内密で。」

王家が絡むのであまり口外されたくないようだ。しかし

「うーん・・・じいちゃんさ。

傷つけちゃうから人とは戦うなっていつも言ってたんだよね・・・」

寂しそうにするヴァッツに思わずクレイスまで罪悪感に襲われる。

「そ、そこは問題ありません!実際『羅刹』様が前国王と立ち会われた時、

いつもの大斧を使わず、素手で圧巻されて終わりましたので!!」

慌てて話の結末を教えるマルシェ。

「そうなんだ・・・」

それでもヴァッツの顔は晴れない。

元気のなくなった彼をみて、話すべきではなかったか、と後悔する将軍。

沈んだ空気と2人を見て居たたまれなくなるクレイス。


周囲はまだ酒が残っているのか、にぎわう声が届く。


少し経った時、不意にマルシェが口を開き、

「ヴァッツ様。戦いとは人を傷つけ、自身も傷つく。これが本質で間違いありません。

ですがそれでも尚、人は戦わねばならぬ時があるのです。」

戦う事を良しとしない教えを受けていたヴァッツに彼は優しく諭していく。

「そうなの?何で?」

素直な彼は率直に感じた疑問を返してきた。

それを予想していたのかマルシェは更に優しく、

「それはご自身の目と耳で確かめられてはどうでしょう?」


疑問系で返され、一緒に聞いていたクレイスも目を丸くしてマルシェを見ていた。

「どういうこと?」

わからない事はすぐに聞き返すヴァッツ。ここでも答えがすぐに用意されていて、

「先ほども申し上げましたが、『羅刹』スラヴォフィル様はこの大陸で

知らない者がおらぬ程高名な方です。ヴァッツ様は旅をされているということなので、

よろしければお祖父様の足跡を辿られてみてはどうでしょう?」

それは非常に名案である。

シャリーゼを出てからヴァッツの希望通りの旅を続けていたが大きな目的らしいものはなかった。

ならば、

「いいね!僕も是非知りたい!そうしようよヴァッツ!」

クレイスは大いに賛成し、ヴァッツに同意を求めたものの元気な返事が返ってこない。

「うん・・・でも、ちょっと怖いな・・・」

いつもと全く違う様子のヴァッツに、1人ではしゃいでしまった事をクレイスは後悔する。

今まで接してきた親しい人物の裏の顔、

それが表と一致していれば問題ないが、そこは受け取り手の感受性にも左右される部分だ。

あらゆる面で無敵だと思っていたヴァッツが今、初めて恐怖を感じている。

「ヴァッツ様、スラヴォフィル様は良いお祖父様でしたか?」

2人の少年の心情を読み取ったマルシェが優しく問いかけてきた。

「え?うん・・・ちょっと厳しかったけど、好きだよ。じいちゃん。」

「でしたら大丈夫です。ヴァッツ様が思っている以上の方ですから。」

自信を持って断言する将軍の笑顔は屈託のないものだ。


「うん・・・うん!じゃあちょっとじいちゃんの事、聞いて回ってみよう!」

いつもの調子と笑顔を取り戻したヴァッツ。

その様子を見てクレイスもほっと胸をなでおろした。

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