ユリアン教の影 -船旅-

 ユリアン教聖騎士団の一件からクンシェオルトはあまりしゃべらなくなった。

元々馬車が別なので、ヴァッツが一緒に乗っている時以外は食事時くらいしか皆と合流しないのもあるが。


馬車内で頬杖をついて外をぼんやり眺めている彼に、

「クンシェオルト様、元気がないわね?」

向かいに座っているハルカが足をぷらぷらさせて尋ねてくる。

「これハルカ。足をばたばたさせない。」

子供に諭すように言うクンシェオルト。だが心はどこか別の場所にあるようだ。

「あいつの『力』が怖くなったんでしょ!?わかるわ~

だから間違ってもあいつにすがるなんて金輪際言わないでね?!」

彼の注意を全く聞き入れず、むしろ指を突き付けて逆に釘を刺すような発言をしてくる彼女に、

「・・・やれやれ。せめて膝をくっつけて座るようにしないと将来恥ずかしい目に合うぞ。」

完全に父親か兄のような目線で再度ハルカに注意を促す。


謎の多かったヴァッツの底知れぬ力。


それが村での事件と夕食時で明らかになった。

本当はもっと根掘り葉掘り質問を重ねていきたかったが、さすがにそれをやると心象が悪くなる。

周囲も思う所は沢山あっただろうし、

時間や労力を考えてると1人がそう何度も質問することは憚られた。

【ヴァッツに勝てる者など存在しない。】

『ヤミヲ』と呼ばれる者は確かにそう言った。

話していた感じだと彼が嘘や虚勢を張る事は考えにくい。

彼自身ですらクンシェオルトやカーチフですら勝てない存在。

そこに『闇を統べる者』という破格の力が加わるとなるとまさに鬼に金棒だ。


いよいよ自身の野望を叶えてくれる相手が見つかった。


しかしそうなると『ネ=ウィン』という母国を捨てなければならないだろう。

それを考えると少しだけ寂しさが生まれてくる。

(メイは理解してくれるだろうか・・・)

ふと目の前に妹の友人がいた事を思い出し、


「なぁハルカ。もし、お前の生業としている暗殺を禁止されたら、お前はどうする?」


相変わらず頬杖をついたまま彼はハルカに質問を投げかける。

「うん?うーん・・・禁止した人間を殺しに行くわね。」

裏家業ではかなり高名な暗闇夜天族の頭領といえどまだ8歳の少女だ。

腕は立っても思考に深慮が足りていない答えが返ってくる。なので、

「ふむ・・・ではこう聞こう。暗殺が必要のない世界になったら。お前はどう生きていく?」

「うん???暗殺が必要ない世界???・・・それって私に暗殺を禁止するのとどう違うの?」

大きく首をかしげ尋ね返すハルカに、

「人を殺さなくても生きていける世界だ。もしそんな世界になれば、お前は何をして生きていきたい?」

再び優しく問いかける。

「ううーーーん?????」

大きく首を傾げ腕を組んで考え始めるハルカ。驚くほど長い熟考の後、

「・・・・・それって、私に嫁ぎなさいって言ってるの?」

全く予想していない答えに長く頬杖をついていた姿勢を崩し、ハルカに目をやる。

見れば顔を紅潮し、普段は見れない様子でもじもじさせていた。

「なるほど・・・女の子らしい答えだ。嫁ぎたい相手でもいるのか?」

「!?・・・クンシェオルト様からの遠まわしな告白じゃないの?」

「・・・フフッ。なるほどなるほど。そう受け取ってしまったのか。」

あまりに自分の世界に浸っていて会話に気を配りきれなかった自分の発言が大いに曲解を生んだらしい。

静かな笑い声が続く中、

「・・・ちょっと?違うの??私の勘違い??すごく恥ずかしいんだけど!?」

さらに紅潮したハルカが眉を隆々とつり立たせて睨んでくる。

「ははは。いやすまん。もし嫁ぐのならヴァッツ様の元に行くといい。」

「はぁ!?!?!私があいつをどれだけ避けてるかわからないの!?!?」

恥ずかしさから怒りの紅潮に変貌した彼女をみて彼は冷静に言う。

「だが、ヴァッツ様の下にいればお前は間違いなく幸せになれるぞ。

何せ誰も殺さずに、誰からも殺されずに、一切の争い無く暮らせるのだから。」

「何それ!?すっごくつまらない!!」

言い切るとハルカは馬車の外に飛び出てガゼルのいる御者席に移動すると愚痴を聞かせ始めた。


「つまらない・・・か。」


戦闘国家の将軍らしからぬ発言に、彼自身が戸惑いつつ言葉を漏らしていた。






 「うん?えらい腰が引けてるな。」

日課の素振りから立ち合い稽古までを見ていたカズキが疑問に思い、それを止める。

既に骨折はほぼ治っていたが、

ルルーに治癒を受けるまで付きっきりだった癖がそのまま残ってしまったらしい。

「そ、そう?」

「ああ。何かあったか?」

何か・・・思い当たる事は1つしかない。

「えっと・・・

あの村で騎士の攻撃を防げなくて、一刀で剣を弾き飛ばされて、死にそうになった・・・かな。」

話題がヴァッツの力で持ちきりとなり更に復興の手伝いもしていて忘れていたが、

彼がいなければ本当にそうなっていただろう。

「ふむ・・・お前、中々運がいいな。」

「ええ!?どこが?!」

時々訳のわからないことを口走るのは知っているが、時にその想像を軽く超えてくる。

死にかけたと言っているのに運が良い?死ななかったから??

「いや、お前さ。修行初めてまだ2週間そこらだろ?それでもう実践経験積めるなんて、

そうそうないと思うぞ。しかも死んでない。いやー羨ましいわ。」

「う、うーん・・・」

羨ましいそうだが、こちらからするとその発言が恨めしい。

釈然としない表情をしていると、

「遅かれ早かれ、実践てのは避けては通れない道だからな。

お前は今、その恐怖っていう1つの山に遭遇したわけだ。」

「恐怖・・・うん・・・そうだね。怖いと言うか、焦ったというか。うん。」

その時はむしろ諦めた感じ、本当に頭の中が真っ白になり、どうにかしようなどとも思えなかった。

思い返せば生き残ったからこそ恐怖が心に芽生えたのかもしれない。

「だったらその山を越えろ。そうすればお前は今よりもっと強くなれる。

修行ってのはそういうもんだ。」

同い年なのに達観した発言をしてくるカズキ。ふと気になり、

「カズキも恐怖とかあったの?」

「もちろんだ。俺は3つの時から棒を振らされ、5つになったら山に放り出されてたんだぜ?」

「うわぁ・・・よく生きてたね。」

「ああ、全くだ。それから今までいっぱい山を超えてきた。例えば最初の恐怖なんかは・・・」

と、饒舌に自身の体験談を語ろうとして、

「・・・いや、やめとこう。お前が自力でそれを超えたら教えてやるよ。」

「え?!今教えてくれたら僕それを実践するよ?」

「それじゃあ意味が無い。この山っていうのは人によって大きさも感じ方も違う、らしいんだ。

だからお前がお前のやり方を探して超えないと駄目なんだ。って俺のじじいが言ってた。」

「へ、へー。」

話に出てくるカズキのお祖父さん。

5歳で山に放り出すくらいだから、鬼のような厳しい人なのだろう。

そんな祖父に育てられた結果カズキのような傍若無人の鬼が誕生した訳だ。

「ま、そこはお前に任せるから。焦る必要はない。時間はあるんだろ?」

軽い口調で非常に難しく重い課題を与えた後、

クレイスの肩をばんばんと叩くと、いつもの火熾しの作業に戻っていった。






 聖騎士団の襲撃から三日後、一行は港町『シアヌーク』が見える所までやってきた。

「おおーーーーー!!!これが海か!!!」

同時に左手の視界が大きく開け、真っ青な海が目に飛び込んでくる。

内陸地域の木こりで生計を立てていたヴァッツは初めて見る海に大興奮の様子だ。

「本当に大きいねぇ!本で読んだことはあったけどここまで大きいなんて・・・」

同じく初めて目の当たりにした海に、彼に負けないくらい大いに感動しているクレイスは

馬車から並んで顔を出して海を眺めていた。

「見てるだけだといいんだがなぁ・・・波がなぁ」

2人とは対照にカズキは海を知っているらしく、

それを眺めるどころか背を向けて苦々しい表情をしている。

「波?波って何だ?」

「あー。えーっとな。めちゃくちゃ船を揺らすやつだ。」

「船?」

「そうか、船も知らないのか。港町だしいっぱい泊まってるだろ。見に行くか?」

知識と小舟程度ならクレイスも知っているが、

これだけ広大な海という場所で浮かべる船はいったいどれほど大きなものなのだろう。

荷台での会話で察した時雨は無言で馬車を側道に入れ、砂浜近くの平地に止めた。


馬車から降りた一行はヴァッツの疑問を解くために

砂浜を歩いて波打ち際まで近づくと時雨が指をさして答えた。

「あの揺れて白い泡が立っているのが波です。」

「おおーーー!!・・・何だ?変な匂いする??」

馬車から飛び降りたヴァッツが波を眺めながら鼻をひくひくさせる。

「これは・・・塩の匂い?」

料理でよく使っている匂いに釣られてクレイスも降りてくんくんしている。

「ほー。海から塩が獲れるってのは本当だったのか。」

ガゼルも海を見るのは初めてだったようで腕を組み感心しながら見渡している。

「よければ海の水をちょっとだけ飲んでみて下さい。」

今までほとんどしゃべらなかったショウが少し悪い笑顔になってそう促した。

特に何も思わない3人に今まで黙ってそわそわしていたハルカも加わり、

手ですくいあげるとそれぞれが海水を口に入れる。

「!?何これ!?しょっぱ!!!」

「げほっ!!げほっ!!ちょっと?!」

「うあぁぁ・・・これは塩効きすぎ・・・」

「ばはぁぁ~・・・酒飲みたくなってきた。」

それぞれの反応に声を殺して笑うショウと笑いを堪えている時雨にクンシェオルト。


しばらく海を堪能した一行は港に向かうと、

「おおーーーーー!!!これが船か!!!」

港に停泊している大小様々な船を見てヴァッツはまたも興奮する。

「いろんな船があるんだねぇ!なんでこんなに大きさが違うんだろ・・・」

クレイスも想像以上の大きな船を見て目を輝かせている。

「家よりでかいのか・・・造るのにどんだけかかるんだ?」

すっかり観光気分なガゼルも並んで見上げていると、

「大きいものだと半年以上はかかりますよ。規模と用途にもよりますが。」

先ほどと同じ流れでショウが答える。そして

「ああ、大きい船ほど波の干渉を受けにくくなるので、

揺れに弱い方はなるべく大きな船に乗ることをお勧めします。」

馬車内での会話でそういう人間がいるのを悟ったのだろう。

「ほほう!?それなら俺も・・・」

恐らく当事者であるカズキは大きな船に目をやり何度かうなずいた。


しばらく海と港の船を堪能した後、

「では。そろそろ宿に向かいましょう。次の目的地までの補給を分担でお願いすることになると思います。」

時雨が今夜までの予定を皆に伝える。それを聞いて一同が馬車に乗り込もうとした時、

「ねぇ時雨。オレ、船に乗ってみたいんだけど・・・」

珍しく遠慮気味にヴァッツが希望を口に出した。


「わかりました。ではここからは船で参りましょう。」

一切の迷い無く即答する時雨に周囲の動きが一瞬止まる。

だがこれはヴァッツの希望に沿った旅で時雨は従者だ。断る理由は何も無い。

一度宿に入り、宿泊の手続きを済ませるとその足で船の手配をしに出掛けていった。






 「楽しみだな~。どんなんだろ?」

宿の中に入って大卓を囲んだヴァッツはその話ばかりだ。

「どんな船に乗るんだろうね。大きい方がいいんだっけ?」

クレイスも湖にある小舟なら乗った事がある。

なのでここは是非大きな船に乗りたいものだ。

そのあたりの手続きは時雨まかせだが、彼女は非常に意図を汲むのに長けている。

恐らく全員の希望に沿うものを手配してくれるだろう。

「乗るのはいいけどどこに行くんだ?」

すっかり山賊らしさの抜けた自称ヴァッツの旅仲間は早々に酒を注文し、それを一気に流し込んでいた。

「『シアヌーク』からの航路は南北と西の方向に取れるでしょう。しかし、

北はすぐに『リングストン』領になります。出来れば避けて頂きたいのですが。」

同盟国といえどやはり『シャリーゼ』の人間からしても

苛烈な政策を布いている独裁国家には好んで足を入れたがらないのか。

そんな隣国を持ちながらも大した衝突がなく暮らせていたのは、

はやり父王の影響が大きかったのだろうとこの時になって改めて感じたクレイス。

「時雨様の事です。危険な航路を選ばれる事はないでしょう。」

同じ席に静かに座っていたクンシェオルトがそう締めると、

「は~明日が楽しみだな~。」

またヴァッツが目を輝かせながら募る期待を口にしていた。






 ヴァッツの傍にいたくないという理由が主だったが、

同じくらいの理由として同郷の時雨とも仲良くなりたい。

そんな願いを持ったハルカは、船を手配しに出ていった時雨についてきていた。

「ねぇ時雨。ここから船にのってどこに向かうつもりなの?」

戦いの時とはうって変わってとても気軽に話しかけてくるので、

「そうですね。北は論外として。南もただ戻るだけですし。

・・・思い切って西の大陸まで行ってみましょうか。」

時雨もまた気負いせず、友人のように答える。

もちろんリリーが気に入っているというものあるが、

村での死霊化した騎士達との戦いで彼女には大いに助けられたのだ。

(あらゆる意味で素直な子ですね。)

それで全てを水に流してもよかったが敵対している勢力側ということもあり、

最後の一歩だけは距離を開けて接している。

「時雨は『リングストン』って行ったことある?」

何気ない質問に、

「私はありませんね。リリー達も毛嫌いしていますし。」

何気なく友人の名前を出して答えた。すると、

「お姉さま達を苦しめたのって『リングストン』なんでしょ?何か報復を考えたりしないの?」

ルルーは天真爛漫っぷりがヴァッツに似ているので、時々予期せぬ行動に移る時がある。

が、まさかハルカに自分達の過去まで話してるとは思っていなかった。

「・・・・・ルーから聞いたのですか?」

「ええ。私達は姉妹の契りを交わしたの!だから全部教えてもらったわ!

貴方の主とやらが動かないのなら私が一族を上げて内部から消し去ろうと思うんだけど。」

その素直さが峻烈な方に振り切った発言だ。

そこまでリリー達を気に入っているのだと悟った時雨は気持ち空けていた一歩を踏み出すと、

「なりません。あの国にはすでにいくつもの工作を仕掛けているのです。

貴方が下手な横槍を入れる事でそれが瓦解したら目も当てられません。」

「えっ?!そうなの?!」

極秘に近い情報をつい漏らしてしまい、思わずハルカから目を背ける。

(・・・これでは忍び失格だな)

リリーを強く攻めることが出来なくなってしまった事に心の中で苦笑していると、

「じゃあ私にも手伝わせてよ!姉妹の雪辱は果たさないと!!」

鼻息を荒くして詰め寄ってくるハルカ。

初対面は最悪だったにも関わらず、いつの間にか心の距離をどんどん詰めてくる。

そこでふと思った。

「貴方は少しヴァッツ様に似てますね。」

「ええええええええええ?!ちょっと?!冗談でもそういう事言わないで!!!」

同族嫌悪という訳ではなく、

強烈な力の差を見せつけられた記憶が激しい拒絶となって現れるのだろう。

つい口を滑らせた事に反省はするものの笑みを浮かべて、

「まぁ貴方がネ=ウィンから離れて、ヴァッツ様への嫌悪感が無くなった時には

何かお願い出来ると思います。頑張って下さいね?」

暗にハルカへの願いを込めてそう伝える。

「うーーー・・・時雨ってちょっと意地悪よね?」

可愛く拗ねる様子に、思わず表情が崩れそうになるのを慌てて隠し、

「すみません。そういう方が近くにいたものですから少し影響されているようです。」

何とか気合でいつものすまし顔に戻した時雨はそう弁明してから港の案内所に入っていった。






 宿でゆっくり体を休めた次の日、時雨は2台の馬車と一行全てが乗れる船まで案内する。

ただし馬はこの街で売って行くこととなった。餌や糞などの世話がかかりすぎるためだ。

非常に大きな帆が特徴的な船に乗り込むとヴァッツとクレイスは船内をはしゃぎながら探索する。

船長や船員は少しガラが悪いように見えたが船乗りとはそういうものらしい。

容姿とは裏腹に非常によく対応してくれた。

「へへ。かなりの金をつまれたからな。それに子供は遊ぶのが仕事だろ?」

なんとなくガゼルが船員に聞いてみたらそんな答えが返ってきた。

たしかに質素な馬車での旅ではあるが、あのじじいは相当名のある戦士のはずだ。

金銭の工面などは問題ないのだろう。

ふとじじいのことを思い出し、今の状況をどう説明すべきか頭をよぎる。

(初対面が最悪だったからなぁ。ヴァッツがうまく説明してくれればいいんだが。

でも、それはそれで大人の面目ってものがなぁ・・・。)

少し悩んだが答えが出ないとわかるや否やすぐに酒のある食堂まで足を運んだ。




 「ところでこの船はどこまで?」

出航してからショウが時雨に目的地を尋ねた。

すべて彼女任せだったので一緒に行動していたハルカ以外は誰も知らない状態だ。

「一番近い目的地である『レナク』という場所まで運んでもらいます。」

「「『レナク』?」」

その場所を知っているであろう2人が声をそろえて聞き返す。

「はい。ご存知ですか?」

「ええ、まぁ。私も行った事はないのですが。」

「ふむ・・・この旅は本当に飽きが来ないですね。『レナク』ですか。楽しみです。」

ショウは少し困惑し、クンシェオルトは笑顔で時雨に答える。

「はぁ・・・」

2人の反応からして何かありそうな予感はしたが船旅というのは過酷なものだ。

その中でしっかりとした中継点があり、かつ一番安全な航路だと言われたので、

時雨もそれらを信じて手配したのだがその目的地の情報までは気にしていなかった。

(大丈夫だろうか・・・)

船が出港してから嫌な予感が生まれてしまったが、

己の命の恩人にして主の孫である少年がとても楽しい様子なので後の事は後の自分に任せよう、

と深く考えるのを止めた。




 出航から数時間。

そろそろ陸が見えなくなっていく頃ガゼルは酒瓶を片手に船内をうろついていた。そこに、

「・・・大丈夫か?」

普段のふてぶてしい態度はどこへいったのか。

甲板にある日陰の下で船酔いでつぶれているカズキの姿が目に入った。

「・・・いざとなれば刀を振れるくらいは大丈夫だ。」

まだ余裕がある答えに思わず軽く笑い声が出る。

「しかしお前が船に弱いとはなぁ。ちょっと日の光が熱いがそんなに船酔いってきついのか?」

「・・・きつい・・・」

その様子をみてあまり話を振るのも可愛そうだと思い、ガゼルは押し黙る。

しばらくすると一番大きな帆柱あたりから歓声が上がった。

どうやらヴァッツが1人で帆を張る綱を引っ張りあげたようだ。

「あいつは元気だなぁ・・・」

カズキがうらめしそうに力なくつぶやいていた。




 「いやーー!すごいなボウズ!!あれは10人以上じゃないと普通はあげられないんだぜ?」

その晩の食事時に船員たちがヴァッツを囲って騒いでいた。さらに、

「いやーー!すごいなお前!!この料理の腕があればいい嫁になれるぞ?」

ヴァッツの隣に座っているクレイスにも祝杯が掲げられる。

「い、いや、その、僕、男です・・・」

ヴァッツの働きを見たクレイスは自分も何かしたいと思い、夕飯の支度を買って出たのだ。

騒がしさに圧倒されて言い訳がかき消される中、

クンシェオルトはその様子を遠目で見て思いにふけっていた。

「何を考えていらっしゃるんです?」

いつの間にか隣に座っていたショウが話しかけてくる。ここの所ショウは彼に近づくことが多い。

それは彼自身の任務に関わる事でもあるが、やはり『ネ=ウィン』の国としての動向も気がかりなようだ。

「・・・ヴァッツ様は素晴らしい。と思っていた。」

普段の丁寧な言葉使いが消え、感嘆するような言葉が返ってくる。

「そのヴァッツを『ネ=ウィン』へ引き抜く算段はつきましたか?」

「・・・・・いや、私はそれを望まない。」

さりげないやり取りを両隣で聞いていたハルカと時雨が目を丸くする。

「では何故まだ一緒に旅を?」

「・・・何故だろうな。」

クンシェオルトが誰に言うわけでもなく呟く。

ショウには見向きもせず、船員たちと騒いでいるヴァッツに羨望の眼差しを向け静かに微笑む。

「きっとクンシェオルト様には奥の手があるのよ!!だから一緒についていってるの!!でしょ?!」

思わずハルカが口を出してくるが

「ヴァッツ様が他国に仕える事はありません。諦めてください。」

時雨も応戦する。

お互いここは譲れないのか、女の子2人がにらみ合っている中

「・・・そうだな。彼は何物にも縛られずに生きてもらいたい。」

またもつぶやくように本音がもれてきて、一同は目を見合すのだった。






 『シアヌーク』を出航してから5日ほどして、細い煙の上がる小さな島が見えてきた。

多少の建物と簡易ながら停泊出来そうな港も確認出来る。


ここが中継点の1つ目になる島だ。

まず第一に水、それから食料の確保、更に次の船の為の補給を準備と

この島で3日ほど費やすことになる。

海上は食料が傷みやすい。水も然りだ。

魚も肉も燻製にし、野菜も出来るだけ保存のきく状態にして船に積む。


「ふあ~~~~・・・・・地面って素晴らしいな・・・・・」

陸に上がったカズキはその場で大の字にうつ伏せになると地面に頬ずりし出した。

その横にふらふらになりながら船から降りてきたガゼルも倒れこむ。

「がー・・・ずずず・・・がー・・・」

こちらは酒の飲みすぎで寝ているだけだった。

「ちょっと。2人ともこんな所に横になっちゃ邪魔でしょ。」

クレイスがそう言いながらも遠慮なく中年を踏みつけて陸に上がると、

何故かふらつき真っ直ぐ歩けない。

「気を付けろよボウズ。陸に上がった瞬間ってのは船乗りでもふらつくんだ。」

船員が笑いながら荷物を担いでどんどん降りてくる。

一行も寝泊りの出来る建物に案内され、5日振りに揺れの無い場所で体を休めた。


3日中継の島で休み、補給を終えるとまた5日かけて次の中継の島へ。


それを3回ほど繰り返し、西に向かうこと約1月。

ヴァッツ達を乗せた船は目的の港街『レナク』へ到着する。

道中はカズキとガゼルが理由は違えど全く動けなかったので、

クレイスは時雨に立ち合い稽古をつけてもらった。

こういった普段とは違う出来事があったのも旅の醍醐味だろう。

大きな事故もなく無事に入港できた事にまずは感謝である。


「あれぇ?まーだ地面が揺れてやがるなぁ・・・」

ずっと酒を飲んでいたガゼルはもはや船とは関係なく揺れを感じるらしい。

千鳥足かつ蛇行しながら船から降りてくるので、

「この男は本当に・・・ん?これを今簀巻きにして海に投げ込めば処刑出来るのでは・・・」

ショウがあまりにもひどいガゼルの様子を見て、恐ろしい事を口走っている。

カズキはいの一番に船から降りて、大の字で横になるのが習慣のようになっていた。

最後にヴァッツが自身の馬車を腰に結んで引っ張りながら、

クンシェオルトの馬車も持ち上げつつ船から出てくる。

「おーーー!!ここが『レナク』かぁ~~」

感嘆の声を上げてあたりをきょろきょろとする。隣にいるクレイスも

「さすがに海を渡ると何か雰囲気が違うね。・・・あれなに?」

港からも見える正面にある大きな石壁をみて指差す。

「あれは国境線ですね。港は中立の場所なので規制はそれほどありませんが、

あの向こうは我々もよく知らない異国の地、というわけです。」

後ろからクンシェオルトが説明してくれる。

「そうなんだ。ありがとう将軍。」

「いえいえ。」

クンシェオルトは笑顔でクレイスに接してくれるが、相変わらず彼の顔すら見れない。

時々こうやって会話が発生するも名前で呼ぼうとすら思わなかった。

直接的な敵対勢力なので今ではガゼルよりも接したくない相手となっている。

「なんていう国なんだ?」

ヴァッツが尋ねると将軍は少し歪んだ感じの笑みを浮かべて、

「『ユリアン』公国、と言います。」

「・・・・・えっ!?」

さすがに驚いてクンシェオルトの方を向いてしまうクレイス。

「『ユリアン』・・・何かどっかで聞いたことあるな?」

「何言ってるの?!僕達を襲ってきた騎士団の国だよ!?」

「ええ。そうです。いやー楽しみですねぇ。どんな歓迎が待っているのでしょう。」

将軍はいたずらを楽しむ子供のような表情でわくわく感を隠そうともしない。

対してクレイスは自身に恐怖を植え付けられた苦い記憶しかない。


(・・・今すぐ引き返そうって言ったらダメかな?)


船旅が1月近くかかった為、その間に自身の修行も出来るだけこなしてきたつもりだ。

特に時雨は剣閃を読む力にとても秀でているようで、

こちらが木刀を少しでも動かせば、打ち込みたい所にもう受ける構えで待っているのだ。

あまりにも不思議で色々話を聞いたけど、全身を捉える様に見るとか、視線を見るとか、

クレイスにはまだ早いという事しかわからなかった。


「さて。『シャリーゼ』に土足で踏み込んだ国と騎士団に、返礼品を持っていかねばなりませんね。」

ショウはすでに髪を揺らして闘志をむき出しにしている。

横になっていたカズキもむくりと起き上がり、

「そういうことだったのか。しばらく体を動かしてなかったからなぁ。

勘を取り戻す為に数十体は斬り伏せないとな。」

こちらも目力が戻ってきて危険なやる気を見せている。


「い、いや・・・海を渡ってきて敵対したら逃げる場所・・・ないよね?」

思わず本音と弱音がこぼれるが、

「なぁ~に。ヴァッツがいるんだぁなんとかなるだるぉぅ~」

酔っ払いは舌も頭も回っていない楽観的な答えを返してくる。

(これは本当に簀巻きにしていいかもしれない。)

諦めと好奇心と闘志が混ざり合う一行はその大きな石壁の関所を通り、

『ユリアン教』の国へ足を踏み入れた。

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