第六幕 015話 渡海の騎士たち
「さすが
「海に落ちた時はどうなるかと思いましたよ!」
喝采。
光河騎士団の旗の下、若い英雄の名を高らかに故郷に響かせる喝采。
カルレド・ガルドーバ。二十九歳。
光河騎士団所属の若き英雄。
かつてエトセン近郊に住み、冒険者をやっていた男だった。
近隣で英雄と呼ばれていたのは、古くはミルガーハ家出身の女拳闘士ゾーイ。
彼女が引退後に頭角を現したビムベルク。
そのビムベルクがエトセン騎士団に入団した後、名を挙げたのがカルレド・ガルドーバだった。
いなくなれば後が出てくる。不思議なものだが。
人々の心が英雄を呼ぶのかもしれない。などと戯曲に言われるもの。
カルレドは冒険者として名を挙げた後、エトセンから離れた。
ロッザロンド大陸本国、光河騎士団から勧誘を受けたのだ。
エトセン公からも打診はあったのだが、同じような待遇なら都会である本国に行きたい。
故郷のカナンラダを離れ、ルラバダール王国本国に渡った。
六年ほど前のことか。
その後に聞いた噂話では、新たな勇者シフィークとやらが英雄に至るのではないかと。
菫獅子騎士団のような血統重視の組織と違い、光河騎士団は広く人材を集めている。
カルレドより前にも優秀な冒険者が入団していた。珍しいことではない。
その後も情報は集めていた。皆が勧誘に応じるわけではないが。
「エトセンの城壁は王城にも匹敵するんだ。東が崩れているって言うならそっちに回った方がいい」
住んでいたのだから当然知っている。
たとえ精鋭の大軍でも、エトセンの城壁を破るのはかなりの労力が必要だろう。
逃げてきた菫獅子騎士団から聞いた話で、東門と西門は破ったと。都合がいい。
土地勘があり、力もある。
他を出し抜いて海を渡った菫獅子騎士団。その後追いでどうにか出来るとすれば、カナンラダに詳しい者が必要だ。
光河騎士団の一軍を率いて、再び海を渡った。荒れる海を。
他の騎士団にもそれぞれ思惑はある。
数は少ないが、王の盾を自負する
彼らは菫獅子騎士団の独断専行を反逆罪として処理したい。
カナンラダの実権をラドバーグ侯爵が掌握しては、国王以上の勢力を持つことになってしまう。
国境警備が主任務の橋楼騎士団もまた、菫獅子騎士団が突出するのは看過できない。
光河騎士団と合わせ、急遽編成した混成軍で海を渡った。
「まさかあの荒海を泳いで渡るなんて」
「さすが英雄カルレド・ガルドーバさんっす!」
「はーっはっは、大したことじゃない。ほら、見えてきたぞ!」
本国の正規軍の将として生まれ故郷に帰ってきた。
気分が悪いわけがない。
無理な航海でいくらか仲間の船も沈んだが、それも仕方ない犠牲。
カルレドの乗った船も転覆した。航海が半ば以上進んでからのこと。
丸一日泳ぎ切って別の船に乗り込んだ時にも、その偉業に驚愕した仲間から大喝采を受けた。
急な編成。無理な航海。
菫獅子騎士団の手があまりにうまく進み過ぎたせいで、残った三騎士団が犠牲覚悟で踏み切った。
突出しすぎれば叩かれる。当たり前の人間社会。
まあ無理をし過ぎたせいで
もう百年、ルラバダール王国王都に攻め込まれるようなことはなかった。
イスフィロセとコクスウェル連合の戦争の余波で、アトレ・ケノス共和国も軽々しく動けない状況。
そもそも滅びたコクスウェル連合は問題にもならない。
イスフィロセに大規模な連戦をするような国力があるはずもない。。
すぐに集められる手勢で海を渡ってきた。
この迅速な対応はラドバーグ侯爵の戦略を上回ったはず。
これで、と思ったのだが。
何のことはない。その菫獅子騎士団が壊滅したと言う。
エトセンに向かう途中、逃げてきた敗残兵が信じられない事実を。
確かに、エトセンの町から火の手が上がっていた。
エトセン騎士団に敗れたのかと聞けば、どうも曖昧な話。
一部から、影陋族の部隊に、などというそれこそ信じがたい報告も。
混乱した中でのデマ。
取るに足らない法螺話。
普通ならそう断じていただろう。
しかし、それらしい情報はあったのだ。
カナンラダ大陸のイスフィロセ所領が影陋族の攻撃で滅びた、だとか。
誤報だと思われたが、案外嘘ではないのかもしれない。
エトセン騎士団と菫獅子騎士団が衝突した横から、その影陋族の軍が、と。ならば有り得ないとは言えない。
「しっかし、あのラドバーグの野郎を殺せるって? 影陋族なんかが」
それは信じられない。
本国で数度見かけただけだが、格が違う。
英雄と呼ばれるカルレドでさえ、ラドバーグ侯爵本人と戦いまともに手傷を与えられる自信がないほど。その前に殺される。
国王やアルビスタ大公と並び、英雄と呼ばれる中でもさらに上の存在。
化け物の中の化け物だ。噂ではビムベルクも瞬間的にはその領域に達すると言うが。
「さすがに侯爵の戦死など、嘘では言えますまい」
「そういう罠かもしれないって話さ。菫獅子の参謀長クィンテーロってヤな奴だからな」
「ははっ、確かに!」
攻め手より守り手の方が有利になりやすい。
土地勘のない中、ラドバーグ侯爵に油断があればビムベルクを擁するエトセン騎士団が討ち取った可能性も有り得るか。
そうだ。侯爵が戦死したとは聞いたが、影陋族の手ではないかもしれない。
噂のボルド・ガドランなら、エトセンに罠を仕掛け敵の大将を討つくらいはやってみせるだろう。
都合がいい。実に都合がいい。
エトセンも菫獅子も散って、残ったこの土地をどう分配するか。
光河騎士団の将として舞い戻ったカルレドに転がり込んだ好機。
邪魔をするのは町に入り込んだという影陋族だけ。
連中も必死だろうが、必死になろうと数の差は決定的。
内乱に乗じてエトセンに侵攻したのも、正面から大軍と戦える数がいないことを表している。
光河、禊萩守、橋楼の混成騎士団の数は、エトセン攻略に足るだけのもの。
後軍を含めて兵力十万。
南に回った先遣隊がやられたようだが様子見に過ぎない。
「後詰は西に回るように伝えろ! あっちも崩れているって話だから」
「はいっ!」
少数の影陋族には、二手に分かれて防ぎきれるほどの手勢はいないだろう。
最大の町。それを防衛するには相応の数が必要。
生意気にも反攻してきたという影陋族。それを捕らえ、二度と歯向かうことがないよう見せしめにする。
「このまま進めぇ!」
「おおぉ!」
カルレドの号令の下、光河騎士団を中心としたルラバダールの精兵がエトセン東門を急襲した。
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