第六幕 014話 懐包と絶防



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 絶防:ぜっぼうのオルガーラ(読み)

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  ※   ※   ※ 



「い、てて……」


 頭に手をやり首をゆっくりと振りながら姿を現すオルガーラ。

 ダァバとパッシオの連続攻撃を受けて、建物を崩しながら吹き飛んでいた。

 それで無事なのは、さすが長く戦い続けてきた氷乙女。絶防のオルガーラ。



「ボクが、こんな……」


 なぜトワを守ってくれなかったのか。

 その身に代えても守ると。そういう姿勢だったのに。


「……オルガーラ」


 責めたい。

 オルガーラのせいでトワが攫われた。

 今頃トワがどんな目に……忌まわしいダァバの汚い手で辱められ、殺されてしまうのでは。



「ルゥナ」

「わかっています」


 違う。オルガーラのせいではない。

 ルゥナが判断を誤った。まだ危険なこの町でトワの手を離した。

 アヴィとトワと、どちらを選ぶのかと。勝手に自分の胸中で罪悪感に苛まれて。


 トワの手を離した。

 いつか、アウロワルリスの断崖でトワの手を取らなかったように。

 また、ルゥナは。




「……トワを助けないと」

「そうね」


 考えている場合ではない。

 あの飛行船がどこに向かうにしろ、地の果てまで追いかける。

 ダァバを殺し、トワを助け出す。それだけだ。



「……トワを奪った理由があるとすれば、なんじゃと思う?」


 パッシオの羽で負傷し遅れてきたメメトハが、状況を聞いて疑念を言葉にした。


 美しいから。

 他に類を見ないほど美しいトワだから。


「……」


 そうではない。そういうことではない。

 それはルゥナの認識で、そもそもダァバはこの町にトワのような清廊族がいたと知っていたはずがない。



「オルガーラ、奴らはなんと?」

「ボクは聞いてない・・・・・。トワさまを守らないとって必死だったし……でも」

「そうか」


 異常な力を持つ敵が飛行船に乗って現れた。

 オルガーラならダァバ達の強さは感じ取れただろう。守ることだけに神経を集中し、連中の目的まで察するには及ばない。


「馴染ませるとか、そんな風に言ってた」

「……」



 メメトハとルゥナの視線が交差する。


 共にこの魔術杖でダァバを打った時に感じた。

 無理やり魔物の力を体に押し込めたダァバ。響き合う魔術杖の打撃が、その歪みに振動を与えたような気がする。


 もう一撃、二撃と与えられたなら。

 あれを引きはがせるのではないか。



「どうあっても、妾たちでやらねばなるまい。最初からそうじゃが」

「そのようです、メメトハ」


 一刻も早く追いかけ、あれを倒さなければならない。

 馴染ませるというのが、トワの血を使うか何かで魔物を完全に同化させるというのなら。



「……力ある処女、童貞」


 アヴィが呟いた。

 そうだ。魔物を同化させるあの術は、長老パニケヤが言うには清廊族の処女などの血が必要だと。

 魔物と親和性の高い清廊族で、他と交わらないもの。



「……まさか、そうか」


 東の空を見ていたニーレの声が震える。

 思い至ったというように。


「トワとユウラの父親は清廊族の中でも特に珍しい性質だった。そうだ」

「ニーレ?」


「いるんだ、その子供が。牧場に……私たちが育った牧場には、トワと腹違いの弟や妹が」

「そのための血の探査じゃったか!」



 メメトハが呻いた。

 歯軋りをして、東に視線を向けて。


「ユウラの父親と言うのは共感の力を持っているのじゃろう。その血を引く者を生贄にしようと、あやつ!」


 ティアッテに殻蝲蛄かららっこを混ぜた手法。

 ネネランの魔槍を作った手法。

 それらはダァバが発案したことだと聞いた。自らに濁塑滔を取り込んだのもそれなのだろうが。


 あれは異常で醜悪な男だが、新しい術を作る才能は本物だ。

 ただこの大陸に帰ってきたのではない。特異な清廊族の血を使って、またさらに己の欲望を満たそうとしているに違いない。



 どこで、どのようにか。それはわからない。

 だが希少な力、性質の清廊族の存在を把握して、それらを求めた。


 ロッザロンド大陸に送られた清廊族の中にいたのかもしれない。

 ダァバの興味を引くような血の者が。

 それらを使い血の探査をしたのだとしたら。


 トワがそれに反応したのも頷ける。

 しかしトワは処女ではない。もっと適切な者がいるとすれば、この東に。


 黒涎山に近い人間の町。

 レカンの町近隣にいるはず。




「一刻の猶予もありません! すぐにあれを追います!」


 トワが捕らわれていた牧場。

 美しく珍しい見た目の清廊族を増やそうと、まだ他にもあると言っていた。

 トワやユウラのような特殊な才能を秘めた清廊族。いて当然。



「オルガーラ、今度は」


 トワを、命に代えても助けろと。

 いや、それならルゥナこそがそうすべき。トワには何度も命を救われて……


 違う。


 愛している。トワのことを心から。

 困った性格なのも、意地悪なところもあるけれど。

 ルゥナはトワを強く、愛おしく思っている。誤魔化そうとしてきた結果がこれだ。


「絶対にトワを助け――」



「ルゥナ様‼」



 すぐさま東に向かうと決めたルゥナ達に向けられたネネランの叫び声。

 足の遅いラッケルタと共に南門近くで囚われの清廊族を解放していたはずの。



「敵です! 敵軍です!」


 まだ残っていた敵がいたか。

 そう思ったルゥナだったが、ネネランの指さす方角は町の中ではない。

 南東の空を指している。遠く。


「南東の方角から、敵の大軍!」

「なん……」


 こんな時に。


 町の中にはまだ多くの清廊族がいるはず。

 ルゥナ達精鋭だけでダァバを追い、残った者で町の中の残敵掃討と清廊族の救助を。

 方針を定めたところで、余計な邪魔が。


「相手にしている暇はありません!」


 最優先はダァバだ。人間の軍勢など後回し。

 町の清廊族は……全てを、救えない。



「トワさまの為にぃ、ここの同胞は置いていくんだね?」

「……」


 なぜそんな言い方を。

 オルガーラを睨む。サジュで助け出してからずっと歪みを感じさせるオルガーラを。


 値踏みするような顔。

 同胞とトワとどちらを選ぶのか。先ほど間違えたルゥナを量る。

 狂気のちらつく瞳で。



「……そうです。ダァバを放置すれば取り返しがつかなくなるでしょう」


 絶防のオルガーラ。

 清廊族の守り手。その彼女に、すぐ近くの同胞を見捨てろと言う。


 今、ダァバを逃がせばどうなるのか。

 完全に濁塑滔の力を己の物として、手が付けられなくなるかもしれない。

 そうなれば清廊族全ての危難にもなるのだから。


 トワを助ける為だけではない。

 大局を見た判断だと自分に言い聞かせた。



「ならいいんじゃない。もちろんボクもそれでいい」


 オルガーラはふんっと鼻を鳴らして理解を示した。

 ルゥナとトワを取り合う関係だと、含むところがあるのか。

 それは今はどうでもいい。オルガーラも納得したのだからとにかく急ぐ。



「散らばっている戦士たちにも伝えなさい! この町を捨てダァバを追います!」


 小振りの魔術杖を空に掲げた。

 先ほどのアヴィの魔法のおかげで空は晴れ、澄み渡っている。


 町のどこからでもよく見えるだろう。ルゥナの指示が。



「東へ!」


 空に霧で示した。

 いくつも、いくつも。戦士たちが見落とさぬように。

 東へ向かえと。




 結果的には、正しかった。


 戦士たちが崩れた東門に到達し始めた頃には、新たな人間の大軍が押し寄せていたのだから。

 東門が破られていることは先に知られていたのだろう。



 光る川と太陽の旗印。

 城を包む禊萩の旗印。

 崖に渡る巨大な橋楼の旗印。


 エトセンの城壁は、盾としては優秀だった。

 この大地を守ると言われた巨大な岩山カヌン・ラドから切り出された壁。


 壊れかけた大門を瓦礫と共に埋めて、氷で塞いで。

 崩れた部分の壁も凍らせた。登ろうとしても滑るように。



 戦うしかなかった。

 そんな場合ではないと思っても。


 押し寄せる軍勢の波に容赦はなく、ルゥナ達を東に進ませてはくれなかった。



  ※   ※   ※ 

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