第六幕 011話 異端質問_1
「くひ、痛いぃっ!」
情けない。
いい年をして、これだけ不遜な言動をしておきながら。
子供のような悲鳴を上げた。
叩かれる痛みを怖れ及び腰になった。冷やされた体がうまく動かなかった。
その隙を逃すルゥナではない。メメトハももちろん。
自然と息が合い重なったラーナタレアの響叉が、打撃の手応え以上にダァバの体の内部まで震撼させる。
「ぼ、僕の体が……あぁぁっ!」
「ダァバ様!」
亀裂が走るダァバの体と、焦る声音。
サジュの時と同じ。絶対の勝利を確信している裏切り者に痛撃を加えた。
だが、そう。
サジュの時と同じ。あるいはそれ以上に。
「おのれぇぇぇあぁぁっ‼」
激憤した。
鳥の混じりもの、パッシオが発した怒号。
破裂するように翼を広げ、生き物では有り得ない速度で回転する。
瞬時に竜巻を巻き起こした。
「うぁっ!」
「エシュメノ!」
突風に弾き飛ばされたエシュメノをミアデが受け止める。
彼女が踏ん張りきれないほどの暴風を巻き起こしたのか。
嵐のような回転からぴたりと静止したパッシオ。
それまでは、人間の体に鳥の翼、猛禽の爪という姿だったのに。
一瞬で変化した。
顔が鳥に。
金色の瞳と黒く鋭い嘴の、鷹。
体が一回り膨れた。
「これは――」
「クジャの時のロックモールと同じ!」
アヴィが叫ぶ。
全員に警戒をさせる為に。
クジャの時、死の淵まで追い込んだ混じりものが、魔物に飲み込まれるように変化して、獰猛さを増したと。
それと同じことを、自らの意思で。
「
「伝説の!?」
エシュメノが口にした名は、もう長く目撃されていないニアミカルムの伝説の魔物だ。三角鬼馬に並ぶ。
鷹と、トビと、フクロウ。朝昼から夜、空の全てを意味する鳥の王。
「ちっちゃいときにソーシャと見た!」
「っ!」
ならば本物か。ソーシャが教えたというのなら。
とんでもない魔物の混じりもの。怨魔石を残すような魔物だとすれば、そのほとんどが規格外のものなのかもしれないが。
「KuIii!」
瞬いたつもりはない。けれどルゥナの視界が一変する。
大気を貫く
「ルゥナ!」
アヴィの声より先にラーナタレアで防いだ。咄嗟に前に構えただけだったが。
鋼よりも硬い翼の一撃で、この魔術杖は折れぬもののルゥナは思い切り吹き飛ばされてしまう。
そのルゥナをアヴィが受け止め、まだ苦痛に喘ぐダァバに止めを刺せない。
「ぬぅ!」
メメトハに向けて飛ばした羽が数本、顔は庇ったけれど腕に突き刺さった。
羽なのに重撃だったのか、受けたメメトハが大きく態勢を崩される。
速く、強靭。
そして何より――
「ワガアルジ!」
「パッシオ!」
苦悶に呻いたダァバを、掻っ攫われた。
正気を失っていない。より魔物に近くなったが、ダァバを守る意識は残ったまま。
次の瞬間には、飛行船を繋いだ縄を切り、そのまま空に駆け上がる。
こちらの手が届かぬ先に。
やたらと不遜な態度を取るくせに、不測の事態に対しての逃げが早い。確かにダァバからすればルゥナ達との戦いなど優先事項ではないにしても。
卑怯者。
勝てるとみれば傲り、少し痛い目を見れば逃げ出す卑劣漢。
「逃がすわけには!」
追う。
町へと入っていくダァバを乗せた飛行船を追わなければ。
「ルゥナ様、メメトハの怪我を」
「エシュメノも、貴女もだ」
即座に駆けだそうとしたルゥナに、ミアデとニーレが落ち着けと言うように声を掛けた。
見ればミアデもパッシオに弾き飛ばされた時にか、頬をひどく擦り剝いている。頭も打っているのか少し顔を
自分も口の中に錆の味を感じて頬を拭えば、血がべとりと着く。
メメトハに刺さった羽は、その周囲を赤黒く大きく腫れさせていた。
只物ではない。鷹鴟梟の混じりもの、パッシオ。
正面から戦っても勝てるかどうかわからない。それだけの脅威だったが、主と仰ぐダァバの安全を優先した。
焦るあまり負傷したまま追っては、今度は返り討ちに遭うのはこちらかもしれない。町にもまだ人間が残っているだろう。
ニーレの言葉に頷く。急ぐ時だからこそ冷静にならなければ。
「すぐに治療を……」
「これ抜く」
「ああ、頼む……んぐぅっ!」
ここにトワがいない。別行動させたことを悔いる。
アヴィがメメトハに刺さった羽を抜き、その傷口に舌を這わせる。
「セサーカ、エシュメノを見て下さい。ミアデはこちらに」
「て、てて……」
いないトワを頼れない。手分けして怪我の様子を確認、手当をしてすぐに追わなければ見失う。
一つ、疑問に思うべきだった。
なぜダァバがこのエトセンの町の中に向かったのか。
ラーナタレアに打たれ苦痛に呻いたダァバが、なぜ町に。
※ ※ ※
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