第六幕 010話 双対なる星振_2
――っ‼
閃くと同時に飛び掛かった。
「鳥を任せます!」
誰にと言う余裕はない。
ルゥナとメメトハがダァバを討つ。
その間、鷹の魔物の混じりものを誰かに抑えてもらわねばならない。
さっきダァバは言ったのだ。
混乱の中、反射的に。おそらく自分でも覚えていないのだろうが、確かに言った。
――痛いっ!?
ルゥナが魔術杖で手を打ち払った時、確かに。
言葉にしたのだ。他の焦りや衝撃の言葉とは別の、痛みを訴える言葉を発した。
ラーナタレアと呼んでいた。元の持ち主は激烈な炎の魔法の使い手。
神火を模した朱杖を振りかざした人間の娘。
あの力がまだこの杖に宿っているのかもしれない。あるいはこの杖そのものが何か炎の力を有しているのか。
ダァバに痛撃を加えられる何か。
何でもいい。
「神に逆らう愚か者どもが!」
パッシオがエシュメノの突進を躱し、さらに空を駆けるエシュメノの突きからその姿が消えた。
一瞬の羽ばたきで後ろを取る。
「死で償え!」
「あんたがね!」
雷光のごとき蹴り。
空を飛んだことで下への視野が狭くなった。
エシュメノを相手にしているのだ。他への警戒などそうそうできるものではない。
大地が砕けるほどの力で地面を踏み抜き、ミアデの蹴りが跳ぶ。まずエシュメノを片付けようとしたパッシオの翼に突き刺さる。
「ぐ、むぅっ!」
大きく態勢を崩したパッシオ。
しかし、その猛禽のような足がミアデを掴んだ。大地に叩きつけようと。
「おのれ、貴様ぁ!」
「くのっ」
「やらせない!」
りん、と。
一瞬で大気に氷が張るような涼やかな音色。
ミアデの危機に、ニーレが放った矢はこれまでになく細く、鋭い。
一筋の糸雨のように。
「ぐ、う!」
痛みは耐えられても、肉体は反射で強張る。
氷の糸矢がパッシオの足の腱を貫き、弱まった足から掴まれていたミアデが蹴り抜けた。
「我が主の邪魔をする愚か者どもめ!」
鳥の混じりもの、パッシオは仲間に任せた。
ルゥナがすべきことはそちらではない。
メメトハと共にこのどうしようもない混じりものになったダァバを、なんとしてでも討たねばならない。
「はぁっ!」
「婆様の恨みを思い知れ!」
左右から、メメトハとルゥナが振り下ろす。
うねる粘液で防ごうとするダァバに、双対のラーナタレアを叩きつけた。
「無駄なこと――」
言いかけたダァバの顔色が変わった。
先ほどの痛みを思い出したのだろう。
斬られても、痛みを感じなかった。
その事実がダァバを高揚させたのだ。酔わせた。
攻撃が利かないと、直前に自分が痛いと叫んだことを忘れるほどに。
「うっ!」
逃げた。
受け止め、飲み込もうとした粘液を止めて、咄嗟に下がった。
「おまえたち程度の動きで――」
「でしょうね」
ダァバは取るに足らないと見做しただろう。
しかしルゥナ達にはまだ仲間がいる。
「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐!」
セサーカの魔法がルゥナ達もろともにダァバを飲み込んだ。
氷雪の魔法。範囲をダァバ周辺に絞って。
魔法の力ならセサーカの実力は既にメメトハと並ぶ。
適性と、飽くなき向上心。
その想いはきっと、アヴィと並んで戦いたいという強い願いから。
「だから、吹雪なんて」
「おぬしは平気じゃろうが、な!」
わかっていない。
ただ濁塑滔の力を無理やりに取り込んだだけのダァバには、便利な力という程度にしか理解が及ばない。
先ほど、メメトハとルゥナが光の剣でダァバを切り裂いたのは、その前のセサーカの魔法があったからだ。
光剣の魔法は確かに強力だが、英雄級の人間を相手にした時、正面からでは薄皮一枚程度しか斬れなかった。ダァバの力が沼地で戦った男より下だとは思えない。
凍り付き、脆くなっていた。
濁塑滔は粘液状の魔物。ダァバ自身が冷気に強いと言っても、液状のものは極低温に晒されれば固まる。凍り付くまでに至らなくとも鈍る。
斬られても平気だと見せつけ、怯んだルゥナ達を見てせせら笑うより先に考えるべきだっただろうが。長く生きても変えられぬ性分なのだろう。
「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐!」
「くぉぁっ!?」
さらに続けて、剣を手放しセサーカの魔術杖を受け取ったアヴィまで。
冷えたところに、さらに強烈な氷雪を吹き付けた。
人間なら凍死するだろう温度で、ダァバは死なない。
しかし、粘液は粘度を失い、動きが遅い。
「か、神であり父である僕を――っ‼」
「お前など何者でもありません!」
「ただの愚かな卑怯者じゃ!」
――ぎん。
鳴り響いた。
メメトハとルゥナの手のラーナタレアが、交差して身を庇うダァバの粘液の触腕を打った瞬間に。
二つのラーナタレアが重なった一点から、波紋のように音と衝撃が響き合う。
双対のラーナタレア。
重なり、鳴り響く。
まるでルゥナが使う魔法。
双対なる星振の響叉。
二つの異なる律動を束ねて叩きつける魔法のように、ダァバの体を貫いた。
――なぜ私はあの魔法を。
今、目にして耳にしたこの現象を紡いだような、そんな魔法。
どこで知ったのだろうか。激戦の中、咄嗟に紡いだ魔法だったけれど。
今考えることでもない。答えなど見つからなさそうな気もした。
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