第五幕 32話 西から、南から



「ナタナエル様、城門突破しました!」

「昼までかかるとは、ニコディオ様は既に入られているかもしれぬな」

「傭兵どもがもっと働けば……いえ、申し訳ありません!」


 エトセン攻略の西側を受け持つ六将の一人、ナタナエルの苦い顔に報告していた騎士が居住まいを正した。


 ナタナエル・マンサネラ。

 年齢は五十を越える。現役の六将では二番目の年長者。



 これだけの大規模な都市攻略戦はナタナエルでも初めての経験になる。

 任された以上は完璧に遂行し、主ニコディオに良い報告をしたいところだが。


「所詮は傭兵。当てにしてはならぬということ」

「はっ」


 文句を言っても仕方がない。ナタナエル自身、エトセン幹部級との戦いに備えて前線には立っていなかった。


 強力な魔法を使えば消耗する。

 城壁を打ち崩すような最大の魔法は、せいぜい三度放てば息が上がる。間を空けなければ。


 数日前、手薄の南西門を攻めようとナタナエルが最大火力で撃った。二度。

 まるで崩れないとは思わなかった。あまりのことに自信を失う。

 やたらと高い城壁に囲まれた都市。王都でもここまでではない。



 ホセ・ベラスケスならどうしただろうか。

 単身であれば城壁を飛び越えることも出来るだろう。城門を守る敵兵を薙ぎ倒して門を開けるという戦法も。


 近接戦闘がそこまで得意ではないナタナエルとすれば、壁の向こうで敵に囲まれればどうなるか。

 エトセン側とて備えているのだから、勇者級、英雄級の使い手が待ち構えている可能性もある。

 やはり守備兵を片付け正面を突破する必要があった。



「何にせよ、城門が開いたのであれば我々も――」

「報告! 報告!」


 言いかけた所に飛び込んでくる伝令。

 城門を守る強者でも現れたのか。ならば今こそナタナエルの出番。


「?」


 しかし、伝令が来たのは城門側とは逆。

 エトセン西壁を攻めるナタナエル達よりもさらに西から。



「将軍、緊急報告です!」

「何事か」


 取り乱した様子の伝令と、その後ろから来るのはナタナエルの部下ではない。

 随分と汚れ乱れた様子の情けない騎士の姿。



「ベラスケス様が――」


 そうだ、西に位置する町にいる影陋族を攻めていったホセ・ベラスケスの部下。


「ホセ・ベラスケス将軍が……討たれました……」


 噛み締めるように。

 だが、言わねばならぬことを言葉に出して、涙を流す。



「影陋族の……恐ろしい女を相手に、見事な最期を」

「馬鹿な」


 信じられない。ホセ・ベラスケスは年若いが六将の名に恥じぬ騎士。

 剣を持てば六将最強。ニコディオでさえ認める剣士だ。


「敵はそれほど……多かったとでも言うのか?」

「いえ、一騎打ちで……あれは化け物です。おかしい、信じられないっ!」


 話しているうちに思い出したのか、唇を震わせて頭を振る。



「ベラスケス様は勝っていた! 手を斬り、肩を砕いた。なのにあの化け物、死ななかったんです! おかしいでしょう!?」

「……」

「砕けた手でベラスケス様を掴んで、何度も……」


 異種族の戦士だ。狂っていても不思議はない。

 だがそれでもベラスケスが敗れるとは。部下の取り乱しようを見れば嘘ではないのだろうが。



「……わかった、とにかく落ち着け。誰か手当をしてやれ」

「はっ」


 西側に意識を向ければ、ざわめきと共に動揺が伝わってくる。

 他にも逃げて来た者がいるのだろう。その口からベラスケスの敗戦の様子を聞かされているか。


「むう……」


 こんな時に。

 若造が失態を犯しナタナエルの邪魔をする。


 一騎打ちとはどういうことなのか。己の力を過信したベラスケスが調子に乗ったということだと思うが。


 確かに負けるような力量ではないはずだが、敵を見誤ったとしか思えない。

 部下を思って強敵を引き受けたとも考えられるが、何にしても浅はかな小僧が。




「ベラスケス将軍のことはこれ以上広めるな。影陋族の追撃はどうなっている?」

「途中まで追われましたが、その後は――」


 情けない敗走を強いられた騎士が首を横に振りかけたところで。



「ナタナエル様、民間人がここを通せと……」


 また別の兵が報告を持ってきた。


「愚か者!」


 思わず怒鳴ってしまう。



「戦時である! 何が民間人だ、その程度の判断――」

「それが、取り押さえようとした騎士数名が叩き伏せられまして……申し訳ありません!」


 ナタナエルの腹に、追加で火を注ぐようなことを。


「ええい!」


 愛用の杖の尻を地面に叩きつけた。


「ならば殺せ!」

「……は」


 情けない顔を浮かべる兵。

 騎士数名が叩き伏せられたとなれば、只者ではない。



「……この時に、私の手を煩わせるほどか」


 怒りを堪えて訊ねた。


「責任者と話をすると。少しなら待つと言うので……」


 どこまでも情けない。ベラスケスの部下といい、自分の部下といい。



 問答していても埒が明かない。

 どうせ出るところだったのだ。ならその前に一度足を向けてもいいだろう。

 出鼻を挫かれ、ベラスケスのことでも苛立ちが溜まった。

 その民間人とやらには捌け口になってもらおう。このままでは冷静な指揮も取れない。




「……女?」


 薄汚れあちこち破れた服は、元はドレスだったのだろうか。

 砂を被り梳かしつけた様子もない金髪は、手入れをすればさぞ美しくなるはず。


 片手に小さな棒を。

 整った顔に浮かぶ表情は不快さを隠そうともせず、不遜な目でナタナエルを一瞥した。


「私の部下に手を出したという民間人は貴様か」

「……」


 頭を下げる様子はない。菫獅子騎士団六将のナタナエル・マンサネラに対して。



「貴様、将軍に対して無礼な!」

「淑女に対する礼儀も知らぬ騎士などに、なぜわたくしが礼を尽くすと?」


 異常だ。

 態度も発言も普通ではない。

 その立ち姿も。


 なるほど、部下が叩き伏せられたわけだ。

 見かけは薄汚れたただの小娘だが、違う。


「わたくしはあの町にいる妹に会うだけ。他に用はありませんわ」

「妹だと?」

「ここを通しなさい」


 道を開けるのが当然の義務だとでも言うように。

 この地を己のものとでも思っているのか。



「……なるほど、一部の強者は見かけが大きく違うという話」


 軍を相手に臆する様子もなく、誰を見るのもひどく蔑んだ視線。

 この女の正体を知れば当然のこと。


「ホセの若造を倒していい気になったか」


 ナタナエルが手を軽く振ると、周囲にいた騎士が一斉に女を取り囲む。


 化け物のような女だと言っていた。

 先に報告を聞いてよかった。でなければこんな可能性に気付かなかっただろう。



「ここまでだ、愚かな影陋族の女」


 見かけだけなら人間と見誤った。

 この化け物を。


「ニコディオ様への手土産に……するのは難しい。しかしここで討つ」


 ナタナエルも杖を構える。



 女は、言い当てられどう判断するかを迷ったのか、浮かべていた侮蔑の表情を消し去って。

 乾いた風が、女の髪を躍らせる。


「わたくしが……」


 冷たい表情が変化する。

 暗く熱い、獰猛な笑みに。



「言うに事欠いて、このわたくしを……」


 手にしていた棒を桃色の唇に当ててから上に掲げた。


「よくも、あの糞尿より汚らわしい奴隷どもなどと言ってくれましたわね」

「いかん、まほ――」

「滅しなさい!」



 魔法の詠唱すらなく、振るわれた棒から巻き起こった猛烈な衝撃波が、ナタナエルと騎士たちをまとめて薙ぎ払った。



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