第四幕 070話 英雄に挑む者



 爆炎が上がったのはエトセンの高級住宅街だ。

 真っ昼間からこんな場所で破壊行為。


 甘く見ていたと言われれば否定できない。

 対立しているとは言っても同じ国同士。無差別な戦闘行動などするはずがないと考えていた。



 エトセンは、当然のことだがエトセン騎士団の本拠地だ。

 警戒していれば、他から怪しい人間が出入りすることをある程度把握は出来る。

 おそらく近日襲撃があるだろうと。


 騎士団本部にも既に菫獅子騎士団の目はあった。

 昼間から会議などと言って主要人物を集めたのは隙を作る目的だった。


 ボルドを襲撃しやすいタイミングを作り、逆にエトセンの主要人物は騎士団本部で会議をしていたという事実を決定づける。


 エトセンの誰かが手助けしたわけでもないのに、ボルドが逃げ延びる。

 行きずりか何かの冒険者がボルドを助けたというのなら、エトセン騎士団は関係ない。


 そういう手筈だとツァリセから聞いていたのだが。



「うまくいかねえな」


 密かな暗殺ではなく、他を巻き込むような戦闘。

 菫獅子騎士団は噂に聞く以上に強引な手を使うらしい。まさか味方の町に火を放つなど。


「だけど、そうくるなら悪かねえぜ」


 つい口元が緩んだ。

 正面から喧嘩を売ってくるというのなら面白い。



「エトセンに攻撃だあ? じゃあ反撃するしかねえだろうが。おっと」


 現場に駆けつけようと走り、路地からふらりと出て来た男にぶつかりそうになった。


「わりぃ!」


 ろくな物を食っていないのか力を感じない男を、避けざまに肩を掴んで体を入れ替える。



「あぁ?」


 くぐもった声を上げつつも、それほど慌てた様子はない。

 ビムベルクがかなり急いでいたので、あまりの速さに慌てる暇もなかったのか。


 とと、と態勢を整える浮浪者。両腕には汚い包帯が巻かれているが足腰はさほど弱っていないようだ。



「爆発、聞こえてんだろ。こんなとこいると危ねえぞ」


 言い残して走り去った。

 そういえば前にも似た男にぶつかりそうになった。同じ男だっただろうか。




 瓦礫と炎と煙と。

 ボルドの邸宅近くは、以前の様子を思い出せないような様に成り果てていた。


 粉塵と煙が鬱陶しい。

 砕けていない建物に燃え移った炎が、さらに広がろうとしている。


「誰も残ってんなよ」


 剣を構えた。


 濡牙槍マウリスクレス。

 槍と呼ばれるし、剣とも言う。

 刃がないのだ。歯を潰した訓練用の剣のように。


 握りは大剣の柄のように。

 刀身はビムベルクの背丈よりまだ長く、そして太い。獣の牙のような白さ。



「ふんっらぁ!」


 ビムベルクの気合と共にマウリスクレスが振るわれた。


 燃えかけていた建物の上半分以上を砕き、粉塵や煙を消し飛ばす。

 全力のビムベルクに十分に応えてくれる武具。


 決して安普請などではない高級住宅を二つ半ほど、一階部分を残して消してしまった。

 後で文句を言われるかもしれないが緊急事態だ。燃え広がり他の建物にまで被害があってはいけないだろう。



「ボルドんとこは……あれか」


 騎士団本部にいたせいで出遅れた。

 この魔法を放った敵はどこか。ボルドへの襲撃は一人ではないだろう。この魔法は逃走防止の為でもあったのではないか。



 人がいない。

 住民は既に逃げ出しているのか。

 ボルド自身、自宅から人を遠ざけていた。元々少なかったのかもしれない。


「……」


 ボルドの屋敷の壁も半壊し、正面入り口の戸が吹き飛んでいた。

 まさか既にボルドの死体があったりしないだろうかと、心のどこかで不安に思いつつ踏み込んだ広い玄関ホールで。


「逃がしちまったじゃんか!」

「仕方があるまい。魔法使いがどこから狙っているかもわからん」


 言い争う二人の男。ビムベルクの記憶にはない。



「……?」


 会話が、どこかおかしいような気もする。

 どの魔法使いに狙われているというのか。


「あの若造も只者ではなかった。しかし……」

「ああ」


 気づいていたらしい。

 ボルドがこの周辺を薙ぎ払ったのだから気付いていて当たり前だとして。



「こういう事態は想定していなかったが」

「自分とこの町で劫炎魔法連発とか考える方が馬鹿だろ」

「お前らの仕業じゃねえのかよ、この騒ぎは?」


 お互いの認識が噛み合わない。


「この騒ぎ、と言われれば」

「そりゃあ俺らの仕業だろうな」


 見知らぬ男がボルド邸宅の敷地内にいるのだから、もちろん不埒な行いでないというわけではない。

 武器を手に。


 魔法を放ったのと、この連中とは別ということになるが。


「……うちの騎士団長の家だって、知ってんだわな」

「はっ、当たり前だろうが」


 聞いたビムベルクが馬鹿だったか。ツァリセに聞かれたら呆れられていただろう。


 爆発はともかく、彼らはボルドの屋敷と知っていて武器を手に乗り込んだ。

 ならば理由を問い質すこともない。



「わけは聞かねえ」

「我々は菫獅子騎士団の騎士だが」

「命令書でも持ってんのか?」


 後ろ暗いことをやりに来て、その証しとなるものでも持っているのかと鼻で笑う。


「ないな」

「へ、騎士団の徽章もねえくらいだからよ」

「ならただの火事場泥棒のクソったれだ」


 相手もわかっている。

 ビムベルクには手を引くつもりなどない。

 そして敵もまた、ボルドではなくビムベルクを標的に据えていることもわかる。



「影騎士ヘロルト」

「棘騎士フースだぜ」


 ご丁寧に名乗りを。


「「英雄殺しだ」」


 ビムベルクを知っていて正面から殺し合いを挑んでくる人間は、思えばずいぶんと久しぶりだった。



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