第四幕 060話 閑話 ~炎の記憶~



「すごい! 母様すてき!」

「そんなことないのよ」


 言いながらも、やはり得意げな顔になってしまうのは仕方がない。


 燻りを上げている焼けた大穴に、少しやり過ぎたと反省しないでもない。

 良い所を見せようと、つい力が入り過ぎてしまった。



「これが灼熔の輝槍」

「はい!」

「どんな物語だった?」


 意地悪ではない。

 魔法を使う為に物語を頭に思い描く必要がある。教育だ。


「ええと……とーいつてーが悪い飛竜と戦った時に、最初は武器をなくしちゃって」


 思い返しながら説明する幼子に、うんうんと頷いて続きを促す。



「新しい槍をちゅーぞー? ちゅーぞーって?」

「金属を溶かして固めたりする鍛冶仕事ね。鉄も熱くすると溶けるって教えたでしょう。そうして溶けた鉄を尖らせたりするの」


 わからないだろうことを噛み砕いて説明すると、そうだったと真剣な顔をして頷く。

 可愛い。


「ちゅーぞーしてる時にまた飛竜が村を襲ってきたから、こうやって」


 小さな手で、そこらの土を掴む。


「真っ赤に焼けた作りかけの槍を握って、えいって」

「そうそう」



 かなり高位の魔法だ。

 もちろん幼子には使えなくて、先ほど開けた穴に向けて真似をして土を投げる。


 適性がない。

 頑張ってもこの子が魔法使いとして大成することはないだろう。

 けれど、自分が教えられる戦い方は魔法が主になる。戦いなど縁のない生き方をしてくれるならその方がいい。


 甘い目算は出来ない。

 世の中はそれほど優しくなくて、自分とていつ死ぬかわからない。


 せめてこうした時に少しでも教えられることは教えておこう。

 いずれこの子に必要になるかもしれないのだから。



「大陸とーいつのお祝いの篝火のやつは、ちょっとだけ使えたんだけど」

「そうだったわね」


 一生懸命詠唱して、ちろちろと炎を出すことは出来た。

 残念ながら優秀とは言えないが、覚えようと努力していることはよくわかる。可愛い。


「魔法もだけれど、余所行き用の作法もちゃんと覚えないといけないわね」


 自分が見ているだけならどんな姿でも可愛いけれど、人前に出た時でも侮られることがないように。


 いずれこの子は大きな舞台に立つことになるかもしれない。

 誰にも文句など言わせない完璧な淑女。それを求めるのは自分の傲慢だろうか。



「母様がしてくれる魔法のお話の方が好き……」

「もちろん、それも続けるわ。そうそう」


 自分だって、作法の話なんかよりそちらの方が好きだ。

 望まれればいくらでも語ろう。


「この前、港で買ったロッザロンドの本ね」

「うん」

「ちょっと難しかったんだけど、珍しい伝承がいっぱい書いてあったのよ」


 幼子に読み聞かせるには少し難しすぎて、優しい言葉に置き換えられるよう何度も読み返していた。


 自分が理解しなければこの子に説明してあげられない。


「新しい学説もあって」

「がくせつ?」

「ええと……なんていうのかしら」


 このように、どう置き換えて説明すればいいのかわからないことも出てくるのだから。

 とりあえず笑顔で誤魔化した。


「高名な呪術師が書いたってお話なのだけれど。それがね、きっと貴女の――」



  ※   ※   ※ 

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