第四幕 049話 名も知らぬ同胞へ



 清廊族の戦士はずっと戦ってきた。

 カナンラダ南部を人間に奪われながら。西部に攻め寄せる人間を防ぎながら。


 この数十年の主戦場は西部沿岸から北西部にかけて。このヘズから主戦場は遠くない。

 その間に潰された村も少なくない。

 戦いに敗れた戦士の中に、囚われた者もいただろう。


 決死の覚悟の為に多くが戦場で命を散らしたとしても、全て死んだわけではない。

 囚われの身となり、他の清廊族と同様に忌まわしい呪いを受けて望まぬ日々を送る元戦士もいた。



 若い者、見目麗しい者であれば買い手は多い。

 海を越えたロッザロンドに連れて行く手間を差し引いても利益と見られる。


 ある程度の年齢の者や顔などに傷が残る者であれば、用向きは変わる。

 過酷な労役や誰もが忌避する仕事でも、隷従の呪いがあれば逆らえない。

 それらを請け負い、集めた清廊族にそうした仕事をさせる商売人もいた。


 安値で集めた清廊族の手で苦役をやらせて、己は何もしない。

 食料を与えているだけ感謝しろとでも。まさに家畜の扱い。



 清廊族を捕えた者からすれば、高値になる方がいい。

 自分で使うにしても大所帯を養うのは面倒で、買い手がつくのはそれで良いとしても。

 出来れば高く買ってくれる相手がいい。


 戦士ならば。

 戦う力があって夜目も利く清廊族の戦士。

 見た目のことよりも、その能力を有効利用するのなら冒険者だ。


 上位の冒険者には清廊族を使役する者も少なくない。

 囚われの身となる戦士は少なく安価で手に入らないにしろ、無駄にはならない。

 戦闘の助けになり、夜の闇だけでなく深い森や洞窟などの目にもなる。

 そして長寿だ。不要になれば誰ぞに売り渡してもいいと。




 チムカは南部の戦士だった。

 人間と戦い、敗れ。西の逃れながらまた戦い、いずれ気が付いたら人間に囚われていた。

 もう遥か昔のこと。若かったチムカも今では老齢に差し掛かる。清廊族のチムカが老いを実感するほどの時間。


 最初は裕福な人間の老人に買われ、見世物として尊厳のない日々を過ごした。

 囚われて来た他の清廊族の女性と交わりを強制されたり、場合によりそれ以外や獣などとも。


 冬場の水汲みや薪拾いなども楽な仕事ではなかったが、そうした普通の雑務をしていると涙が零れた。

 なぜ自分は憎むべき人間の暮らしの為にこんなことを、と。



 清廊族は長寿だ。またチムカの体は戦士相応に頑強で、それを恨む日が来るとは思わなかった。

 いっそ死ねたらと。

 そんな願いが叶うはずもなく、当時若かったチムカが天寿を迎えるには百年よりずっと先になることはわかりきっていて。


 最初の主は当初から高齢だった為にほどなく死ぬ。それが死んでもチムカは解放されなかった。

 ただ次の主となった息子がチムカに飽きたのか、他の家の奴隷と入れ替わる。取り換えっこなどと称して。



 それからも大差ない日々。

 だが、途中でその家のものが何か金が必要になったらしく、また売られた。

 冒険者に。


 魔物を殺して糧を得る生業。

 チムカも狩猟の経験は当たり前にある。魔物との戦いも苦手ではない。

 だがそれは、あくまで必要なものだけ。


 魔物の巣を探して乗り込み、幼体を掴まえて売り物にするようなことではない。

 毛皮や角が高値だからと、特定の魔物の生態を調査して根こそぎ収奪するような真似をするのは苦痛だった。



 ――今日からお前はこの男の命に従え。


 前の主が命じたそれは、白い首輪を通じてその後もチムカを縛る。

 主となった冒険者の命令に逆らうことは出来なかった。


 最初の主から続き、物として譲り渡されるチムカに自由はない。

 憎むべき人間に従い、望まぬことをする。

 悪いことにチムカは戦士として優秀で、またチムカを使役する冒険者はチムカと同等以上に優れた才を持っていた。


 危険を感じれば盾として前に立ち。

 時に、隠れ潜んでいた清廊族の同胞さえ捕らえたこともあった。


 怪我を負った精廊族の若者は、どこぞの村長の長子だったらしいと後で冒険者が言っていたことを覚えている。


 西部で人間との戦いに敗れ、重傷を負いながらもなんとか逃げ延びて来た若者。

 彼の見た目は流麗で、また珍しい特徴だった為に高値で売られたのだと。


 名は聞けなかった。

 今よりずっと若かったチムカよりまださらに若年の同胞。捕えるのに手を貸した自分がどうして名を聞けようか。

 恨んでいることだろう。生きているのなら。



 あれからどれほど立つのか。

 冒険者からまた別の冒険者に、チムカは何度別の主になったのか数えていない。

 自分が老齢に差し掛かるということは、百年までではなくとも数十年は過ぎたはずだ。


 もし探索の途中で主の冒険者が死に、他に人間が誰もいなければ。

 それなら逃げ出せたかもしれない。何も命令を受けていない状況なら。


 だが冒険者どもは誰も優秀で、また危険が迫るとチムカは無意識にでもそれを伝え警戒してしまう。


 悔しいことに経験はチムカも鍛え、その力は冒険者を助けた。

 救われない。

 こんなことの為に生き永らえるなど、どこまでも救われない。



 そして今、また。

 清廊族の未来を願い戦う若者に、刃を向けるのは清廊族のチムカ。


 口惜しい。

 口惜しい。


 叶うのなら、今この場で自らの喉を掻き切りたい。

 目を見開き息を飲む清廊族の少女。

 本来、チムカが刃を向けるべきは違うのに。


 最初に隷従の呪いと共に自害を禁じられている。

 主から次の主に渡されると、最初の命令で主とそれに連なる人間に逆らうことを禁じられる。


 今のチムカの主は清廊族と戦っている冒険者。

 共に嘆きながら進む他の虜囚も境遇は似たり寄ったりだ。


 救われない。

 救いがあるとするのなら、せめて同胞を手にかける前に死ぬこと。

 それさえチムカに自由には選べない。全力で戦えと命じられればただそのままに。



 だからどうか、名も知らぬ清廊族の少女。

 戸惑わないでほしいと。

 迷わず戦うことだけがチムカたち虜囚への最大の報いだと。


 不甲斐ない。

 殺してくれとさえ言えない己の情けなさのツケを年若い少女らに負わせて、ただ願うことしか出来なかった。



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