第四幕 047話 狂者の狂宴_1
「なめ、んなぁ!」
力比べで負けることが、なくはない。
けれど少ない。
ウヤルカに腕力で勝てる相手は少ない。アヴィの他にはオルガーラたちくらいだろう。
ラッケルタには筋力で負けるかもしれないが、あれは魔物だから別。
鉤薙刀の一撃を体で受け止められた。
距離を詰められて、近すぎて柄の部分を叩きつける形になった。その一撃を肥大した胸筋で受け止める敵。
刃ではなかったとしても、今のウヤルカの力なら柄でも大木を両断するほどの力があるはず。
ユキリンから飛び降りて振り下ろした鉤薙刀を、狂った敵は恐れる様子もなく突っ込んで体で受けて、その柄を掴む。
そして奪い合い。
ウヤルカが引き戻そうとする鉤薙刀を離さない。
「ぶがぁぁ!」
「こんのクソがぁ!」
思い切り敵の下腹を蹴りつけた。
敵は男だ。
下腹には弱点があるはず。
無論、それを守る金物の防具はあったが、それごとひしゃげる勢いのウヤルカの蹴り。
「びゅっ!」
「どうじゃ!」
明らかに潰した感触。
だというのに、鉤薙刀を掴む力は緩まない。
「なんじゃねこりゃあ」
目玉はぐるぐると回って何を見ているのかわからない。
異常な力のせいで自らの体も傷ついていても、まるで理解していないよう。
そしてウヤルカが鉤薙刀越しに感じる膂力は、アヴィを相手にしている時に近い。
凄まじい筋力。
痛みを怖れず、負傷しても構わず戦う姿。
完全に狂っている。
上から見ていて、ラッケルタが殴り飛ばされたのを見て驚いた。
ほぼ同時に前衛に並んでいた清廊族の戦士たちが吹き飛ばされ、オルガーラまでもが宙を舞う。
アヴィだけは残っている。
殴りかかって来た二体を続けざまに左右の鉄棍で打ち砕いて、だが敵の拳の威力押されて大きく仰け反らされていた。
最初の一匹はアヴィの一撃で上半身が爆散した。
殴りかかった威力と鉄棍の破壊力とが重なって肉体が持たない。
続けざまの二匹目への迎撃をするアヴィだが、その前のぶつかり合いの威力が大きすぎる。踏ん張る足で大地を削りながら左の鉄棍を振るい、さらに押し込まれる。
襲い掛かった敵は腕を折られながらも怯まず、そのままアヴィに噛みつこうと飛びかかった。
それを防ぐアヴィの横から襲おうとした三匹目。
他の戦士たちは崩れ、アヴィだけが前に出ている。助けられるのはウヤルカしかいない。
切り捨てるか、叩き潰すか。
間合いは完璧だと思ったが、敵の動きがおかしい。
まともな生き物の動きではなく目算が狂った。
「ぼぉえっ! ぼぅぉえっ!」
「くのっ!」
目の前で意味不明な声を上げる。正常ではない。
「っ!」
不意に敵の力が弱まった。
力を抜いたのではない。
「ニーレ!」
「……」
一閃した氷の矢が、ウヤルカと押し合いをしていた敵の腕を肘の上あたりで切断した。
両腕のウヤルカの方が強い。
「うだぁ!」
風車のように、敵が掴んで離さない鉤薙刀を回す。
普通なら手を離しただろうが、この敵は離さず、だから二回転の間に腕が捥ぎ取られる。
「ばぁぁ!」
「やかましい!」
噛みつこうとしてきた敵を、今度は距離を取って首を刎ねた。
「ネネラン!」
「だ、大丈夫、ですっ!」
斜め後ろからアヴィとネネランの声が聞こえる。
どちらも無事なようだが、敵の突然の変容を受けて平常な声音ではない。
「狂戦士……」
「……」
そういうものがいるのか。ウヤルカは初めて聞くが、言われてみればそう呼ぶしかない。
己を失った狂戦士ども。
アヴィに匹敵する膂力と、痛みも恐怖もなくただ暴れるだけの意識。
敵味方の区別もついていないのか、こちらだけでなく敵兵にも襲い掛かっていた。
狂戦士同士は敵対していない。仲間というわけでもなく、互いを別の何かだと認識できないようだ。
自分たち以外に対する攻撃性だけで動く。
「はぁっ!」
氷の矢が幾筋もの軌跡を描き、襲い掛かろうとする敵を貫いた。
爆発的な速さと予測しづらい動きをするが、その体を正確に貫くニーレの技量も凄まじい。
体を貫かれた敵はわずかにバランスを崩すが、構わず襲い掛かって来た。
「なんて奴じゃ!」
腹に穴を開けられ、肺を貫かれ。
なのに止まらない。
清廊族の戦士たちも襲い来る敵をなんとか体を張って食い止め、他の戦士がその肩や腕を斬り落としてもまるで怯まない。
頭に剣を突き刺される狂戦士が、切っ先にさえ怯えることなく突き立てた清廊族の首を食い千切った。
悲鳴すら上げられずに息絶える清廊族と、顔から剣を生やしてごろりと転がる狂戦士の体。
さすがに頭を貫かれれば死ぬらしい。
「ニーレ、頭じゃ!」
「わかっている!」
放たれた矢が狂戦士の手で打ち払われた。
弱点には違いないが、距離があれば邪魔だと払われてしまう。
「くっ!」
「やらせんのじゃ!」
ニーレを敵と見定めた一匹。飛びかかろうとしたその片足を斬り落とした。
どぅっと倒れたそれに向け放たれる氷の矢。
だが。
「なにっ!?」
突き刺さったのは大地に。
足を失い倒れた姿勢から、手で大地を叩いて跳んだ。
動きの予想が出来ない。
飛蝗とて、足を失えば跳ねられないだろうに。
異常な腕力での跳躍の速度は目にも止まらず、涎に濡れた歯がニーレに迫った。
「Pii!」
敏捷さというのならエシュメノかミアデが頭一つ抜けている。
彼女らでさえなかなか掴まえられない仲間もいる。
「ユキリンすまない」
逃れきれないながら飛び退いていたニーレが、感謝の気持ちを交えながら名を呼んだ。
真上から、ニーレに噛みつこうとした敵を踏みつけた白銀の輝きに。
「Pyui!」
「ふっ!」
地面を抉りながら転がった敵の頭に、今度こそ氷の矢が突き刺さった。
「どぅらぁ!」
ウヤルカが下段から切り上げた鉤薙刀が、さらに襲ってくる敵を腹から肩まで斜めに切り裂く。
完全に切断できたわけではないが、ぶらりと垂れ下がった半身を置き去りにして、下半身と左上半身だけがウヤルカの横を通り過ぎてから転んだ。
残された右上半身から頭は、標的を求めてもがく。
けれど、方向を定めることはできなかったらしい。爪で大地を掻き、また異常な速度で反対方向に飛んでいって別の狂戦士に激突していた。
放って置いても程なく死ぬだろう。
「気ぃつけぇ!」
狂戦士と押し合っている手近な味方に声を掛けながら、敵兵の頭を上からかち割る。
「助かった!」
「とにかく頭じゃ! 他は切っても突いても止まらん!」
清廊族の無惨な死体も少なくない。
衝突でぐちゃぐちゃになった者もいれば、捻り潰された者、食い千切られただろう者も。
前線はウヤルカ達がいるにしろ、討ち漏らした狂戦士どもがいくらか後衛にまで食い込んでしまった。
勇者というか、単純な筋力だけで言うなら英雄と呼ばれるほどの力ではないか。
溜腑峠で戦った飛竜騎士にも匹敵する。
幸いというか、肉体の方がそれに追いついていない。
一撃を放つたびに自らの体も損壊している。無限に戦えるわけではなく、片腕が千切れかけたりすれば他の戦士たちでもどうにか対処出来るが。
戦いの中で動きが止まった狂戦士の頭に氷の矢を突き刺すニーレだが、味方も入り混じっていて簡単に数を減らせない。
人間どもも必死だとはわかっていたつもりだが、こんな作戦とも呼べぬ手を選ぶとは。
苦い気持ちを噛み締めながら薙刀を握り直した。
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