第四幕 038話 無い手



「敵の数は脅威ではありますが、今この状況で考えれば最も憂慮するのは数ではありません」


 皆に言い聞かせながらルゥナが確認する。


「勇者級、英雄級と呼ばれる強者がどれほどいるのか、です」



 ニアミカルムから外れても山がないわけではない。

 イジンカから東は少し大地が高くなっている。当然、高い土地に湿原の水は流れ込まない。


 水気が減る為に根付くのは短めの草。そうでないところは荒野と岩。全体的に黄色から赤茶色な印象の風景。



 歩いて踏破しようと思えば七日ほど。

 豊かな土地ではなく、人間どもが勢力を広げていない場所。


 メメトハが聞いた話では、古い時代には南部にも聖地と言われる場所があった。目印というか。

 始樹と呼ばれる巨木。

 山のように大きな岩山カヌン・ラド。

 人間の手で失われてしまったもの。



 全体的な見晴らしは悪くないが、所々には小山があったり巨大な岩が転がっていたりして、まるで隠れる場所がないわけでもない。


 岩場の割れ目からいくつか地下に繋がる洞窟の入り口もある。古い水脈が自然洞窟になっていると言われる。

 地下で繋がっているかもしれないが、地図があるわけでもないし魔物もいるだろう。入るわけにはいかない。


 この荒野を南に進めば人間の住む町に続く。ヘズと呼ばれている町。

 なだらかな斜面が続く西寄りの道を避け、東に迂回した。荒野から外れ緑の多い丘陵地に。



 丘の上に湖があった。ヌカサジュほど大きなものではない。なぜ小高い丘に水が溜まっているのか、メメトハの知識ではよくわからない。

 丘の先、切り立った崖から何段かの滝になりヘズの町へと流れる川となっているはずだ。


 崖といえばアウロワルリスだが、無論そんな規模のものではない。

 ルゥナの背丈を五つ積み上げたくらいの滝を三段下って平地に着く。そこから町までは半日もいらない。



 メメトハもクジャで長老集から教わっただけの場所。初めて見る。

 かつてのこの土地を知る者から話は聞いていたが、聞いた通り緑の丘から落ちる滝の風景は美しかった。


 滝の上から南西を向くメメトハの右手には荒野が。

 南に流れていく川に沿ってやはり緑が濃くなっていって、やや遠くに人間どもの町が薄っすら見えた。


 水源があったから町を作ったのだろう。

 もっと昔には清廊族の村があったのかもしれない。今は面影もないけれど。

 清廊族の住居を奪い、田畑を奪った。そう思えばまた腹立たしい。



「どの程度おるものなんじゃ?」


 メメトハには知識がない。人間どもに関する情報が。


「勇者やらと呼ばれるほどの人間は」

「私が聞いた話では、百万のうちに何匹かが勇者と呼ばれるだけの力を持つと」


 百万という数も途方もない気がする。大陸中の清廊族を集めても足りないのではないか。

 人間に追いやられる前ならもっと多くいたのだろう。


「先日は十万のうちに十くらいおったではないか」

「すみませんメメトハ。兵士の数ではなく、普通の住民も含めての計算ですから……それも目安ですし」


 計算が合わないと言ったメメトハにルゥナが言葉を足した。

 言われてみればそうだ。兵士の数の十倍では済まない人間がいるのだから、それほど間違った話ではなかった。



「ああ、すまぬ。となると……」

「イジンカの港の数倍の規模の町です。兵士にしろ冒険者にしろ、やはり十匹程度は勇者級がいると考えましょう」


 多めに見て、ということだ。

 ルゥナの見立てに頷く。



「勇者の中でも上位の実力者……呪いを解く前のアヴィと同等と考えますが、これらが複数いればかなり危険です」


 そのアヴィが敵の英雄を相手に多少の時間稼ぎは出来たのだから、敵に回せば当然脅威に成り得る。


「あるいは英雄級……これは勇者級を十揃えてもひとつも出ないと聞きます。既に倒したことも考えれば、そうそういないとは思いますが」


 今いる丘を東に迂回して進めばその先は溜腑峠になる。

 溜腑峠前で倒した人間の英雄どもは、この町から向かったはず。

 あそこで二匹倒しているのだから、まだ出てくるとは考えたくない。



「英雄級の敵と見える敵がいたらウヤルカは即全員に伝えて下さい。作戦を無視して大声で構いません」

「おう、任せえ」

「アヴィかオルガーラ、近い方が対処を。出来れば共闘してすぐ仕留めて下さい。そこに時間を取られては、今度は数で飲み込まれます」


 十倍以上の数を倒せるだけの精鋭揃いになっている。

 だが、英雄級の敵はそのバランスを崩す脅威だ。

 勇者級も警戒しなければならないが、それらを無視してでも優先して倒すべき対象。



 メメトハ、エシュメノ、ウヤルカやネネランなら、敵の一撃二撃程度までならどうにか出来るかもしれない。

 相性もあるので確実とは言えない。先日も、接近速攻を得意とする強敵を相手にメメトハは危険を感じた。


 アヴィとオルガーラなら、正面から実力でそれらに対抗できるはず。


 オルガーラは、やはり強い。

 白い大楯を構え凄まじい筋力で突撃して、瞬く間に方向を変えてまた突貫する。

 敵の位置をどう把握しているのかよくわからない。直感らしい。臭いとも言っていた。


 雑兵ならその大楯の衝突だけで骨を砕かれ、どうにかその大楯を防ぐような相手には盾の死角から鎌が突き刺さる。


 サジュを長く守ってきたという実力は確かなもの。

 戦い方は見栄えしないが、単純な筋力と瞬発力が異常なのでなかなか対抗策が思い当たらない。


 落とし穴を掘れば、それも直感で躱してしまいそう。

 いくらか考えてみたものの、味方なのだからメメトハがそれに思い悩むこともないか。

 味方で良かった。



「英雄級が二体以上いるようなら、それぞれ荒野に退いて曲がり玉岩に集まるよう」

「位置によっては溜腑峠に向かうと、打ち合わせ通りじゃな」


 敵の戦力が測り切れない以上、不測の事態もあり得る。

 退く必要があれば、荒野の途中にある大きな目印で再集結と決めていた。その時の配置によっては溜腑峠を目指して撤退。




 時間があるのなら、もっと下準備をしたかった。

 その余裕がない。


 イスフィロセという国の軍勢は壊滅させたが、完全に滅ぼしたわけではない。

 そちらに手を掛けていれば、今度は別の勢力が応戦の準備を整えてしまうだろう。

 大半の戦力を失った敵よりも、このヘズの町を叩く。


 こちらの情報とて、色々と伝わっているはずだ。

 多くを知られて対策を打たれる前に、主要な人間の拠点を潰す。組織だった抵抗をさせない為に。


 海に逃れた敵がロッザロンドから援軍を呼ぶ可能性もあった。

 海を渡っての増援となれば移動時間も準備も必要。まとまった数が来るのなら早くとも来春だろう。


 この冬までに、このカナンラダ大陸にいる人間どもは蹴散らしておく。可能な限り。




「……メメトハ、やはり無理ですか?」


 全体の指針を確認した後、攻撃に移るまでの休息にルゥナに訊ねられた。


「あの時のような共感の力は」

「妾とて出来るものであれば惜しみはせん」


 一応の確認として、駄目で元々と。

 ルゥナの言葉に首を振らなければならないメメトハもつらい。



「オルガーラの力は大きすぎるのじゃ」

「……」

「なんと説明したものかのう」


 ふぅむと周囲を見回し、木々の隙間から見える下の平地を見据えた。



「持ちきれぬほど重い荷物を抱えて、急な坂道を駆け降りるとなれば」


 今のメメトハの筋力なら大木でも抱えて走れるが、イメージとして。


「どうなるかの?」

「……止まれなくて、怖いですね」

「身が竦み、足がもつれて転ぶじゃろうな」



 急峻な坂道を駆け登ることは、体力は使うが恐怖はない。

 逆に駆け下りることは、体力とは別に恐怖心が呼び起こされる。


 止まれない。転びそう。

 ましてオルガーラの力というような、身の丈を超えるものを抱えてのことなら。



「サジュで妾がやれたのは初めてだったからじゃ。あの時出来たからと考えるのも無理はないが、あれの重さを知った妾の心が止めてしまう」


 知らなかったから出来た。

 そんなことはよくある話。


 オルガーラの力をメメトハが介してニーレの弓に伝えた。

 無我夢中だったし、経験したことがなかったから。


 今やれば、動揺した気持ちが途中で止めてしまうか、そうでなければ力の扱いを間違えてオルガーラと一緒にメメトハが破裂するかもしれない。


 オルガーラは魔法使いではない。

 彼女が魔法使いで、自分でニーレの氷弓皎冽に宿ったユウラの魂と共感できるのなら、その力を使えるかもしれないが。


 あれはまあ、無理だ。

 残念ながらオルガーラにそういう器用さを求めてはいけない。特に今は言葉も満足に通じているのか怪しいほど。


 トワも困った顔を浮かべていた。ルゥナの求めに首を振ったのだから本当に難しいのだろう。



「無謀な賭けに出るより、オルガーラを素直に戦わせた方がマシじゃろう」

「ごめんなさい、何度も」

「構わぬ。アヴィとの共感魔法の時も偶然じゃった。妾の方こそ不甲斐なくてすまぬな」


 大地から天を貫く雷の柱。

 あれも再現できない。

 今までに使ったどんな魔法よりも強力な力で、英湯級の敵だろうが討ち滅ぼせるはずの魔法。


 メメトハの力は安定しない。

 ルゥナの期待に応えることが出来ず、情けない。


 だからと言って、出来ないことを強がって期待させたところで作戦が成り立たない。

 確実に勝つ為には、確かな手段を用意して挑む。

 不確かなことに助けられた事実があっても、それを期待しているようでは勝利など掴めないだろう。



「私も……」


 思い出したように呟いた。


「クジャで敵を倒した時の魔法を再現できません」

「あれはおぬしが紡いだ物語じゃな」

「連響叉……なぜか不意に浮かんだんですが、どうしてなのか……」


 星振の響叉が連鎖する魔法。

 鳥の混じりものを倒した時にルゥナが使ったと聞く。


 遥か昔、夜空から落ちた流れ星が弾けて山を震わせる轟音を響かせたとか。

 星振の響叉の魔法にしても、クジャでは知られていなかった。

 そういう昔話はあったが、ルゥナ達が魔法として使っているのを見て知ったのだが。



「強敵を倒す為に連発するような物語を紡いだのじゃ。子供の法螺話がいずれ世界に童話として広まるように、始まりの魔法ということじゃろう」

「始まりの……」

「普通に出来ることではない。唱えた後にぶっ倒れられても困る」


 これもまた伝説。

 神でもないルゥナが世界に知られていない魔法を紡ぐなど、奇跡と呼んでもいい。

 もしかしたらこれも濁塑滔が遺した恩寵なのかもしれないが。



「……わかりました。出来ないことは頭から外しましょう」


 切り替えて頷く。

 この先の戦いに向けてもっと力はほしいが、ないものねだりをしても仕方がない。


「いよいよとなれば妾も腹を括ろう。無茶でも何でもやってやるわ」

「そうならないよう努めるのが私の役目ですが」


 こちらの思惑通りにことが運ぶとも限らない。ルゥナも唇を結び、それから少しだけ緩めた。



「勇者が百ほども出てくるようなら、その時は頼ります」

「はっ、千でも構わぬぞ」


 有り得ない軽口を叩いて笑い返した。



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