第四幕 032話 普通の少女_2
「ルゥナ、背伸びすんのはやめぇ」
「……」
「何でもできるわけないんじゃ。おんしが失敗した分はウチが埋める。そういうんが仲間じゃろうが」
「ぁ……」
口を開きかけて、唇を結ぶ。
意地を張り、涙を堪えて。
「なんでそんな気張っとるんか知らんがの」
溜息を吐いた。
「他のもんとちごうて、ウチはおんしをそがいに強い思うとらんのじゃ」
なにせ、と。笑った。
「ウチがルゥナを初めて見たんは、ひぃひぃ泣きじゃくっとったところじゃけぇな」
「それは……そう、ですが……」
顔を上げ反論しかけて、思い出したのか俯いた。
アウロワルリスの断崖を越え、ようやく辿り着いた先で。
ルゥナは泣き喚き、他の誰よりも駄々っ子のようにアヴィに縋りついていた。
ウヤルカの第一印象はあれだ。
「小娘なんじゃ、おんしは」
「……」
「ウチから見りゃあ、ぴいぴい泣いておもらししとる小娘みたいなもんじゃ」
「お、おもらしなんかしません!」
むぅっと顔を上げて言い返す姿が、本当に小娘。
「私は、ちゃんとしないといけないんです」
「そかぁ?」
「今ある戦力で、最大の戦果を挙げて……効率よく……」
言いながら、だんだんと言葉が弱くなっていく。
そうあらねばならないと己を戒めているけれど、自信を失っていくように。
「わた、しは……」
首を小さく振る。
「冷たい女なんです」
自分を責めるように。
「冷血で、計算高い。卑怯な女です」
「……」
「戦士たちの死も、ただの数字。目的を遂げる為なら、苦渋の日々を送っていた清廊族を口先で兵士とするような」
「誰もそがなこと思っとらん」
「私は!」
ルゥナが両腕を握り、肩を掴むウヤルカの手を払った。
「自分の家族だって……お母さんが死んだことだって、悲しくなかった!」
「……」
「それも一つの数字。それどころか、アヴィと一緒でお母さんを失ったから、一緒だって……同情してもらえる。生きてなくて安心したって考える、最低な女です! 最低な娘です!」
わかったようなことを言うなと、ウヤルカを拒絶する。
「卑怯で卑劣で、最低! こんなの……私は」
「ルゥナ」
言葉を重ねるルゥナに、ウヤルカは右手で頭を撫でた。
そういうことかと、理解が足りなかった己の無神経さを悔いながら。
「母ちゃん、助けられなくて残念じゃったな」
何がルゥナを苛んでいたのかを知り、年長の自分が彼女を何も見てやれていなかったと悔いた。
「だから……わたし、は……」
首を振るルゥナに、ウヤルカも首を振る。
「期待しとったんじゃ、おんしは」
抱きしめた。
小さな体を、親が子を抱くように包む。
「母ちゃんがどこかで生きてるって。おんしはそう望んどったんじゃ」
「ちが……」
「ベィタを見て、母ちゃんのことも期待したんじゃったか」
認めたくない。
母が死んだことを。
認めたくない。
そんな甘い希望を抱いていた自分を。
「そんな
アヴィに対する後ろめたさもあったのかもしれない。
自分の気持ちを素直に飲み込めず、迷走した感情が変な絡まり方をして。
最初から母が生きているなんて望んでいなかった。
自分は冷たい娘だ。死者のことも損得で計算できる非情な女だと。
そう己に言い聞かせて、おかしな納得をしようとしていた。
「私は……」
「泣いてええんじゃ、ルゥナ」
「おんしは、母ちゃんに生きていてほしかった。他の誰に遠慮なんぞせんでええ。母ちゃんが死んで悲しいって泣き喚けばええ」
「わた……わたし……」
「おんしのアヴィ様が、そんなことでおんしを嫌うはずないじゃろうが」
ひとつずつほどく。
「ウチらが守りたいんは、そういう一個ずつの当たり前の気持ちじゃけぇ」
特別なことではない。
ただの当たり前のことを。
「ルゥナも、ただの娘じゃ。ごく普通の小娘が、当たり前に母ちゃんの為に泣いて悪いことなんてあるか」
セサーカに
誰より正しくなければならないと。
己を殺し、ただ冷ややかに全てを見なければならない。そう思い込んで。
「ウチは、おんしの母ちゃんじゃないけどな」
はらりと、ルゥナの瞳から零れた涙を胸に感じた。
「ルゥナの当たり前の気持ちも、ウチは守りたいんじゃ」
続けて、熱い雫が流れる。
「母ちゃん、助けてやれんですまんかったな」
慟哭が、湿原に響いた。
月明かりの湿原に、少女の泣き声が響く。
「わたしは……わたしはぁ……」
何度も、繰り返して。
「生きていて、ほしかった……生きていてほしかった!」
「ああ」
「お母さんに生きて……他の誰かじゃなくて、私のお母さんに!」
「ああ」
当たり前のことを、何度も繰り返して。
「なのに…私は、どうして! こんなの違う! いやなんです!」
「そうじゃな」
「お母さん……お母さん……うぁぁぅっぅぅっ……」
駄々っ子のように。
ごく普通の、どこにでもいる当たり前の少女として。
「お母さん……」
泣きじゃくるルゥナをウヤルカとユキリンがそっと包み、少女の嘆きを聞き続けた。
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