第四幕 018話 誰が為に_2
イジンカの町はひどく荒らされていた。
町の出入り口である門は全て破壊され、瓦礫で埋まっている。
唯一、南東の門だけが通れる状態で、閉ざす扉まで壊されなくなっている。大通り沿いの建物もかなり破壊されていた。
意味のある破壊には見えない。ただ暴れただけのよう。
路地に入ればその辺りの建物は無事だ。大通りにあった手近なものを力任せに破壊していったのだろう。
所詮は蛮族。
しかし、イジンカの建物は大半が石造りだ。
港町で雨も潮風も多い。耐久性から、海沿いの建物はそういうものが多い。
普通の力で軽々と壊せるものでもないが、影陋族の戦士はどいつも下位の冒険者程度の力があるという。
戦いに適さない者は兵士より弱いが、数少ない戦士の適性がある者は強い。
中には中位や上位の冒険者並みの力がある者もいるだろう。武器さえあれば石造りの建物でも破壊は出来るか。
平均的な筋力で比べて、下位の冒険者でも一般の兵士の倍程度。
倒そうと思えば兵士が三人から四人程度はほしい。安全に勝つなら五倍くらいは見ておきたい。
軍の兵士の中にだって強さのばらつきはあり、小隊長から中隊長くらいになれば下位の冒険者と同じぐらいの力はある。
前回の失策は聞いている。
波状攻撃を仕掛けようとして、第一波、第二波が接敵とほぼ同時に全滅した。
続く攻撃の足が勢いを失う。
ぶつかる力が弱まり、ごく少数の敵に中衛左右から奇襲を仕掛けられて。
後方の兵が劣勢と見て逃げ腰になり、敗走した。
そのまま続けていたなら撃退も出来たはずだ。
前衛がやられたとしても、イジンカの軍の方がまだ遥かに数が多かった。
蛮族だと言っても、戦闘すれば体力は消耗する。作戦通り続けてぶつかっていけばいずれ崩れた。
敵の体力よりも先に、兵士たちの精神を崩された。
負け戦だと感じさせられて、死にたくないと恐慌を引き起こす。
おそらく敵の前衛には特に強者を揃えていたのだろう。こちらの戦意を挫く為の布陣。
イジンカの南にはスラーとサキルクという大きな町がある。
両都市から編成された大規模な討伐軍。
その将校たちの胸中に、いくらか疑念があった。
蛮族にしては知恵が回る。人間の精神面のもろさを攻めるとは。
過去にそうした戦い方をしたとは聞いていない。
戦士としての力を持つ者は、勇猛さを第一に愚直な突撃を旨とするとか。
筋道を立てた作戦と規律を守った部隊行動といった、ロッザロンド大陸の精兵のような戦い方などしない。
カナンラダ大陸でそうした作戦を遂行できるのは、おそらくエトセン騎士団やアトレ・ケノスの精鋭くらい。
軍が大きくなれば、どうしても規律が守り切れない。
ましてイスフィロセの気質は海賊的な根っこがある。
好き勝手をするとまではいかないが、規則正しく足並み揃えてという形にはならない。
前回は、それが悪い形で出てしまった。
自分だけは助かりたいと一人二人が逃げ出して、それに続けて歯止めが利かず。
今回はそうはしない。
小分けにするのではなく、まとまった数で敵を飲み込む。
味方の死体など泥土のように踏み躙り、蛮族どもを力づくで圧し潰す。
所詮は三千にも届かない敵だ。
チャンスとも言える。これが影陋族最後の戦力のはず。
打ち破れば、この先がどうとでもなる。
北部などそれほど魅力的な大地ではないにしても、影陋族どもの本拠地。
希少な宝があるかもしれないし、残った影陋族を捕縛、管理して出荷する拠点を作ってもいい。
野生のものがいなくなれば、欲しがる客はどこから買うか。その多くをイスフィロセが手中に収めることも可能。
アトレ・ケノスも敗れたのだとか。
大英雄と呼ばれるムストーグが戦死したと。
あちらの足が止まるのなら、イスフィロセが先んじる。
大国であるアトレ・ケノスは保守的な勢力も強い。
イスフィロセは小国ながら革新と進歩を優先する。新しい技術を作り出し、リスクがあっても前進する。
そもそもカナンラダ大陸への航路を見つけたのだってイスフィロセが先だ。
鈍重な大国より、先鋭的なイスフィロセが前を行く。
いずれはアトレ・ケノスもルラバダールも、イスフィロセの下に。
野心的な意識もあった。
この数であれば負けるはずもない。半分でも勝てるだろうところを十万の数を連れて来た。
無理をして民間人の徴用もしたが、農夫や船乗りとて槍を持たせれば兵士のようなものだ。
突くものが、藁草や魚でないだけ。
影陋族は大軍が迫るのを知って逃げ出した。
荷車の轍や足跡が北に向かっている。サジュとかいう町に逃げ帰ったのだろう。
追えば殲滅できるかもしれない。
だが、糧食の問題もある。
イジンカを少し整備して補給拠点としようと。港もあるのだから船便も使える。
半数を北に。残り半数で町の瓦礫だのを片付けようと。
町に入り、二日後の夜半だった。
「敵襲! 敵襲!」
数の少ない影陋族が、町に入った大軍を相手に襲撃をしてくるなど。
正気の行いとは思えず、予想の外だったことは否めない。
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