第三幕 092話 曇りない嗚咽_1



「貴女は……」


 怒りが溢れる。


「何をしたのか、わかっているのですか」


 静かに、けれど苛烈に。



「トワ!」


 叱りつけた。

 何も言わない銀色の娘に、どうしようもない怒りをぶつけて。


「……」

「何とか言いなさい! こんな……こんな恥ずべき裏切りを!」


 震える。

 手が震える。


 ひどい。こんなこと、ひどすぎる。

 事情がわからないわけではない。わかってしまうから余計に、許すことが出来ない。



「こんなことを……貴女は、ダァバと同じです‼」



 どうしたらいいのだ。トワを。

 断罪せねばならない。

 こんな所業を許しては、他に示しがつかない。

 自分たちが何のために戦っているのか。


「ティアッテに、このような外法を……説明しなさい、トワ!」


 ルゥナが、甘くしすぎたからか。

 ルゥナが甘えたから、トワが勝手をした。

 だとすれば全て自分の責任だ。トワではない。トワを処罰などしたくない。



「……」

「言い訳を……お願い、トワ……何か、言いなさい……」


 取り繕う謝罪の言葉でもいい。

 それがあれば、皆にはそれで納得させる。


 メメトハは、魔術杖を握り締めて震えていた。

 ウヤルカもエシュメノも、警戒するように構えを解けない。


 ミアデやセサーカ、ネネランは戸惑い、アヴィは何も言わない。

 ユキリンとラッケルタは、恐れるようにかなり遠くに離れていた。




「……殻蝲蛄かららっこの魔石を使ったのでしょう」

「はい、ルゥナ様」


 何か言えとは言ったけれど、そんな返事だけでは許してあげることも出来ない。

 もっと違う言葉はないのか。嘘だっていい、否定の言葉でも。



「混じりものを作るとは……トワよ、おぬし……」


 メメトハが、ぎりと歯を鳴らした。

 忌まわしい記憶はまだ新しい。

 クジャでも、このサジュでも。


「……ルゥナよ」

「待ってください、メメトハ」


 今にも殴りかかりそうなメメトハを制する。


「殻蝲蛄の魔石は、私の管理不行き届きです。貴重で、場合によれば危険なものだったのに」


 盗み出して、勝手に使ったトワが悪い。

 だけれども責任はルゥナにある。



「くだらぬ庇いだてをするでないわ!」


 ルゥナの言葉に、メメトハの声が荒ぶるのも仕方がなかった。


「こやつは、こともあろうにあの……ダァバのごとき所業をやったのだぞ!」


 指を差す。

 差されるのは、大地を踏みしめる氷乙女の足。

 焦げ茶色の甲冑のごとき膝から下。



「わからいでか! 義足などではない、魔物の足じゃ! しかと見よルゥナ!」

「わかっていますメメトハ! だから話を」

「話してどうするのじゃ! どうであれ、やってはならぬ! 許してやろうなどと言わせぬぞ!」



 失われたティアッテの片足が、魔物の足に変わっている。

 大地を踏みしめるそれは仮に繋いだようなものではない。間違いなく彼女の体の一部として。


 それは、ダァバが使ったという外法。邪法。

 なお悪いのは、使われたのは人間ではなく清廊族の同胞だ。それも氷乙女とは。



「今聞いたであろうが! 幼くして秀でた才を振るった者の末路があれじゃ! 取り返しのつかん裏切り者ぞ!」

「トワは違います!」

「違う? 何を証にそう言える!? この娘がダァバとは違うと!」

「メメトハ‼」


 思わず手が出た。

 もちろん、本気ではない。本気ではなかったけれど、感情が止められない。


 ルゥナの手を、メメトハが手にした魔術杖で防がなければ、その頬を張り飛ばしていた。



「……そなたは、甘やかしすぎじゃ」

「……」

「おぬしの好いた惚れたなど些末な話じゃ。この娘は……トワは、清廊族の……妾の敵と同じ」


「メメトハ、なんでもそりゃあ言い過ぎじゃけぇ」



 見かねたウヤルカが間に入り、メメトハの魔術杖とルゥナの手を掴んで引き離す。


「どっちも、ちぃと頭冷やさんね……ウチも、なんよ」


 後ろ頭を掻くウヤルカだが、表情は険しい。



 魔物との融合。

 怨魔石を使うダァバの技術。


 クジャを襲った魔物人間を倒し、それが遺した赤黒い輪を見てパニケヤたちは確信していた。

 サジュに現れたダァバが魔物人間を従えていたのだから、その見立てに間違いはない。


 忌まわしい技法。別々の生き物を混ぜ合わせるなど。

 アヴィと濁塑滔との繋がりとは違う。無理やりに捻じ曲げて繋げることなど、するべきではない。


 トワはそれをした。



 どうやって……ネネランの魔槍紅喰べにぐらいをパニケヤが作成した時、トワは見ていなかった。

 顎喪巨蟲の残した怨魔石をルゥナの血と混ぜ、熱い霧のようにして魔石と混ぜた。それを見ていなかったのに。


 まさか自分自身の探求でそこに辿り着いたとでも。

 それではまるで、本当にあの裏切り者ような――



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