第三幕 091話 踏まれる手順_2



「ティア……怒ってる?」

「……いえ、オルガーラ」


 少しだけティアッテの体から力が抜けた。

 心配事が勝手に片付いてしまい、やや気が抜けたよう。



「それで……貴女がトワの為に生きたいと言うのなら、それでいいと思います」

「うん、そうだよね」


 これで一つ。


 ティアッテの方が、どう言い出そうかと悩んでいた別れの言葉。

 それをオルガーラから言われて、安堵しての返答。

 ずるい女だ。本当に。



「それで……それはわかりましたが、なぜこんな?」


 別れ話の為に拘束されるというのでは、納得いくわけもない。


「力を……そのアヴィの恩寵というのは過酷な何かなのですか?」

「やや性的なもの、ですね」


 嘘ではないと思うので、そんな風に。

 ティアッテは砦でミアデを借りていた。既に口づけ程度は済ませているかもしれない。


 でも、これもちゃんとトワの手駒にする。トワの言葉を聞くよう躾ける。

 その為にそれなりの儀式は必要。相応の手順を踏んで。



「ミアデが死にます」

「っ!?」

「……この次は、ミアデが死にます」


 トワの言葉にティアッテの体に力が入り、オルガーラが強く抑え込んだ。


「ティアッテ。貴女が戦わないのなら、次はミアデが死にます」

「なに……を?」


 理解できないという顔のティアッテ。



「ユウラが……私たちの仲間が死にました」

「……」

「南部からずっと一緒に戦ってきた仲間です」

「それは……残念に思いますが」


 ユウラのことなど知らないティアッテには、その程度の答えしかないだろう。

 なぜそれがミアデの話になるのか。



「次は、誰も死なせないようミアデが命を張るでしょう」


 優しさと、最も長くアヴィたちと戦い続けている責任感がある。


「そういう子だというのは、わかりますよね。ティアッテ」

「……そうですね」


 わずかな時間しか共に過ごしていない。

 けれど、ティアッテの記憶には鮮明に残っている。


 敵の渦中に単騎で飛び込み、呪いにより戦わされる清廊族の戦士を涙を堪えて討つ姿が。

 命を投げ打ってでも怨敵を殺そうとしたミアデのことを覚えているはず。


 一所懸命で危なっかしい。

 自分の安全よりも他を優先させてしまう。視野も広くはない。


 そんなミアデが、親しい仲間の死後どういう行動を取るのか。苦境の中、頭を引っ込めることは有り得ない。



「もう仲間を死なせない。ましてアヴィやルゥナ様を死なせるわけにもいかない。ミアデはきっと無茶をします」

「……」

「貴女が、ミアデを守るんです。ティアッテ」


 戦えと言われて戸惑う彼女に、戦う理由を用意した。

 逃がさない。

 ちゃんと話を聞く前に逃げられてしまうのは困る。だから拘束した。



「私が、守る……」

「ミアデは貴女よりも弱い。戦場で誰かに守られることがどう心を動かすか、貴女も知ったでしょう?」

「ボクねぇ、助けてくれたトワさまのこと大好きになったんだよ」


 オルガーラがにへぇと笑いながら合いの手を入れる。


 そういうことだ。

 ずっと強かったティアッテは知らなかった。守られたことのないティアッテには経験のないこと。

 前回、砦でミアデに助け出され、絶望からの解放に一気に心が傾いてしまったように。




「今度は、貴女がミアデを守るんです。そうすれば……」

「……」


 戦いを怖れる気持ちが、傾く。

 我欲を叶える方に。


 折れてしまった心。投げ出してしまった戦意を、外から叩いても再び強くすることは出来ない。


 戦え、戦えと。そんなことを言われてもイヤなものはイヤだ。

 継ぎ接ぎの意志ではすぐに剥がれる。


 内側から火を灯す。

 折れてしまったものになど用はない。

 今までどんな義務感で戦ってきたのか、そんなことは投げ出したいのなら投げ出せ。捨てていい。



 欲しい。

 欲しいから、行動する。

 出来るからだとか、やらねばならないからとか。そういう動機は外付けだ。

 そんなものよりずっと、自分の欲望の為に行動する方が力になる。


「ミアデも、貴女に心を寄せるでしょう。共に戦うことで」

「……そう、でしょうか」

「彼女が死んでもいいのですか?」


 逃げ道も塞ぐ。


「そんなはずが……あなたは、どうしてそんなに」


 責める言葉。トワには仲間を思う気持ちがないのか、と。



「ミアデが、自分が死んでもいいと納得して戦うのであれば、それも仕方がないでしょう」

「……」

「勘違いしないで下さい」


 地面に転がるティアッテの顔に、顔を近づけた。

 お互いの顔はさかさまに、まつげが触れそうなほどに近く。


「私だってミアデが心配です」

「……」

「だから、貴女にこんな強引なお願いをしているんですよ。ティアッテ」


 騙すように連れ出して、オルガーラの力で拘束して。

 トワだって余裕がない。そういう風に。


 瞳が互いの瞳を映す。

 瞳というのは便利なものだ。感情を映すようでいて、映しているのは見ているものだけ。

 表情だと、嘘が知れてしまうかもしれない。だからとても近くに寄せた。



「……そうですね」


 ティアッテが見ているのは、トワの瞳に映ったティアッテ自身の瞳の色。

 不安と、情愛。トワの心にあるものとは違ったとしても、どうせ見えはしない。


「ごめんなさい……あなたも、不安なのですね」

「……ええ」


 よくできました。



 体を離して、またティアッテを見下ろす格好に。


「ですが」


 ティアッテは尚も言い淀む。


「私は……私には、十分に戦えるか……」


 戦力として、片足のない自分がどこまで役に立つのか。

 まだそれは言い訳として成り立つ。戦いを怖れる気持ちとて、ないわけではない。



「ですから」


 断る理由を一つずつ潰していけば。こういう女はいずれ頷くしかないのだ。


「力を、差し上げます」



 少し足を進めた。ティアッテの顔を見下ろしていたトワの両足が、彼女の耳の左右に。


「……下穿きは?」

「邪魔ですから、ね」


 先ほど、瞳を合わせていた間に。

 そのまましゃがみ込む。


「アヴィは」

「……」

「こうやって、力を誰かに分け与えるようですから」



 ミアデもそうされた、と言うように。


 別にそうは言っていない。言っていないけれど、ティアッテが勝手に勘違いするのは仕方がないだろう。


「きっとミアデも、最初は……どう思ったんでしょうね」

「ん……」


 腰を下げたトワの顔の前に、ティアッテの両腿の隙間からオルガーラの顔が覗いた。



「強引に、だったのかも」


 手順を踏んで。

 トワに踏まれて。


 そうして力を得ればいい。

 トワへの忠節を誓うように。ついでにアヴィへの妬心を募らせて。


「こんな……こと……」

「許して下さい、ね」


 尻の下にティアッテを敷きながら、さかさまの股越しに物欲しそうな顔をしているオルガーラと口づけを交わした。



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