第三幕 049話 指揮者の景色



 色々と意外なことがある。


 この町を奪われた影陋族が反攻してくるとしても、数の少ない種族だ。

 それなりの数の戦士を用意してこれほど早く攻撃してくるとは思わなかった。


 兵士の数でいえば数百というところで、イスフィロセの一万の軍勢には遠く及ばないにしても。



 妙に統率が取れていることも気になる。

 これまでの影陋族の戦い方と違う。戦術的な思考はさほどなく、氷乙女と呼ばれる英雄級の戦士を中心に強行するのが従来の姿だったのだが。


 突出した強者が率いるせいで、末端の兵士への指示が大雑把な傾向があった。これはアトレ・ケノス共和国軍にも言える話だ。


 地の利があったことと、イスフィロセとしても本腰を入れての侵攻はしてこなかった為に保っていた均衡。

 他国の出方も考慮して控えていた部分もあるが、今回それをこうして破った。


 こちらが踏み込んだことで、影陋族側にも何か変化があったのだろうか。だとしても脈絡がないように思える。何か噛み合わない。



 グリゼルダが目立って指示を出していれば、敵の将を討ち取ろうと強引に来るかと思っていたのだけれど。

 その動きに合わせて左右から殲滅や、強戦士がいるようならコロンバに仕留めてもらう手筈だった。


 一般兵士の力量が不足していても、複数の角度から攻め続ければ大抵の戦士は消耗し、いずれ落ちる。

 そういうつもりが、少し目算が狂った。


 想像以上の手練れの指揮官にコロンバが楽しみを覚えた気持ちはわかる。悪い癖だとは思うが仕方がない。


 その女が、コロンバの相手を任せるだけの戦士。

 最初には魔法も使っていたが、魔術杖を手放し剣で戦っている様子にも驚いた。魔法使いではないのか。


 奇妙な集団だ。



 円形の戦闘区域を明示され、そこで一対一の戦いを挑まれたコロンバ。これで退くような性分でないことは知っている。

 豪語するだけの力はあるようだが、見誤っている。コロンバと一騎打ち出来るまでの力ではないと見えた。


 だが敵の思惑に乗るのはよくない。



「コロン――」


 仕切り直そうと考えたことと、一瞬の迷い。


 この軍の最高指揮官は別の男の将官だが、兵士たちからの信頼の大部分はコロンバにある。

 敵との一騎打ちに臨む英雄をグリゼルダの指示で退かせるのは、全体に悪い影響にならないか。


 また、コロンバがああいった手合いを好むことも知っている。その楽しみを奪うことへの躊躇。


 グリゼルダが遅れた一拍の分だけ敵の反応が速い。



「全員! アヴィと共に勝利を!」

「うおぉぉ!」


 グリゼルダの声は、影陋族の喚声に掻き消されてしまった。



「っ」


 舌打ちまではしないが、胸中に悔いは残る。迷って指示が遅れたのだから。


「全軍、落ち着いて押し戻しなさい!」


 勢いを増した影陋族の戦士たちに気圧されぬよう号を放つが、これも後手だ。

 押し込まれた分だけ、戦線が崩れる。

 堤防のようなものだ。維持出来ている時はいいが、崩れるとそこから周囲が削られてしまうように。


 数では勝っている。町からはまだ兵士が出てくるのだから。

 影陋族の数は少ない。数の厚みをも保ちつつ包囲して削るつもりが、逆にこちらが痛手を受けてしまう。

 数十の兵士が次々に悲鳴を上げて、グィタードラゴンを中心にした敵が後ろに控えていた兵士に攻撃を始めた。


 戦線が瓦解とは言わないが、余計な被害だ。

 アトレ・ケノス共和国の軍もどう動くかわからないのに、戦力を削られるのは面白くない。

 ここで負けることは有り得ないが、死者も負傷者も増やされては後の憂いになる。


 この時点で、グリゼルダは敗北など全く考えてはいなかった。

 一万の兵士のいる拠点に、精鋭とはいえ千に満たない数で攻めてきたことは無謀でしかない。

 別動隊がいる可能性を考えても、まとまった数の部隊が動けばこちらの見張りに気付かれないはずはない。


 このサジュの町周辺はさほど障害物がなく、まさか影陋族しか知らぬ隠し道なども有り得ないのだから。仮に別動隊がいてもごく少数。

 コロンバと戦える戦力ならこちらに配置したはず。その程度の戦力なら問題にはならない。



「後詰から盾兵と大槌、そのグィタードラゴンを叩きなさい! 他の兵は援護を!」


 少し戦線が歪になるが、強引に押し返すことを選ぶ。


 被害は増えるかもしれない。だが、コロンバが前で戦っているのを孤立させるわけにはいかない。

 無用な心配かもしれないが、勇者級の使い手がコロンバの死角から攻撃するようなら危険だ。



「サビーノ! ライメダ! コロンバの援護に――」

「無理だ姐さん!」


 勇者級の冒険者たちの名を呼んだが、返答の声もかなり切迫している。


 見ればそれぞれ、両手に短槍の小柄な少女と、無手で戦う格闘家と交戦していた。

 どちらもすさまじい連撃で、息つく暇もない様子。今の返事とて精一杯だったろう。


 彼らの仲間も援護しようとしているが、その少女らは影陋族でも中心的な存在らしく向こうも彼女らをサポートするのでうまくいかない。

 そうしている間にも兵士たちが倒れていく。影陋族にも被害は当然あるのだが、見かけの体感では五対一、あるいは十対一というようにも。


 敵に疲労が蓄積されれば状況は改善されるだろうが、それにしたってひどい。

 この部隊はどうやら影陋族の精鋭中の精鋭。北部に住む影陋族が集めた最高戦力なのだろう。



「仕方がありません」


 剣を抜いた。

 グリゼルダとて並の戦士ではない。立場的にあまり前線に立つべきではないと思っているだけで。


「私が支援します」

「させません」


 金属音を響かせてから、良かったと思う。


 竈骨島に行って良かった。

 魔境での戦いを経験したことで自身の限界を超えられた。前よりも強く。

 だから、今の剣戟に対応出来た。


 コロンバが感心しただけの戦士。

 飛竜騎士が名を叫んでいた。ルゥナと。

 押し込まれた前線をさらに切り開き、グリゼルダに迫る一撃を放つ。


 少し意識の外からだったが、直感で受けられた。普段のコロンバとの訓練も活きている。



「ちっ」

「ルゥナ様、無茶をしないで下さい!」


 他の影陋族の戦士たちも彼女に続き、グリゼルダの周囲の兵士たちがそれとぶつかった。


「……指揮官が突出するのは愚かなことですよ、影陋族」


 かなり強い。

 だが、コロンバには及ぶべくもない。グリゼルダなら対応できる。



「人間が多くの清廊族を殺さなければ、私もきっとこんな前線に立つことはなかったでしょう」


 また、意外と。

 まともに言葉を返してきたのは、どこか共感するところがあったのかもしれない。

 部隊を率いる指揮官として、思い通りにならない歯痒さなど。



「お前を討ちます。私が、今」

「私を殺したところで、まだいるのですよ。軍司令も、多くの兵士も。この町だけでなく」


 わざと穏やかに、諭すように話す。


 時間を引き延ばしたい。

 まだ身支度をして集まってくる兵士がいる。軍司令の姿もないので、数をまとめているのかもしれない。



「どれだけいたとしても関係ありません」


 高揚して、何を言っているのかわからないのだろうか。

 どれだけいるか関係あるだろうに。


 影陋族は愚直だと言うが、数を数えることさえ出来ないのだろうか。

 だからこんな無謀な戦いをするのかもしれない。



「どうせ皆殺しです」

「……なんです?」


 何を言われたのか、時間稼ぎではなく素で聞き返してしまう。

 ひどく冷たい目で、冷たい声で。

 高揚しているわけではない。


「皆殺しだと言ったんです」


 今度は敵が、グリゼルダに言い聞かせるように。


「人間は、最後の一匹まで余さず、皆殺しです」



 愚直なのではない。

 狂っているし、視覚にも異常があるようだ。


 状況が見えていない。

 現実を見ていない。


 この戦場にどれだけの兵士がいるのか。

 兵士だけではない。それ以外の人間だって多く帯同していて、彼らとていざ命が危ういとなれば武器を手にするだろう。


 ここだけの話でもなく、イスフィロセにどれだけの数の人間がいるのか。

 カナンラダ大陸に。ロッザロンドや他の島々にも。



「また、随分と」


 見誤っていた。

 反省する。普通に会話が成り立つのでもう少しまともな頭があるのだと。


「出来もしないことを言われるものですね」


 今も、見ていないのだろう。見えていないのだろう。

 町から溢れてくる兵士の波に、数の少ない影陋族どもが飲み込まれていく現実が、彼女には見えないのだろう。



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