第三幕 006話 釜中で諍う魚



 何日続けても、軍議はまとまらない。

 会議などそんなものだ。決まった方針がない段階で話を続けても、答えなど出ないまま終わるもの。


 アトレ・ケノスの大貴族――旧王族の出身であるジスランは、こういうのはロッザロンドでも新大陸でも変わらぬなと思うだけだった。

 所詮は人間の集まり。大きく変わることなどない。



「ここはやはりジスラン様のご判断をお聞きしたい」

「様付けなど不要だよ、バシュラール殿。私はもう家を出た身だからね」


 あくまで一個人として、この新大陸に渡ったつもりのジスランだが、周囲はもちろんそんなことを認めない。

 政争などを嫌って家を出たのだが、出自はどこでもついて回る。


 ロベル・バシュラール。この砦の南に位置するヘズの町に駐留するはずの軍人。

 大英雄ムストーグ・キュスタ将軍の幕僚として、かつては本国でもある程度の地位にあった人物だ。あまり良い噂は耳に入ってこなかったが。



「それに私はこの新大陸では新参者だ。土地にはそれぞれ流儀があるものだろう」

「このような魔境で従う流儀といえば、力しかありませんよ」


 ロベルの言い様に、周囲の目線が二つに割れた。


 ジスランと、ムストーグ。

 この場で最大の、それぞれに。

 出自など無関係としても、確かにそれならジスランの意見が重んじられる理由にもなる。


 ヘズの町から出て来た軍人は主にムストーグの部下になる。

 飛竜を中心とした編成は、港町ネードラハから出ている部隊と故郷からジスランに付き合ってきた者たち。ジスラン派閥。



 竜公子ジスラン。飛竜騎士の中では象徴的な存在なので、飛竜騎士が日常にいたネードラハの兵士から親愛を受けるのも頷ける。

 同じ国の中だというのに、主要な都市の間ではどうしても対立構造というか対抗意識というか、そういったものが否めない。


 政争の旗頭になるのを嫌って家を捨てたというのに、むしろ新大陸でこそ顕著にそうなってしまっていた。

 流れる血までは捨てられず、それが為に流れされる血もあるか。



「私は、あまり賛成ではないね」


 意見を求められても、変わらない。


「敵の正体が不明だ。安易に動くのは得策とは思えない」

「竜公子ジスラン様が、そのような及び腰とは」

「不敬だぞ、バシュラール!」


 ネードラハ所属の将官から怒号が発せられ、周囲がざわめく。

 喧々諤々と。この数日はずっとこんな調子だった。

 軍議などという体裁だが、ただの責任の押し付け合い。




 溜腑峠を攻略し、その先にある影陋族の町を攻め落とすという予定だったのだが、算段が狂った。


 原住民である影陋族というのは、数が少ない。

 町の規模は大きくとも住民は数千程度だとか。占領するのに大軍までは必要ないというのは事実として、少数での作戦行動。

 そもそも魔境を越えるというのに、雑多な兵士が多くともあまり意味がない。精鋭部隊で目標に向かった。


 最初の難所、溜腑峠については噂にたがわぬ難所で、聞いていた通りの伝説の魔物を目にする。

 ジスランたちとムストーグの力で攻略は出来たものの、予備知識・・・・がなければ不可能だったろう。それに運も味方してくれた。


 砦を築き、春の侵攻に備えて周囲の魔物を駆除していった。

 そこまでは予定通り。


 侵攻時に敵の主戦力と言われていた英雄級の女戦士を捕縛できたのは、予定していたわけではないが幸運だったと考える。

 想定外の出来事は、その直後だ。


 ムストーグが捕えた女戦士をどうするのか気分は悪かったが、彼の戦果だと言われれば仕方がない。

 目先を切り替えて影陋族の町、サジュに進もうとしたのだが。




「バシュラール殿は、あれが何かご存じか?」


 口々に言い合う将官の中で、ムストーグとジスランだけは沈黙していた。そのジスランが口を開くと、ぴたりと騒ぎが収まる。

 呼びかけられたバシュラールに視線が集まると、彼は居心地悪そうに咳払いをした。


「……いえ、あのような物は初めて見ましたな。巨大な魔物でしょうか」

「私も知らない。新大陸……このカナンラダの魔物、というわけでもないのか」


 静寂。

 それぞれが、己が目にしたものを思い出して、苦々し気に口を閉ざす。


「町にいたのはイスフィロセの軍だった。それは私にもわかるが、あのような魔物を使役しているとは聞いたことがない」


 空に浮かぶ巨大な塊のような何か。

 イスフィロセの軍がそれを怖れていた様子はない。むしろそれを背に攻めかかっていたように見えた気がする。


 影陋族の主力とジスランたちが戦っている隙に、イスフィロセの連中が背後から町に攻め入り、落とした。


 算段が狂った。

 こちらが苦労をして陽動してやったようなものだ。



「なんであれ、イスフィロセなど我がアトレ・ケノスの敵ではありませんぞ」


 バシュラールの言葉に、賛同するような声を漏らすヘズの軍人たち。それについてはジスラン寄りの将官たちも意見を同じとする部分がある。

 イスフィロセは大国ではない。ルラバダール王国ならともかく、小国に舐めた真似をされて黙っていられるかと。


 漁夫の利を攫われ、指を咥えて見ているなど許せない。

 あの町は我らの戦果であり、生意気な連中を追い出す為に戦うべきだと。


 それが出来ないのなら、ここまでの労力について誰が責任を取るのか。この出兵にも金も人手もかかっているのに。

 そんな、責任のなすりつけ合い。



「勘違いをなされませぬよう、私はジスラン様こそが最強の空の王者であられると確信しております」


 数百年前から継がれる最古の飛竜を駆り、自身も英雄級の力を有する竜公子ジスラン。

 それを持ち上げるような言い方をするロベル・バシュラールに、ジスラン派の将官も当然妥当言うように賛意を示す。


 僅かにムストーグの眉が動いたのが可笑しい。自分の部下が、対抗勢力の若造を誉めそやして不愉快なのか。



「イスフィロセのあれがなんであれ、ジスラン様であれば容易く打ち破るであろうことは明白ではありませんか」


 だから攻めろ、と。

 飛竜騎士を中心として、あのサジュという町に侵攻すべきだと主張するバシュラール。

 正体不明の敵に対して先陣を切れとは、都合のいい言い様だ。


 見掛け倒しなら別にいいのだが、あの時ジスランは感じた。

 己の騎乗する飛竜ウイブラが、今までにない脈動をさせるのを。


 高揚と恐怖の入り混じったその何かに、危険を感じた。だから即座に退いた。

 ただならぬ気配。見掛け倒しだと判断するのは危険だ。



「今はヘズとネードラハからイスフィロ側に圧をかけて、相手の出方を待つのが筋かな。もしあれがこちらに攻めてくるというのなら、私が討つよ」


 空の戦いで後れを取るとは思っていない。

 巨体で得体は知れないが、大した速さではなかった。

 どんな魔物だとしても、鋼鉄の盾をも打ち砕くジスランの一撃を受けてまるで平気ということもあるまい。


 臆しているわけではない。状況として、敵の出方次第だと言っているのだと示す。



「バシュラール殿の勇猛さは聞いている。一人でも向かうと言われるかもしれないが、出来れば少し待ってもらいたいところだ」


 自分がこんな気遣いをする必要があるのかと嘆息したいところだが。


「初春とはいえやはりカナンラダは寒い。私の飛竜ウイヴラもまだ本調子ではなくてね。イスフィロセに鉄槌を下すと言うのならぜひ私も参加したいと思う」

「まあ、気候ばかりは仕方がありませんな」


 落としどころが必要だろう。

 お互いに頷くために、どこかしら。こちらは新参者で、一歩引いて見せるくらい大した屈辱でもない。



 強硬策の主張はただの嫌がらせだ。

 ジスランが新大陸に渡り、ネードラハから提案された侵攻作戦。それに乗ったヘズの軍人が、どうしてこうなったかと文句を言いたいだけ。


 労力を払っただけで成果がないのでは、自分たちの立場も危うい。

 ムストーグはあまり興味がない様子だが、他の者から焚きつけられたバシュラールが表立って喚く。



 北上してやや西に位置する湖の町、サジュ。

 それ以外の地理がよくわからない。影陋族の奴隷などから聞いてみても、それらは地図などを書くことが出来なかった。

 南部や西部で捕らえた影陋族は、自分たちが住んでいた場所以外をよく知らない。

 北部出身という者もいたが、今度は西部との位置関係が曖昧で、結局詳しい話は不明なまま。


 中心にはクジャという首都とも言うべき町があると言うが、さすがにそこまで一足飛びに侵攻するのは困難だ。

 気候も独特なところがあり、また溜腑峠のような魔境がないとも限らない。


 いかにジスランが英雄であろうと、飲まず食わず、眠ることもなく戦うことは不可能。

 見知らぬ土地で水に当たりでもすれば、腹を下して満足に戦うことも出来ないだろう。英雄と言っても神ではないのだから。


 飛竜は、寒さ以外はそこまで心配しなくてもいいのだが。

 こういう点で魔物は頑強で羨ましい。生肉でも生水でも、よほど合わないものでなければ口に出来る。


 そんな魔物の特性でも得られたら、それこそ気ままに単独行動でもしてみたい。

 ジスランがそんな胸中に苦笑を浮かべた、その時だった。




「報告! 報告!」

「騒々しいぞ」


 急造した砦の中心に位置する本営。

 バシュラールは叱責したが、駆けこんでくる兵士の様子はただ事ではない。


「は、はい。ご報告いたします! 砦の外に――」


 報告の必要性は半分で済む。


「敵です!」


 という声と共に、北の門の方角から地鳴りが轟いた。



「イスフィロセの、コロンバです!」


 とりあえず答えの出ない会議についてはここで終了という結論でよさそうだ。



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