第一幕 36話 失われたもの_3
「ぜんっぜん外れじゃねえか」
「可能性の問題だって言ったじゃないですか」
平和な村に現れた三人の男女。
非常識が歩いているビムベルクと、扱いの悪い副官ツァリセと、扱いの良い奴隷少女スーリリャ。
(いや、おかしいおかしい)
考えてみたらか奴隷以下の扱いだ。
いくら尊敬する戦士だとはいえ、この職場環境はおかしい。
抗議する先はどこだろうか。
エトセン騎士団本部か。無理だ、あそこは英雄ビムベルクの無茶な要求を誰に押し付けるかしか考えていない。
誰に押し付けるって?
ツァリセだろう。
ええ、その人のことなら知っています知っています。そうですよね。
「間違えたお前が悪い」
「いや、これからかも……しれないですし」
平和な村だ。
何よりのことだ。平和が一番。
この村が戦火に……災厄に襲われることを望むか、望まないか。
「これから来るのか? その連続襲撃犯が」
「……いやぁ、どうでしょうか」
何事もないのが一番だと思うけれど。
「まあまあ、ツァリセ様は女神様ではありませんから、全部を当てるのは無理ですよ。閣下」
奴隷に庇われた。
自分より年下の……いや、少なくとも自分より倍以上長く生きているはずだが、年下に見える少女に庇われた。
「なぁにがツァリセ様だ。こいつに様なんていらねえって言ってるだろ」
「む、無理ですよう」
良い奴隷だ。
ツァリセも買うならこういう奴隷がいい。常識と立場を弁えて、他人を気遣う気持ちがある。
「……ってか、なんだか物騒じゃねえか」
ビムベルクの目は正しい。
小さな村なのに流れ者のような人間が目に付く。何人も。
武装した冒険者だと見て間違いないだろう。
「まあ、目的は同じでしょう」
「ばぁか、ちげえよ」
脳筋隊長に馬鹿呼ばわりされた。
「あいつらの目的は、金になるか女をとっ捕まえるかってことだろうが」
「……ですね。目標は同じ、でした」
美しい影陋族の女が近隣の集落を襲っている。
それを聞いた多少腕に覚えのある冒険者であれば、常識に照らし合わせればこう考えるだろう。
――素人ではない自分なら対応できる。
――野良の影陋族なら誰の物でもない。捕えれば自分のものだ。
――美しいのなら楽しむこともできるし、売れば相応の金になる。
普通の冒険者の考えだ。
そして、襲撃を受けた村々の情報を聞けば、次に襲われるのがここかもしれないといくつか候補を上げられる。
ツァリセが考えた通りに。
「まあツァリセと同じ考えってことだな」
「非常に不本意な評価をされている気がしますが」
敵の行動の予測をしただけなのに、ひどく貶された。
だったら自分で考えればいいのにと思うかと言われたら、もちろんそんなことは思わない。
ビムベルクに考えさせて行動するのは不毛だ。
それなら自分で考えた上で失敗する方がいい。
いや、成功する方がいいに決まっているが、まだ諦めがつく。
「だから俺が言っただろ。犯人は犯行現場に戻る、ってな」
「あのですね、その根拠は何なんです?」
「先月、エトセンの劇場で見た活劇ですよね。ルラバダールの緑の苔、伯爵令嬢連続殺人未遂事件」
二人で劇場に言っていたらしい。
なんなんだその表題は。苔なんてほとんど緑だろうにだとか、色々と思うところはあるが。
大体、何で連続殺人未遂なんだ。その連続は一人の伯爵令嬢なのか、別々なのか。
思わず気になってしまう。
「演劇のセリフですか」
「ロッザロンドでも流行ってるってな、緑の苔シリーズ。お前もたまにゃ女連れて活劇見に行くくらいの甲斐性を持てや」
「誰のせいで僕の休暇が潰れてるのか、知っていて言ってるんですよね。ですよね」
都合が悪くなって、ふーんと明後日の方を向くビムベルクと、苦笑いを浮かべるスーリリャ。
緑の苔シリーズ。覚えておく必要があるだろうか。
(……いや、ないよな)
ないだろう。
それより考えなければならないのは、どうすれば上司からの体罰を伴う叱責を避けられるかだ。
正直、この村が襲われるという可能性だってそれほど高いと思ってきたわけではない。
とりあえずそれっぽい行動をしてみて、ビムベルクの気を逸らせればいいかと思っただけで。
ゼロではないが、一割もないだろうと。
それで当たりを引いたとしたら、そういう悪運がもっといい場面で回ってこないかと思うが、悪運だから良い時には回ってこないか。
「あとは可能性があるとしたら……牧場、ですかね」
「牧場……」
スーリリャの表情が翳る。
それはそうだ。影陋族にとって最も忌むべき場所に違いない。
家畜として飼われ、繁殖させられ、売られる施設。
仮にスーリリャが夢見るように、人間と影陋族が本当に対等な関係を作る日が来るとすれば、決してあってはならない場所。
「そいつぁ……ねえな」
「ですね」
さすがのビムベルクの非常識さでも、その可能性は切り捨てた。
「ここが西部だってんならともかく、南部じゃあな」
人間の支配領域のほぼ真ん中。
そこで仲間を解放したとしても、どこにも逃げ場がない。
命を捨てる覚悟で山越えを目指すか、運よく見つからないことを祈って西部に抜けるか。
「……なるほど、バカか」
「自覚、されたのですか?」
「お前な……違うって言いてえが、そうだな。俺がバカだったか」
ぼりぼりと頭を掻いて、珍しく反省しているようだ。
「が、許さん」
「うごぉっ!」
裏拳が眉間に入った。
「ツァリセ様っ!」
吹っ飛ばされて後ろに一回転したツァリセに駆け寄るスーリリャに、鼻を押さえながら大丈夫だと反対の手を振った。
ちょと油断しただけだ。
珍しくビムベルクが自らを省みるようなことを言ったので。
「ふぇ……で、どうしたんでふか、隊長」
「馬鹿だってことを思い出したぜ」
やはり自分のことだったか。
良かった、思い出してくれて。
「違うからな」
ぎろりと睨まれた。
「わ、わひゃってますよ……襲撃犯が、バカげたことをしてるってことですよね」
ツァリセもそれはわかった上で常識的な行動をしていただけで。
別に遭遇しないならそれでいいのだから。
何しろ、仮にそういう犯人を捕まえたとして、生きて捕まえたとしたらあちこちから引き渡せという話になるだろうし、ビムベルクは俺の獲物だとか言って引き渡そうとしないだろうし。
その結果、苦労をするのは誰になるのか。
考える必要がない。仕事が増えるだけだと知っている。
正直な所、誰かが解決してくれないかなというのがツァリセの偽らざる気持ちだ。
「普通に考えてたら見つかるわけがねえ」
「まるで普通に考えられるかのような発言を……」
「声、出てるぞ」
「あれ、間違えました」
拳が握られる前に、今度はスーリリャの影に隠れた。
女を盾にする。
最低だ。最低だが、副官というのは汚れ仕事を選ぶ必要もある。
「ちょ、ツァリセ様。私じゃ死んじゃいますよぅ」
「大丈夫、隊長は君に危害を加えない」
「お前なぁ……色々と最低すぎて殴る気にもならねぇぞ」
「そういう嘘で油断させようとしても無駄です」
ちっと舌打ちするビムベルク。二度も三度も殴られてたまるかと思う。
ツァリセの気構えに諦めたのか、西側の空に目をやった。
「牧場、だったかもな」
北西の空から黒い雲が広がりつつある。
風向きからすると、今夜遅くか明日には雨になるだろう。
「この辺だと、ゼッテスの牧場か」
「……揉め事は勘弁ですが、エトセンの上の方も世話になっているみたいですからね」
もし恩を売れるなら、それは悪くない。
ビムベルクは計算が出来ない人なので、ゼッテス嫌いとか言って別の揉め事を起こさないかと心配もしたのだが。
(今からなら、休暇もぎりぎりで揉める前に帰ることになるかな)
ツァリセは計算が出来る副官だ。
自分の仕事をなるべく減らすことに心を割いている。
別の言い方をすれば、騎士団でも持て余すビムベルクの行動を適度に調整しているというか。
「よし、行くぞ」
「駄目です」
いつもビムベルクの行動を引き留めるツァリセに、憤るならず者のような目が向けられた。
「あのですね、見ればわかるでしょうけど、雨が降ります」
「雨が怖くて戦争が出来るか」
戦争を雨で回避できるなら、その方が平和でいいとも思うのだが。
ツァリセは、ちょっとだけ飾った服を着ているスーリリャを手で示した。
「女の子の体を冷やすのはよくありません。せっかく可愛い服も来ているのですから、雨具ぐらいは準備して行きましょうよ」
そう言われたビムベルクはスーリリャの表情を見て、彼女の曖昧な微笑みを受けて決まりが悪そうにぼやく。
「……そういうのはお前の仕事だ」
「絶対に違うと思うんですが」
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