第22話 執務室までの道のり

 そういえばと、ふと思う。

 正式に殿下の婚約者になってから、朝の登城時に部屋へと向かう道のりが変わった気がする、と。


 前はもっと他の貴族の人たちとすれ違うこともあったし、何より部屋までの距離がもっと長かった気がするのに。

 最近では登城して、少し歩けばもう部屋の前。


 いくら何でも、それは流石におかしい。


 確かに前よりも奥まで馬車で乗り入れられるようにはなったけれど、だからって少し歩けば殿下の執務室がある階にまで行けるなんて。

 あるわけが、ない。


 だって、そうなったら……。


「階段、どこ行ったの……」


 思わず一人呟いてしまって、ハッとする。

 期限が迫っている書類がようやく届けられたので、これだけ終わるまで待って欲しいと言われて。一人ソファに座って待っている間に、余計なことを考えてしまっていたから。


「階段?何の話だ?」


 流石に、紙をめくる音とペンを走らせる音しか聞こえていない執務室の中では、私の声が届かないはずがなくて。

 しかもようやくひと段落ついたらしい殿下が、椅子からちょうど立ち上がるところだった。


「あ、いえ、その……」

「殿下。おそらくはここまでの道のりの事かと」

「あぁ……。何だ、今ようやく気付いたのか?」

「え……?」


 もうお決まりになった、ソファでの位置。私の真隣に、話しながら殿下が腰を下ろして。


「君が成人を迎えて、ようやく正式に私の婚約者として発表できたからな。今までとは比べ物にならないほど、警備が厳重になっているのだ」

「え、っと……」


 そんなことを言われても、それが階段の有無とどうつながるのか…。

 警備が厳重になっていることには、確かに気づいていた。明らかにお城の中での護衛騎士の人数が変わったから。

 馬車周りの人数が特に増えたから、襲撃者とかを警戒しているのかなと思いはしていたけれど……。


 もしかしたら私が気付いていない、他の部分も色々と変わっていた、とか…?


 いや、でも……それらしい何かを見た覚えはないし、何より一番の大きな変化があるとすれば逆。

 全く、貴族とすれ違わなくなった。


「今まで以上に、城の奥まで馬車で入れるようになっただろう?」

「はい」


 そう。だから誰とも会わなくなっても、特に不自然だとは思わなかったのだ。

 そもそもこの執務室のある階で、人とすれ違うということ自体があまりにも少なかったから。そういうものなのだと、勝手に思っていたけれど。


 大前提として、そこが間違っていたとしたら…?


 本当は人とすれ違わないなんてことの方が稀で。

 ここが特別な場所だから、人の出入りが制限されているだけなのだとしたら。



 じゃあ、私は……。


 今何の道を通って、この場所へと来ているのか……。



 当然のようにその疑問に答えてくれたのは、私の考えていることを正確にくみ取ったらしい殿下だった。


「カリーナが今使っている門は、王族専用の物だ。だから君が登城する時間には、誰ともすれ違う事がない」

「…………はい……?」


 え、待って…?

 今殿下、さらっと凄い事言わなかった…?


 というか!!

 王族専用って何…!?

 なんで私、そんなところを使っているの…!?


「安全面で考えても、こちらの方が確実だったからな。何よりいずれ常に使用する事になるのだ。それならば今から慣れておくに越したことはないだろう?」


 それはいずれの話ですよね!?

 だったらその時からでもいいのでは…!?


「上位貴族の専用門を通っていては、以前のようにまた愚か者達に出会ってしまうかもしれないからな。その対策も兼ねている」

「…………そう、ですか……」


 そう言われてしまえば、反論の余地はなくなる。

 私の落ち度ではないけれど、それでも私の存在を良く思わない人たちはたくさんいるってことだから。


 まぁ、うん……そうだよね…。王弟妃だもんね…。

 なりたい人も、娘をそれにさせたい人も、きっとすごい一杯いるんだろうから…。

 仕方ないといえば、仕方ない。


「あぁ、ちなみに。貴族門とは違い、王族門はそれぞれの執務室のある階につながる場所がありますので」


 今まで執務机の上を片づけていたセルジオ様が、その作業が終わったのか今度はワゴンの上を確認しながら、こっちの会話にようやく加わる。


「それぞれ、の…?」

「はい。殿下はこの殿下専用の執務室のある階に。陛下は陛下専用の執務室のある階に。それぞれ繋がるよう、魔術師が施した場所があるのです」

「具体的にどこ、とは言えないがな。警備のために、それは陛下と魔術師しか知らないようになっている」

「なので今までとは違い、何度か扉をくぐる事が多くなったのではないですか?」

「……はい…」


 確かに長い長い廊下の途中に、何度か扉をくぐってきてはいるけれど。

 ただの廊下に何の意味があるんだろうなーなんて、実は呑気に考えていた。


 だってただの廊下だよ?扉いらないって、普通なら思うでしょう?

 いやまぁ、確かに?何かあった時のために、わざとつけてるんだろうなぁとか。思わなかったわけじゃないけれども。


「まさか……あれで階段を使わずに、こんなにも高い場所まで移動していたなんて……」


 執務室までの道のりを、知らず知らずのうちに魔法で楽をしていたなんて。


 全く、一切、気付きもしていなかった。


「貴族門の方には、いくつか専用の部屋が用意されていますので。それぞれの階に部屋と部屋を繋いで行き来するための魔法陣が描かれていて、時間の短縮を図るようにしているのです」

「ただでさえ貴族街から城まで、全員が馬車での移動だからな。その上仕事場までそれぞれ歩いていたのでは、時間の無駄だ」

「だからって、魔法で……」

「使えるものは何でも使っていかねば、あるだけでは意味が無い。何より魔術師達にとっては、これも一つの立派な仕事だ」

「戦争で使うよりも、よっぽど有意義な使い方だと思いますよ?」

「それはそうですけれど…!!」


 比べる対象が極端…!!


 でも、まぁ……。

 これが魔術師の方たちのお仕事なんだって言われてしまえば、そうなんだなと納得するしかなくて。


 実際私、その恩恵受けてるからね…。


 おかげでこんな高い場所まで、疲れることなく上ってこれる。

 これが全部階段でとなったら……キツイどころじゃなかっただろう。


「……ん…?あれ……?ということは……もしかして…………」

「あぁ。カリーナに教えたこの階から調理場への道のりの中にも、当然使われているな」

「ですよねー……」


 そもそも考えてみれば、そうでもしないとここまでどうやって一日二回も、厨房から茶葉やティーカップを運んできているというのか。

 時間がかかりすぎる上に、途中で何かあったら一番問題なのに。

 そんなことに、今更思い至るだなんて。


「……私…もっといろいろなことに、疑問を抱くべきでしたね……」


 側仕えとしてここに出入りしていた時に、疑問に思っていたとしてもおかしくないはずだったのに。

 そう言えば厨房の正確な場所とか、お城の内部の構造とか、何も教えられていなかったなと、本当に今更気付いて。


「とはいえ、カリーナ嬢の性格からしてたとえ疑問を抱いたとしても、一切質問などされなかったような気もしますが」

「……そう…ですね…。確かに言われて考えてみれば、疑問に思いはしても質問はしていなかったと思います」


 あの時の私ならきっと、ただの側仕えがそこまで知っている必要はないと判断されたんだろうと。一人勝手に結論付けていただろうから。


「今は真逆だな。疑問は全て解消しておいた方が、後々のためだ。今後城の構造どころか、抜け道まで把握しなければならないのだから」

「…あぁ……やっぱり、あるんですね…。お城の中に、抜け道……」


 予想していたとはいえ、こうもあっさり言われるとそれはそれでなんだか、こう……平民時代のロマンとか、一気に崩れ去る気がしてちょっと悲しい…。



 まぁでも、それはおいおいで。


 そもそも今の私には、執務室までの道のりだって十分、抜け道を通っているようなものなのだから。









―――ちょっとしたあとがき―――


 現代で言うと、エレベーターのような物でしょうかね?

 ただ扉をくぐるだけとなると、イメージだけで言えばどこでもドアの方が近いのかも…?


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